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49話 私は舞踏会に臨む
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リリーがトロフォル大公に面会してから2ヶ月後。
トロフォル公爵(大公の嫡男)主催の舞踏会が催された。
この舞踏会はトロフォル大公が久しぶりに参加するとあって、王族の参加は無いものの、国の重鎮が多く参加する盛大なものだった。
その舞踏会にコアトレーニンは妻を伴って参加していた。
コアトレーニンの妻は美しい女性だった。
吊り目の為、気が強い印象は受けるが、実際は物腰柔らかく高圧的な所も無い、控えめな淑女だった。
感情よりも理性を優先する冷静さを持ち合わせる才女でもあった。
トロフォル公爵が得た情報では、コアトレーニンは領地経営の事まで細君に相談している。
コアトレーニンがリッシルト家を継いら数年も待たず細君に全て牛耳られるだろうと分析した。
いつの間にか家臣が細君の血縁者で固められ、コアトレーニンが病死でもすればリッシルト家の乗っ取りは完了となる。
それはそれでリッシルト家の問題なのだが、国力低下につながるとなれば傍観もできない。
しかしコアトレーニンの婚約も王家が認めたものであるし、目立った動きがない現状では、可能性でしか無く対策を取れる話では無かった。
さて、コアトレーニン本人はと言えば、リリーの為に正妻も割り切って平等に構うつもりで居たが、いざ婚約者に会ってみるとその美しさや物腰優しく控えめな所に惹かれてしまった。
今では愛する妻と言い切れる程に心を掴まれていた。
では、リリーの事を諦めたかと言えばそうではなかった。
コアトレーニンは妻の体に溺れた。
そして肉欲に溺れたからこそ、むしろリリーへの執着がより一層強くなっていた。
リリーを手に入れ、2人を同時に可愛がるつもりで居た。
両手に花を手にする事を夢見たのである。
コアトレーニンにあるのはリリーの体を意のままにしたい、という欲望だけであり、リリーの意志や人間性を尊重するような思いやりや愛情は無くなっていた。
自らを一度は拒絶したリリーを蹂躙し、体の繋がりで縛って屈服させようとしている。
リリーを従順な雌にすることで先に受けた屈辱を晴らす。
今のコアトレーニンにあるのはその思いだけだった。
コアトレーニンが会場に入った時には、すでにダンベルは会場に入っていた。
辺境伯家嫡男のダンベルが公爵家嫡男のコアトレーニンより先に会場入りしているのは当たり前のことでは有るが、コアトレーニンは優越感を感じていた。
ダンベルに剣では勝てないが、それ以外は全て勝っている気になった。
ダンベルはエスコートする同伴者も無く、一人壁際に立っていた。
<無様な事だ>
コアトレーニンはそう考えた。
しかし、コアトレーニンはそれが異常な事と思い至らなかった。
いつもならダンベルが呼んだ訳では無いのに女性に囲まれている。
女性のほうが放って置かないのだ。
今日は、近寄りがたい雰囲気を出しているダンベルに女性も男性も話しかけたくとも話しかけ難いのだった。
いよいよ最後の入場者、トロフォル大公が会場入りする。
皆が注目する。
トロフォル大公は一人の女性をエスコートしていた。
リリーである。
そして大公がエスコートする美しい令嬢に皆目を奪われた。
普段腰まで伸びた銀色の髪は、艷やかで美しく編み込まれて纏められており、透き通るような白い肌は鮮やかな宝石を縫い込まれて光り輝く青いドレスによく映えた。
あまり派手はアクセサーはつけず、銀で纏められた髪留め、イヤリング、ネックレスにはさほど大きくないがブルーサファイヤが嵌め込まれていていいアクセントになっていた。
