貴女の悪意は通用しない

赤羽夕夜

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婚約破棄編

茶番劇本番その①

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パーティーも平和に順調に時間が進んでいき、中盤に差し掛かった頃だった。

「悪女ドローレス!今日こそ、オマエの罪を告発するッ!!」

一人の若く、傲慢な男が水袋を破裂したような大声が会場をしん、とさせた。

ドローレスは、美味しいお酒に舌を鼓みしながら、親交がある貴族や令嬢に囲まれて、その背後では自分を無視して男性とイチャイチャしていたことに対する苦言をラウラから聞かされていた。

ドローレスたちは、ただならぬ声に、声がした二階席の方に顔を見上げると、そこには派手な金髪に、素朴な漆黒の瞳の白の豪奢なスーツを着込んだ派手な青年と、その背後には人形のようなふわふわの赤髪に、守ってあげたくなるような華奢な体つき。見つめられれば恋に落ちてしまいそうな甘いたれ目を持つ少女が身を縮めて、ドローレスを見つめていた。

「オマエは、ベレンを虐め、仲間外れにし、この間は王宮内の階段から突き落とし、大けがを負わそうとした。それだけではない!暗殺者を差し向けて、馬車でひき殺そうとしたな!到底許されるものではないッ!」

大声を上げた青年――この国の第二王子であり、「ドローレスの婚約者」でもあるハビエル・タマメスは少女を連れて、つかつかとドローレスに向かって歩いていき、ドローレスの悪事の数々を吐き出す。

ドローレスは小首を傾げると、扇子を広げて、その扇子の下の笑みは崩さない。

この事態は想定していた。

そんな余裕すらも感じさせ、微動だにしない。

迫力迫る権力者の表情は並みの令嬢であれば、喉の奥が凍って声すら絞り出すことも難しいだろう。

ドローレスを知らない招待客からすると、わずかな動きしか見せないドローレスが、ハビエルに対して恐怖心を抱き、凍り付いているのだろうと想定していた。

ハビエルの熱はヒートアップしていく。

「ベレンに対しても許されるものではないが、オマエの不貞行為も知っている!そこのベルナベ・ロドリゲス伯爵と身体の関係を持っていることも裏が取れている!これは、婚姻前の不貞行為に他ならない。……以上の罪をもって、婚約を破棄し、然るべき処罰を受けてもらうぞッ!」

全てを言い終わったハビエルは、言い切った達成感と疲労で大きく息を吸って、吐いてを繰り返す。

怒涛の言葉の乱れ打ちに周囲もあ然としているが、冷静を取り戻し、ドローレスの悪事を暴露しているのだと認知すると、招待客の注目はドローレスに注がれた。

湖面のように静かになった会場は、ドローレスの声が一石となり、波紋を作る。

「子供のように癇癪を起した結果が、この陳腐な茶番劇ですの?……表紙抜けですわ、ハビエル王子」

首をもたげ、失望の色を滲ませる。

ドローレスは、もっと面白いものを期待していたのに、とこの状況を他人事のように楽しんでいる節も見せる。

馬鹿にしている態度だととらえたハビエルは奥歯を噛みしめる。

「不貞行為に殺人未遂だぞ!よくも、冷静にいられるなッ!!」

「…………そもそも、その後ろのちんちくりんはどなた?」

「ちんちくりッ……!!」

「ベレン・デルガド子爵令嬢だッ!知らないとは――」

「子爵令嬢?……まぁ、デカルド子爵家の。ご息女がいるとは知りませんでした。私、デカルド子爵様とは事業の関係で仲良くさせていただいてますのよ」

パチン、と扇子を閉じてにこやかにベレンに微笑む。

『子爵からはお前のことをなにも聞いていないが、本当に子爵の娘なのか?』その言葉の裏には毒が含まれていることを、ベレンでも理解していたからこそ、さらに身を縮こまらせる。

