運命は蜜の味

大神ルナ

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10 独占欲?

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「それで? なんで、メッセージ無視したの?」

 広いリビングに置かれたソファに座った真白は、自分がなぜここにいるのか分からずにいた。
 コンシェルジュのいるエントランスを抜け、響夜がカードキーをかざしたことによって動き出したエレベーターで連れてこられた部屋なのは分かる。
 ただ、雅から聞いていたセフレの家を転々としていたという話から、真白は住居がないのだと思っていたのだ。
 なのに、この部屋はなんだ。
 真白の住む部屋が、小部屋に見える広さで、ずいぶんと高層階にある。
 
「ねえ、聞いてる?」

 ソファの向かいで、アイランドキッチンに寄りかかった響夜は、不満そうに口元を歪めた。

「えっ?」

「やっぱり聞いてない。なんで、メッセージを無視したのかって聞いてるんだけど?」

「いや……というよりも、いちいち報告する必要がありますか? 私たちは、恋人同士ではないんですが?」

「ああ、朝も言ってたね」

「線引きは必要でしょ? 私たちはセフレ。あなたが最初に誘ったのは、そういう関係だったはずです。お互いのためになるから? でしたっけ」

 真白はストレス発散で、響夜にとっては欲求の発散。
 おかげというのは変な感じだが、実際にストレスで痛みに逃げることは減っていた。
 腕の傷が増えることはなく、微かな傷跡が残っているだけだ。

「世間のセフレは、セックスをしない日まで来ないし、迎えにも来ない。泊まって行きもしないし、世話を焼いたりしない。目的はセックスだけなんだから」

「でも、俺は真白をそれだけの相手だとは思ってないよ? 正直、デートもしたい。旅行にだって行きたいんだけど」

「それは」

「俺には飽きちゃった? さっきの男のほうがいい?」

「彼は、大事なバー仲間であって、そういう対象ではないです」

「なら、俺を恋人にしてよ。他の男に会わないでっていう権利が欲しい」

 ソファに座り俯く真白の目の前に跪いた響夜は、彼女の両手を包み込むと懇願した。
 じんわりと指先から広がる温かさを感じながら、響夜と視線を合わせると、いつもは上から見つめてきていた魅力的な目が受け入れるように命じてくる。
 だが、真白にも譲れないことがあるのだ。

「恋人はいらない。誰かに縛られるのも、縛るのも嫌。そうなるくらいなら、今のうちに終わりにしましょう?」

「嫌だ」

「嫌だって……子供じゃないんですから。私がセフレの枠からいなくなったところで、あなたの持つスマホの中には、いつだって待っている女性がいるでしょ?」

「もうずっと、真白としか会ってないよ。この中の連絡先が気に食わないって言うなら、今すぐ消す」

「……気にしてません。なので、消さなくて結構です……って、なにしているんですか?」

 響夜が誰と連絡を取ろうと気にしていないと、強く言おうと思っていたのに、心は以前の路地裏で見た光景を思い出させて、ちくりと痛んだ。
 それでも、なんとか絞り出したのに、目の前の響夜はポケットから取り出したスマホを操作している。
 
「言葉で信じられないっていうなら、目の前でしてあげる。ほら」

 差し出されたスマホの画面には連絡先の画面があるが、真白の名前しかない。

「なにも、そこまでしなくても」

「俺は、真白しかいらない。どうしたら、恋人になってくれる? 俺の体以外、興味ない?」

「違う」

「他に好きな奴でもできた?」

「そんな人いない」

「ならさ、深く考えすぎないで、お試しで付き合ってよ。その間に判断して?」

「それで、私がその気持ちに応えられなかったら……貴重な時間が無駄になる。だって、私は」

 人間の時間は有限だ。
 相手に未来の約束をしてあげられない自分に、誰かの時間を独占していいはずがないと真白は思っている。
 リオンに話したことを響夜にも話すべきだと、真白は顔を上げた。
 
「無駄にならないよ。勝手に無駄だって決めつけないでよ。努力すらさせてくれないのは、酷くない?」

 開こうとした口を真白は閉じた。
 そう言われてしまえば、自分の考えだけを押し通すのは、相手の気持ちに対して失礼な気がしてくる。

「……分かった。期間を決めてくれるなら」

「ありがとう。真白は、どれくらいの期間なら許容できる?」

 立ち上がり、ソファの隣に座った響夜に、真白は足の間に引き寄せられ、後ろから抱きしめられた。
 背中から伝わる温かさに、いつの間にか緊張していた体から少しだけ力が抜けていく。

