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第四章 恋のドタバタ編
眠り姫①
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私は再び異世界に来ている。
辺りは沖縄県の海を思わせる澄んだ大海原の絶景が広がっている。そして、反対側を見上げると断崖絶壁が……。
「こんなところから落ちたの?」
落ちているところを想像したらゾッとした。私は急いで崖の下に横たわっているコリンに駆け寄った。
「コリン! コリン! 今助けるからね」
私は両手を胸の前に組んで心の底から祈った。
「コリンを助けて下さい。コリンの傷を癒して元通りにして下さい……」
髪飾りがキランと光った。しかし、コリンは目を覚さない。
「お願いします。コリンを助けて下さい……」
ショコラがコリンの頭部や身体を確認しながら安堵の表情を見せた。
「美羽、傷は塞がってるみたい」
「だけど、どうして目を覚さないの? コリン! コリン!」
必死に呼びかけても反応がない。息はかろうじてしているが、このまま目を覚まさないのではないかと不安が押し寄せる。
「血を流しすぎたのかもしれんな」
「魔王様、だったら輸血を!」
「この世界にそんな技術はない。それに強く頭を打っている。輸血が出来たところで変わらんかもしれん」
「そんな……」
このアイテムの治癒の力は傷を塞ぐことしかできないのかもしれない。
「しかし医者に診てもらわないよりはマシだろう。一旦コリンを屋敷へ送り届けてくる」
「私も行く」
「だが……」
「行っても何も出来ないかもしれないけど放っておけないよ……もう私たち友達だもん」
「分かった。ならせめてこれに着替えてからだ。その格好では連れて行けん」
魔王は闇の収納スペースから白いワンピースを取り出した。
これは、サイラスが私にプレゼントしてくれた物だ。華やかなドレスはサイラスの部屋に置いてきたが、異世界でいつも制服やジャージ姿で歩くのは目立つ。簡素なものだけ魔王が預かってくれていたのだ。
私は岩場に隠れて着替えを済ませ、魔王と共にコリンを屋敷まで送り届けた。
◇◇◇◇
私はベッドに横たわるコリンの手を握ってひたすら祈っている。早く目を覚ましますようにと。その姿を見兼ねた魔王は困った顔で私に言った。
「美羽、もう帰ろう」
「ううん。目を覚ますまでそばにいる」
「しかしな……俺達にはもう何もしてやれん」
「だけど、こんなところに一人で置いておけないよ」
——コリンの両親はとても淡白だった。いや、無関心と言った方が正しいかもしれない。
崖から落ちたこと、治癒しても傷口しか塞がっていないこと、意識が戻らないことをコリンの両親に説明した。しかし、それを聞いて心配するどころか鼻で笑ったのだ。
『だから言ったんだ。あんなところに出入りするなと。自業自得だ』
『医者は呼びますが、今夜は長男の婚約パーティーなのでこれから身支度がありますの。あんな子に構っていられませんわ』
私は怒りを何とか堪え、コリンに付き添う許可を得た。
「コリンとはさ、少ししか関わったことないけどとっても優しい子なんだよ。いくら次男だからってあんな待遇おかしいよ」
「そうだな」
「魔王様は先帰ってて。拓海や田中も心配してるだろうし」
「分かった。また迎えに来る」
魔王は私の頭をポンポンと撫でてから消えた。
それから私はコリンの手を握ったまま目が覚めるのを待った。
◇◇◇◇
あれから一日経過したがコリンは目を覚まさない。その間に魔王も心配して何度か様子を見にきては私に差し入れをして帰って行った。
丸一日、いやその前からだから一日半は眠っていない私は、若干テンションがハイになっていた。コリンの心配をしつつ、しょうもないことを考え始めた。
「眠り姫は王子様のキスで目覚めるのにな……」
あれはどうして目を覚ますのだろうか。キスに解毒作用など無いだろうに。愛の力は偉大だと良く言うが、たかがキス如きで人間を眠りの中から呼び戻せるなら苦労はしない。植物状態の人などいなくなるはずだ。
いや、でも植物状態になった人にキスする人がいないだけなのかもしれない。そんな状態の人にキスをするなんて不謹慎だと思ってしまうから。ということは、試しにやってみたら覚醒することもあるのだろうか。
