引きこもり大豚令嬢は今日もマイペースに生きたい

赤羽夕夜

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公爵の視察

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  公務で孤児院の視察にきたヴァーレンスは目を疑った。

  耐熱性の高い、今流行りのレンガ造りの大きな建物。壁や扉には名のある彫刻士が堀ったのではなかろうか、とツッコミたくなるような精巧な作り。

 ここが貴族や成金の屋敷と表現しても驚かないような、お金のかかった作りだった。庭には孤児院で栽培しているのか、野菜畑が広々と広がる。まばらに孤児たちが自分たちの食べる野菜を収穫している姿が見えた。



 明日にも食べるものを困っている孤児院とは見えなかった。どうしたら予算内でこんな環境作りができるのか、運営者に問いたくなった。

 

 圧巻する自分の感情を表現するかのような強い風がヴァーレンスに靡く。コンプレックスの白銀の長髪は帽子で隠されていたが。



 ふいの風で飛ばされることで、白銀の髪があらわになる。好奇心の強い子供たちは突然来訪した貴族、しかも毛色の違う人種の人間が来たことで、作業の手を止めてヴァ―レンスに注目した。



 好奇心の目に晒されるのは慣れているし、子供相手にムキにはならなかったが、気持ちのいい視線ではない。



 孤児院の院長が、事前にアポイントを取って来訪した、ヴァーレンスを出迎え、低い腰で院長室に招く。



 ★



 孤児院の院長は初老の男性だった。人生色々と苦労したのだろうか、茶髪のオールバックにはところどころ白髪が生え、眉間と目じりには深い皺があったが、優し気な顔を浮かべている。



 明かに神父ではない、普通の男性。だが悪人にも見えない。クルベル孤児院の院長カザットはお茶をすすりながら、ここに来た理由を訊ねた。



 「......ところで、ここの子供たちの暮らし向きは豊かなようだが、予算と寄付だけでここまでの暮らしができるものなのか?」

 「疑っていらっしゃるのですか?至ってうちは真面目に運営している孤児院なのですが......」



 核心をつく質問にすぐに意図を理解したカザットは、少しだけ不愉快そうに顔をしかめた。

 

 でも、彼の心配は頷ける。たしかに、孤児院の中には犯罪に手を染めて、子供を道具のように売り買いをしている人で無しは多くいる。



 その心配をするグラトニー公爵の懸念は当然のもので、貴族の観点からみれば、下々の暮らしに視点を置く公爵は権力者としては優しすぎるくらいだ。



 すぐに不快感を腹に治めたカザットは彼の懸念を払拭するべく、口を開いた。



 「公爵様のご心配はごもっとものことですが、心配はいりません。国からの支援金と、ドラム商会を始めとした商会から多額の寄付金を頂いているので、一般的な暮らしができているのです」

 「そこが謎なのだ。商人は己の利益にならないことには金を使わない。孤児院の運営など、慈善活動で名声を高める意外に利点を感じ得ない。貴族が体裁のために孤児院を寄付することは想像できるが、金を稼ぐことを視点を置いている商会の出資は俺からみたら裏を感じてしまう。……もし、なにか困ったことがあるのであれば、せっかくだ、ここで申してみるといい」



 一般的な考えを持つ公爵の意見はもっともだ。孤児院は国からの支援金、貴族からの気まぐれ的な寄付金で賄っている。たしかに、慈善的で寄付金を出す人間はいるが、そんな人間は少数だし、多くの人間は利点があるから寄付をするのだ。



 それが人身売買、買春然り。利益があるから寄付をするし、投資をする。それが商人であればなおさら。腹も満たせない慈善活動に手を出すことはないだろう。



 カザットは元々は準男爵家の家柄で、貴族の子供に教養やマナーを教えていた教師の経歴を持つ。その価値観は貴族としては当然のこと。



 そして、彼はこの孤児院に不正はないのか、子供たちが危険な目に会っていないかどうかで様子見をしている以上、彼の心配を取り除くことこそが彼を納得させることだろう。



 カザットはもう一度お茶で喉を潤して口を開いた。



 「うちはそういう犯罪に手を染めてませんし、困ったことはありません。公爵様がご心配されることはありません。……そうですね、実際に孤児院の中を見ていただいた方が早いのではないでしょうか」

