Leaf Memories 〜想いの樹木〜

本棚に住む猫(アメジストの猫又)

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春風に揺られる若葉

愛に焦がれた雷の雫

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 また1つ、雨粒が私の額に落ちていく。傘から落ちてきたその雨粒は、溢れ落ちた私の気持ちのようにポタポタと私の額にかかっていく。
 彼へ馳せる想いは尽きない程に、綺麗なコップに当然のように注がれる。何をしても彼への想いはコポコポと注がれていくように、私の心は満ち溢れてしまう。


『愛してるよ。』


 その言葉をある日の舞台練習、空っぽな教室に2人ぼっちで響かせる綺麗で高くはない低めな声は、私の耳から脳へ痺れさせる程、震えてしまっていて…。
 必死に握りしめた台本に目を通す。次のセリフを追うように私はセリフを待つ。


『愛しているラーニャ。
 君のその瞳は綺麗なガラス玉のようだ。』


 「ほぅ…」と息が抜けていくその甘い声色が幸せで、私に投げかけているように錯覚してしまう程、幸せな空気だった。
 (このまま、ずっと続けばいいのに。)そう言葉にしてしまいそうになるのを必死に留めながら、この台本は現実ではなく仮想でしかないのだ。と、思い知らされてるようで胸がチクチク痛み出す。
 幸せなのに、苦しくて、苦くて、甘くて…ここから出ていけばいいのに、ずっとその甘い蜜を啜って生きていきたい。そう醜い心が膨れ上がってしまうばかり。


 一通り読み合わせをして、彼の練習に付き合っていただけの私は「今日もありがとう」そう言われて、「大丈夫です。また、時間があれば。」と、可愛げのない言葉を交えながら、彼と1時間半以上も一緒にいたのだとフワフワした気持ちで、浮かれてしまわないように静かに言って帰宅をする。

 たまに彼は送ってくれる事があるけれど、こんな私だから気まずい空気にしかなしなくて、申し訳なくなるばかり。彼はどう思っていたのかは分からないけれど、きっと、同い年で普通の女子生徒でよく読み合わせを付き合ってくれる人。それだけの存在でしかないんだろうと、苦しくなる反面それを安心してしまう私がいた。




 何度告白をしようと決心しても、学生時代の時も告白を決心する回数以上に怖気付いて辞めてしまうばかり。彼が誰かと付き合ったと知って諦めようと心に決めてから、初めて付き合った人は、社会人になって半年もいかずに別れてしまった。
 何年も拗らせた彼への想いは幸せを願う気持ちとそれが私であって欲しくて、(私なしではダメな体になればいいのに。)と、思わない日はあまり無かった。
 気味が悪い彼への劣情は学生時代とほぼ変わらずか、悪化している。


雷群らいむらさん。
 ちょっといいかな?」
 そう言って、今は部下になった彼は同じ学校に通っていたからと、敬語は無しで楽に話すようにと2人で決めた。

「はい。なんですか?」
「い、いや…ここは少し…」
 そう言って頬を赤らめる彼に、私は一抹の不安が走った。もしかしたら、結婚をするのではないか?と考えながら、(そういえば、彼の一度も色恋という噂を聞いていない。)と、思い出すとそれが私はより不安になる。
 ついて行くと休憩スペースだった。今の時間誰も使わないからと、2人で話すには丁度いいように思えた。


「それで、なんですか?」
 心の中で、不安で震え上がるのを必死に隠して両手は握りしめて彼の言葉を待つ。

「あ…え、え~っとですね…
 俺、結婚を考えてる人が居るんですよね。」
 彼の声で、結婚のけの字を聞いた私の全ては、光の届かない暗闇へと落ちていくのが感じられた。
 彼のかしこまった言葉遣いが、真剣さを物語っていて「ひゅっ」と、息が詰まる。

「……そう。
 それで、私に用なのは、どういう件で?」
 こういう言葉を言う事しか今の私には何も出来なかった。精一杯の取り繕った無表情で、気持ちがこもらない声で彼に冷たい言葉を落とす。

