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土埃令嬢のキャンディス
しおりを挟む家同士の政略的な契約結婚。
それが私たちの関係の始まりだった。
「お前とは政略結婚だ。愛する気はない。だから、俺に「愛される」という期待をしないで欲しいし、妻として接するつもりもない。役割上の関係だと、理解しろ」
オレンジ色の淡い太陽光が窓辺から零れ、差すと夜を思わせるような、濃紺が混じる黒色の髪の毛を風で揺らし、私の結婚相手――シュルピス・ベニシュ公爵令息は答えた。
それは重畳。だって、私もあなたに愛を求める気はないのだから。
初対面で腹の底が見えない好意的な言葉より、「結婚相手が私であるのが気に入らない」という意図の、着飾らない素直な言葉。
彼の感情と意図が明確になって、安堵の笑みがこぼれた。
そして、私はこう答えた。
「――愛さなくて結構なので、好きにやらせてください」
……。
私の名前はキャンディス・シャレット。
無駄に広い田舎の土地を持つ、シャレット伯爵家の四人兄妹の末っ子で、世間では「土埃令嬢」なんて呼ばれている。
なんで、「土埃令嬢」って呼ばれているのかって?
それはいたってシンプルな答え。貴族令嬢としての貴族の勤めを果たさず、年ごろの女が現在進行形で領地の土いじりをしているから。
「常に服や顔に土で汚れている」から「土埃令嬢」。全く、名は体を表すってこのことだったのか、と蔑称が付いた時は感心したものだ。
兄姉たちも、現に。
「土埃令嬢だなんて、あなたにピッタリじゃないの。年頃の他の令嬢のように女性らしくもない、土に塗れることを喜ぶ変わり者。他の令嬢と区別がついていいじゃない」
「まったくだ。こんな芋女を何故父上が重宝しているのかも謎だ。たまたま植物に詳しいだけの、小娘が。気に食わん」
こんな風に、評価している。
私と同じ種から生まれ、同じ屋根の下でくらしている同胞がそう言っているのだ。その評価は正しいのだろう。
――こんな感じで私は他の令嬢と変わった趣味を持っているようだ。私自身、好きなことはとことん突き詰めるタイプなので、自分が好きなものに対する周りの評価は気にしない。
しかし、何故、こんな変わった趣味を持っているのか。それは、前世の記憶を持っていることが原因のひとつ。
地球と言う星にある、日本という国のとある田舎町で農業を営む家族と共に暮らしていた記憶だ。両親のことや、前世の名前は思い出せないけど、きっと、今、私がこうして作物を育てることが好きなのは、その前世の記憶があるからだと思う。
産まれた時から。三歳の時に初めて、お父様と一緒に領地視察をしたときから。雨が上がった後の土の匂いを嗅いで、家で焚いているアロマキャンドルの匂いを嗅ぐより、落ち着いたもの。きっと、前世で農民の暮らしをしていた影響だろう。
そうして私は物心がついた時には農業への強い関心を持ち、前世の知識も生かして、趣味がてらに積極的にシャレット領の農業改革に取り組んだ。
改革という程、改革はしたつもりはないけれど。
好きに畑仕事を皆に手伝ってもらって、作物の育て方について口を出しただけだもの。
始まりは庭園の庭での小規模な家庭菜園。その時に手伝ってもらっていた若い女性の庭師の口からシャレット領まで噂が広がり、今では皆で作物を育てるのに精をだしている。
――シャレット家は、元々無駄に土地が広いだけの特筆したものもない田舎領地。それが、今や王国の穀物の7割はここで作られているのだから人生なにがあるのかわからない。
こうして13年、好き勝手に生きて来た結果が、土埃令嬢だなんて呼ばれるのだから、蔑称がつくのも仕方がないというものだ。
「キャンディスお嬢様、うちのピーマンが上手く育たなくて、どうしたらいいのでしょう?」
