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第3話 魔王
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監禁されてどのくらい経つのだろう。
まだ小一時間くらいな気もするが、気分的には半日は監禁されている。
「ひまーひまー、誰かぁ、だーれーかー」
「何だ」
「うわッ! 誰かいたし」
誰もいないと思って間抜けな声を出していたので、やや照れる。
「オホン」
咳払いなんてして誤魔化してみる。
しかし、声の主はどこにいるのか。
鉄格子の向こうには誰も…………いた!
小鬼だろうか。身長は百センチにも満たない、目がクリクリの可愛い男の子。それは、二本の角を生やしている。
小鬼は、お膳ごと食事を入口にある小窓から入れてきた。
「食べろ」
「あ、ありがとう」
可愛すぎて小鬼を食べてしまいたい……そんな衝動を抑えながら、食事を受け取った。
「安心しろ。毒は入っていない」
「あー、うん」
毒は入っていないのだろうが、スープに魔物の頭がそのまま入っている。パンにも何かの足が突き刺さっている。
勇者をしていなかったら、絶対食べられない程のグロテスクさ。いや、勇者をしていても食べられそうにない。
「俺、お腹空いてないから。君、食べる?」
「え、良いのか!?」
目をキラキラさせる小鬼。可愛すぎるんだが。
「どうぞ」
「やったぁ」
手放しで喜ぶ小鬼は、入れたお膳を再び牢から取り出し、美味しそうにムシャムシャ食べ始めた。
「あ、そうだ……魔王様には内緒だぞ」
「うん。誰にも言わないから安心し……え、魔王様?」
聞き間違いだろうか。
魔王といえば、魔界最強の人物。
勇者が一度は夢みる魔王討伐。けれど、誰もがその強さにひれ伏し、諦めて帰ってくる。
ん? 俺?
俺はグレイズに会うのに、勇者になるのが手っ取り早かったから勇者になっただけ。魔王に興味はない。もし出会っても、会釈をして逃げるようにして帰るだろう。
「なぁ、魔王がここにいるのか……?」
「そりゃ、ここは魔王城だからな」
「は……ははは」
驚きを通り越して笑いしか出ない。
「あのさ、俺って何で監禁されてんの?」
「知らね」
心の声も聞こえないところからして、本当に知らないのだろう。
「俺、逃げたら死ぬのかな?」
「さぁな。ま、オイラたちの好物が人間であるのは確かだな」
本当に美味しそうに食べるので、ついつい涎が出てきた。
それを見た小鬼は、お椀をひっ抱えて隠すように言った。
「返せって言われても返さねーぞ。もうオイラのだからな」
「はは……そんな大人げないこと言わないよ」
俺は固い石のベッドの上にゴロンと仰向けになった。
(グレイズさん、次はいつ来てくれるんだろ)
唇の感触を思い出し、顔が熱くなる。
「はぁ~、美味かった」
全て平らげた小鬼は、食べ終えたお膳をヨイショと持ち上げた。
「じゃ、また明日の朝持ってくるからな」
「ありがとう」
「監禁されて礼を言うなんて変な人間だな」
「はは……確かに」
小鬼は、チョコチョコとその場を去った——。
さて、どうしたものか。
グレイズになら監禁されても良いと思ったが、ここが魔王城ともなると話は別だ。
十三年前の件があったから俺の中でグレイズが良い悪魔に見えているだけで、俺は何かの生贄にされたりするのかもしれない。魔王に人間を献上することで何かしらの対価が得られたりするのかもしれない。どういう意図でここに入っているのかは分からないが、俺はまだ死にたくない。
俺のエクスカリバーは、牢の外。手荷物も一緒に隅の方に置かれている。
この足枷さえ取れれば、次にグレイズが入ってきた隙に逃げ出せるかもしれないが……。
体を起こし、鎖を手に持った。
そして、鎖を思い切り引っ張ってみる。
当たり前だが引きちぎれない。
「やっぱ、鍵がないとダメかぁ」
しかし、ここが魔王城ということは魔界に来てしまったということ。もしも、この鎖が外れて逃げ出せたとして、どうやって人間界に戻れば良い? グレイズの言うことが事実なら、魔力の無い俺は人間界に戻れない。
これは八方塞がりだ。