どんなに、豪華な宝石のはめ込まれた髪飾り、アクセサリー、指輪などで身を飾ろうともリリーの美しさには到底及ばない。
誰もが息を呑む美しさだったのである。
コアトレーニンもその美しさに目を奪われた。
<リリー美しい……やはり俺に愛されるに相応しい女だ>
今まで社交界では見かけた事がない美しい令嬢の入場に、皆感嘆の息を漏らし令嬢の正体に思いを巡らせた。
〝噂に聞いたユニスリー家の令嬢だろうか? でもしかし噂の事もあるし彼女が舞踏会に出てくるとは考えにくい〟
大半の者がそう考えた。
大公はリリーを伴って、舞踏会会場であるダンスホール入場用の階段を降りてくる。
しかし降りきらずに踊り場で立ち止まった。
皆にリリーをじっくり見れる様にしたのである。
それは大公がリリーを紹介する為であることを示す。
階段の下にはトロフォル公爵がいた。
トロフォル公爵が会場の皆に話しかけた。
「皆様、本日は当家の舞踏会にお越し頂き、感謝申し上げます。父、大公よりこの場を借りて皆様へご挨拶がございます」
息子の公爵から振られ、大公は大きく頷いた。
「皆の顔を久しぶりに見ることが出来、嬉しい限りじゃ。本日は儂の隣にいる孫娘を紹介させて欲しい。孫のリリエナスタじゃ」
大公の言葉にざわめきが起こる。
それはそうだろう、リリエナスタといえば、リッシルト家の嫡男に婚約破棄され、その理由が兄とのただならぬ仲にあるとの噂のユニスリー家令嬢である。
ざわめきに対し、大公は片手を上げて静粛を促す。
直ぐにざわめきは収まった。
「皆、リリエナスタはユニスリー家の令嬢と思われておられるであろう。しかし実はリリエナスタは儂の4女の娘でトロフォル家の娘。今まで故あってユニスリー家に養女に出しておった。」
大公はここで一度言葉を止め、周囲を見渡す。
そしてコアトレーニンを見つけた。
<小僧め、お前などにリリーは渡さぬよ>
「その事はリリエナスタの貴族籍を調べればわかって貰えるじゃろう。そしてこの度ユニスリー家からトロフォルに戻し、公爵の養女とすることにしたので紹介の場を設けさせて頂いた次第じゃ。リリエナスタ皆に挨拶を」
大公の言葉を受けてリリーは優雅に一礼した。
「皆様、リリエナスタでございます。お見知りおき下さいませ」
礼、所作、声、全てが美しい。
周囲から再び感嘆の息が漏れる。
その中にあって コアトレーニンだけは皆とは違い驚きの表情を浮かべていた。
大公はその表情をみて、内心ほくそ笑む。
<まだまだじゃよ。お楽しみはこれからじゃ>
コアトレーニンは驚きが収まるとトロフォル大公に対して怒りがこみ上げて来た。
<リリーがトロフォルの娘だと? それでは俺の計画が台無しじゃないか>
ダンベルとリリーがただならぬ仲で問題が有るのは2人が血を分けた兄妹だったからだ。
今、その点に問題が無いことを暗に大公が説明したのである。
「さて、先ずは儂が踊らなければだが、この歳じゃ。儂の代わりはダンベルハワー・ユニスリー殿にお願いしようか」
「喜んでお引き受け致します」
大公の言葉を受けてダンベルが会場中央に進んでくる。
リリーも階段を降り、会場中央に。
<なんだ、これは。どういうことだ>
優雅に踊りだした2人をコアトレーニンは呆然としながら眺めていた。
2人は息の合った優雅なダンスを披露していた。
周囲から三度感嘆の息が漏れる。
2人のダンスは兄妹以上の絆を感じさせる。
ハッキリ言ってしまえば、愛し合う恋人同士にしか見え無かった
それは、踊っている2人の表情にあらわれている。
リリー恋する乙女のような表情をコアトレーニンは初めて見たのである。
コアトレーニンは激しい嫉妬に襲われたが、どうしようもない。
