運命は蜜の味

大神ルナ

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9 新しい関係

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 温かなぬくもりで目を開ければ、カーテンを閉め忘れていた窓の外が白み始めていた。
 もう一眠りしたい誘惑に駆られたが、お風呂に入りたくて響夜の腕から抜け出す。
 足元に落としていたシャツを羽織り、着替えを手に足早に浴室に向かった。
 お風呂の自動ボタンを押して、最悪なことに落とし忘れていたメイクを念入りに落とし、入浴剤を手に取った。
 贅沢な朝風呂にゆっくりと浸かり、自分と向き合う時間が必要だった。
 髪を丁寧に洗って、色々とベタつく体を洗い流し、入浴剤を浴槽に放り込む。
 しゅわしゅわと音を立てるバスボムが、溶けてなくなるのを待ってからお湯の中に体を沈めた。
 俯いて、初めて体のあちらこちらに、キスマークがあることに気がついた。
 これまでも、跡を残されることはあったが、ここまで多いことはない。
 跡を指先でなぞれば、昨夜の激しさが思い出されて、波打つ水面が胸の先端に当たるだけで固くなってしまう。

「シャワー浴びるなら、声かけてよ」

 突然開かれた浴室の扉に、はっと顔を上げれば、裸の響夜が入ってきた。
 思わず足を引き寄せて、視線を下げるが顎を掬い上げられ、軽くキスをされる。
 
「どうしたの?」

 不思議そうに問いかけられたが、ただ浴室の明るさの中で見る響夜の裸体を見慣れなくて困っているだけだ。
 何度、肌を重ねようが真白には慣れることができない。

「先に上がります」

「ええー、一緒に温まろうよ」

「私は、もう十分温まりましたから……ごゆっくり」

 シャワーを出して、体を洗い始めた響夜にそう告げると、真白はさっさと湯船から立ち上がり浴室を出た。
 タオルで体の水分を拭き取り、カサつかないように塗り始めたボディクリームを塗って、ショーツを穿いてブラトップを着けた。

「髪は俺が乾かすから、タオルで水分を取って待ってて」

 ガラッと浴室の扉を開けて、顔を覗かせた響夜は、それだけ言うと真白の返事など待たずに扉を閉めた。

(髪くらい自分で乾かせるのに)

 何十年と自分で乾かしてきたのだから、なにも誰かの手を借りる必要はない。
 けれど、これで響夜の言っていたことを無視すると、後で面倒くさそうで仕方がなくスーツのパンツだけ身につけて脱衣所を出た。
 すると、すぐに後を追うようにスウェットのズボンだけを穿いた彼が、タオルで乱雑に髪を拭きながらリビングにやってきた。
 ソファーに座って、タオルで水気を取っている真白を視界に捉えると、目元を和らげた。
 まるで「いい子だ」と言わんばかりの視線に、心の奥がくすぐったい。

「昨日は、使うタイミングが無かったからね」

 リビングの途中に置かれたままだった紙袋を拾い上げた響夜は、中から箱を取り出した。
 パッケージから、中身がドライヤーであることはすぐに分かった。

「私のドライヤーは、まだ壊れてないけど?」

「これは、ただのドライヤーじゃないよ」

 温かい風が髪に当てられ、髪の水分を飛ばしていく。
 威力はすごいが、風が熱すぎることはない。
 
「この綺麗な髪を、より綺麗にしてくれるんだよ」

 ソファーのヘッド部に頭を預けて、深く息を吐くと、ドライヤーの風と髪を梳く響夜の手の心地よさに、朝だというのに微睡み始めてしまう。
 余裕のある時間だが、朝食だって食べたいし、朝のニュースだって見ておきたい。
 ガサガサという音がして、顔にひんやりとした感触が広がった。

