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大豚令嬢に舞い降りた縁談
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アンソニー・アミュレットは私の実の父親。齢60歳過ぎてはいるが、現役の伯爵家当主。そして私を気にかけてくれる唯一の肉親。
12年に渡る引きこもり生活も許容してくれるだけでなく、家族からの誹謗中傷、暴力から守ってくれる理解者だ。
そんな父親からの呼び出しはいくら引きこもりの私でも応じないわけにはいかない。何の用なのだろう?
お父様の執務室の扉を叩くと、中から入るように促された。
執務机の前に設置してある、来客用の長椅子に座ると、絶妙なタイミングでお父様の執事、ギュンダーが紅茶とお茶菓子を出した。
今日はクッキーのようだが、最近砂糖の市場価格が高騰しているので、甘さは控え目のものだろう。甘くないクッキーはあんまり好きじゃない。バターたっぷりのクッキーが好きな私は食べる気が失せてしまう。一瞥をして、お父様に向き直った。
「それで、お話というのは……?」
「突然なんだが、リゼに縁談が来ているんだ」
「縁談……?」
今まで冷やかしの縁談は何件かあったが、今回は真剣な様子。お父様が自慢の鼻髭を弄り、困った表情を浮かべた。
「名のある家柄のご子息からでしょうか……?当家が断りにくい相手……スペード侯爵あたりでしょうか」
「いや、違う。……多分おまえも想像し得ないもっと上の地位のお方だ」
銀が取れる鉱山をいくつも所有して、経済的にも潤いを見せているスペード侯爵より上の存在?私も想像し得ないとなると……王子、はまずあり得ないし。
「……宰相の家柄、グラトニー家とか?」
「正解だ」
適当に言ったのだが、まさか大当たりを引き当てるとは。……じゃなくて!
なんでこんな大豚根暗引きこもり令嬢の私にそんな縁談が!
たしか、グラトニー公爵家の当主はヴァーレンス様だ。24歳の独身で、先天性のアルビノで浮世離れした容姿、若くして宰相の地位に付き、国家運営にその手腕を発揮している。
彼には子供はいない。兄弟はいるが、皆結婚して、独身は彼のみ。……なんでそんな好条件物件が私に縁談なんて。
「冷やかし……とか?でも、それ以外じゃ説明がつかない。確かにうちの領地は穀物栽培と宝飾関係で潤っているし、経済力だけでみれば王国内で有数の財力は誇っているけど……貴族社会が根強い王国社会においては、グラトニー家には及ばないし。仮に縁談を申し込むなら私じゃなくて姉さんか、エリザベスに打診するはずなのに」
「実際に正式な書簡で届いている。……正式な形で来ている以上、僕たちから断る理由はないし、断ることは出来ない。それに……」
「ええ、知ってます。お父様、当主の座を降りるのでしょう?いくら自室に引きこもっているからといっても、屋敷内を歩いていれば嫌でも噂は耳に入ります」
家にとって目の上のたんこぶでしかない私。今でこそお父様が面倒を見てくれているが、兄妹たちはそうは行かない。
あの黒歴史事件以来、家族からも露骨に嫌われるようになり、今では家族と顔を合わせないように離れで生活をしている。
お父様が当主の座を降りれば、順当に行けば、長兄であるルーパートお兄様になる。お兄様も私のことをよく思っていないし、事あるごとに部屋に訪れては嫌がらせをしてくるくらいだ。
お兄様が当主になれば、十中八九私は追い出される。
結局のところ、生活を維持していくためには、グラトニー公爵との縁談に頷くしかないのだ。
引きこもり生活で肥大化した脂肪の重みも相まって、唯一の味方である父親のお願いを断れない状況で気も重くなっていく。
了承の意で頷くと、お父様は申し訳なさそうに「ありがとう」と穀潰しであるはずの私に深々と頭を下げた。
「来るべく時が来てしまっただけです。どちらにせよ、お父様が当主の座を降りてしまえば、私はこの家に追い出されますし」
「いや、それだけは絶対に――」
「いえ、私がお兄様ならそうします。家の利益にならないし醜聞になる私は手早く切り離したいでしょうから」
それは本当のことなので、お父様は押し黙った。なにか言いたそうに口をぱくぱくとさせたが、縁談の話はこれで終わりだ。後の用事はないようなので、私は席を立ち上がった。
「私のことを考えていただいてありがとうございます。婚約の話はお受けしますので、その様にすすめて下さい」
12年に渡る引きこもり生活も許容してくれるだけでなく、家族からの誹謗中傷、暴力から守ってくれる理解者だ。
そんな父親からの呼び出しはいくら引きこもりの私でも応じないわけにはいかない。何の用なのだろう?