今、彼の隣には彼の妻もいた。
2人のダンスが終わり、大きな拍手が沸き起こる。
その拍手に応えダンベルとリリーが優雅に挨拶をする。
ダンベルはリリーの手を取り、大公のいる階段の下までリリーを連れて行く。
嫉妬に狂ったコアトレーニンだが、ダンベルを睨みつけることしか出来ない。
大公は階段を降り、2人の横に立つと、再び話し始めた。
「今のダンスで気付いた者もいるかもしれんが、ここにおるユニスリー家嫡男ダンベルハワーに我が孫リリエナスタを嫁がせる事にした。本日は2人の婚約の発表も兼ねておる」
大公の発表に大きな拍手が沸き起こる。
「それでは本日はお楽しみ下さい」
公爵の声と共に舞踏会の次のプログラムが動きだす。
パートナー交換すること無く、ダンベルとリリーは立て続けに3曲踊った後、休憩の為、歓談スペースに移動した。
歓談スペースでは食事やお酒も楽しむ事が出来き、ダンスに参加しない者たちはこのスペースで雑談や密談、お見合いなどをしている。
社交政治の世界ではこのスペースこそが真のステージなのだ。
従って広いダンスホールの内ダンススペースよりも歓談スペースの方が広く取られている。
流石に今日は2人にダンスを申し込む者は居なかった。
そして2人は大勢に囲まれてお祝いの言葉を受けまくることになった。
今日は食事をする余裕は無いと覚悟していた2人だったが、やはり予想通りの展開になった。
2人が周囲の賛辞とお祝いから開放されるとリリーは公爵家の侍女を伴い会場から専用の休憩室に移動した。
ダンベルは一人会場に残り、給仕からワインをグラスを受け取る。
ダンベルは話しかけられるのを待っていた。
待つこと30分。
3杯目のグラスに交換したところで漸くその時が来た。
「ダンベル一体どういう事だ」
その声はダンベルの背後から掛けられた。
声の主はダンベルが待っていた男、コアトレーニンである。
「トレーニか。どうもこうないよ、リリーとは共に育ったが実は母方の従姉妹なんだ。貴族籍を調べてくれてもいいがリリーはれっきとしたトロフォル家のご令嬢さ」
「その事を聞いているんでは無いのだが」
「ああ、リリーに酷い噂が流れてしまって貰い手が居なくなってしまった。だからいっそ僕が貰うことにした。母方の祖母が違うので近親にはならないしね」
「リリエナスタ嬢はそれでいいと言ったのか?」
「ああ、本人も了承済だよ。もともと一緒に暮らしている家族でもあるんだ。当家が一番リリーも暮らしやすいに決まっているじゃないか」
「しかし、兄妹として育ったんだろう……割り切れるものなのか?」
「違和感はあるが直ぐに慣れるさ。それに実の兄妹での婚姻も王家の了承が取れるならできるし実例もある」
「それはそうだが……そうだアイリ嬢はなんて。彼女の立場が悪くなってしまわないか?」
「心配してくれてありがとう。アイリも喜んでくれたよ。実家に帰ると姉に会えるのは嬉しいってね。それにすでにアイリには親衛隊もいるし、シャル嬢のお友達でもあるからね」
「そ……うか」
「お初にお目にかかります。コアトレーニン様の妻でございます。この度はご婚約おめでうございます」
会話が一段落したからだろう、コアトレーニンの妻がお祝いの言葉をダンベルに掛けた。
「奥方殿、有難うございます」
「お美しいフィアンセさんですわね」
「気心が知れているのは有り難いですが、行動力がありすぎて振り回されていますよ。お二人の様に幸せになりたいものです。では今夜は楽しんでいって下さい」
ダンベルは一礼するとトレーニの元を去った。
それから暫くしてリリーが会場に戻ってきた。
「リリエナスタ嬢」
リリーがダンベルの元に向かう前に話しかけてきたのはコアトレーニンだった。