「なに?」

「まだ、スキンケアしてないでしょ?」

「化粧をする前でいいかと思ってたの」

「そう言って、めんどくさがって化粧しちゃうでしょうが。それに……昨日は、化粧を落とす間もなく始めちゃったし」

 器用に化粧水を塗った手が、首をマッサージして、鎖骨のくぼみを適度な圧で押してくる。
 マッサージまでしてくれるのかと思えば、下がってきて軽く胸を撫でた。

「ちょっと、この手はなに?」

 がしっと掴めば、悪びれる様子もなく頬に口づけてきた。

「ええー、こんな薄着の真白が悪くない? 昨日の今日でさぁ」

「今は朝ですよ? それに、私は仕事に行かなければならないんですが?」

「はいはい。朝食は俺が作るから、化粧してきちゃいなよ」

 ドライヤーを片付け、Tシャツを着た響夜はキッチンに入っていった。
 言われた通り寝室に入って、化粧をしていく。
 化粧に関してだけは、今まで通りなにも変わらず、あっさりとしたものだ。
 数十分で終わらせ、シャツを着てリビングに戻れば、カフェオレの香りが真白を迎えた。
 テーブルには、サラダとウィンナーが盛り付けられ、クロワッサンがのっている。
 日々、豪華になりつつある朝食に驚きながら席に付けば、向かいの席に響夜が座った。
 
「さあ、食べよう」

「いつもありがとうございます。いただきます」

「召し上がれ」

 食事の間、会話はない。
 朝のニュースがテレビで流れているだけだ。
 それでも、こんな朝食の時間が心地よいと真白は感じている。
 以前の真白の朝食は、栄養ゼリーだとかバータイプの補助食品をキッチンに立ったまま食べていた。
 それが異性と座って、相手の作った朝食を食べているなんて思いもしなかった。
 
「ごちそうさまでした」

「美味しかった?」

「ええ、とても。お昼まで、お腹は空かなさそうです」

「それなら良かった」

 席を立ち、響夜の皿もまとめてシンクに運んで、作ってもらった代わりに、洗い物は真白がした。
 
「ありがとう、真白。でも、次からは洗い物も俺がするから、置いといていいよ」

「でも、作ってもらった上に、洗い物までしてもらうのは違うでしょ?」

「ええー、洗剤で真白の手が荒れるのが嫌なんだけど」

「少し洗い物をしたくらいでは、荒れたりはしませんよ」

 後ろからぎゅっと抱きしめられて、首元に軽いキスをしながら言われて、思わず噴き出してしまった。
 ずっと、それこそ真白は学生の頃から実家で水仕事をしてきた。
 それでも、ハンドクリームさえ塗っていれば、大丈夫だった。

