囚われの勇者〜スキルで魔王の心の声を聞いたら、どうやら俺は魔王に溺愛されているようだ〜

陽七 葵

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第9話 葛藤

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 その日の晩。
 カーテンの隙間から月明かりが差し込み、ほんのりと部屋の中の様子が窺える。

 グレイズを背に小鬼のレオを抱き枕のようにして布団に入っていると、グレイズが心の声を呟きまくっていた。

(今日のは、ライオネルがジークを殺そうとしていたのではないか? 我が着いた時に、そんな風なことが聞こえたが……。しかし、それなら何故、ジークは稽古だなんて嘘を? ジークは、もしかして我ではなくライオネルを……? それに今だって、我が隣にいるというのに、レオを抱いて眠るとは……何故、我を抱いて寝てくれないのか。昔はあんなにも抱き合って眠ったのに、ジークは一度も我を抱いて寝てくれたことがないではない。レオではなく我を抱いて寝てくれ! レオではなく我を!)

 何だか圧を感じ始めたので、グレイスの方に顔だけ向けた。

「――ッ」

 もの至極真剣な顔でガン見されていた。急いで顔を元に戻す。

「ジーク。まだ起きていたのか?」
「あ、うん」
「今夜は冷えるな」
「そ、そうだな」

 暫しの沈黙が流れる。
 しかし、俺には聞こえる。グレイズの心の声が。

(ほら、冷えるから我を抱いてくれ。レオではなく我を! もっとちこう寄れ。そんな端ではなく、もっとこちらに……)

 そして、何だかグレイズが少しずつ近付いているような錯覚に陥る。
 そこは気のせいだが、こういった触れ合いたい願望の強い時のグレイズは大抵こう言う。

「ジーク、そろそろ魔力を与える時期だ」
「あー、うん。でも、昨日も貰ったような……」
「昨日のは、量が少なかったのかもしれん。もう切れかかっておる」

 俺には分からないと思って、テキトーなことを言う。
 実際に分かってはいないが、こんな俺でも、魔力が流れてくる時とそうでない時は何となく分かるようになった。魔力が流れてくるのは週に一回程度。それ以外は、ただのキスだ。多分。絶対。
 しかし、ここで生きるにはグレイズの魔力が必須。拒めるはずもない。

 眠っているレオをそっと離し、布団を肩までかけてやる。
 グレイズの方に寝返りを打てば、温かい手が俺の頬を撫でる。

(ああ、愛しのジーク……やっと我を見てくれた。ジーク、愛している)

 チュッとグレイズの唇が、俺のそれに当たった。
 けれど、やはり魔力が流れてくる感覚はなく、グレイズの柔らかい唇の感触だけを感じる。
 互いの唇が離れれば、額と額をこつんと合わせてから、グレイズは寝返りを打って背を向けた。

(はぁ~、幸せ)

 グレイズは満足したようだ。
 今回はディープなのがくるかと覚悟していたが、そうでもなかったので正直物足りない。自身の唇を押さえて、グレイズの後頭部を眺める。

(グレイズは、俺のことが好きなのか……)

 グレイズに恋愛感情を抱かれていると思うと、嬉しいような、それでいて悲しいような気持ちになる。
 だって、グレイズが好きなのは俺であって俺でない。俺がアレッシオの生まれ変わりだから、その延長でグレイズは俺のことを好きなのだ。俺はアレッシオかもしれないが、俺はアレッシオでない。何故だか、俺自身を……ジークである俺を見て欲しいと思ってしまう。

 俺はグレイズの背にぴったりとくっついた。
 
「ジーク……?」

 グレイズの温もりを感じる。鼓動が跳ねたのも分かった。
 けれど、これは全部俺がアレッシオだから。俺がアレッシオでなければ、感じることのできなかったもの。

「俺、人間界に戻りたい」
「…………」

 このままここにいたら、俺はグレイズのことを嫌いになりそうだ。いや、違う。俺は俺自身を嫌いになりそうだ。
 
 ――それからグレイズは何も言ってくれなかったが、心の声だけが切なく何度も響いてきた。『離れたくない――』と。

◇◇◇◇

 ――翌朝。
 朝食を済ませた俺は、グレイズが机に向かって書類整理をしているのを眺めつつ、レオの角で遊んでいた。

「やめろよ。くすぐったいだろ」
「だって、角ってさ、固いかと思ってたんだよ。でも、実際ムニムニしてて気持ち良いし」
「成熟したら固くなるんだよ」
「じゃあ、やっぱ見た目通り、レオはお子ちゃまなんだな」

 揶揄えば、レオはぷくッと頬を膨らませながら、そっぽを向いた。
 その仕草が子供っぽくて可愛すぎる。

「ぎゅってして良い?」
「ダメに決まってんだろ。って、もうしてるし。やめろよ、鬱陶しい」

 嫌がるレオを抱きしめていると、いつものようにグレイズの声が――――聞こえてこない。いつもなら、『我も抱きしめてくれないだろうか。書類整理なんてするより、あっちで一緒に遊びたい』と心の声が聞こえてくるのだが、今は何も聞こえない。
 集中しているのだろうか。それとも、俺が昨日人間界に戻りたいなんて言ったから、怒っているのかもしれない。

 グレイズが、羽ペンをスタンドに置いた。
 そして、俺に言った。

「ジーク、昼食を食べたら出発だ」
「へ? どこへ?」
「人間界だ」

 ずっと戻りたかった。自分からそう願った。それなのに、どこか心の片隅でグレイズが止めてくれると思っていた。
 心の声のまま、俺と離れない選択肢をしてくれるものだとばかり思っていた。

「ジーク?」

 心配そうに顔を覗き込んでくるレオ。
 泣きたいのを我慢しながら、俺は無理矢理笑顔を浮かべて返事をした。

「分かった」

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