コアトレーニンの妻も休憩に入り、丁度1人だった。
「コアトレーニン様。ご無沙汰しております」
「婚約おめでとう…正直驚いた」
「驚かせてしまいましたね。わたくしも実は今でも信じられないのです」
そう言ってリリーはにっこりと微笑む。
その瞬間、コアトレーニンの中で何かが変わった。
「幸せそうで何よりだ」
「コアトレーニン様もお幸せそうですわ」
「ありがとう」
「では、私はダンベル様の元に参ります。奥様にもよろしくお伝え下さいませ」
リリーは優雅に一礼しダンベルの元に向かった。
<リリー……さようなら>
何故かは判らないが、今までの執着心が嘘のように消えてしまった。
リリーの心は掴めなかったが仕方が無いことだ。
それに自分には愛おしい妻がいる。
自然にそう思う思えた。
<ダンベルには正式に詫びよう。また一緒に酒でも飲みたいな>
邪念が抜け、コアトレーニンは清々しい気持ちで2人の門出を祝う気持ちになっていた。
リリーはコアトレーニンに微笑んだ際、力を使ってその笑顔に邪念浄化の願いを込めていた。
前世で長らく聖女をやってきた彼女は、邪念に取り憑かれた者に相対する事もあり、その対処方法も知っていた。
だから今日、コアトレーニンの顔を一目見た時、直ぐに邪念の浄化をしてあげるべきと判断し、機会を伺っていたのだった。
リリーが休憩を取って、コアトレーニンが一人になったタイミングで戻って来たのもその為だ。
放置すると自分たちにさらなる被害をもたらすだろうし、やがてコアトレーニン自身をも破滅させるだろうからだった。
「リリーおかえり」
「ダンベル様 お待たせしました」
「リリー、僕と一曲踊って頂けますか?」
「ダンベル様となら一曲といわず何曲でも」
ダンベルはリリーの手を取り、ダンススペースに戻っていった。
トロフォル公爵(大公の嫡男)主催の舞踏会が催された。
この舞踏会はトロフォル大公が久しぶりに参加するとあって、王族の参加は無いものの、国の重鎮が多く参加する盛大なものだった。
その舞踏会にコアトレーニンは妻を伴って参加していた。
コアトレーニンの妻は美しい女性だった。
吊り目の為、気が強い印象は受けるが、実際は物腰柔らかく高圧的な所も無い、控えめな淑女だった。
感情よりも理性を優先する冷静さを持ち合わせる才女でもあった。
トロフォル公爵が得た情報では、コアトレーニンは領地経営の事まで細君に相談している。
コアトレーニンがリッシルト家を継いら数年も待たず細君に全て牛耳られるだろうと分析した。
いつの間にか家臣が細君の血縁者で固められ、コアトレーニンが病死でもすればリッシルト家の乗っ取りは完了となる。
それはそれでリッシルト家の問題なのだが、国力低下につながるとなれば傍観もできない。
しかしコアトレーニンの婚約も王家が認めたものであるし、目立った動きがない現状では、可能性でしか無く対策を取れる話では無かった。
さて、コアトレーニン本人はと言えば、リリーの為に正妻も割り切って平等に構うつもりで居たが、いざ婚約者に会ってみるとその美しさや物腰優しく控えめな所に惹かれてしまった。
今では愛する妻と言い切れる程に心を掴まれていた。
では、リリーの事を諦めたかと言えばそうではなかった。
コアトレーニンは妻の体に溺れた。
そして肉欲に溺れたからこそ、むしろリリーへの執着がより一層強くなっていた。
リリーを手に入れ、2人を同時に可愛がるつもりで居た。
両手に花を手にする事を夢見たのである。
コアトレーニンにあるのはリリーの体を意のままにしたい、という欲望だけであり、リリーの意志や人間性を尊重するような思いやりや愛情は無くなっていた。