「そろそろ、会社に行きたいんですけど?」

「んー、離したくないなぁ」

 後ろから顎を捕まえられ、振り向かされてゆっくりと唇が合わさった。

「んっ……」

 時間にして、ほんの数秒なのに、時間がゆっくりと流れていく。
 
「そういえば、昨日気になったんだけど、香水変えた?」

「ん? 私は、そもそも匂いに敏感なので、香水はつけませんよ」

「ふーん……昨日の香水のにおいは、好きじゃない匂いだったな」

「……もしかしたら、服に匂いがついたのかもしれませんね」

「移り香が付くようなことをしたわけ? あれ、メンズの香水だよね?」 

「違いますよ。香水の香りの強い方を案内したからかもしれません」

 解かれた腕から抜け出し、洗面所で歯を磨いて戻れば、納得のいっていない様子で壁に寄りかかって腕を組んでいた。
 
「私は仕事に行ってきます」

 スーツのジャケットを羽織り、鞄を手に取り玄関に行こうとしたのだが──。

「そろそろ、合鍵くれてもよくない?」

「はい?」 

 長い脚が通路を塞いで、手のひらが差し出された。
 だが、合鍵と言われても意味がわからなかった。

「私の知っている限りでは、合鍵を渡し合うのは恋人同士の間柄だけです。私たちの間柄には、当てはまりませんよね?」 
 
 そう言ってやれば、響夜の手と廊下を塞いでいた足が下げられた。
 どうしたのかと思って顔を見上げると、眉毛がハの字になっていた。
 言葉にしないが、悲しいと言わんばかりの表情に、見ていられなくて真白は逃げ出すように家を出た。
 会社に着いてからも、仕事が始まってからも、響夜の顔が頭から離れない。
 真白が言ったことは、二人の関係上普通のことだろう。
 間違ったことは言っていないはずだ。
 だから、あんな顔をされるとは思っていなかった。
 セフレとの線引きをしっかりしていそうなのに、なぜだろうか。
 考えても見つからない答えに、真白は少なからずストレスを感じた。
 今日の夜は、家に帰りたくない。
 響夜とも会いたくないと、昨夜とは違う思いが心を占める。
 いつも以上に、もくもくと仕事をこなし、昼休憩になる頃には頭痛に襲われるようになった。
 今回は手にすることができた魚定食を前に、こめかみをマッサージした。
 薬を飲もうか、悩んでいる真白のスマホにメッセージが届いた。
 響夜からだったらどうしようかと躊躇したが、画面に表示されていた名前にすぐにメッセージを開く。
 差出人は、リオンだった。

『最近、バーに来ないけど元気? アオイさんががっかりしてるよ。見てる分には面白いけど。僕も、お土産渡したいから会いたいです。今週は来る?』

 そんな文章と可愛らしいスタンプに癒されながら、いい機会だからアオイに会おうと真白は考えた。
 けれど、いつものバーでは響夜が来てしまうかもしれない。

『私も会いたいんだけど、ちょっと訳があってバーには顔を出せません。別の所で会うとかアリ?』

 メッセージを送れば、すぐにリオンから返信があった。

『二つ隣の駅にある、レトロ喫茶店に、十九時でどうですか?』

『ありがとう。そこでお願い』

『オッケー。住所送りますね』

 丁寧に、店の外観の写真と住所が送られてきた。
 チェーン店ではないおしゃれな外観の喫茶店だ。
 馴染のない店に、楽しみという気持ちが芽生えて、少しだけ頭痛が和らいだ気がする。
 頑張る気力が湧いてきた真白は、楽しみにしていた魚の定食を平らげ、午後の業務に戻った。
 絶対に定時に上がるぞという意気込みで仕事を捌いていき、順調にいっていたのだが、予定外の資料作成の仕事が入ってしまった。
 それでも、なんとかまとめ上げ、三十分ほどの残業で仕事を終えることが出来た。
 駅に向かおうと階段を降りようとしたところで、真白は足を止めた。
 このまま徒歩で駅に行っては、響夜がいる可能性がある。
 確率は。二分の一でしかないが、ここ最近の様子を思い浮かべれば、待っている確率のほうが高い。
 会いたくなくて、予定を入れたのだ。
 真白は滅多に使わない配車アプリを開いて、タクシーを呼ぶことにした。
 タイミングよく近くにタクシーがいたらしく、数分で到着するようだ。高くつくが、仕方がない。
 ゆっくりと階段を降りて、帰る人々に紛れて指定した会社裏手に停まっているタクシーに急いだ。
 
「すみません。このお店にお願いします」

 住所を告げれば、運転手は知っていたのか店の名前を告げた。
 動き出したタクシーに、ほっとしながら背中を預けた。
 流れていく景色を見ていると、チクリとする視線を感じて目を向ける。
 驚いたことに、響夜がいた。
 それも、ただ居たのではない。
 はっきりと、タクシーに乗っている真白を見ているのだ。
 その目には、これまで目にすることのなかった静かな怒りが浮かんでいる。
 目を反らすまでもなく、流れる景色へと消えていった。
 タクシーは大通りの街灯の灯り始めた道を走り抜ける。
 秋の終わりが近く、日が沈むのが早くなって、会社を出る頃には外は暗く、憂うつな気分になりやすくなった。
 響夜との日々は楽しく気持ちがいいが、依存しては危険な気が真白はしていた。
 タクシーに揺られながら、真白はセフレの解消時とは、どんな時なのだろうかと考えた。
 自分で思い浮かべられる内容には限りがある。
 