瞳の奥がゆらり、と揺れるのをドローレスは感じ取っていた。

ひとつ、ベレンの弱点を掴んだと、一層表情に笑顔を刻む。

「おかしいですわね。一応は傘下の商会長の家族構成は把握しているつもりなのですけど、あなたのお話は一度も出ておりませんでしたの。うふふ。ご息女がいらっしゃったのなら、デカルド令息と同じく、プレゼントでも送って差し上げたのに」

「私は、病弱でしたから、父から話が出なかったのは、当然のことですわ」

ベレンは、やっと口を開き、息を吹きかければ消えそうな蝋燭の火のような語尾で反論した。

弱弱しい態度が彼女の本性なのか、はたまた、男性の庇護欲を煽るための演技なのか。

ドローレスは彼女の言葉を聞いて、追い打ちをかける。

「まぁ、病弱なのに、こんな賑やかなパーティーに、婚約者がいる殿方と出席する元気があるのね。羨ましいわ」

「ドローレス!今回の件とは関係がない。論点をずらして話題をそらそうとしているだろう!」

(不貞を突っついてきたのは、そっちなのに)ドローレスはじとりとハビエルを睨むが、弱い者を蹴り飛ばしても面白くはないと気持ちを切り替えてハビエルに向き直る。

「失礼しました。私の不貞行為を問うのなら、ハビエル様も人のことは言えないのではないかと。そういいたかっただけですわ」

「では、まず、不貞行為は認めるということだな?」

「ええ」

興奮を抑えるために、小さく息を吐いて、勝ち誇ったように鼻で笑う。

元から、その件に対して、ドローレスは否定する気もなかった。

ハビエルは「やっぱり!」と笑みを浮かべるが、ハビエルからしたらドローレスは非があるはずなのに、詫び入れもせず、言いたいことがあると頬に手を添えた。

「でも、国王陛下から婚約の話をいただいた時に、陛下からは許しを得ていますのよ?「ハビエル王子では男性として満足できないでしょうから、他の男との関係も許すことが婚約の条件」だと。愛人を持つこと自体、この国では違法ではありませんし、男性の側室制度だってあるほどです。女性が認められないのは、おかしなことですわ。……政略結婚を望むのなら、そういうこともあるでしょう?」

「オマエのどこに政治的利用価値があるというのだ!」

「まぁ、ハビエル王子ったら、ご冗談が上手ね。この縁談は陛下から持ち掛けられたものなのですよ?ねぇ、陛下?」

ドローレスは、二階にある王族の席に視線を滑らすと、この日の為にあつらえた特別な衣装に身を包んでいるのにも関わらず、困惑の表情を冷や汗で汚す国王の姿があった。

国王は乾いた唇を舌で湿らせた。

「……ハビエル、これは、どういうことだ」

「父上!この女が、不貞を行ったのは周知の事実。さらには貴族の令嬢を殺害しようとしたのです!厳正な処罰を求めます
!」

ハビエルは自分の正義を信じて自らの父にドローレスの処罰を乞う。

しかし、国王は自分は関係ないと視線をそらし、椅子に座りなおす。

思ったような展開にはならず、ハビエルは首を傾げ、もう一度声を張り上げた。

「父上!」

「……王子。第二王子であるあなたが、一番王位に近いのは、なんでなのかご存じ?」

突然の関係のない質問に、ハビエルは口答えをするが、ドローレスは真剣な表情で、答える気のないハビエルに聞く。

「それは、俺が父上から一番信頼されているのだ!だから、正妃の子である兄上よりも俺が優先されたのだ!」

「――ぷッ、うふふふふふッ」

唇をなぞって、零れる笑いを抑える。しかし、手で押さえる程度では、笑いを抑えることができず、一人、ドローレスの爆笑がシャンデリアを揺らした。

「なにが可笑しい!」

「あはははは……、可笑しいったらないわよ。全てにおいてあなたより優れている第一王子より、継承権もない。さらには、お母さまは側室で、政治的な後ろ盾もない弱小貴族の血を引くあなたが、本当に、あなたの力だけで王位に近いと思っていたの?」