 「いいのか?」



 カザットは孤児院で働いている女性を呼び、なにかを耳打ちをすると、会釈をして去っていく。丁度、孤児院の昼休憩を告げる鐘の音が聞こえた。



 「ええ。丁度、休憩が終って授業が始まる頃なので。ただ、授業中はお静かにお願いしますね」







 「……平民の子供が勉強をしている?しかも、年代ごとで授業を分けているのか?」

 「はい、年齢によって吸収する知識量、レベルも違いますから。孤児院で暮らしている100人の子供たちをクラスごとでわけて、授業を受けてもらっています」



 カザットがヴァーレンスを案内した場所は、院長室がある生活棟と呼ばれる建物の反対側にある、子供たちが授業を受ける授業棟だった。



 そこでは5つのクラスに分けられており、それぞれの年代が必死に授業を受けていた。あるクラスは読み書きの授業、あるクラスは算術の授業。あるクラスはテーブルマナーの授業をしていた。



 まるで、貴族の子供たちのように勉学やマナー講座を受ける子供たちの姿は、ヴァーレンスの目には異質に移った。



 貴族がやる教養を平民の子供が受けているという光景に見慣れず、さらには何故これらの平民には必要のない教養を身に着けようと授業を受けさすのか理解に苦しんだ。



 平民は通常読み書きができないものが多いし、計算に疎いものも多い。しかし、農産物の生産を主とする平民には必要のないものではないのかと。



 「何故、子供たちに貴族が受けるような授業を受けさせているんだ?平民には必要のないものだろう?」

 「子供たちの将来のためです。マナーや教養があれば将来、自立した時に必ず役に立ってくれますし、商会に入って働くのであれば算術や読み書きができないのは致命的です。この孤児院では、子供たちに教養を身につけさせて、将来商会や、投資してくれた方々の元で働ける人材を育てる育成所でもあるのです。それに教養もないより、ある方がいいでしょう?」



 廊下から見える子供たちが必死に授業を受けている様は、無理やり授業を受けさせているとは思えない。それどころか、子供たちは授業に対して積極的に質問をしている。



 寝ている子供はまばらにいるが……。



 しかし、彼らの言うことは理に叶っている。あぶれている子供たちに読み書きを覚えさせれば、将来そういった職種でも活躍できる人材を育てることができる。



 その人間の教養、知識量を知らない状態で雇って戦力になるように育成するよりも、子供の間にある程度の教養を身に着けさせ、採用の時点で人材としての基礎値を上げるのは非常に有意義な活用法だ。



 短期的な目でみれば損ではあるが、これから長い目でみれば利益を求める商人が孤児院に投資するのは頷ける。投資して、有能な人材を紹介してもらえることを考えればうまい話はない。



 識字率が低い王国では事務作業ができる人間は少ない。ヴァーレンスもこういう画期的なシステムを孤児院に導入したいと考えた。予算的には全てには無理な話だが。



 「たしかに、相手に利があるのであれば、金を出すことに頷ける。孤児院に寄付するという慈善活動的な世間体を保てるし、将来的に有能な人材を手に入れられるなら投資する価値もある。……これは院長が考えたことなのか?」

 「まさか。発案者はドラム商会ですよ」

 「ドラム商会……服飾以外でもこうもやり手とは。どうにか、そのドラム商会と話はつけられないだろうか。ぜひ、今後の孤児対策について助言を請いたいのだ」



 考え込み、自分の顎に手を添えてカザットに言った。カザットは返事ひとつで頷いた。



 「返答がどうなるかはわかりませんが、ドラム商会に話をつけてみましょう。私も、多くの孤児たちが幸せになることを祈っておりますので、協力は惜しみません」
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