「やっぱり、スマホに聞くのが一番か」

 到着するまでの間、調べ物をしていようとスマホの画面を見ると、タイミングよく通知が鳴った。
 明るくした画面に映った送信相手は──響夜。
 
『どこ行くの?』

 たった一言のメッセージなのに、多くのことが含まれているように感じられる。
 メッセージアプリを開いた訳ではないから、読んだことは知られていないはず。
 真白は画面を暗くすると、見なかったことにして鞄にしまった。
 今は響夜とやり取りをしたくない。
 なのに、見ないようにと入れた鞄の中で、スマホは何度も通知音を鳴らして知らせてくる。
 
「お客さん、着いたよ」

 スマホが気になりすぎて、タクシーが停まっていることに気が付かなかった。
 慌てて財布を出し、言われた金額を支払って降りると、目の前にはレンガ造りの建物がそびえ立っていた。
 一階が喫茶店で、二階からは住居という造りだ。
 落ち着いた店構えの入口には、ハロウィンを意識した色彩の花を集めて作られた寄せ植えが並んでいる。
 時計に目を向ければ、時刻は十八時三十分。
 三十分早く着いてしまったが、中に入ろうか悩んでしまう。
 真白自身、いつもの服装とは違い、リオンが気が付かないかもしれない。

「マシロさんだよね?」

 悩んでいる真白は、後ろからかけられた声に振り返った。
 明らかに声は、リオンのもので安心したのだが、振り返った真白は戸惑う。目の前にいたのは、ロングコートを着た一人の青年だったのだ。

「えっと、リオン……でいいのかな?」

「この格好で会うのは、初めてだもんね。さあ、入ろう」

 心底可笑しそうに笑ったリオンは、喫茶店の扉に手をかけると、開いて真白に先に入るように促した。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 いつもは真白が開けて、可愛らしい服装のリオンが先に入るという流れだったため、逆転した瞬間に、さっと動けるリオンに驚いてしまう。

「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか?」

「はい。お願いします」

「では、ご案内します」

 メニュー表を持ったウェイターは、話しながら手早く二人分のお冷まで用意して歩き出した。
 案内されたのは、外の見える窓際の端の席だ。
 リオンは真白に奥の席を勧めてくれ、コートを脱ぐと鞄と一緒に席に置いた。
 
「決まりましたら、そちらのボタンでお呼び下さい」

 テーブルにある呼び出しボタンを示し、メニューを渡してくれるとウェイターは去っていった。

「僕は、パフェとホットコーヒーにしようかな。マシロさんは決まった」

 しばらく無言でメニューを見つめていると、リオンはメニューを閉じてテーブルに置いた。

「……うん。私もパフェにしようかな。あと、ホットカフェオレかな。じゃあ、ボタン押すね」

 呼び出しボタンを押すと、すぐに先ほどのウェイターが注文を聞きに来た。すらっとした高身長のウェイターは、黒くて長い腰エプロンをしていて、真白は初めて見るスタイルに、惚れ惚れとしてしまった。
 
「パフェ二つに、ホットコーヒーとホットカフェオレをお願いします」

 黙ってしまった真白に代わって、注文は全てリオンがしてくれた。
 
「ところで、どんな理由でバーに来れないのかって……聞いてもいい?」

「んー、そうだなぁ」

「なにそれ、歯切れが悪いね」

 窓の外に目を向けた真白の耳に、グラスの中の氷が動く音が響いた。
 視線を向ければ、リオンがグラスを傾けている。
 いつもの可愛らしい姿からは、想像もできないほどの爽やかイケメンだ。
 目の前に座っているリオンは慣れないが、ふとした時の顔は知っているもので安心感がある。
 だからだろうか、何も考えずに言葉がこぼれ落ちた。

