囚われの勇者〜スキルで魔王の心の声を聞いたら、どうやら俺は魔王に溺愛されているようだ〜

陽七 葵

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第6話 天使の悪戯

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 俺の疲れも最高潮だったのかもしれない。魔王グレイズの部屋だというのに、ましてや愛しのジークとか言われてキスされたにも関わらず、爆睡してしまった。

 そして、目を覚ました今——。

(ああ、愛しのジーク。人間になっても素敵だ)

 まだグレイズに頭を撫でられていた。
 どうして良いか分からず、目を覚ました今もグレイズに背を向ける形で横になっている。

 それより、眠る前に聞いた心の声は、聞き間違いではないようだ。
 それに、『人間になっても』とは、どういう意味なのか。色々聞きたいことはあるが、心の声の内容を聞けば不審がられる。このスキルは知られたくない。別の視点から聞いていこう。

 寝返りを打って仰向けになれば、頭を撫でていたグレイズの手が離れた。

「目覚めたか」
「は、はい……」

 グレイズの金色の瞳と目が合い、吸い込まれそうになる。

「まだ、ボーッとしてるな」
「ね、寝起きですから」

 グレイズに見惚れていたとは言えない。誤魔化しながら聞いてみる。

「あの……聞いても良いですか?」
「何だ?」
「グレイズさんは、その……俺をどうしたいんですか?」

(食べてしまいたい。キスして、トロトロになった顔を見ながらイジり倒して、————(自主規制))

 無表情の彼からは想像出来ない程に破廉恥な声が聞こえてくる。後半なんて聞いたこともないような単語が並んでいたが、内容がエッチなことは何となく分かった。
 さすがの俺も平常では聞くことが出来ず、熱くなる顔を布団で半分隠した。

其方そなたには、しっかり療養してもらいたい」
(いやいやいや、言ってることと心の声が違いすぎんだろ)

 そんなツッコミは入れれないので、別のことを聞く。

「グレイズさんは、俺の敵じゃないんですか?」
「敵? 我がいつ其方そなたに敵意を向けた?」
「あー、確かに……」

 グレイズが魔王だという事実を聞いたから、勝手に敵だと思い込んでしまった。十三年前も今も、グレイズからは全くと言って良いほど敵意を感じない。
 敵意を剥き出しにしていたのは、グレイズではなく、その他の兵と黒髪長髪の綺麗な顔の人。

 だから、グレイズになら監禁されても良いと思ってしまったのだ。
 
 そして、今や敵意云々よりも、愛情しか感じられないんだが。気のせいだろうか。

(我は、ジークに会えただけで心躍るのだ。この胸の高鳴り……魔界中に愛を叫びたい!)
(気のせいじゃないみたい……)

 心の中は薔薇色なのに、よくもまぁ、そんな無表情でいられるものだ。

(あ、そうだ。魔力を与えるフリをして、もう一度口付けしておこう)
「え……」

 思わず心の声に反応してしまった。
 しかし、口元をふかふかの布団で隠していたので、グレイズには気付かれなかったようだ。
 
「ジーク」
「は、はい!」

 緊張して声が裏返る。

「そろそろ我の魔力を与えないと瘴気にやられてしまう」
「そ、そうなんですね……」

 グレイズに布団をまくられ、肩をもって抱き起こされた。
 至近距離で見つめ合い、心臓が跳ねる。

(愛している)

 そう心の中で呟くグレイズの唇が、俺のそれに触れた。
 そして、昨日のように魔力……ではなく、グレイズの舌が入ってきた。

「んんッ」

 まるで俺の精気を奪うかの如く吸い付いてくる舌。次第に頭の中が真っ白になっていく。
 力が抜ける中、グレイズの首に手を回す。それを合意と捉えられたのか、舌使いが激しくなる。
 糸を引きながらグレイズの唇が離れた時には、もう意識がなくなる寸前だった。

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 このだらしのない顔を見られたくなくて、グレイズの首筋に顔を埋める。すると、肩で呼吸をする俺の背中をポンポンと撫でられた。

(ちと、やりすぎたか)
(やりすぎだよ)
(しかし、七十八年ぶりだったのだ。許せ)
(七十八年ぶり? 俺が生まれるずっと前?)

 その間誰ともキスをせず、欲求不満で溜まっていたということか?
 俺なんて生まれてこの方キスなんてしたことがないのに、昨日が初めてだったのに……。

 それでも、初めてがグレイズだと思うと嬉しいと思えるのは何故なのか。
 そして、グレイズの温もり、グレイズの甘い匂いを嗅いでいると、懐かしい気分になるのは何故だろう。

「あの……俺たちって」

 ——グゥ……ギュルルルル。

 腹の虫が盛大になってしまった。

「す、すみません」
「何故謝る。腹が空くと言うのは生きている証だ」
「確かに」

 納得していると、グレイズが頭元の物置きスペースにある呼び鈴をチリン♪と鳴らした。
 すぐに、扉をノックする音が聞こえる。

「入れ」

 グレイズの一声で、金糸の刺繍が施されたロングローブを着た男性が入ってきた。彼は、黒髪長髪を後ろで一つに結んだ綺麗な顔の男。地下牢で俺に殺気を向けてきたやつだ。

「魔王陛下、お呼びでしょうか」
「ライオネル。飯を用意してくれ」

 俺の頭を撫でながらグレイズが言えば、ライオネルと呼ばれた彼は、淡々と返事をした。

「かしこまりました。すぐに食堂に用意させます」

 一礼して部屋から出て行ったライオネルから殺意は感じなかったが、歓迎もされていないような気がした。

「あの……彼は?」
「我の信頼できる臣下の一人だ。我が不在の時は、ライオネルに言うと良い」

 信頼できる……か。俺は、自分に殺意を向けてくる輩を信頼なんて出来ない。
 今のところ俺がここで信用出来るのは、グレイズだけだ。ここまで心の中で愛を囁かれて、するなと言われても信頼してしまう。
 心の声ほど、正直なものはないのだから。

 しかし、何故こうも俺は愛されているのか。しかも、相手はあの魔王様だ。勇者の俺が敵になることはあっても、愛される意味が分からない。

「さぁ、食事にするぞ」
「はい」

 グレイズから離れれば、何となく寂しい気分になる。
 対してグレイズは、何となくではすまされなかったようだ。

(ジークの温もり、匂い、声、鼓動、全てがこの手の中にあったのに……ああ、もっと触れていたい。何故腹の虫が今なるのか。これは、天使の悪戯か。やはり、天使なんて胡散臭い連中ばかりだ。我とジークの仲を引き裂こうとは。いつか天界を滅する)

 なんだか、スケールが凄いことになっている。
 どうか、俺の腹の虫のせいで天界と戦争になりませんように——そう、切に願う。
 あ、ついでに、これから食べる食事が、少しはマシな見た目をしていますように————。

「何をしておる?」
「あ、いえ、お祈りを」

 前に組んでいた手を離し、グレイズの半歩後ろをついて歩いた——。
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