囚われの勇者〜スキルで魔王の心の声を聞いたら、どうやら俺は魔王に溺愛されているようだ〜

陽七 葵

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第8話 番

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 それから一か月の時が経った。

 相変わらず魔王城からは出られないが、飯は美味いし、風呂も入れて、寝る時はグレイズのふかふかベッド。
 一緒に眠るので、そこはドキドキが止まらないが、それを除けば快適すぎる。

「グレイズ、今日も仕事か? 手伝えることはないか?」
「大丈夫だ。ジークは休んでいてくれ」
「休むって、休みすぎて暇なんだよ」

 酒の勢いから、グレイズとも距離感なく喋れるようになった。
 もう、逃げるのなんて考えなくても良いような気がしてきた。

 ただ、それはグレイズがいる時だけ。

「我は、ちと出かけてくる」
「あー、うん……」

 不安気な表情を見せれば、頭をポンポンと撫でられた。

「案ずるな。すぐに戻る」
「絶対だからな。絶対早く帰って来いよ!」
「ああ(そんなに我と離れたくないのか。最近やけに素直で可愛いすぎる)」

 グレイズは、名残惜しそうに部屋を出た——。

 俺は部屋の隅に置いてあるエクスカリバーを手に取った。
 グレイズには内緒にしているが、グレイズがいなくなった途端に奇襲がある。

——キンッ。

「チッ、また受け止めやがって」

 もちろん相手はライオネル。
 執事やコック、あとレオは俺のことを歓迎してくれたのに、ライオネルだけはどうしても俺を排除したいようだ。

「何故、私が貴様を殺そうとしていることを魔王陛下に言わない?」
「そんなの言ったら、グレイズが悲しむだろ」
「悲しむ? 何故?」

 何故って、グレイズはライオネルのことを信頼しているのだ。それなのに、愛する俺を殺そうとしているなんて知ったら、悲しむに違いない。

(あ、今、普通に愛する俺とか言っちゃったし。照れる)

 ポッと顔を赤くさせれば、視界が一変。荒野にいた。

「毎回毎回、外の空気吸わせてくれて感謝するよ」
「魔王陛下の部屋を滅茶苦茶には出来ないからな」

 俺もその方が動きやすいし、ありがたい。
 剣を横に薙ぎ払えば、ライオネルは飛び上がり中空で一回転。剣を振り下ろしてきた。
 金属音が重なり、ライオネルと睨み合う。

「人間が嫌いなのは分かるけど、しつこすぎんだろ」
「貴様さえいなければ……私がつがいになる予定だったのだ。貴様さえいなければ……」

 ライオネルの力の方が勝り、俺は後ろに吹き飛ばされる。体勢をすぐに立て直し、再びライオネルに向かって一直線に駆け出した。

「そのつがいって何なんだよ!」

 皆が心の中で俺をそう呼ぶ。
 レオに聞いてみたこともあるが、まるで海は何故青いのかという質問のように『つがいつがいだろ』と、さも当たり前のような回答が返ってきた。結局意味は分からずじまい。

 ライオネルは、奥歯をギリッと鳴らして応えた。

つがいとは、生涯を共にする伴侶のことだ。そんなことも知らず、魔王陛下の愛を一身に受けているのか?」
「…………」

 ライオネルの剣を避け、後ろに跳んで距離を取る。

 確かに、愛は感じる。実際に口に出されたことはないが、心の声と口付けから伝わる。口付けは、瘴気から俺を守るためでもあるが……。
 けれど、それらは、もしかしたら恋愛感情ではなく友人的な、家族愛的な……魔界では、口付けもそんな間柄でするのが当たり前なのかと思い込もうとしていた。
 しかし、今のライオネルの言葉でグレイズの愛の形が確固たるものに変わった。

 ボンッと頭から火が出そうになり、口元を肘で隠した。

「グレイズって、俺のこと…………好き、なのか」
「何を今更」

 ライオネルは、呆れたように剣を収めた。

「七十八年前、貴様は死んだ」
「は? 何!? 急に」

 俺も剣を鞘に収め、ライオネルの声が聞き取りやすい位置まで近付く。

「貴様は、魔王陛下のつがいとして、この魔界を守ってきた。その時の名がアレッシオ」
「あ……」

 この魔王城に来てから、何度か聞いたことがある名前だ。グレイズも時折『アレッ』と言って、俺の名を呼び直す。
 それは、俺の前世の名前だったのか。

 俺の前世が悪魔だったなんて信じ難いが、グレイズの俺に対する態度を見れば、妙に納得した。

「自ら命を絶った貴様は」
「え、俺、自殺したの?」
「理由は誰も知らんが、それから魔王陛下も後を追おうと何度もしたのだ。しかし、後を追うよりも魂を蘇らすのはどうかと提案した」

 まさか、そんなこと……。

「私だって、出来るわけないと思っていたんだ。ただ、私が魔王陛下の……グレイズ様のお側にいたかったから、私が貴様の後釜に入ろうと目論んだ」

 なるほど。だんだん分かってきた。
 つまり、ライオネルからしたら、蘇るはずのない俺が蘇ったから、邪魔でしょうがないと。殺そうとするのも、単に俺が人間だからという理由ではなかったのか。

「でも、何でグレイズは俺に何も言ってくれないんだ?」
「そんなの……前世の記憶を思い出されて、再び命を絶たれたら困るからだろ」
「あー、それで」

 俺を監禁した理由も納得だ。
 魔界に来る時、崖から飛び降りた俺を助けてくれたグレイズは、命を無駄にするなと言っていた。そんなつもりは毛頭無かったが、グレイズからしたら、俺が再び自殺するのではないかと不安でしょうがなかったのか。

「だから、貴様の力が戻ると言われている二年後までに、私は貴様を殺す」

 油断していた俺の背後にライオネルが立ち、首筋に爪を立ててきた。

「なッ」

 もう終わりだと思ったその時——。

「何をしておる」
「ま、魔王陛下」

 ライオネルの背後に、突如グレイズが現れた。

「何をしておるのかと聞いているのだが?」

 ライオネルの手が首筋から離れ、諦めたように、だらんと下に垂れた。

「申し訳」
「お、俺が頼んだんだよ」
「ジーク……?」

 俺は後ろに向き直り、グレイズにへらりと笑いかけた。

「ずっと部屋にいたら体が鈍るからさ、稽古つけてもらおうと思って」
「そうなのか? ライオネル」
「は、はい……(何故、私を庇う? こんな私を哀れだとでも?)」

 俺だって理由は分からない。
 本当のことを伝えれば、金輪際ライオネルに命を奪われることはないかもしれない。
 けれど、やはり思うのだ。グレイズの寂しい顔は見たくない——と。
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