「ここ、去年トマトを育てていた区画よね?ナス科……ええっと。トマトは、実はナスの仲間なのだけど、同じ仲間の野菜を育てるとうまく育ちにくいのよ。同じ仲間の野菜を育てるには一定期間は開けないと。病気や害虫が怖いし、もったいないけど、処分してしまった方がいいかもね」
「そうですか……」
「大丈夫よ。またうまく育つわ。他の野菜には影響はない?」
「他の区画は問題ないと思います。ありがとうございます、お嬢様」
伯爵家がある土地からたまに抜け出せば、お父様が誕生日プレゼントで下さった私専用の畑に向かう。すると、その隣で野菜を作っていたおばさんが困った顔でこちらに向かって歩いてくるので、その悩みを聞いてあげつつ。
専用の畑の近隣に住まう住民や、時折村の集会にお邪魔させてもらいつつ、農業に対しての意見交換をする。
最初こそ「小さいお貴族様になにができるのだろう」と疑心を抱いていたし、私も、力がつく頃までは庭師に手伝ってもらっていたわ。
けれど、今ではこんなに仲良し。否定的でも、交流はかかすものじゃないわね。
最低限の貴族としての教育と、大半の畑仕事やそれに関する仕事をこなして幾年と経った頃。
私は、お父様の部屋で、神妙な面持ちで放たれた言葉に衝撃とショックを受けた。
「キャンディス、お前には申し訳ないが冷徹公子の元へ嫁いでくれないだろうか」
次の野菜の収穫と流通経路のことで頭が一杯で、お花畑だったのに。その言葉で吹雪いて全ての花が枯れてしまうほどに理解が追いつかなかった。
嫁ぐ――所謂結婚?
結婚って、段階があるものじゃ――。いや、そもそもの話、何故私が結婚をしなければいけないの?
「冷徹公子って、ベニシュ公爵令息のことですか?私より2歳年上だと聞いておりますが……。お姉様じゃだめなんでしょうか?」
お姉様は常日頃、お金持ちで地位のある貴族の元へ嫁ぎたいと言ってた。私よりも貴族らしく、女性らしく振舞えるのに。
「駄目だ。あれは気位が高いし、なにより婚約者がいる。となると、後はうちに女と言えばお前しかいないだろう」
結婚をしなくて良いとお父様は言っていたし、「うちがここまで発展してきたのはキャンディスのおかげ」だと手放しで喜んでいたじゃない……!
「私、貴族のマナーとかわからないし、ベニシュ公爵家に嫁いだところで恥を掻いて両家に恥じを掻かせるだけですわ」
いきたくないという気持ちもあるが、この言葉も事実だ。畑仕事に熱中し過ぎて、貴族のマナーなんて最低限にしかこなせないし、社交活動をするといっても、私の別称が社交活動の邪魔をするだろう。
お父様だって、結婚は諦めていたけれど、縁談が上がってきたのなら、チャンスだと思ったのかもしれない。
だって私に結婚を申し込む物好きなんていないから。
それでも、家に迷惑をかけるのが分かっていて、なおかつ不安な結婚生活を送れる自信はない。
「うちが領地だけ無駄に広くて、農業が盛んな割りには、人が少ない。そして治安を維持する人間がいなくなり、他領から流れてくる貧民や害獣が農作物を荒らしている問題は知っているだろう」
「ええ、シャレット領の問題点のひとつですね」
「ベニシュ家は王都の隣にある領地ということから、人口も軍事力もトップクラスだが、なにより農作物が育ちにくい土地で、育てる場所も少ない。政略結婚をして、食糧を優先的に融通する代わりに金銭的援助や人手の手配もして下さるそうだ」
たしかに、食糧を融通する代わりに金銭的にも、人手的に支援してもらえるのはありがたいけれど、うますぎる話のようにも聞こえる。その辺の政治的な話は疎いので、これ以上追及する気はないけれど。
それでも、政略結婚という響きと、自分がそれに利用されているという現状は嫌気が差す。
けれど、この家の家長はお父様だ。行けと命じられた以上、行くしかない。
ただ、ただ頷くと、そこからベニシュ家へ引っ越す日程はすんなりと決まった。
「――社交活動とか面倒。せめて家庭菜園くらいは認めてくれると良いのだけど」
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