自らを一度は拒絶したリリーを蹂躙し、体の繋がりで縛って屈服させようとしている。
リリーを従順な雌にすることで先に受けた屈辱を晴らす。
今のコアトレーニンにあるのはその思いだけだった。
コアトレーニンが会場に入った時には、すでにダンベルは会場に入っていた。
辺境伯家嫡男のダンベルが公爵家嫡男のコアトレーニンより先に会場入りしているのは当たり前のことでは有るが、コアトレーニンは優越感を感じていた。
ダンベルに剣では勝てないが、それ以外は全て勝っている気になった。
ダンベルはエスコートする同伴者も無く、一人壁際に立っていた。
<無様な事だ>
コアトレーニンはそう考えた。
しかし、コアトレーニンはそれが異常な事と思い至らなかった。
いつもならダンベルが呼んだ訳では無いのに女性に囲まれている。
女性のほうが放って置かないのだ。
今日は、近寄りがたい雰囲気を出しているダンベルに女性も男性も話しかけたくとも話しかけ難いのだった。
いよいよ最後の入場者、トロフォル大公が会場入りする。
皆が注目する。
トロフォル大公は一人の女性をエスコートしていた。
リリーである。
そして大公がエスコートする美しい令嬢に皆目を奪われた。
普段腰まで伸びた銀色の髪は、艷やかで美しく編み込まれて纏められており、透き通るような白い肌は鮮やかな宝石を縫い込まれて光り輝く青いドレスによく映えた。
あまり派手はアクセサーはつけず、銀で纏められた髪留め、イヤリング、ネックレスにはさほど大きくないがブルーサファイヤが嵌め込まれていていいアクセントになっていた。
どんなに、豪華な宝石のはめ込まれた髪飾り、アクセサリー、指輪などで身を飾ろうともリリーの美しさには到底及ばない。
誰もが息を呑む美しさだったのである。
コアトレーニンもその美しさに目を奪われた。
<リリー美しい……やはり俺に愛されるに相応しい女だ>
今まで社交界では見かけた事がない美しい令嬢の入場に、皆感嘆の息を漏らし令嬢の正体に思いを巡らせた。
〝噂に聞いたユニスリー家の令嬢だろうか? でもしかし噂の事もあるし彼女が舞踏会に出てくるとは考えにくい〟
大半の者がそう考えた。
大公はリリーを伴って、舞踏会会場であるダンスホール入場用の階段を降りてくる。
しかし降りきらずに踊り場で立ち止まった。
皆にリリーをじっくり見れる様にしたのである。
それは大公がリリーを紹介する為であることを示す。
階段の下にはトロフォル公爵がいた。
トロフォル公爵が会場の皆に話しかけた。
「皆様、本日は当家の舞踏会にお越し頂き、感謝申し上げます。父、大公よりこの場を借りて皆様へご挨拶がございます」
息子の公爵から振られ、大公は大きく頷いた。
「皆の顔を久しぶりに見ることが出来、嬉しい限りじゃ。本日は儂の隣にいる孫娘を紹介させて欲しい。孫のリリエナスタじゃ」
大公の言葉にざわめきが起こる。
それはそうだろう、リリエナスタといえば、リッシルト家の嫡男に婚約破棄され、その理由が兄とのただならぬ仲にあるとの噂のユニスリー家令嬢である。
ざわめきに対し、大公は片手を上げて静粛を促す。
直ぐにざわめきは収まった。
「皆、リリエナスタはユニスリー家の令嬢と思われておられるであろう。しかし実はリリエナスタは儂の4女の娘でトロフォル家の娘。今まで故あってユニスリー家に養女に出しておった。」
大公はここで一度言葉を止め、周囲を見渡す。
そしてコアトレーニンを見つけた。
<小僧め、お前などにリリーは渡さぬよ>
「その事はリリエナスタの貴族籍を調べればわかって貰えるじゃろう。そしてこの度ユニスリー家からトロフォルに戻し、公爵の養女とすることにしたので紹介の場を設けさせて頂いた次第じゃ。リリエナスタ皆に挨拶を」