「一ヶ月と少しくらい」

「……思ったよりも短いな。でもいいよ。ただし、週に三回以上会ってくれるならね」

「仕事があるんだけど?」

「別に毎回どこかに出かける必要もないし、ただ一緒に過ごすだけでいいんだよ」

 肩に乗った重さと首元に触れる髪がくすぐったい。
 
「明後日は休みだよね?」

「土曜日だから、休みですね」

「じゃあさ、デートしよ?」
 
「へ?」

 いつだって夕方以降にしか会う約束をしたことがなく、デートという響きに真白は目を丸くした。

「真白の家まで迎えに行って、車でどこかに行こう。場所は、俺が考えるからさ」

「車……運転できるの?」

「出来るよ? 出来ないと思った?」

「思ってた。正直、この部屋に関してもいまだに信じられない感じです」

「え? どういうこと?」

 自分の驚いたことを素直に口にすれば、後ろからぎゅうぎゅうと真白を抱きしめていた腕が、ぴたりと止まって緩んだ。
 信じられないという声が聞こえてくる。

「この部屋を見た瞬間から、部屋を用意してくれるお姉様でもいるのかなと考えてる。今も」

「え……」

「ほら、パトロン的な? もしくは、お金持ちな年上お姉様のペットみたいな感じを」

「ひどい……自分で買った部屋だよ」

「いや、だってセフレの家を転々としてるって聞いてたから、家はないのかと」

 がっくりと肩を落とした響夜は、真白の肩に額を押し付けて体重をかけてくる。
 後ろから抱き込まれているせいで、ものすごく重たい。

「言っとくけど、誰かから金銭をもらったことはないからね?」

 ぐりぐりと頭を動かされて、真白はいつか見た動物の動画で、こんな風に飼い主に頭を擦り付ける猫の動画があったなと、全く違うことを考え始めていた。
 どこか読めない感じも、少しだけ自分勝手な感じも真白の思い描く猫のようだ。

「分かったから、そろそろ帰らないと」

「帰るの? ちょっとした着替えならあるよ?」

「……それって、元カノの服とか」

「違います! はぁ……今の俺じゃ、何一つ信用なさすぎるから、素直に家に帰してあげる」

 最後にぎゅっと腕の力を強めた響夜の抱擁を受け、二人で部屋を出た。
 真白は、てっきりタクシーを呼ばれて帰されるのかと思っていたが、一緒に乗ったエレベーターの扉が開いたのは、エントランスではなく地下駐車場だった。
 本当に運転が出来るんだと感心した真白を驚かせたのは、持っている車が外車だったことだろう。
 車の助手席に乗って、地下駐車場から出たところで、じっと横顔を見つめれば、響夜は眉をハの字にした。

「買ってもらった物じゃないからね!」

 そう何度も念を押してきた。
 ずっと疑うのは失礼だと理解しながらも、どこか真白の心は晴れなかった。



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「急でごめんなさい。明日の予定をキャンセルさせて下さい」

 そんなメッセージを受け取ったのは、響夜がジムから帰って来てシャワーで汗を流し、クローゼットで服を選んでいる時だった。
 真白からメッセージが来るのは珍しいなと、浮かれた気持ちで開いただけに、響夜はソファの上にスマホを落とした。
 何がいけなかったのか。
 女性経験が豊富でも、交際経験は初心者で分からない。
 これまでの響夜にとって、男女の間にあるのは性欲か打算だけだと思っていた。
 なのに、真白が相手だと肉体だけではなく心も欲しくなる。
 
(どうすればいい)

 スマホを拾い上げた響夜は、やはり家に帰すべきではなかったと、どろりとした感情が胸の奥から湧き出てくるのを感じた。
  色々と問い詰めたい気持ちはあるが、どうにか全てを呑み込んでメッセージを打ち込んだ。

『理由を聞きたいから、電話をしてもいい?』

 メッセージだけでは、どんな気持ちでこの文を書いたのかが分からない。
 声なら、相手の感情が少しは分かるかもしれないと考え待っていると、電話がかかってきた。

『もしもし、真白?』

「はい。すみません、前日にキャンセルしてしまって」

「それはかまわないけど……理由聞いてもいい?」

 会いたくないからなんて言われたら、落ち込む自信しかない響夜は、戦々恐々と言葉を口にした。
 そうだった場合、どうしたらいいのか分からない。

「……言いづらいんですけど」

 きりきりと心臓の辺りが痛む。
 こんな時、どうすればいいのか相談する相手も居ないことに、響夜は変な焦りを覚えた。
 彼の知っている女性の喜ばせ方は、セックスかプレゼントを贈ることくらいしか知らない。

「女性特有の月のものが今日からきてしまって……正直、私は重いほうなので、明日は動けない可能性が高いんです」

「へ?」

「予定の日がズレたみたいで、すでに家に帰ってから痛みが出始めてるんです」

「キャンセルの理由って……生理?」

「ええ、いつも仕事以外は家に籠もって過ごすんです。正直、重くてダルいですから」

「俺に会いたくないからとかじゃない?」

「ええ、違いますよ。楽しみにしていたくらいですから。来週に日を改めさせてください」

「それはかまわないよ。でも、そんなに酷いんじゃ大変でしょ。夜は何か食べた?」

「はい。一応、買ってきたものではありますが、食事もお風呂も済ませましたよ? 今は、ベッドの中で湯たんぽを抱えています」

 そう言った真白の声は、眠そうで時々だが欠伸が聞こえてくる。
 
「急だったってことは、何か必要なものはある?」

「病気じゃないんですから、どうにかなりますよ。酷いのは二日か三日くらいなので、なんとかなります」

 また聞こえてきた欠伸に、響夜はそろそろ休ませてやるべきだと思った。

「明日、体に良さそうな物を買って会いに行くよ」

「でも」

「いいから、そうさせてくれよ。食事を渡して、顔を見たら帰るから」

「それで安心するなら」

「ああ、そうさせてくれ。おやすみ、真白。また明日」

「はい……おやすみなさい」

 通話が切れ、寝室に移動した響夜は、何が必要か調べ始めた。
 調べれば何でも出てくるが、それが全ての人に当てはまる訳ではない。
 ベッドに横になった響夜は、意見を求めるべく一人の連絡先を表示すると、通話ボタンを押した。

「もしもし? 聞きたいことがあるんだけど」

 電話の向こう側の人間は、不機嫌そうな声をしていたが、響夜は知ったことかと話し始めた。


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