今すぐどうこう出来そうにないので、俺は諦めて固い石のベッドに横になり、ボロボロの掛け物をかけた。
鉄格子を背に寝返りを打ち、ぽつりと呟いた。
「こんなことなら、あのまま死にたかったな」
すると、俺とはまた別の影が壁に伸びた。
殺気はないが、すぐ近くに気配を感じ驚いた俺はガバっと後ろを振り返る。
ベッドサイドにグレイズの姿があった。
「あれ、鍵……」
南京錠はそのまま、扉も開いていない。
まさか、魔族は鍵がなくても入って来られるのか。これでは、俺が逃げるチャンスなんて毛頭ない。
完全に諦めに入り、俺はグレイズに背を向けて横になる。
(煮るなり焼くなり好きにしてくれ)
グレイズの手が伸びてきたのが分かり、ギュッと固く目を瞑る。
しかし、グレイズの手は、俺の考えに反し優しく頭を撫でてくる。
「人間界はそこまで辛いところなのか」
何だか、その優しさに涙が出てくる。
人間界が辛いなんて思ったことなど一度もない。けれど、グレイズが俺のことを考えてくれていることに涙が出てくる。
俺を捕らえてどうこうしようとしている悪魔なのに、何故俺にそんな態度を取るのか。何故——。
——コツコツコツ。
牢の向こうから足音が聞こえてきた。そして、次に発せられた言葉にビクッと肩が震える。
「魔王陛下。またコチラでしたか」
震えた肩にそっと手を添えてくれるグレイズは、冷たい声で応える。
「何の用だ?」
「いえ、西の方で反乱が起きておりまして」
「そうか……すぐ向かう」
「助かります。魔王陛下が行ってくだされば、直ちに解決することでしょう」
この会話、まるでグレイズが魔王みたいだ。
「あの……」
「何だ?」
「グレイズさんって……」
次の言葉が中々出て来ない。
しかし、グレイズは待ってくれる。
恐る恐る小さな声で聞いた。
「魔王……なんですか?」
「左様。我は少々席を外す」
そう言って、グレイズは姿を消した——。
衝撃的な事実すぎて涙なんて止まってしまった。恐怖で体が震えそうなものだが、グレイズに触れられた部分は妙な安心感に包まれている。
刹那、殺気を感じた。
牢の外にいる人物だ。
俺は恐る恐る後ろを振り返る。
そこには、金糸の刺繍が施されたロングローブを着た長身の男性がいた。長い黒髪を後ろで束ね、中性的な顔をした彼は、険しい顔をして歯をギリッと鳴らした。
「貴様さえ現れなければ……」
恐怖に冷や汗が出てきた。
息を呑んで見つめていると、彼は踵を返してその場を去った——。
緊張が解けると、息をしていなかったことを思い出し、急いで酸素を肺に送り込む。
「ゲホゴホ……ゲホ……はぁ……」
呼吸を整えた俺は、改めて思った。
「早く逃げないと……殺される」
まだ小一時間くらいな気もするが、気分的には半日は監禁されている。
「ひまーひまー、誰かぁ、だーれーかー」
「何だ」
「うわッ! 誰かいたし」
誰もいないと思って間抜けな声を出していたので、やや照れる。
「オホン」
咳払いなんてして誤魔化してみる。
しかし、声の主はどこにいるのか。
鉄格子の向こうには誰も…………いた!
小鬼だろうか。身長は百センチにも満たない、目がクリクリの可愛い男の子。それは、二本の角を生やしている。
小鬼は、お膳ごと食事を入口にある小窓から入れてきた。
「食べろ」
「あ、ありがとう」
可愛すぎて小鬼を食べてしまいたい……そんな衝動を抑えながら、食事を受け取った。
「安心しろ。毒は入っていない」
「あー、うん」
毒は入っていないのだろうが、スープに魔物の頭がそのまま入っている。パンにも何かの足が突き刺さっている。
勇者をしていなかったら、絶対食べられない程のグロテスクさ。いや、勇者をしていても食べられそうにない。
「俺、お腹空いてないから。君、食べる?」
「え、良いのか!?」
目をキラキラさせる小鬼。可愛すぎるんだが。
「どうぞ」
「やったぁ」
手放しで喜ぶ小鬼は、入れたお膳を再び牢から取り出し、美味しそうにムシャムシャ食べ始めた。
「あ、そうだ……魔王様には内緒だぞ」
「うん。誰にも言わないから安心し……え、魔王様?」
聞き間違いだろうか。
魔王といえば、魔界最強の人物。
勇者が一度は夢みる魔王討伐。けれど、誰もがその強さにひれ伏し、諦めて帰ってくる。
ん? 俺?
