転生農業令嬢は言った。「愛さなくて結構なので、好きにさせてください」 -緑を育てる夫人-

赤羽夕夜

文字の大きさ
1 / 12

土埃令嬢のキャンディス

しおりを挟む

家同士の政略的な契約結婚。

それが私たちの関係の始まりだった。

「お前とは政略結婚だ。愛する気はない。だから、俺に「愛される」という期待をしないで欲しいし、妻として接するつもりもない。役割上の関係だと、理解しろ」

オレンジ色の淡い太陽光が窓辺から零れ、差すと夜を思わせるような、濃紺が混じる黒色の髪の毛を風で揺らし、私の結婚相手――シュルピス・ベニシュ公爵令息は答えた。

それは重畳。だって、私もあなたに愛を求める気はないのだから。

初対面で腹の底が見えない好意的な言葉より、「結婚相手が私であるのが気に入らない」という意図の、着飾らない素直な言葉。

彼の感情と意図が明確になって、安堵の笑みがこぼれた。

そして、私はこう答えた。

「――愛さなくて結構なので、好きにやらせてください」


……。

私の名前はキャンディス・シャレット。

無駄に広い田舎の土地を持つ、シャレット伯爵家の四人兄妹の末っ子で、世間では「土埃令嬢」なんて呼ばれている。

なんで、「土埃令嬢」って呼ばれているのかって?

それはいたってシンプルな答え。貴族令嬢としての貴族の勤めを果たさず、年ごろの女が現在進行形で領地の土いじりをしているから。

「常に服や顔に土で汚れている」から「土埃令嬢」。全く、名は体を表すってこのことだったのか、と蔑称が付いた時は感心したものだ。

兄姉たちも、現に。

「土埃令嬢だなんて、あなたにピッタリじゃないの。年頃の他の令嬢のように女性らしくもない、土に塗れることを喜ぶ変わり者。他の令嬢と区別がついていいじゃない」

「まったくだ。こんな芋女を何故父上が重宝しているのかも謎だ。たまたま植物に詳しいだけの、小娘が。気に食わん」

こんな風に、評価している。

私と同じ種から生まれ、同じ屋根の下でくらしている同胞がそう言っているのだ。その評価は正しいのだろう。

――こんな感じで私は他の令嬢と変わった趣味を持っているようだ。私自身、好きなことはとことん突き詰めるタイプなので、自分が好きなものに対する周りの評価は気にしない。

しかし、何故、こんな変わった趣味を持っているのか。それは、前世の記憶を持っていることが原因のひとつ。

地球と言う星にある、日本という国のとある田舎町で農業を営む家族と共に暮らしていた記憶だ。両親のことや、前世の名前は思い出せないけど、きっと、今、私がこうして作物を育てることが好きなのは、その前世の記憶があるからだと思う。

産まれた時から。三歳の時に初めて、お父様と一緒に領地視察をしたときから。雨が上がった後の土の匂いを嗅いで、家で焚いているアロマキャンドルの匂いを嗅ぐより、落ち着いたもの。きっと、前世で農民の暮らしをしていた影響だろう。

そうして私は物心がついた時には農業への強い関心を持ち、前世の知識も生かして、趣味がてらに積極的にシャレット領の農業改革に取り組んだ。

改革という程、改革はしたつもりはないけれど。

好きに畑仕事を皆に手伝ってもらって、作物の育て方について口を出しただけだもの。

始まりは庭園の庭での小規模な家庭菜園。その時に手伝ってもらっていた若い女性の庭師の口からシャレット領まで噂が広がり、今では皆で作物を育てるのに精をだしている。

――シャレット家は、元々無駄に土地が広いだけの特筆したものもない田舎領地。それが、今や王国の穀物の7割はここで作られているのだから人生なにがあるのかわからない。

こうして13年、好き勝手に生きて来た結果が、土埃令嬢だなんて呼ばれるのだから、蔑称がつくのも仕方がないというものだ。

「キャンディスお嬢様、うちのピーマンが上手く育たなくて、どうしたらいいのでしょう?」

「ここ、去年トマトを育てていた区画よね?ナス科……ええっと。トマトは、実はナスの仲間なのだけど、同じ仲間の野菜を育てるとうまく育ちにくいのよ。同じ仲間の野菜を育てるには一定期間は開けないと。病気や害虫が怖いし、もったいないけど、処分してしまった方がいいかもね」

「そうですか……」

「大丈夫よ。またうまく育つわ。他の野菜には影響はない?」

「他の区画は問題ないと思います。ありがとうございます、お嬢様」

伯爵家がある土地からたまに抜け出せば、お父様が誕生日プレゼントで下さった私専用の畑に向かう。すると、その隣で野菜を作っていたおばさんが困った顔でこちらに向かって歩いてくるので、その悩みを聞いてあげつつ。

専用の畑の近隣に住まう住民や、時折村の集会にお邪魔させてもらいつつ、農業に対しての意見交換をする。

最初こそ「小さいお貴族様になにができるのだろう」と疑心を抱いていたし、私も、力がつく頃までは庭師に手伝ってもらっていたわ。

けれど、今ではこんなに仲良し。否定的でも、交流はかかすものじゃないわね。

最低限の貴族としての教育と、大半の畑仕事やそれに関する仕事をこなして幾年と経った頃。

私は、お父様の部屋で、神妙な面持ちで放たれた言葉に衝撃とショックを受けた。

「キャンディス、お前には申し訳ないが冷徹公子の元へ嫁いでくれないだろうか」

次の野菜の収穫と流通経路のことで頭が一杯で、お花畑だったのに。その言葉で吹雪いて全ての花が枯れてしまうほどに理解が追いつかなかった。

嫁ぐ――所謂結婚?

