貴女の悪意は通用しない

赤羽夕夜

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婚約破棄編

悪女の婚約破棄茶番劇前その①

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レジーナ王国、中心部である王都中央部は特ににぎわっていた。

石畳が敷き詰められ、茶色い煉瓦で覆われた家々では提灯や装飾が壁面に吊り下げられ、屋台街を抜けると、お祭り気分のほろ酔いの大人たちが町の喧騒をBGMに楽しんでいた。

街全体が賑わいを見せている中、豪華絢爛に彩られたパーティーがレジーナ王城で行われている。

それが王国設立記念パーティー。

レジーナ王国屈指のメインイベントであり、王族主催の数少ない催し物のひとつ。

レジーナ王国の建国記念と、王国の末永い繁栄と王族の威光を知らしめる大事なパーティーには、王国有数の名門貴族の参加はもちろんのこと。

普段王都に寄り付かない辺境貴族から、外国を飛び回り、商売に明け暮れている権力者、さらには外国の貴族まで参加している。

婚期が近い未婚の貴族たちは、婚約者探しに浮足立ち、権力者たちは横のつながりを広げるために腹の底で策謀を巡らせ、王族は貴族、権力者が参加するパーティーでミスがないように緊張の糸を張り巡らせている。

――と、様々な思惑があるが、レジーナ王国の最大規模のパーティーと覚えておけばいいだろう。

長い王国の歴史の中、この王国設立記念パーティーには、王族の慎重すぎる警備の甲斐があって、大きなトラブルはなかった。

だが、この日、この楽しいパーティーに水を差す者がいた。

――後に栄光ある王族の歴史と経歴の中で深い瑕を残すほどの茶番劇となることを、誰が予想しただろうか。


…………。


パーティー受付にて。

鎖骨と胸元を大胆にはだけさせ、ブラックダイヤモンドを縫った、緻密で優雅レースに覆われた長いタイトなロングドレスの裾を優美になびかせながら、白塗りの高級馬車から降りる絶世の美女がいた。

その後ろからは、彼女と対照的な、純白のかわいらしいドレスを着こんだ、撫子のようにおとなしい華奢な美女が下りてくると、会場で談笑していた男性陣は一瞬にして目を奪われる。

「見て、ラウラ。改めて、今日のドレス、どうかしら?あなたが考えたレースのデザインに、合わせたくて。この日の為に恋人におねだりしちゃったのよ?」

「デザインを喜んでくれて嬉しいけれど、繊細過ぎてドレス用のを編むのに1か月かかるのに、2週間で仕上げるなんて、相当無茶させたのね……。というか、西方のブラックダイヤモンドをふんだんに使った自慢のドレスは?」

「ああ、あれ?なんだか、よく考えたら、宝石縫い付けてるだけのババ臭くてダサいドレスだと思ったから着るのをやめたわ。あなたのレースを生かしたドレスの方がよほど魅力的だもの」

「王妃殿下愛用のデザイナーのお店でしょ。王妃やデザイナーに聞かれたらきっと顰蹙を買うわ」

「王妃様愛用のデザイナーのお店だからといっても、ダサいものはダサいんだもの。それに、最近のは「私のデザインした服を着られて嬉しいでしょ」って考えがにじみ出ているのが嫌なのよね。王妃が愛用しているデザイナーといっても、嫌いなものは嫌いとはっきり言うのが私の主義よ」

「あなたのそういう着飾らないところは好きだけど、敵を増やしそうで怖いわ……」

「あら、敵だらけよ。少なくとも、私にいい印象を持つ貴族はそういないでしょうね。世間では悪女なんて呼ばれているくらいだもの」

王族主催のパーティー会場で、堂々と王妃愛用のお店を批判する女性、ドローレスはやれやれと肩を竦めて、パーティー会場へと足を踏み入れる。

会場は一流のオーケストラの演奏による清廉で荘厳な弦楽器を使った音楽が流れ、音楽の間をざわっと縫って参加客の談笑が聞こえてくる。

ぶわりと上品な香水に混じった料理の匂いが漂ってくれば、ドローレスにやっとパーティーに参加しているのだという意識を芽生えさせる。それと同時に、趣味の悪い金と白で統一した内装に不快感を顕わにする。

「相変わらず趣味悪……、いえ。お金に物を言わせたパーティーだこと。品位のかけらもないわ」

「ドローレス。ここはもう王族の領域よ……。うかつな言動は避けるべきだわ。王族がどのような人間であれ、国の象徴で、頂点であるのは変わらないのだから」

友人の危機感のない言動に、心配で眉を潜ませるラウラ。

ドローレスに気持ちは伝わったのか、不満そうに眦を細めつつ、懐に隠していた扇子を広げて顔色を隠す。

「はいはい。わかったわ。今はこの無駄口をつぐみましょう。パーティーが始まる前に盛り上がってはせっかくのパーティーも興ざめしてしまいますものね」

「……はぁ」

苛烈なドローレスの態度に頭を抱えつつ、彼女の後をついていくラウラ。

侯爵令嬢のドローレスと、公爵令嬢のラウラ。本来なら先を歩くのは序列的にラウラのはずなのに、ドローレスは当然のように彼女の前を先導する。

これには複数の理由があった。

ひとつは、ドローレスの傲慢な性格であること。ひとつはラウラが基本的に目立ちたがらない性格であるということ。二人には確かな友情があり、貴族の序列など気にしていないこと。