「だが、実際に、現時点では兄上より地位が上だ!」

ハビエルは、国王の二番目の側室、元男爵令嬢であるアナスターシャの子。その上の一番目の王子、ガエルは正妃の子であり、文武両道で次期国王候補としては申し分のないスペックだった。それでも、ハビエルが選ばれた理由は複雑な理由と、国王の感情的な問題が大きかった。

「馬鹿ね。自分の置かれている状況も理解できないなんて。時期国王候補よ?国の命運を左右する問題を、ただ「国王に寵愛されているから」と言って、なれる立場ではないのよ」

「俺が、ただ国王に贔屓されているから、なれたとでも!?」

「そうよ。あなた、第一王子より優れたところはあるの?国王の血を引いている以外で、優れているところは?勉強?遊んでばかりで授業をしょっちゅう抜け出すあなたが?武才?真剣すら握れないのに?カリスマ性?あなたの周りには、愚かな馬鹿王子を傀儡にしようとする者しか集まっていないじゃない。じゃないと、こんな短絡的で無計画な茶番なんて起こさないわ?」

「たかが侯爵家の分際で……ッ!なら、オマエには優れたところがあるとでも――」

「だから、私が婚約者として選ばれたのではなくて?」

ハビエルは感情的にドローレスを罵ろうと質問を返すが、迷いなくハビエルの言葉に頷いた。

王族を相手にへりくだった態度を取るかと思いきや、傲慢な回答にハビエルの声帯は石化の呪いに掛かったように固まった。

自分より立場の弱い者に対しての言葉を持ち合わせているが、全ての人間を見下した態度を取るハビエルには、自分の見下し、あまつさえ、自分より優れていると豪語する人間に掛ける言葉を持ち合わせていなかった。

――優れた兄を差し置いて、王太子として決まった時から、ハビエルは、今まで抱いていた劣等感を、王族と王太子という権威を振りかざしながら、頭ごなしに、努力なしに優越感を満たしていたのだから、当然だった。

今まで、見下していた女が自分という偉大な存在に、正義に膝をつこうとしない。こうなるはずじゃなかったのに、とハビエルは何度も自分の行動に対して問いかける。

「なんでッ……」

そもそも、何故、自分の王位継承権にドローレスが関わってくるのか、ハビエルはそこすら理解していなかった。

ドローレスは未だ状況を理解できていないハビエルに落胆の色を示した。

「質問ばかりね。少しは、思考を回転させたら?……私と婚約をして、あなたが恩恵を受けたこと、あるんじゃない?」

ハビエルは陽光のように眩しい金髪を掻きむしる。

ドローレスに馬鹿だ、と言われ、ドローレスの質問に対して考える。

――ドローレスとの婚約で自分が得たもの。

そんなもの、やっぱりないではないか!と自身満々に宣言したかったが、実際、ドローレスとの婚約が決まった後に、トントン拍子に進んだ話もある。

まずは、王太子任命、その次は品位維持費――つまりはハビエルが思い通りにできるお小遣いが増えたこと。貴族や権力者が、ハビエル自身を「側室の子」だと揶揄しなくなったこと。

格式高い貴族にしか使えられない獣人の使用人だって、何人か身の回りの世話をしてくれている。

だが、ハビエルは、それを「タイミングがよかっただけ」だと捉えていた。

まさか、それが、ドローレスに関係があるとは、今まで微塵も思わなかったのである。

王位継承権を持つものとして見向きもされなかった自分が。

やっと、日の目を見たと喜んだ日々が。

「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!嘘だッ!嘘だ!そんなはずがない!一塊の侯爵令嬢になにができるッ!俺は王族だぞ!こんな女……ッッ」

――全て嘘だっただなんて思いたくもなかったのである。

「継承権候補だったあなたのお兄様は、隣国の聖女様との婚約で王位を継がないと宣言してしまっのもあって、あなたを次期王として立場を作っていくことに国王陛下は決めたのよ。婚約は決まった時かしら?国王陛下から取引を持ち掛けられたのは」