お父様の執務室の扉を叩くと、中から入るように促された。
執務机の前に設置してある、来客用の長椅子に座ると、絶妙なタイミングでお父様の執事、ギュンダーが紅茶とお茶菓子を出した。
今日はクッキーのようだが、最近砂糖の市場価格が高騰しているので、甘さは控え目のものだろう。甘くないクッキーはあんまり好きじゃない。バターたっぷりのクッキーが好きな私は食べる気が失せてしまう。一瞥をして、お父様に向き直った。
「それで、お話というのは……?」
「突然なんだが、リゼに縁談が来ているんだ」
「縁談……?」
今まで冷やかしの縁談は何件かあったが、今回は真剣な様子。お父様が自慢の鼻髭を弄り、困った表情を浮かべた。
「名のある家柄のご子息からでしょうか……?当家が断りにくい相手……スペード侯爵あたりでしょうか」
「いや、違う。……多分おまえも想像し得ないもっと上の地位のお方だ」
銀が取れる鉱山をいくつも所有して、経済的にも潤いを見せているスペード侯爵より上の存在?私も想像し得ないとなると……王子、はまずあり得ないし。
「……宰相の家柄、グラトニー家とか?」
「正解だ」
適当に言ったのだが、まさか大当たりを引き当てるとは。……じゃなくて!
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たしか、グラトニー公爵家の当主はヴァーレンス様だ。24歳の独身で、先天性のアルビノで浮世離れした容姿、若くして宰相の地位に付き、国家運営にその手腕を発揮している。
彼には子供はいない。兄弟はいるが、皆結婚して、独身は彼のみ。……なんでそんな好条件物件が私に縁談なんて。
「冷やかし……とか?でも、それ以外じゃ説明がつかない。確かにうちの領地は穀物栽培と宝飾関係で潤っているし、経済力だけでみれば王国内で有数の財力は誇っているけど……貴族社会が根強い王国社会においては、グラトニー家には及ばないし。仮に縁談を申し込むなら私じゃなくて姉さんか、エリザベスに打診するはずなのに」
「実際に正式な書簡で届いている。……正式な形で来ている以上、僕たちから断る理由はないし、断ることは出来ない。それに……」
「ええ、知ってます。お父様、当主の座を降りるのでしょう?いくら自室に引きこもっているからといっても、屋敷内を歩いていれば嫌でも噂は耳に入ります」
家にとって目の上のたんこぶでしかない私。今でこそお父様が面倒を見てくれているが、兄妹たちはそうは行かない。
あの黒歴史事件以来、家族からも露骨に嫌われるようになり、今では家族と顔を合わせないように離れで生活をしている。
お父様が当主の座を降りれば、順当に行けば、長兄であるルーパートお兄様になる。お兄様も私のことをよく思っていないし、事あるごとに部屋に訪れては嫌がらせをしてくるくらいだ。
お兄様が当主になれば、十中八九私は追い出される。
結局のところ、生活を維持していくためには、グラトニー公爵との縁談に頷くしかないのだ。
引きこもり生活で肥大化した脂肪の重みも相まって、唯一の味方である父親のお願いを断れない状況で気も重くなっていく。
了承の意で頷くと、お父様は申し訳なさそうに「ありがとう」と穀潰しであるはずの私に深々と頭を下げた。
「来るべく時が来てしまっただけです。どちらにせよ、お父様が当主の座を降りてしまえば、私はこの家に追い出されますし」
「いや、それだけは絶対に――」
「いえ、私がお兄様ならそうします。家の利益にならないし醜聞になる私は手早く切り離したいでしょうから」
それは本当のことなので、お父様は押し黙った。なにか言いたそうに口をぱくぱくとさせたが、縁談の話はこれで終わりだ。後の用事はないようなので、私は席を立ち上がった。
「私のことを考えていただいてありがとうございます。婚約の話はお受けしますので、その様にすすめて下さい」
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