「あ!……い、いや!
 別にようという訳では無かったんだけれど、やっぱり雷群さんにしか言えないなっていうのと、雷群さんにしかそういう事は言えないって思ってさ」
 そう言うと、優しそうにくすぐったそうに、幸せそうな笑顔を見せる彼の顔は、明らかに恋をしていた。

「そう。じゃあ、もう、用がなければ、私は、戻りますね。」
 言葉の区切りが増えていくのが分かる私の言葉に、彼は違和感を持たず私の背中を見ているのが分かった。毒のあるようにしか思えない私の言葉も声色も、何もかも全て気持ち悪くて、(いっその事殺してしまえば…殺されてしまえばいいのに。)と、口に出しそうになる。

 噛み殺した言葉を今はただ飲み込めるように、仕事をこなしていく。仕事のミスすら、私のこの気持ちに比べると可愛いものに見えてしまう。

 1人になりたくない。その思いが強く感じて、今1人になれば必ず私は泣き崩れてしまうのだと分かった。自分を責めるのも彼を責めるのも出来なくて、ただ「1人になりたくない」そんな思いで、今の私は成り立っていた。



┅┅┅┅┅┅┅┅┅

 花びらが飛び交う中、タキシードの彼は私の目を見て幸せそうに笑いかける。
 一瞬私は彼と結婚したのではないか?と、思ってしまうほどに、彼は優しく笑った。
 次の一言で私は自分の身なりが、一般的なウエディングドレスではなく、地味な深海色の服をまとった普通の私になっていた。

「雷群さん!
 俺、幸せになるよ。
 雷群さんも、俺よりももっと幸せに──────

┅┅┅┅┅┅┅┅┅

 バッと、起き上がると泣き腫らした目元は…そんなものはなく、ただ机に張り付いて机と腕が当たっていた頬が少し赤くなっていた。
 場所は社内で、もう誰も居ないのを確認出来た。「はぁ…」と、ため息をついて伸びをすると貯めておいた仕事はとうに終わっていた。
 机の片隅には、プリンとメモが置いてあった。きっと彼なのだろうと、そう気づいてメモを取ろうとする。あと少しで触れる所で、あの夢を思い出した。
 今日の彼が想っている人ときっと結婚するんだろう。そう1人で頭が空っぽになりながら鼻をすする。「まだ大丈夫」そう言い聞かせてメモを取る。

《今日飯誘おうと思ってたんだけど、雷群疲れてるようだったから、今度行こうな!》

 そう書かれていた。「はは…」と、消え入るような声で自然と出した声は掠れていて、相変わらずの彼の声で、台本の読み合わせの時でしかしない私への言葉遣いがあの頃と同じで身に染みる。

「はは…暖かいな。」
 誰もいない社内は、冷たくて寂しかった。ただ彼の温もりが欲しくて欲しくてたまらない私に、そのメモの言葉だけで和らいで溶けていく。
 溶けた氷は涙になって溶かされていくようで、無数の涙が溢れ落ちる。両手でプリンのカップを優しく握ると、泣き声が抑えきれなくて小さく嗚咽するように泣いてしまう。


『愛してるよ』

 その言葉を今でも覚えている。その言葉をずっと欲しくて、泣きたくなるほど綺麗な彼の声は録音しなくても、覚えてる。
 掠れていく思い出は、彼の事だけが鮮明に覚えていて忘れられなかった。

「ずっとずっと、好きだよぉ」
 飲み込んだ無数の言葉が出てしまう。「好き」と言ってしまったら、もう止められなかった。




『愛してるって言ったら、どうする?』

 あの台本の相手役で書かれたその言葉を彼に言うのはドキドキした。
 あの気持ちが切なくて、手に入らなくて、今はもう思い出したくないのと欲しくて欲しくてたまらないくらい戻りたい。と、そう思ってしまった。





「好きって、誰に言ってるの?」

 雨が降り出した夜。その言葉で私の終わりと始まりが合図した。


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