「そんな……!でも、あんなに俺のことを大切にしてくれたじゃないかッ!」

大切、という単語にピンとこず、ドローレスは扇子の先で唇をなぞる。

「大切……?王子として恥を掻くことはわかっているはずなのに、馬鹿で無知のまま、今までほったらかしにされてきたのに?」

「馬鹿、馬鹿と!お前はどこまで俺を馬鹿にすれば気が済むんだ!」

「馬鹿じゃない。少なくとも、婚約破棄をしたいなら、きちんと相手の弱みを握って、あなたが置かれている立場を理解して、舞台を整えて、準備をしてくるべきだったわ」

閉じられた扇子の先を、今度はハビエルの小さい顎に滑らせる。

「私は、ただの侯爵令嬢ではないわ。この国の大商会連合を引っ張り、貿易や運送、建築、幅広い事業を手掛ける大店の主。私がいなければ、満足に他国と貿易もできないし、馬車を使った移動もできない。いつも使っている配達サービスや、郵便だって利用できない。たしかに、私の上には身分の高いご令嬢がいらっしゃるけど、美貌、財力、才能、そして、他国の要人と繋がりが強く、情報も多く有している女はいないわ」

この傲慢で自分を疑わない女が、信じられない。国王に否定して欲しい、と視線で助けを求めるが、国王は首を横に振るだけ。

この国一番の最高権力者が、言われるままとなっている。

それが、現実を物語っていた。

「あなたより、持っている物が多い私が、あなたに嫉妬を抱くわけないでしょう。ベレン嬢……でしたっけ?彼女の暗殺だって、なにが悔しくて、実行しなければいけませんの?そこまでして、愛を貫きたい殿方なら、既に、この国の玉座に座らせて差し上げてますわ」

「なんてこと……!不敬な物言いなのでしょう!」

「仮にも国王の手前だぞ。いくら王太子の婚約者としても、問題発言だ」

ドローレスの不遜な物言いが物議を醸す。

いくら、ドローレスがこの国トップレベルの財力を持つ商人であり、高位貴族だからとは言え、国で一番重んじるべき国王を前にして、玉座を引きずり下ろすと言っているようなものだからだ。

国王を支持する古参貴族を筆頭に、非難する声が大きくなる。

「悪女の性根は変わらないか」

「殺人未遂も、実は本当のことなんじゃないか?」

悪女。それはこの国ではドローレスを表す言葉だった。

傲岸不遜、気に入らない女がいれば虐め抜き、金に物を言わせる悪徳な女。

この傲慢なドローレスの態度から噂が広がり、つけられた異名。

彼女にいい印象を抱かない者は、特に彼女が悪女だと噂を大に吹聴し、軽蔑する。

この時も、古参貴族は彼女に対して悪意を向けている。

しかしながら、国王は、力なく手を挙げて、貴族の口を閉じた。

「いや、いいんだ。実際、その通りなのだから……」

力なく、玉座から立ち上がり、ぽつ、ぽつと国王は話始めた。

ドローレスとハビエルの婚約の真実を――。

これは、約1年半前のことだった。

レジーナ王国は、隣国のユミル王国と戦争を起こしていた。

戦争の大きな理由の一つが、二つの王国に隣接しているアゼラ鉱脈の土地権についてだった。

アゼラ鉱脈は鉄が多く取れる鉱山であり、武器の製造はもちろん、馬車や生活用品、さまざまな物の部品に使われるため、需要が高かった。

レジーナ王国は、古くから、アゼラ鉱脈を所有していると宣言していたが、ユミル王国はそれを否定し、鉄が取れると知ると否や、自国の物だと明言してしまった。

元から両国の関係は良くなく、そこから戦争に発展。

国営費予算や昨今の日照りのより、食糧事情も良くなかったレジーナ王国は、国土も人口も大きい国ながら、食糧不足による戦況不利と、資金難に陥ったのだ。

そこで、手を差し伸べたのがドローレスだった。

国内こそ、よく思っている者は少ないが、ドローレスは奔放な性格から、学園時代には留学を、大商会連合に属してからは出張と称しては各国を飛び回り、各国のトラブルに首を突っ込んでは解決をしてきた実績から、意外と要人に対する顔が異様に広い。

