Leaf Memories 〜想いの樹木〜

本棚に住む猫(アメジストの猫又)

文字の大きさ
60 / 86
狂ったモノに生まれる葉

毒聖愛《偶像と普通》

しおりを挟む


 私の人生はまるで偶像のようなものだった。
 何もかも普通でいられるよう努力した。
 その普通が重荷になって、次第に足枷になった。
 もちろん普通の恋だってしてたつもりだ。
 相手の愛情と私の愛情の意味は違うことに気づいたのは高校生の3回目の春だった。

 別れを切り出したのは相手から。
 私は涙を見せながらその言葉を了承した。

「友達としていた方が俺たちは上手くいく」

 そんなことを言われたのは覚えている。
 逆に言うとそれしか覚えていない。

 私は普通じゃない。
 その自覚をしたのは別れたすぐ後だった。
 涙を見せていた私の顔に、帰る頃には絶望する顔から普通を装うことができるまでになった。
 失恋したその日にそんな状態になるのは、いくつもの作品を見たって私の状態にはなっていなかった。
 心が酷く冷たくて、温かみがない心に涙は出なかった。

 世の普通がこんなにも単調であり激情であることに、私は困惑した。
 この世界は、情熱という名前を借りて冷静にはなれないのだと。

 この世界で生きるには、その普通というものになることが重要で、私は普通という偶像を貼り付けた。
 ストレスとプレッシャーに心が潰されるほど、心は荒んでいく事もいとわない私の異常さは、心地がいいとさえ思える。

 この窮屈な世界から、私は頭の中で繰り広げられる大きな世界を文字にして作ろうと考えた。
 波に乗りながら作られた作品は100を超えたところで、作品を本にしないかとオファーされた。
 二つ返事でお願いすると、そこそこ作品を手に取って購入してくれる事があった。
 本だけで生きていくのには厳しいことを知っている。
 だからこそ、私はその線引きをした。

 仕事もそこそここなして、ストレス発散として作品を作って、また仕事をする。
 単調な毎日に、生き甲斐など元々なかった私にはそれが普通にみえた。
 疲れればこの体はどうなるのだろう。
 その疑問に襲われながらも、頑丈な体はまた今日を生きるために鼓動する。

「飽きた」

 「疲れた」じゃなく「飽きた」と呟いた。
 心が疲弊している感覚はしない。
 ただ、飽きてしまっただけ。
 この偶像でまみれた私の人生と、この単調な生活が飽きてしまったんだ。

 そう。
 飽きてしまえば、やめるのがいいのだ。

 例えば単調な作業をやめるように。
 例えば貼り付けた偽物を剥ぎ取るように。

 軽くそして慎ましく静かにやめるのが普通だ。
 それならば、私も静かにこの人生をやめるとする。
 普通の生活をする流れで、この人生だけをやめるだけ。
 どうせまた新しい人生が、この私の性格も感性もリセットされた真新しい普通の人間になってリスタートする。
 それならば、死ぬことなんて簡単で普通だ。

 次の人生が無くとも、無になろうとも私はこれでいい。
 面白みもないこの世界に、偶像だけが残った私は排他されても異論ない。

「行ってきます」

 いつものようにこの小さな部屋に言うと、出勤するような気分で目星をつけた場所へと向かう。
 おそらく今の私は出勤する人にしか見えない。
 思い詰めても苦しんでもないこの顔は、自殺しようする人間とは誰も気づかない。




 私はそこで生前の記憶が途切れた。
 ここはどこだろう。
 すぐにわかったのは、見覚えのある生活感のある部屋だったからだ。
 知らない男がいた。
 すでに新しい人が住んだのかと錯覚してしまいそうだったが、手に持った服は見覚えがある。
 私の服だった。
 強く匂いを嗅がれているところを目の当たりにするが、私の事を気づいていないようで、私は瞬時に理解した。
 私は霊体になったのだろう。
 自分ではしっかりとした色を持っているとは思うものの、男とはやはり全体的に薄い色をしている気がする。
 グロテスクな外見はしてなさそうで、一安心する。

 男は長い溜息をつくと、私の部屋を探索する。
 この男は何をしているのだろう。
 ただ、恍惚になっていく顔と憎むような顔を繰り返すその姿はまるで普通じゃない。
 そうだ。この男は普通じゃない。
 なのになぜだろう。
 この男の方が、世の中の普通よりも、人間らしく普通に見えてしまう。

 その時気づく。
 私は死んでも普通にはなれなかったことがわかった。
 ただ、この男とはもっと早くに会いたかったと思ってしまう。
 この男と出会えていれば、私の偶像な世界は楽しかったのかもしれない。

 この男にならば、私の全てを堪能されたって良いとさえ思ってしまう。
 死んだ拍子に私は狂ってしまったのかもしれない。
 だが、それでも、今までとは違う芯から思う楽しさと高揚感に襲われるのだ。

 この男のそばにいるのに何も出来ないこの感覚に、私は酔いしれているのかもしれない。

 この男に生前に出会えていたら、私はありのままの自分を愛してくれたのではないか。
 生というものに執着することさえできたのではないか。

 今ならはっきりと言える。

 私は生きていたかった。


 この男に、何をされても私は楽しめたのかもしれない。
 そうとさえ思ってしまうのだ。

 やっと気づく。
 私はこの男に恋をしてるのだと。
 生きてさえいれば、この男に本心から恋することができたのだと気づいた。

 後悔とは違った複雑な感情が芽生える。
 これは、戸惑いだ。
 死んで気づく本物の恋を体験することに戸惑うのではなく、私も恋ができるのだという戸惑いだ。

 生きてさえいれば、この男を手に入れられたのかもしれない。
 その悔しささえ感じる。
 これが、人間なのか。
 この激情した心が高鳴るような癖になる感覚を、普通の人間は感じているなんて、憎い。
 だが、心の底から羨ましいのだ。







 今となれば疑問に思ってしまう。





 なぜ、私は死んだのだろうか。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾書籍発売中
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

白椿の咲く日~遠い日の約束

紫さゆり
恋愛
結婚を控えた真由子は、久しぶりに姉の稚子(わかこ)と会う。真由子の母、雪江は妻を亡くした水上実之(みなかみさねゆき)の後添いとして水上家に嫁いだ。実之には俊之、稚子、靖之の三人の子がいた。 稚子と話をしているうちに、真由子は雪江と白椿に何か関係があることに気がつき…… 大人の恋物語です。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

楽園 ~きみのいる場所~

深冬 芽以
恋愛
 事故で手足が不自由になった悠久《はるか》は、離婚して行き場を失くしていた義姉の楽《らく》を世話係として雇う。  派手で我儘な女王様タイプの妻・萌花《もか》とは正反対の地味で真面目で家庭的な楽は、悠久に高校時代の淡い恋を思い出させた。 「あなたの指、綺麗……」  忘れられずにいた昔の恋人と同じ言葉に、悠久は諦めていたリハビリに挑戦する。  一つ屋根の下で暮らすうちに惹かれ合う悠久と楽。  けれど、悠久には妻がいて、楽は義姉。 「二人で、遠くに行こうか……。きみが一緒なら、地獄でさえも楽園だから――」  二人の行く先に待っているのは、地獄か楽園か……。

処理中です...