囚われの勇者〜スキルで魔王の心の声を聞いたら、どうやら俺は魔王に溺愛されているようだ〜

陽七 葵

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第7話 専属シェフ

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 魔王城の食堂にて。
 魔が付くだけで、さすが王城。食堂も、それはもう広かった。縦に長い机が幾つも連なり、その上には等間隔に燭台が並んでいる。
 そんな広い空間に、二人分の食器が端と端に置かれていた。

「さ、客人様はこちらへ」

 執事服を着たひつじの執事が椅子を引いてくれたので、俺はそこに座る。グレイズは向かい合った反対の席に。

 遠すぎて心細くなってしまう。ひつじの執事は赤ワインをグラスに注ぎ、ぶたのコックが食事を運んでくる。

 その食事を見てホッとする。
 人間界で食べていた食事と大差ないからだ。前菜のサラダとスープに魔物の痕跡は微塵もみられない。
 ただ、歓迎はやはりされていない。

(何故、このわたしが人間の食事なんて……)
(料理長、手を抜いたな。魔王陛下の食事と全然違う。気持ちは分かるぞ)

 俺はグレイズの前に置かれた食事を目を凝らして見る。
 遠くて見えづらいが、スープ皿の上に鳥らしきものが立っている。そして、俺のサラダは緑の葉物とトマトが乗ったシンプルなものに対し、グレイズのは、紫や黒のぐるぐると渦を巻いた山菜のような何かが皿から飛び出していた。
 明らかに、昨日グレイズが作ってくれた食事の類いだ。

(しかし、料理長よ。彼は人間だが、魔王陛下の客人様。これは魔王陛下に報告しなければならない。許せ)

 執事がにこやかな笑顔を向けた後、グレイズの元に行こうとするものだから、急いで呼び止める。

「あの!」
「どうかなさいましたか?」

 執事は足を止め、戻ってきた。

「あ、えっと……」

 食事はこのままが良いと言いたいが、心の声を聞いたのがバレるのはまずい。
 俺は、そこにあったワインを一気飲みした。

「ちょ、そんなに急いで飲まれますと」
「大丈夫大丈夫。俺、酒は強いから」

 我が国の成人は十六歳。その頃から付き合いで酒は飲んでいる。ワインの一杯や二杯では酔わない。

「おかわり」
「か、かしこまりました」

 執事がワインをグラスに注ぐ中、俺はフォークでサラダを刺した。そして、豪快に大口を開いて食べる。

「うまッ。こっちのスープも」

 スープをゴクゴクとスプーンも使わず飲み干した。

(なんと、はしたない。やはり人間なんぞ。料理長、今日のところは見逃してやろう。平らげてしまったら証拠も残らんしな。致し方ない)

 執事と目が合うと、ニコリと微笑まれた。

(この執事、よく出来てんなぁ)

 そんな感想を抱きながら、次にきた魚料理を食べる。これまた普通で美味しい。
 肉料理やデザート、次々とくる普通の料理を全て平らげた。

「あー、美味かった」

 満足した俺は、お腹をさする。
 執事やコックらに白い目で見られているが、それもそのはず。
 俺はこんな上品な環境で料理を食べたことがないのだ。マナーなんて微塵も知らない。ナイフでちまちま切ったりなんてせず、出されたものをただ食う。それだけだ。

「そんなのでよく魔王陛下のつがいを名乗れるな」

 殺気を押し殺しながら言うのはライオネルだ。

「つがい?」

 俺は赤くなった顔を傾け、キョトンとライオネルを見た。

(チッ、この酔っ払いが。一思いに殺してやりたい)

 けれど、グレイズが同じ空間にいるからか、何もしてこない。
 そして、何故か執事とコックは焦っている。

(は? 今、ライオネル様はなんと? 魔王陛下のつがいだと? まさか、この人間……アレッシオ様の)
(え、今の話が本当なら、わたしは魔王様の大事なお相手に、こんな中途半端な料理を……? 処刑確定だ……)

 コックはヨタヨタと俺の前まで来た。帽子を取って、青い顔をしながらこうべを垂れた。

「大変申し訳ございませんでした」
「へ? こんな美味い料理作ってくれてありがとう」

 へらりと笑い、もう一言。

「明日からも、俺のはこんな感じので頼みたいんだけど大丈夫?」
「で、ですが、魔王様に叱られます」

 ちらりとグレイズを横目で見るコックは、グレイズの冷ややかな目と合ったようで、萎縮した。

「俺が、これが良いって言ってんの! 文句あるなら首切るよ! ハハハ」

 なんてね……酔ってない。酔ってない。
 上機嫌になっていると、食事を済ませたグレイズがジャケットを羽織りながらやってきた。

(さすが我のジーク。もう打ち解けたか)

 俺と違って、グレイズは酔っていないようだ。顔も赤くないし、いつもの澄ました顔のままだ。

「ハハハ。おい、グレイズ。今日からこのコック、俺の専属にしてくれよ」
「ジーク、酔っているのか?」
「酔ってねーって。料理は美味いし酒も美味い。それから、お前の舌遣いも上手すぎだっつーの。ハハハ」

 もう笑いしか出てこない。
 そんな中、執事がグレイズに左斜め後ろから声をかけた。

「魔王陛下」
「なんだ?」
「先程小耳にしたのですが、ジーク様がつがいというのは……」

 グレイズがライオネルを見ると、ライオネルはバツが悪そうに半歩下がった。
 
「事実だ。けれど、まだ口外するな。覚醒してからでなければ、ジークを危険に晒すことになる」
「御意」

 グレイズは何の話をしているのか。キョトン顔で見上げれば、グレイズはウズウズしたように体を震わせた。

(言いたい……魔界中の者に、ジークは我のつがいだと公言したい。我のモノに手を出すなと、我のモノ宣言したい! 早く二年経たぬだろうか。二十歳を迎えれば、ジークは本来の力を取り戻す。うー、そんなに待てない!)
(本来の力? 二年後? つがい?)

 分からないことだらけだ。
 
 震えが収まったグレイズは、思い出したようにコックを呼んだ。

「料理長」
「は、はい!」

 背筋が伸びるコック。反対にお腹がぽよんと出て、笑ってしまう。そんな俺の頭をグレイズが撫でる。

其方そなたには、褒美をやろう」
「……え?(褒美? 罰ではなくて?)」
「ああ。ジークは先程、今日から其方そなたを専属にしたいと言ったのだ」
「それが……何か?」
「我の料理では無理だったことを其方は実現したのだ。ジークに生きたいと、生きる楽しみ、そして活力を与えてくれたのだ。感謝する」
「え、あ、はい! 滅相もございません」

 頭を下げるコックは、俺にも頭を下げてきた。

「これから、どうぞ宜しくお願い致します」
「ハハハ、よろしく~」

 よく分からないが、これから普通の食事が食べられることが確定した瞬間だった——。
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