「リオンはさぁ……セフレってどんな存在だと思う?」

「ごほっ!」

 そんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。
 咽て、濡らした口元をナプキンで拭き取ると、じっとりとした目で真白を見た。
 
「ちょっとさ、それってこういう喫茶店で話す内容?」

「あ、ごめん。考えるより先に口にしてた。今の悩みってそれだからさ」

「んー、まあいいけど。バカでかい声で話さないならなね」

 呆れた顔をしながらも、相談に乗ってくれる姿勢をリオンが見せるのと同じタイミングで、ウェイターがやってきた。
 
「おまたせしました。パフェとホットコーヒー、カフェオレになります。全ておそろいでしょうか?」

「はい。ありがとうございます」

「ごゆっくりお過ごしください」

 ウェイターが去っていき、真白はパフェを一口食べた。
 チョコレートのかかったクリームは甘く、目についたチェリーも最初に食べた。

「それで? マシロさんが聞きたいのは、セフレの定義ってこと?」

「まあ、そんなところかな」

「名前の通り、セックスだけが目的で会う関係でしょ。後腐れなく、ただ性欲の発散のために会う」

「そうだよね」

「なに誘われたの?」

「始まりはセフレのはずなんだけど……ほぼ毎日、迎えに来られて、私の家に一緒に帰って、夕食と朝食を食べてるの。別に毎回、セックスする訳じゃないし」

「はい? マシロさんにセフレがいるってことに驚いてるんだけど、それ以上に……それって、恋人じゃないの?」

「でも、昼間にデートはしないよ?」

「いやいや、大事にされてるようにしか思えないんだけど。セフレはセックス無しで会わないでしょ。そもそも、その行為のためのフレンドなんだから」

「別に好きとか、愛してるとか、付き合おうとか言われたことないよ? そしたら断ってるし」

「なんで? 大人なんだから、ちょっとした関係から自然に恋人になるような流れってあるでしょ?」

「そうなの?」

「そうだよ。それに、恋人だの付き合おうだの話が出たら断るの?」

「うん。恋愛するとか、恋人になるとかって、終着点は結婚でしょ?」

「まあ、そうなのかな」

「私の描く人生の中には……結婚はないの」

 甘く冷たいアイスの層を食べ、出てきたしっとりとしたチョコブラウニーを真白は食べた。

「どうして?」

「ん? 私の中ではね。結婚って、子どもを望む人のためのものだと思ってるから」

 真白は、子供が好きではない。
 街中で出会う赤ん坊たちに何かを思うことはないが、自分の遺伝子から作られて、生まれてくる子供を育てたいとは思わないのだ。
 自分のことすら好きではないのに、そんな自分にどこかしら似るであろう存在を考えると、ぞっとする。
 人には理解してもらえないだろうし、理解してほしいとも思わない。
 きっと、自分は何かが欠けているのだろう。
 人が思う結婚して幸せ。
 子供が生まれて幸せ。
 そういった人々が当たり前に幸せだと感じられる物事を、真白には理解できなかった。
 別にだからといって、一人が好きだとか、一人で幸せだという話ではない。
 自分の理解できない感情のまま、無責任に結婚や妊娠をしたくないだけだ。
 相手がもしも、子供を望むのなら、自分には与えてあげられない。
 そんな人が自分のような人間と一緒になったところで、不幸になるだけなのだから。

「まあ、人それぞれだからね」

 黙々とパフェに集中していると、ぽつりとリオンは言った。

「変だって言わないの?」

「変? 何が?」 

「女で、子供嫌いで、結婚する気もないってこと」

「うーん……いいんじゃない? 僕だって、自分の好きなことを理解されない方だし。可愛い服を着るのが好きだけど、恋愛対象は女性だからね」

「リオンの恋愛対象って女性なの?」

「そうだよ。変かもしれないけど、それが僕だからね。全てを受け入れてくれとは言わないけど、僕の個性に目をつぶってくれる相手は、なかなか居ないんだよ」

 すでにパフェを食べ終えていたリオンは、足を組み替えると辛そうな顔をしながらも笑った。
 店の外を歩く女性たちは、リオンの中性的な顔に気がつくと、足を止めるが向かいの席に座る真白に気がつき歩き去っていく。
 それほど、彼は女性の目から見て魅力的だということだ。