結婚って、段階があるものじゃ――。いや、そもそもの話、何故私が結婚をしなければいけないの?

「冷徹公子って、ベニシュ公爵令息のことですか?私より2歳年上だと聞いておりますが……。お姉様じゃだめなんでしょうか?」

お姉様は常日頃、お金持ちで地位のある貴族の元へ嫁ぎたいと言ってた。私よりも貴族らしく、女性らしく振舞えるのに。

「駄目だ。あれは気位が高いし、なにより婚約者がいる。となると、後はうちに女と言えばお前しかいないだろう」

結婚をしなくて良いとお父様は言っていたし、「うちがここまで発展してきたのはキャンディスのおかげ」だと手放しで喜んでいたじゃない……!

「私、貴族のマナーとかわからないし、ベニシュ公爵家に嫁いだところで恥を掻いて両家に恥じを掻かせるだけですわ」

いきたくないという気持ちもあるが、この言葉も事実だ。畑仕事に熱中し過ぎて、貴族のマナーなんて最低限にしかこなせないし、社交活動をするといっても、私の別称が社交活動の邪魔をするだろう。

お父様だって、結婚は諦めていたけれど、縁談が上がってきたのなら、チャンスだと思ったのかもしれない。

だって私に結婚を申し込む物好きなんていないから。

それでも、家に迷惑をかけるのが分かっていて、なおかつ不安な結婚生活を送れる自信はない。

「うちが領地だけ無駄に広くて、農業が盛んな割りには、人が少ない。そして治安を維持する人間がいなくなり、他領から流れてくる貧民や害獣が農作物を荒らしている問題は知っているだろう」

「ええ、シャレット領の問題点のひとつですね」

「ベニシュ家は王都の隣にある領地ということから、人口も軍事力もトップクラスだが、なにより農作物が育ちにくい土地で、育てる場所も少ない。政略結婚をして、食糧を優先的に融通する代わりに金銭的援助や人手の手配もして下さるそうだ」

たしかに、食糧を融通する代わりに金銭的にも、人手的に支援してもらえるのはありがたいけれど、うますぎる話のようにも聞こえる。その辺の政治的な話は疎いので、これ以上追及する気はないけれど。

それでも、政略結婚という響きと、自分がそれに利用されているという現状は嫌気が差す。

けれど、この家の家長はお父様だ。行けと命じられた以上、行くしかない。

ただ、ただ頷くと、そこからベニシュ家へ引っ越す日程はすんなりと決まった。

「――社交活動とか面倒。せめて家庭菜園くらいは認めてくれると良いのだけど」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。 しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。 「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」 屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え―― 「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。 「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」 愛なき結婚、冷遇される王妃。 それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。 ――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。

心配するな、俺の本命は別にいる——冷酷王太子と籠の花嫁

柴田はつみ
恋愛
王国の公爵令嬢セレーネは、家を守るために王太子レオニスとの政略結婚を命じられる。 婚約の儀の日、彼が告げた冷酷な一言——「心配するな。俺の好きな人は別にいる」。 その言葉はセレーネの心を深く傷つけ、王宮での新たな生活は噂と誤解に満ちていく。 好きな人が別にいるはずの彼が、なぜか自分にだけ独占欲を見せる。 嫉妬、疑念、陰謀が渦巻くなかで明らかになる「真実」。 契約から始まった婚約は、やがて運命を変える愛の物語へと変わっていく——。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

ふしあわせに、殿下

古酒らずり
恋愛
帝国に祖国を滅ぼされた王女アウローラには、恋人以上で夫未満の不埒な相手がいる。 最強騎士にして魔性の美丈夫である、帝国皇子ヴァルフリード。 どう考えても女泣かせの男は、なぜかアウローラを強く正妻に迎えたがっている。だが、将来の皇太子妃なんて迷惑である。 そんな折、帝国から奇妙な挑戦状が届く。 ──推理ゲームに勝てば、滅ぼされた祖国が返還される。 ついでに、ヴァルフリード皇子を皇太子の座から引きずり下ろせるらしい。皇太子妃をやめるなら、まず皇太子からやめさせる、ということだろうか? ならば話は簡単。 くたばれ皇子。ゲームに勝利いたしましょう。 ※カクヨムにも掲載しています。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
 婚約者である王太子からの突然の断罪!  それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。  しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。  味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。 「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」  エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。  そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。 「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」  義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。

処理中です...