俺はグレイズに会うのに、勇者になるのが手っ取り早かったから勇者になっただけ。魔王に興味はない。もし出会っても、会釈をして逃げるようにして帰るだろう。
「なぁ、魔王がここにいるのか……?」
「そりゃ、ここは魔王城だからな」
「は……ははは」
驚きを通り越して笑いしか出ない。
「あのさ、俺って何で監禁されてんの?」
「知らね」
心の声も聞こえないところからして、本当に知らないのだろう。
「俺、逃げたら死ぬのかな?」
「さぁな。ま、オイラたちの好物が人間であるのは確かだな」
本当に美味しそうに食べるので、ついつい涎が出てきた。
それを見た小鬼は、お椀をひっ抱えて隠すように言った。
「返せって言われても返さねーぞ。もうオイラのだからな」
「はは……そんな大人げないこと言わないよ」
俺は固い石のベッドの上にゴロンと仰向けになった。
(グレイズさん、次はいつ来てくれるんだろ)
唇の感触を思い出し、顔が熱くなる。
「はぁ~、美味かった」
全て平らげた小鬼は、食べ終えたお膳をヨイショと持ち上げた。
「じゃ、また明日の朝持ってくるからな」
「ありがとう」
「監禁されて礼を言うなんて変な人間だな」
「はは……確かに」
小鬼は、チョコチョコとその場を去った——。
さて、どうしたものか。
グレイズになら監禁されても良いと思ったが、ここが魔王城ともなると話は別だ。
十三年前の件があったから俺の中でグレイズが良い悪魔に見えているだけで、俺は何かの生贄にされたりするのかもしれない。魔王に人間を献上することで何かしらの対価が得られたりするのかもしれない。どういう意図でここに入っているのかは分からないが、俺はまだ死にたくない。
俺のエクスカリバーは、牢の外。手荷物も一緒に隅の方に置かれている。
この足枷さえ取れれば、次にグレイズが入ってきた隙に逃げ出せるかもしれないが……。
体を起こし、鎖を手に持った。
そして、鎖を思い切り引っ張ってみる。
当たり前だが引きちぎれない。
「やっぱ、鍵がないとダメかぁ」
しかし、ここが魔王城ということは魔界に来てしまったということ。もしも、この鎖が外れて逃げ出せたとして、どうやって人間界に戻れば良い? グレイズの言うことが事実なら、魔力の無い俺は人間界に戻れない。
これは八方塞がりだ。
今すぐどうこう出来そうにないので、俺は諦めて固い石のベッドに横になり、ボロボロの掛け物をかけた。
鉄格子を背に寝返りを打ち、ぽつりと呟いた。
「こんなことなら、あのまま死にたかったな」
すると、俺とはまた別の影が壁に伸びた。
殺気はないが、すぐ近くに気配を感じ驚いた俺はガバっと後ろを振り返る。
ベッドサイドにグレイズの姿があった。
「あれ、鍵……」
南京錠はそのまま、扉も開いていない。
まさか、魔族は鍵がなくても入って来られるのか。これでは、俺が逃げるチャンスなんて毛頭ない。
完全に諦めに入り、俺はグレイズに背を向けて横になる。
(煮るなり焼くなり好きにしてくれ)
グレイズの手が伸びてきたのが分かり、ギュッと固く目を瞑る。
しかし、グレイズの手は、俺の考えに反し優しく頭を撫でてくる。
「人間界はそこまで辛いところなのか」
何だか、その優しさに涙が出てくる。
人間界が辛いなんて思ったことなど一度もない。けれど、グレイズが俺のことを考えてくれていることに涙が出てくる。
俺を捕らえてどうこうしようとしている悪魔なのに、何故俺にそんな態度を取るのか。何故——。
——コツコツコツ。
牢の向こうから足音が聞こえてきた。そして、次に発せられた言葉にビクッと肩が震える。
「魔王陛下。またコチラでしたか」
震えた肩にそっと手を添えてくれるグレイズは、冷たい声で応える。
「何の用だ?」
「いえ、西の方で反乱が起きておりまして」
「そうか……すぐ向かう」
「助かります。魔王陛下が行ってくだされば、直ちに解決することでしょう」
この会話、まるでグレイズが魔王みたいだ。
「あの……」
「何だ?」
「グレイズさんって……」
次の言葉が中々出て来ない。
しかし、グレイズは待ってくれる。
恐る恐る小さな声で聞いた。
「魔王……なんですか?」
「左様。我は少々席を外す」
そう言って、グレイズは姿を消した——。
衝撃的な事実すぎて涙なんて止まってしまった。恐怖で体が震えそうなものだが、グレイズに触れられた部分は妙な安心感に包まれている。
刹那、殺気を感じた。
牢の外にいる人物だ。
俺は恐る恐る後ろを振り返る。
そこには、金糸の刺繍が施されたロングローブを着た長身の男性がいた。長い黒髪を後ろで束ね、中性的な顔をした彼は、険しい顔をして歯をギリッと鳴らした。
「貴様さえ現れなければ……」
恐怖に冷や汗が出てきた。
息を呑んで見つめていると、彼は踵を返してその場を去った——。
緊張が解けると、息をしていなかったことを思い出し、急いで酸素を肺に送り込む。
「ゲホゴホ……ゲホ……はぁ……」
呼吸を整えた俺は、改めて思った。
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