大公の言葉を受けてリリーは優雅に一礼した。
「皆様、リリエナスタでございます。お見知りおき下さいませ」
礼、所作、声、全てが美しい。
周囲から再び感嘆の息が漏れる。
その中にあって コアトレーニンだけは皆とは違い驚きの表情を浮かべていた。
大公はその表情をみて、内心ほくそ笑む。
<まだまだじゃよ。お楽しみはこれからじゃ>
コアトレーニンは驚きが収まるとトロフォル大公に対して怒りがこみ上げて来た。
<リリーがトロフォルの娘だと? それでは俺の計画が台無しじゃないか>
ダンベルとリリーがただならぬ仲で問題が有るのは2人が血を分けた兄妹だったからだ。
今、その点に問題が無いことを暗に大公が説明したのである。
「さて、先ずは儂が踊らなければだが、この歳じゃ。儂の代わりはダンベルハワー・ユニスリー殿にお願いしようか」
「喜んでお引き受け致します」
大公の言葉を受けてダンベルが会場中央に進んでくる。
リリーも階段を降り、会場中央に。
<なんだ、これは。どういうことだ>
優雅に踊りだした2人をコアトレーニンは呆然としながら眺めていた。
2人は息の合った優雅なダンスを披露していた。
周囲から三度感嘆の息が漏れる。
2人のダンスは兄妹以上の絆を感じさせる。
ハッキリ言ってしまえば、愛し合う恋人同士にしか見え無かった
それは、踊っている2人の表情にあらわれている。
リリー恋する乙女のような表情をコアトレーニンは初めて見たのである。
コアトレーニンは激しい嫉妬に襲われたが、どうしようもない。
今、彼の隣には彼の妻もいた。
2人のダンスが終わり、大きな拍手が沸き起こる。
その拍手に応えダンベルとリリーが優雅に挨拶をする。
ダンベルはリリーの手を取り、大公のいる階段の下までリリーを連れて行く。
嫉妬に狂ったコアトレーニンだが、ダンベルを睨みつけることしか出来ない。
大公は階段を降り、2人の横に立つと、再び話し始めた。
「今のダンスで気付いた者もいるかもしれんが、ここにおるユニスリー家嫡男ダンベルハワーに我が孫リリエナスタを嫁がせる事にした。本日は2人の婚約の発表も兼ねておる」
大公の発表に大きな拍手が沸き起こる。
「それでは本日はお楽しみ下さい」
公爵の声と共に舞踏会の次のプログラムが動きだす。
パートナー交換すること無く、ダンベルとリリーは立て続けに3曲踊った後、休憩の為、歓談スペースに移動した。
歓談スペースでは食事やお酒も楽しむ事が出来き、ダンスに参加しない者たちはこのスペースで雑談や密談、お見合いなどをしている。
社交政治の世界ではこのスペースこそが真のステージなのだ。
従って広いダンスホールの内ダンススペースよりも歓談スペースの方が広く取られている。
流石に今日は2人にダンスを申し込む者は居なかった。
そして2人は大勢に囲まれてお祝いの言葉を受けまくることになった。
今日は食事をする余裕は無いと覚悟していた2人だったが、やはり予想通りの展開になった。
2人が周囲の賛辞とお祝いから開放されるとリリーは公爵家の侍女を伴い会場から専用の休憩室に移動した。
ダンベルは一人会場に残り、給仕からワインをグラスを受け取る。
ダンベルは話しかけられるのを待っていた。
待つこと30分。
3杯目のグラスに交換したところで漸くその時が来た。
「ダンベル一体どういう事だ」
その声はダンベルの背後から掛けられた。
声の主はダンベルが待っていた男、コアトレーニンである。
「トレーニか。どうもこうないよ、リリーとは共に育ったが実は母方の従姉妹なんだ。貴族籍を調べてくれてもいいがリリーはれっきとしたトロフォル家のご令嬢さ」
「その事を聞いているんでは無いのだが」