例えば、フィガロア帝国では、元々、武官と文官が分かれて政治を行っており、争いが絶えず、貧富の差も激しい内政状態だったが、ドローレスが介入したところで一気に解決の方向へ向かった。鎖国国家だった南方にある小島が合併してできた、ミストラ連合国では珍しい工芸品や反物、スパイスなどの取引を成立させただけでなく、ミストラ王国を世界有数の経済国家へと押し上げた。

聖王国での偽聖女による国家転覆事件、西方の砂漠の国の王子暗殺事件を食い止めた功績……、彼女の傲慢なおせっかいに迷惑をしたものがいる反面、多大な恩を感じている者も少なくなかった。

その折、レジーナ王国の戦争では、ドローレスの資金援助の他、フィガロア帝国からは援軍による支援、ミストラ連合国や聖王国からは食糧物資の支援と医師の派遣。西方の砂漠の国からは最新武器の支援……。

その全てを「ドローレスが困っているから」と言う理由で支援されれば、国王もドローレスに対して無碍に扱うことができないのは想像に難くなかった。

この異様に外国に対しての顔の広さは、今後のレジーナ王国のさらなる発展の役に立つ。そして、彼女がもつ莫大な資金力は難ありな性格を考慮しても余りある。

その魅力に、元々、隣国の聖女との縁談が上がっていた第一王子ではなく、未婚の第二王子を彼女に捧げることで、王国に繋ぐ選択肢を選んだのだった。

ただ、ドローレスもいかに顔が広いからと言っても、レジーナ王国の中の地位は上の下。一国の王の縁談を理由なく断ることはできない。

だから、条件付きで、ハビエルとの縁談を了承した。

ひとつ、正式な婚姻を果たすまでの間、男性関係に一切の口を出さないこと。婚姻成立の場合は、跡継ぎの為に男児一子を産むまでの間、男性と関係を結ぶことは禁止すること。

ひとつ、ハビエルが自ら婚約破棄を申し出た場合、素直に承諾すること。

ひとつ、ハビエルには王位継承の為の教育を行うこと。具体的には、指定期日までに公用語を含む5か国語の習得、帝王学、上級数学、上級語学、王国史、世界史を過去100年分の暗記をさせること。

ひとつ、双方どちからの落ち度で婚約破棄に至った場合は、法律に乗っ取った賠償請求を可能とする。

他にも細かい要項はあるが、大まかに4つの取り決めをしていた。

ハビエル側は、そのほとんどの誓約書を破ってしまったことになる。

破ってしまった時のペナルティは、既に、誓約書の下に掛かれていた。

単純に言ってしまえばお金での解決と、王国新聞一面を使用した謝罪文の掲示。

その他にも約束事があるが、双方にとって契約違反をすると痛手になる内容だった。

ハビエルは、それを理解していない。国王の成すがままに誓約書にサインさせられ、ドローレスとの……悪女との婚約をずっと不満に思っていたのだから。

ハビエルは、ドローレスを追い詰めようとしていたのに、逆に自分がその立場となり、頭を抱える。

国王はそんな息子を、情けないと吐き捨てた。

「うちの愚息が、令嬢には悪いことをした。……申し訳なかった」

ぶつぶつと呟いているハビエルの横で、一国の王が頭を下げて、非を認めた。

それだけでも、貴族社会に激震が走る出来事で、貴族たちは、頭を下げた国王の姿に騒ぎ立て、同情が集まる。

しかし、ドローレスの顔色は満足に至っていない。

まだ足りない、と国王相手の頭を見下ろす。

「国王陛下、まだ、大切なことを忘れていますわ」

ドローレスはハビエルの後ろに向けると、ずっと固まっているベレン・デルガドがいた。

「後ろに隠れていないで、出てきなさいな。私に暗殺されそうになったのでしょう?罪を告発したいのでしょう?他人の口を借りずに、自分で全て話しなさいな」

ベレンの肩がぶるりと震えた。
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