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婚約破棄編
悪女の婚約破棄茶番劇前その①
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「そのハム、美味しそうね」
ピンク色のつやのある薄い肉をフォークで突き刺した、氷のような冷たく清廉な容姿を持つ男性は、ドローレスの声がして後ろを振り向く。
「……ドローレス嬢、ご機嫌麗しく存じます」
小皿を脇に置いて、胸に手を当てて慇懃な態度で礼をすると、ドローレスは不満そうに頬を膨らませる。
「そんな恭しくしないで? 他人行儀みたいで好きじゃないわ」
「王族主催のパーティーですから。マナーは大事かと。俺は新興貴族ですから、こういうのをきちんとしないと、古参貴族たちが突っついてくるんです」
――彼の名はベルナベ・ロドリゲス。元平民の伯爵の位を持つ若い貴族だ。
このレジーナ王国には二つの貴族に分けられる。
ひとつは、国王や国から直々に爵位を賜り、代々家を守り抜く古参、中堅の貴族。
もうひとつは、没落寸前や、税率や領地運営、事業の経営悪化などで金銭に余裕をなくした貴族から、大量の金銭と引き換えに爵位を買う新興貴族。
ベルナベは後者の新興貴族に位置する。
貴族は、爵位を賜った先祖が功績を上げた家がほとんどで、貴族であることに高いプライドを持っている。
ドローレスも、この古参貴族の家に該当し、通例であれば、古参貴族たちは、金で爵位を買った新興貴族を嫌っている。
しかし、ドローレスは甘い顔を浮かべて、ベルナベの肩に手を置いた。
「うふふ。そういう礼儀を重んじるところは嫌いじゃないけれど、いつもみたいにどっしりと接してくれた方が、私も気が楽だわ」
「そうか。そういうなら、そうしよう。それで、レティ。俺を目の前にして、他国の皇族と随分と仲睦まじそうにしていたじゃないか」
――新興貴族、元平民。
そんな肩書など、ドローレスには関係ない。
ドローレスとベルナベは、お互いの腹の内を知り、全てを受け入れている仲だ。
そのような偏見で壊されるほど、二人の関係は浅い物ではない。
「カルロス皇子のことかしら? なぁに、嫉妬してくれているの?」
「当たり前だ。俺が与えたドレスで、宝石で、同じ香水のブランドさえつけて、全てを着飾ったお前が他の男に熱い眼差しを送る姿を見させられるのが、嫉妬せずにいられるのか?」
「まぁ、泣く子も黙るロドリゲス伯爵が弱気なのね」
「はッ。俺が嫉妬深いことは、百も承知だろう? お前が他の男に薄紅色の唇を綻ばせ、その白磁の肌を吸い寄せる度にこの世のあらゆる痛みを与えて、俺の女に近寄ったことを後悔させたいくらいさ」
強い嫉妬心で眦を細め、ドローレスに対して挑発の表情を向けるが、ドローレスは意に介していない様子でくすりと笑う。
「あら、私がこういう女だって、知っているでしょう?」
「もちろん。奔放で自由なお前を愛しているからこそ、お前が認めた男をどうしていようと我慢しているんじゃないか」
「ふふ、相変わらず可愛い人。……じゃあ、嫉妬しすぎて嫌われないように、可愛がってあげなきゃ」
一目も憚らず、恋人の頬に白魚の指先を吸い寄せる。
するり、と指先で頬をなぞると、猫が主人の手で甘えるように、すり、とベルナベは頬を擦りつけた。
「期待してる。お前に変な虫がつかないように、俺という存在を、深く刻み付けておかなきゃな」
「素敵ね」
最後に、ギラリと鋭い眼光を放ってベルナベは男の影が常に絶えないドローレスに対し、不敵に笑った。
とても、貴族とも、純粋で素朴な平民とは思えない、危険な色を孕んでいた。