「ああ、リリーに酷い噂が流れてしまって貰い手が居なくなってしまった。だからいっそ僕が貰うことにした。母方の祖母が違うので近親にはならないしね」
「リリエナスタ嬢はそれでいいと言ったのか?」
「ああ、本人も了承済だよ。もともと一緒に暮らしている家族でもあるんだ。当家が一番リリーも暮らしやすいに決まっているじゃないか」
「しかし、兄妹として育ったんだろう……割り切れるものなのか?」
「違和感はあるが直ぐに慣れるさ。それに実の兄妹での婚姻も王家の了承が取れるならできるし実例もある」
「それはそうだが……そうだアイリ嬢はなんて。彼女の立場が悪くなってしまわないか?」
「心配してくれてありがとう。アイリも喜んでくれたよ。実家に帰ると姉に会えるのは嬉しいってね。それにすでにアイリには親衛隊もいるし、シャル嬢のお友達でもあるからね」
「そ……うか」
「お初にお目にかかります。コアトレーニン様の妻でございます。この度はご婚約おめでうございます」
会話が一段落したからだろう、コアトレーニンの妻がお祝いの言葉をダンベルに掛けた。
「奥方殿、有難うございます」
「お美しいフィアンセさんですわね」
「気心が知れているのは有り難いですが、行動力がありすぎて振り回されていますよ。お二人の様に幸せになりたいものです。では今夜は楽しんでいって下さい」
ダンベルは一礼するとトレーニの元を去った。
それから暫くしてリリーが会場に戻ってきた。
「リリエナスタ嬢」
リリーがダンベルの元に向かう前に話しかけてきたのはコアトレーニンだった。
コアトレーニンの妻も休憩に入り、丁度1人だった。
「コアトレーニン様。ご無沙汰しております」
「婚約おめでとう…正直驚いた」
「驚かせてしまいましたね。わたくしも実は今でも信じられないのです」
そう言ってリリーはにっこりと微笑む。
その瞬間、コアトレーニンの中で何かが変わった。
「幸せそうで何よりだ」
「コアトレーニン様もお幸せそうですわ」
「ありがとう」
「では、私はダンベル様の元に参ります。奥様にもよろしくお伝え下さいませ」
リリーは優雅に一礼しダンベルの元に向かった。
<リリー……さようなら>
何故かは判らないが、今までの執着心が嘘のように消えてしまった。
リリーの心は掴めなかったが仕方が無いことだ。
それに自分には愛おしい妻がいる。
自然にそう思う思えた。
<ダンベルには正式に詫びよう。また一緒に酒でも飲みたいな>
邪念が抜け、コアトレーニンは清々しい気持ちで2人の門出を祝う気持ちになっていた。
リリーはコアトレーニンに微笑んだ際、力を使ってその笑顔に邪念浄化の願いを込めていた。
前世で長らく聖女をやってきた彼女は、邪念に取り憑かれた者に相対する事もあり、その対処方法も知っていた。
だから今日、コアトレーニンの顔を一目見た時、直ぐに邪念の浄化をしてあげるべきと判断し、機会を伺っていたのだった。
リリーが休憩を取って、コアトレーニンが一人になったタイミングで戻って来たのもその為だ。
放置すると自分たちにさらなる被害をもたらすだろうし、やがてコアトレーニン自身をも破滅させるだろうからだった。
「リリーおかえり」
「ダンベル様 お待たせしました」
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妹「…(このふわふわ浮いている女性誰だろう?)」
※本日を持ちまして完結とさせていただきます。
更新が出来ない日があったり、時間が不定期など様々なご迷惑をおかけいたしましたが、この作品を読んでくださった皆様には感謝しかございません。
ありがとうございました。
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