私はコリンの手を離し、顔を覗き込んだ。そっと頬を触ってみると、とてもすべすべで女子なら誰もが羨む肌をしていた。
「まつ毛も長いし、綺麗な顔立ち」
眠り姫が王子様にされるように、私はコリンの顔に自身の顔を近付けていった。そこでパチッと茶色のクリクリとした大きな瞳と目が合った。
私は状況が飲み込めず、そのままその瞳を暫く見つめていた。コリンも同様で目をぱちぱちさせながら、じっと私の瞳を見つめ返してきた。
「ミウ?」
名前を呼ばれて我に返った。自分が今何をしようとしていたのかを思い出すと、顔がみるみる赤くなっていくのが分かった。
私は健全な男の子の寝込みを襲おうとしていたのか。最低だ。最低すぎる。コリンが目を開けなければ確実にしていた。き、キスを……。眠り姫と称して私はコリンとキスがしたかったのか? 最近色恋沙汰が多いので性欲でも高まったのだろうか。恥ずかしい。こんな女ドン引かれるに決まっている。
「ご、ごめん」
何事もなかったかのようにコリンから顔を離してみると、羞恥や罪悪感と同時にコリンが覚醒した喜びが湧き上がってきた。
「良かった、良かったよ。もう目を覚まさないんじゃないかって心配してさ。痛いとこない? 大丈夫?」
私は涙を流しながらコリンのすべすべの顔を撫で回した。
「ミウ、くすぐったいよ」
「だって嬉しくてさ。生きてるんだなって思ったら」
「どうしたの? ミウ、酷いクマだよ」
「ああ、寝てないから」
相当酷い顔をしているのだろうとコリンから離れて部屋にあった鏡を覗きに行こうとすれば、コリンに腕を引っ張られた。そして、そのままバランスを崩してベッドの上に転がった。
「あ、ごめんね。病人のベッドの上に転けるなんてダメダメだね」
すぐに起きあがろうと体を起こすと、コリンに後ろから抱きしめられた。
「良くわかんないけどさ、僕のために寝ないで心配してくれてたんでしょ? ありがとう」
「どういたしまして」
「ミウ、一緒に寝よ」
「え?」
「寝てないんでしょ? 僕もなんだか頭がクラクラするし、寝ながら詳しく聞かせてよ」
一瞬悩んだが、病人の言うことは断れない。私は言われるがままコリンの布団に潜り込んで、昨日の出来事を話した。
辺りは沖縄県の海を思わせる澄んだ大海原の絶景が広がっている。そして、反対側を見上げると断崖絶壁が……。
「こんなところから落ちたの?」
落ちているところを想像したらゾッとした。私は急いで崖の下に横たわっているコリンに駆け寄った。
「コリン! コリン! 今助けるからね」
私は両手を胸の前に組んで心の底から祈った。
「コリンを助けて下さい。コリンの傷を癒して元通りにして下さい……」
髪飾りがキランと光った。しかし、コリンは目を覚さない。
「お願いします。コリンを助けて下さい……」
ショコラがコリンの頭部や身体を確認しながら安堵の表情を見せた。
「美羽、傷は塞がってるみたい」
「だけど、どうして目を覚さないの? コリン! コリン!」
必死に呼びかけても反応がない。息はかろうじてしているが、このまま目を覚まさないのではないかと不安が押し寄せる。
「血を流しすぎたのかもしれんな」
「魔王様、だったら輸血を!」
「この世界にそんな技術はない。それに強く頭を打っている。輸血が出来たところで変わらんかもしれん」
「そんな……」
このアイテムの治癒の力は傷を塞ぐことしかできないのかもしれない。
「しかし医者に診てもらわないよりはマシだろう。一旦コリンを屋敷へ送り届けてくる」
「私も行く」
「だが……」
「行っても何も出来ないかもしれないけど放っておけないよ……もう私たち友達だもん」
「分かった。ならせめてこれに着替えてからだ。その格好では連れて行けん」
魔王は闇の収納スペースから白いワンピースを取り出した。
これは、サイラスが私にプレゼントしてくれた物だ。華やかなドレスはサイラスの部屋に置いてきたが、異世界でいつも制服やジャージ姿で歩くのは目立つ。簡素なものだけ魔王が預かってくれていたのだ。
私は岩場に隠れて着替えを済ませ、魔王と共にコリンを屋敷まで送り届けた。
◇◇◇◇
私はベッドに横たわるコリンの手を握ってひたすら祈っている。早く目を覚ましますようにと。その姿を見兼ねた魔王は困った顔で私に言った。
