引きこもり大豚令嬢は今日もマイペースに生きたい

赤羽夕夜

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嫌な人にバレてしまった

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そのままディナサンは帰ろうとしたが、折角来たのだから、仕事の話をしていけばいいと引き留めて数時間。話は盛り上がっていた。

 「教師が足りないなら、孤児院を卒業した子供たちを幾人か教師として雇ってその子たちを孤児院で雇えばいいのよ。その子たちにもきちんとした給料を出せばいいし、孤児院の経営も一緒にやらせればコストカットにも――」

 「せやね。要は必要なことを覚えさせばいいわけやから、わざわざ金に困った手のかかる貴族専門の教師を雇う必要性はなくなる……。それでも孤児院業の幅を広げるには――」

 「じゃあ、それは――」

 「ああ、その制度ええかもしれへんね。じゃあ、それを他の――」



 盛り上がりすぎて来訪者に気付けなかった。大股でこちらに近づいてくる影は1人。想像していなかった来訪者が現われた。――ヴァーレンス・グラトニーその人だ。



 綺麗な顔立ちは不機嫌そうにゆがめられ、何事かと思ってディナサンと顔を見合わせた。私がここに住み初めてやってくるのは初めてのことではないだろうか。



 というか、今更なんの用?



 なんでここに来たのか理由もわからず、本当に首を傾げることしかできなかった。



 公爵はディナサンの背後に立つと、いきなり口を開いた。



 「離れの見張りをしていた使用人から、おまえが不貞の疑惑があると報告を聞いて様子を見に来た。他の男に懸想するのは勝手だが、嫁入り前だということを忘れるな」

 不貞?……心当たりがないと思い、目の前にいるディナサンへ視線を合わせる。



 ……ああ、これを勘違いされたのだと瞬時に理解した。



 ディナサンとはそういう関係ではないし、お互いにとってもそういう関係だと思われるのは心外だ。でも、よく考えれば、そう思われても仕方ような行動をとってしまったのだから、利害の一致で婚約関係を結んでいる私たちにとっては、その怒りは当然かもしれない。



 婚約者の不貞の噂は、公爵家といえども、大きなスキャンダルだ。これは反省すべき点なのかも。



 「もうしわけございません。そういう関係ではないのですが、配慮が足りませんでした。次は気を付けます」

 不貞を働いたわけでも、浮気でもない、などの言い訳をされると思ったが、その考えは杞憂だったと言いた気な顔だな。……一応私も自分の行動を思い直すくらいのことはできるんですけど。



 「……素直だな。わかってくれればいいんだ。これ以上変な噂が広まらないように、さっさと間男を帰せ」

 「かしこまりました」

 「急に押しかけてごめんな、姫さん。僕の話に付きおうてくれてありがとう」



 ずっと後ろを向いていたディナサンは立ち上がる。公爵様からディナサンの顔は見えなかったようで。声を聞き、顔を見てそれはもう驚いた表情をしていた。



 そういえば彼ら、面識があるっていってたっけ?



 「ディナサン・ドラムドル……どうしてここに」

 「ご機嫌麗しゅう、ヴァーレンス様。そんなん、ビジネスの話しにきたに決まっとるでしょ~。じゃ、姫さん、また公爵様がおらへん時に連絡ちょうだい。今度は誤解されへんように部下を連れてくるわ」

 「ああ、うん。わかった。ブルーベルに手紙を届けさせる」



 ディナサンは公爵様に一礼すると私に向けて、手をひらりと振ってくれた。彼が帰ろうと背を向けると、なぜかヴァーレンスがディナサンを呼び止めた。



 「待って欲しい!どうして貴殿がここでビジネスの話をしているのだ!?先日言った、その”姫さん”というのが関係あるのだろうか?」

 「んもう、質問の多いお方やな~」



 身分が上の人間の呼び止めに応じないほど、ディナサンは不躾ではなく。振り向くと、のらりくらりとした態度ではぐらかそうとする。



 正直、ここで彼が来たことで黙って立ち去る選択肢もあったのに、こうして不貞はなかったという事実を証明するためなのだろうか、無言で立ち去ることはない。ディナサンは笑みを浮かべたまま、公爵様の次の言葉を待った。



 「貴殿が”姫”と呼称する相手って……」

 公爵様はちらりと私を一瞥する。私はその視線が心地悪くて目を逸らす。ブルーベルは察してくれたのか、私を庇うように立ちはだかってくれた。この子、本当良い子……。



 「バレちゃあしゃーないなぁ。せやで。この子が僕の商会の専属アドバイザーのリーゼロッテ・アミュレット伯爵令嬢やで」


 ディナサンは紹介をしてくれるものの、公爵様の視線が痛い。あと居心地悪すぎ。引きこもりにとっては好奇的な視線ほど嫌な視線はない。

 しかめっ面でディナサンを睨んだ。

「人前でそう呼んだの、わざとでしょ」
「なんのことやろ?僕が姫さんのことを姫さんって呼ぶのは今に始まったことじゃないやん。――別に、真珠の価値をわからず石ころだと決めつけて箪笥の奥にしまい込む価値のわからん人から、その真珠を奪いたい、なんて1ミリも思ってへんからな?」

リーゼロッテはわざとだと確信すると、爪先でディナサンの靴を踏みつける。踵で踏みつければいいのに、わざわざ爪先で踏みつけるなんて可愛いな、とディナサンは肩を竦めると、その親密なやり取りから、ヴァーレンスの疑問が確信に変わった。


 「リーゼロッテが、あの孤児院の運営を発案したというのか……信じられん」

 「ヴァーレンス様が信じようと関係あらへんやろ。ちなみに、姫さんから助言をもらおうと無駄やで。僕の商会と専属契約結んでるから、勝手にそういう話が出来へんのや」

 「別に説明されなくてもわかってるわよ。そういう契約でお金もらってるんだし」

 余裕を込めて笑うディナサン、後、そういうの言葉にしなくてもきちんと契約内容は理解してるからいわなくていいし。



 「姫さんの体裁の為に反論させてもらうけど、そういうことをしにここに来とるわけじゃないからな? まぁ、公爵様がいらん言うなら僕が貰う予定ではあるけど」

 「貴族と平民は身分的に結婚できるわけがないだろう……」

 「そういう高を括っとると痛い目に遭うで?確かに体外的には平民ではあるけど、宰相閣下の家門と対等に張れるくらいの財産はあるつもりやし。……あと、くだらん噂を信じて姫さん傷つけたら許さんから」

 

 助言を請いたい相手が自分が見下している人間で、目の前の力を借りたい人間が見下している人間と懇意にしている相手と知ればショックしたくなると思う。



 私だって発狂したい。


 しかもディナサンは私を辱めるのが趣味なのか、思ってもいないことを口にするし。胸の中がむず痒い。


 公爵様に同情の目線を送った。その視線に気づいたのか、どう対応すればわからないのか、視線を泳がせていた。……ちょっと面白い。



 「……とりあえず、続きはまた後日にしましょう。今日はもうそういう気分になれないでしょう?――見送りは?」

 「大丈夫、大丈夫。勝手に帰るから。ああ、そうや。お給料と経費の計算もあるさかい、後日正式な手順踏んで会いにくるからな~」

 言いたいことだけ言い終えると、ディナサンは脱兎の如く私の元から去っていった。








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