この些細な非常識な行為があえて二人の信頼関係を物語っていた。

それに、貴族としてはラウラの方が序列が上だが、ことビジネスや社交界においては、ドローレスの方が序列が高いとされている。

これは、ドローレスの国への貢献度にも由来している。

まずひとつが――。

「あら、カルロス・フィゲロア第一皇子。ご機嫌麗しく存じます。相変わらず、我が国の太陽である国王陛下とも引けを取らない眩しいほどの輝きで、圧倒されそうになりましたわ」

王族の親戚と挨拶を交わしていたフィガロア帝国の第一皇子、カルロス・フィゲロアはベージュ色のシャンパングラスを揺らしてドローレスの存在に気づく。

つまらなそうに挨拶をいなしていたカルロスの表情は、花が開いたように明るくなり、高貴な存在など気にも留めず、この場で序列が低いドローレスに、優先的に挨拶を交わした。

「やぁ、ドローレス。久しぶり。君こそ、その芯の通った美しさが健在で安心したよ。今、暇?一緒に会場を回らないか?」

飲みかけのシャンパングラスをウエイトレスに渡し、ドローレスの腰に腕を絡めてから、耳元で甘えるように囁く。

はたから見たら恋人同士のような光景に、無視をされた王族の親戚たちも驚くが、さらに驚くべきは、ドローレスが手元のセンスの先っぽをカルロスを拒絶したことだった。

「遠慮するわ。他国の皇族がパーティーで女を連れ回すだなんて、次期妃候補だと触れ回るようなものじゃない。そういう面倒なことはお断りよ。今は特定の男の物になる気はないの」

「面倒だなんて。熱い夜を何度も過ごした仲なのに、連れないじゃないか。帝国に来れば、財産、名声、権力、暴力すらも思うが儘にさせてあげるのに」

「誰かに与えられるだけの人生なんて、こちらからお断りだわ。そのようなつまらない女を望みなら、他の女を誘ったら?それなりの令嬢を紹介してあげるわ」

「僕は君が欲しいんだ。いつ、僕の切実な想いはお前に届くんだ?」

「今のあなたのままでは、永遠に私に届かないわ。私、魅力的な男性とはお近づきになりたいとは思うけれど、向けられる愛情は一途じゃないと嫌なのよ?今のあなたに魅力はこれっぽっちも感じないわね」

煽情的に瞳を緩ませ、カルロスを帝国の代表ではなく、一人の男性ともとれる視点での評価を口にする。

カルロスは、自分を個人として扱うのはドローレスだけだと、怒りどころか楽しそうにくつりと喉元の鳴らす。

「じゃあ、僕が次期皇帝となれば、その隣についてくれるか?」

ドローレスの試すような言葉に、カルロスもドローレスの真意を聞くための言葉で返す。

ここで頷けば、ドローレスは他国の政治に首を突っ込むことになる挙句、カルロスの求婚を肯定したともとらえられる。

逆に、否定すれば現時点で帝位に一番近いとされているカルロスに対しての無礼を働くことになる。

ここにレジーナ外交大臣がいたとすれば、額にぶわりと冷や汗を掻くだろう。

なにせ、フィガロア帝国は大陸随一の国土と文化、そして武力を持つ大国であり、敵に回して戦争にでもなった暁にはいくらレジーナ王国でも無事ではいられない。

「ふふ、冗談がお上手ね。皇族が他国の王族を娶るならともかく、一塊の貴族だなんて、帝国の品位と釣り合わないわ。それに、せいぜい、嫁いだところで、側室でしょう?どこの馬の骨とも知れない女と男を共有するだなんてごめんだわ」

「……君には複数人の恋人がいるじゃないか。彼らは君を独占できなくても構わないと?」

「こういう女がいいとアプローチをしてきてくれたんだもの。仕方がないわ。私には特定の一人を大事にするなんて器用なこと、できないもの」

女性の婚前交渉が罷り通らないこの国で、異質ともとれる発言に、初心な令嬢や、貞淑な貴婦人は頬を赤らめるが、それすらも異としないドローレスは、蠱惑的にカルロスに笑いかける。

揚げ足を取って、あわよくば、と思っていたカルロスも貶すわけでもなく、かといってプロポーズを拒否する回答に困ったように頬を掻いた。

「私の人生を左右するほどの選択肢を迫るなら、相手も人生が変わってしまう選択肢を差し出さないと不公平でしょう?」

「――ふ、本当に、君は楽しませてくれる。今日は僕が折れるよ。また、どこかで食事会でも開いて、親睦を深め合おうじゃないか」

「ええ、それなら、いつでも大歓迎よ。またね、カルロス」

最後にカルロスを呼び捨てにすると、カルロスの頬に唇を寄せ、軽くキスを落とす。

突然の行動にカルロスは驚いて新緑色の瞳を丸くさせるも、自分の心を動かした想い人はすでにビュッフェ台の前で小皿を持っている、自分とはまた違う美しい男性に声をかけていた。

自分が太陽のような煌びやかな美しさとしたら、次に声をかけた男性は月明りに照らされた静かな夜の湖面を思わせるような冷たく、清廉な美しさを持つ男性。

それを見て、カルロスは頬に残っている熱を感じながら、きゅ、と胸を締め付ける思いでドローレスに釘付けになっていた。



…………。
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