貴女の悪意は通用しない

赤羽夕夜

文字の大きさ
2 / 6
婚約破棄編

悪女の婚約破棄茶番劇前その①

しおりを挟む
「そのハム、美味しそうね」

ピンク色のつやのある薄い肉をフォークで突き刺した、氷のような冷たく清廉な容姿を持つ男性は、ドローレスの声がして後ろを振り向く。

「……ドローレス嬢、ご機嫌麗しく存じます」

小皿を脇に置いて、胸に手を当てて慇懃な態度で礼をすると、ドローレスは不満そうに頬を膨らませる。

「そんな恭しくしないで? 他人行儀みたいで好きじゃないわ」

「王族主催のパーティーですから。マナーは大事かと。俺は新興貴族ですから、こういうのをきちんとしないと、古参貴族たちが突っついてくるんです」

――彼の名はベルナベ・ロドリゲス。元平民の伯爵の位を持つ若い貴族だ。

このレジーナ王国には二つの貴族に分けられる。

ひとつは、国王や国から直々に爵位を賜り、代々家を守り抜く古参、中堅の貴族。

もうひとつは、没落寸前や、税率や領地運営、事業の経営悪化などで金銭に余裕をなくした貴族から、大量の金銭と引き換えに爵位を買う新興貴族。

ベルナベは後者の新興貴族に位置する。

貴族は、爵位を賜った先祖が功績を上げた家がほとんどで、貴族であることに高いプライドを持っている。

ドローレスも、この古参貴族の家に該当し、通例であれば、古参貴族たちは、金で爵位を買った新興貴族を嫌っている。

しかし、ドローレスは甘い顔を浮かべて、ベルナベの肩に手を置いた。

「うふふ。そういう礼儀を重んじるところは嫌いじゃないけれど、いつもみたいにどっしりと接してくれた方が、私も気が楽だわ」

「そうか。そういうなら、そうしよう。それで、レティ。俺を目の前にして、他国の皇族と随分と仲睦まじそうにしていたじゃないか」

――新興貴族、元平民。

そんな肩書など、ドローレスには関係ない。

ドローレスとベルナベは、お互いの腹の内を知り、全てを受け入れている仲だ。

そのような偏見で壊されるほど、二人の関係は浅い物ではない。

「カルロス皇子のことかしら? なぁに、嫉妬してくれているの?」

「当たり前だ。俺が与えたドレスで、宝石で、同じ香水のブランドさえつけて、全てを着飾ったお前が他の男に熱い眼差しを送る姿を見させられるのが、嫉妬せずにいられるのか?」

「まぁ、泣く子も黙るロドリゲス伯爵が弱気なのね」

「はッ。俺が嫉妬深いことは、百も承知だろう? お前が他の男に薄紅色の唇を綻ばせ、その白磁の肌を吸い寄せる度にこの世のあらゆる痛みを与えて、俺の女に近寄ったことを後悔させたいくらいさ」

強い嫉妬心で眦を細め、ドローレスに対して挑発の表情を向けるが、ドローレスは意に介していない様子でくすりと笑う。

「あら、私がこういう女だって、知っているでしょう?」

「もちろん。奔放で自由なお前を愛しているからこそ、お前が認めた男をどうしていようと我慢しているんじゃないか」

「ふふ、相変わらず可愛い人。……じゃあ、嫉妬しすぎて嫌われないように、可愛がってあげなきゃ」

一目も憚らず、恋人の頬に白魚の指先を吸い寄せる。

するり、と指先で頬をなぞると、猫が主人の手で甘えるように、すり、とベルナベは頬を擦りつけた。

「期待してる。お前に変な虫がつかないように、俺という存在を、深く刻み付けておかなきゃな」

「素敵ね」

最後に、ギラリと鋭い眼光を放ってベルナベは男の影が常に絶えないドローレスに対し、不敵に笑った。

とても、貴族とも、純粋で素朴な平民とは思えない、危険な色を孕んでいた。

まるで、王国全ての悪意を内包しているような、背筋が凍るほどの恐ろしさを向けられたドローレスではなく、周囲で談笑していた招待客が、本能で感じたように、身を震わせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~

プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。 ※完結済。

勝手にしなさいよ

恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……

婚約破棄後のお話

Nau
恋愛
これは婚約破棄された令嬢のその後の物語 皆さん、令嬢として18年生きてきた私が平民となり大変な思いをしているとお思いでしょうね? 残念。私、愛されてますから…

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

【書籍化決定】アシュリーの願いごと

ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」 もしかして。そう思うことはありました。 でも、まさか本当だっただなんて。 「…それならもう我慢する必要は無いわね?」 嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。 すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。 愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。 「でも、もう変わらなくてはね」 この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。 だって。私には願いがあるのだから。 ✻基本ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。 ✻1/19、タグを2つ追加しました ✻1/27、短編から長編に変更しました ✻2/2、タグを変更しました

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

処理中です...