「まっ、僕の話はいいとして、その相手に恋心はないの?」

「恋……か。どうだろ。一緒に居て、落ち着くし、楽しいよ。世話を焼かれるのも嫌いじゃない」

「なら、本人が恋人になろうって言い出さない限り、関係を続ければいいんじゃない? 居心地のいい関係って、そんなに転がってないし」

「そうなのかな」

「そこまで深く考えなくてもいいんじゃない? 好意を抱いてくる相手が、必ずしも結婚を望んでいるとは限らないんだから」

「そうね。ありがとう、リオン」

「んじゃっ、僕の目的を果たそうかな」

 トートバッグの中を探り始めたリオンは、小さな袋を取り出した。
 
「はい。お土産ね」

「本当に買ってきてくれたの? 開けていい?」

「もちろん。どうかな?」

 受け取った袋を開けば、紅茶の缶と革のブレスレットが出てきた。
 革のブレスレットには、焼印で入れられた二つの十字架に挟まれてシルバーの月が取り付けられている。

「わっ、すごくいい」

「でしょ? マシロさんは、そういうの好きかと思ってさ。文字を刻むよりも、その方がいいかなって」

「大好き。大事にするね」

「そう言ってもらえると嬉しいな。初めて人にお土産を買うから、緊張したよ」

「紅茶もお洒落な缶だし、飲むのが楽しみ」

 悩んで買ってくれたのが嬉しくて、店を出ようという話になった時には、真白は素早く伝票を掴んでレジに向かった。
 リオンは何かを言いたそうな顔をしたが、真白は視線で黙らせた。

「自分の分は払うよ?」

「いいの。これが嬉しかったから」

「なら、野暮なことは言わずに、ご馳走様でした」

「こちらこそ、話を聞いてくれてありがとう」

「いつでも聞くよ。せっかく、この前まで目の下のクマがなくなってたのに、また出来始めてる。これも、その男のせい?」

 リオンの手が伸ばされた。
 だが、頬に触れるか触れないかという距離で、その手は止まった。
 というよりも、正確には別の誰かによって止められた。

「触らないでくれる?」

 横から聞こえてきた声を、真白は幻聴かと思った。
 この場所が、に分かるはずがないのだから。
 そう思っていたのに、腰に回された腕も、匂いも間違いなく彼だと伝えてくる。
 
「どうして、ここに?」

「んー? ちょっとした情報通から教えてもらったんだよね」
 
 スマホを揺らして陽気に話してはいるが、真白を見る目は一切笑っていない。

「へえー、あんたがマシロさんの言ってた奴ってことか」

 掴まれた手首をさすりながら、リオンはじろじろと響夜の足元から顔まで見て、にやりと笑った。
 
「まあいいや。マシロさん!」

「ん? なに?」

「そいつに飽きたら、声かけてよ。マシロさんだったら、僕はいつでも歓迎だよ」

 とんでもない爆弾を置き土産に、リオンは背を向けると去っていった。
 真白としては、リオンについて行って、オールで遊びたい気分だったのに。

「真白? 帰るよ」

 その声は、全くもって拒否も反論も許さず、選択肢など存在しない瞬間だった。
 手を引かれていくと、響夜が乗ってきたであろうタクシーが待っていた。
 奥に座らされ、目的地を告げた響夜は隣に座ると真白の手をぎゅっと握った。まるで、逃げることは許さないという意思表示のようだ。
 こんなはずではなかったはず。
 ぐるぐると頭の中で考えているうちに、タクシーは動きを止めた。
 響夜が運転手に告げていた住所にも、窓の外に広がる景色にも、真白は馴染みがなかった。



 
 
 
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