「美羽、もう帰ろう」
「ううん。目を覚ますまでそばにいる」
「しかしな……俺達にはもう何もしてやれん」
「だけど、こんなところに一人で置いておけないよ」
——コリンの両親はとても淡白だった。いや、無関心と言った方が正しいかもしれない。
崖から落ちたこと、治癒しても傷口しか塞がっていないこと、意識が戻らないことをコリンの両親に説明した。しかし、それを聞いて心配するどころか鼻で笑ったのだ。
『だから言ったんだ。あんなところに出入りするなと。自業自得だ』
『医者は呼びますが、今夜は長男の婚約パーティーなのでこれから身支度がありますの。あんな子に構っていられませんわ』
私は怒りを何とか堪え、コリンに付き添う許可を得た。
「コリンとはさ、少ししか関わったことないけどとっても優しい子なんだよ。いくら次男だからってあんな待遇おかしいよ」
「そうだな」
「魔王様は先帰ってて。拓海や田中も心配してるだろうし」
「分かった。また迎えに来る」
魔王は私の頭をポンポンと撫でてから消えた。
それから私はコリンの手を握ったまま目が覚めるのを待った。
◇◇◇◇
あれから一日経過したがコリンは目を覚まさない。その間に魔王も心配して何度か様子を見にきては私に差し入れをして帰って行った。
丸一日、いやその前からだから一日半は眠っていない私は、若干テンションがハイになっていた。コリンの心配をしつつ、しょうもないことを考え始めた。
「眠り姫は王子様のキスで目覚めるのにな……」
あれはどうして目を覚ますのだろうか。キスに解毒作用など無いだろうに。愛の力は偉大だと良く言うが、たかがキス如きで人間を眠りの中から呼び戻せるなら苦労はしない。植物状態の人などいなくなるはずだ。
いや、でも植物状態になった人にキスする人がいないだけなのかもしれない。そんな状態の人にキスをするなんて不謹慎だと思ってしまうから。ということは、試しにやってみたら覚醒することもあるのだろうか。
私はコリンの手を離し、顔を覗き込んだ。そっと頬を触ってみると、とてもすべすべで女子なら誰もが羨む肌をしていた。
「まつ毛も長いし、綺麗な顔立ち」
眠り姫が王子様にされるように、私はコリンの顔に自身の顔を近付けていった。そこでパチッと茶色のクリクリとした大きな瞳と目が合った。
私は状況が飲み込めず、そのままその瞳を暫く見つめていた。コリンも同様で目をぱちぱちさせながら、じっと私の瞳を見つめ返してきた。
「ミウ?」
名前を呼ばれて我に返った。自分が今何をしようとしていたのかを思い出すと、顔がみるみる赤くなっていくのが分かった。
私は健全な男の子の寝込みを襲おうとしていたのか。最低だ。最低すぎる。コリンが目を開けなければ確実にしていた。き、キスを……。眠り姫と称して私はコリンとキスがしたかったのか? 最近色恋沙汰が多いので性欲でも高まったのだろうか。恥ずかしい。こんな女ドン引かれるに決まっている。
「ご、ごめん」
何事もなかったかのようにコリンから顔を離してみると、羞恥や罪悪感と同時にコリンが覚醒した喜びが湧き上がってきた。
「良かった、良かったよ。もう目を覚まさないんじゃないかって心配してさ。痛いとこない? 大丈夫?」
私は涙を流しながらコリンのすべすべの顔を撫で回した。
「ミウ、くすぐったいよ」
「だって嬉しくてさ。生きてるんだなって思ったら」
「どうしたの? ミウ、酷いクマだよ」
「ああ、寝てないから」
相当酷い顔をしているのだろうとコリンから離れて部屋にあった鏡を覗きに行こうとすれば、コリンに腕を引っ張られた。そして、そのままバランスを崩してベッドの上に転がった。
「あ、ごめんね。病人のベッドの上に転けるなんてダメダメだね」
すぐに起きあがろうと体を起こすと、コリンに後ろから抱きしめられた。
「良くわかんないけどさ、僕のために寝ないで心配してくれてたんでしょ? ありがとう」
「どういたしまして」
「ミウ、一緒に寝よ」
「え?」
「寝てないんでしょ? 僕もなんだか頭がクラクラするし、寝ながら詳しく聞かせてよ」
一瞬悩んだが、病人の言うことは断れない。私は言われるがままコリンの布団に潜り込んで、昨日の出来事を話した。
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