まるで、王国全ての悪意を内包しているような、背筋が凍るほどの恐ろしさを向けられたドローレスではなく、周囲で談笑していた招待客が、本能で感じたように、身を震わせた。
ピンク色のつやのある薄い肉をフォークで突き刺した、氷のような冷たく清廉な容姿を持つ男性は、ドローレスの声がして後ろを振り向く。
「……ドローレス嬢、ご機嫌麗しく存じます」
小皿を脇に置いて、胸に手を当てて慇懃な態度で礼をすると、ドローレスは不満そうに頬を膨らませる。
「そんな恭しくしないで? 他人行儀みたいで好きじゃないわ」
「王族主催のパーティーですから。マナーは大事かと。俺は新興貴族ですから、こういうのをきちんとしないと、古参貴族たちが突っついてくるんです」
――彼の名はベルナベ・ロドリゲス。元平民の伯爵の位を持つ若い貴族だ。
このレジーナ王国には二つの貴族に分けられる。
ひとつは、国王や国から直々に爵位を賜り、代々家を守り抜く古参、中堅の貴族。
もうひとつは、没落寸前や、税率や領地運営、事業の経営悪化などで金銭に余裕をなくした貴族から、大量の金銭と引き換えに爵位を買う新興貴族。
ベルナベは後者の新興貴族に位置する。
貴族は、爵位を賜った先祖が功績を上げた家がほとんどで、貴族であることに高いプライドを持っている。
ドローレスも、この古参貴族の家に該当し、通例であれば、古参貴族たちは、金で爵位を買った新興貴族を嫌っている。
しかし、ドローレスは甘い顔を浮かべて、ベルナベの肩に手を置いた。
「うふふ。そういう礼儀を重んじるところは嫌いじゃないけれど、いつもみたいにどっしりと接してくれた方が、私も気が楽だわ」
「そうか。そういうなら、そうしよう。それで、レティ。俺を目の前にして、他国の皇族と随分と仲睦まじそうにしていたじゃないか」
――新興貴族、元平民。
そんな肩書など、ドローレスには関係ない。
ドローレスとベルナベは、お互いの腹の内を知り、全てを受け入れている仲だ。
そのような偏見で壊されるほど、二人の関係は浅い物ではない。
「カルロス皇子のことかしら? なぁに、嫉妬してくれているの?」
「当たり前だ。俺が与えたドレスで、宝石で、同じ香水のブランドさえつけて、全てを着飾ったお前が他の男に熱い眼差しを送る姿を見させられるのが、嫉妬せずにいられるのか?」
「まぁ、泣く子も黙るロドリゲス伯爵が弱気なのね」
「はッ。俺が嫉妬深いことは、百も承知だろう? お前が他の男に薄紅色の唇を綻ばせ、その白磁の肌を吸い寄せる度にこの世のあらゆる痛みを与えて、俺の女に近寄ったことを後悔させたいくらいさ」
強い嫉妬心で眦を細め、ドローレスに対して挑発の表情を向けるが、ドローレスは意に介していない様子でくすりと笑う。
「あら、私がこういう女だって、知っているでしょう?」
「もちろん。奔放で自由なお前を愛しているからこそ、お前が認めた男をどうしていようと我慢しているんじゃないか」
「ふふ、相変わらず可愛い人。……じゃあ、嫉妬しすぎて嫌われないように、可愛がってあげなきゃ」
一目も憚らず、恋人の頬に白魚の指先を吸い寄せる。
するり、と指先で頬をなぞると、猫が主人の手で甘えるように、すり、とベルナベは頬を擦りつけた。
「期待してる。お前に変な虫がつかないように、俺という存在を、深く刻み付けておかなきゃな」
「素敵ね」
最後に、ギラリと鋭い眼光を放ってベルナベは男の影が常に絶えないドローレスに対し、不敵に笑った。
とても、貴族とも、純粋で素朴な平民とは思えない、危険な色を孕んでいた。
まるで、王国全ての悪意を内包しているような、背筋が凍るほどの恐ろしさを向けられたドローレスではなく、周囲で談笑していた招待客が、本能で感じたように、身を震わせた。
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