ハルと、ふたり暮らし。

永文

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第3話:ハンバーグとやさしさ

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「今日の最終面接、めっちゃ手応えあったよ……たぶん……でも笑顔が引きつってた気もする……うわぁあああ」

 ひとりぶつぶつ言いながら、私は駅前のバス停に立っていた。
 時計の針は午後七時をまわっていて、空気はすっかり夜の色。
 いつもより遅い帰宅になるのが気になって、スマホを開いてメッセージを送ろうとする。

《帰るのちょっと遅くなる、ごはん先に食べててね》

 そう打ち込んで、でも送らずに消す。
 ——なんか他人行儀すぎる気がして。

 彼が気にするとは思えない。だけど、自分がそれを“義弟”としてじゃなく、
 “同じ屋根の下で暮らす誰か”として、気にしていることに気づいて、少しだけ照れくさい。
 
________________________________________

 アパートのドアを開けると、ふわっと香ばしい匂いがした。
 タマネギを炒めたときの甘さと、肉を焼いた香り。

 まさか、ね? と半信半疑でキッチンをのぞくと、
 テーブルの上には、ラップをかけた皿がひとつ。
 その中央には、手作りっぽいハンバーグと、添えられた千切りキャベツ。
 箸とスプーンがそれぞれ置かれていて、
 ラップにはマジックで、小さな字でこう書かれていた。

《温めて食べてください。タレ、冷蔵庫》
 
 ……え、これ、悠くん作ったの?
 おそるおそる冷蔵庫を開けると、タッパーに入った手作りのソースが。
 ケチャップとウスターソースの匂いがした。
 
 私はそのまま電子レンジでハンバーグを温め、
 湯気のたった皿を目の前に置いて、手を合わせる。

「いただきます」

 ひとくち食べると、ちょっと焦げてて、でも中はふんわりしていて、
 すごく、ちゃんと“やさしい味”がした。
 思わず、涙が出そうになる。

 ——どうして?
 そんなの、わからない。
 でも、たぶん、今日一日ずっと張り詰めていた自分に、「おかえり」って言ってくれた気がしたからだと思う。
 
________________________________________

 お風呂から上がると、悠はもう自室に戻っていた。
 だけど、部屋のドアは少しだけ開いていて、
 そのすき間から、机に向かってノートを開いている彼の背中が見えた。

「……悠くん」

 私の呼びかけに、彼はふと振り返る。

「うん?」

「今日、ありがとね。ハンバーグ、すごくおいしかった」

「……うん。よかった」

 それだけで、また彼はノートに視線を戻した。
 
 部屋のドアのすき間から漏れる電気の光。
 それは、いつもどおりの静かな夜。
 だけど、そこにほんの少しだけ「信頼」のぬくもりが混じっていた。
 
 私はドア越しに、そっと言った。

「悠くんって、やさしいね」

 すると、ペンの音が止まり、数秒の沈黙のあと、小さな声が返ってきた。

「……そうでもないよ。お姉ちゃん、疲れてると思ったから」

「でも、それって、やさしいってことじゃない?」

 また沈黙。
 今度は、彼からの返事はなかった。
 でも私はそれで十分だった。
 “やさしさ”は、声じゃなくて、行動の中にあった。
 
________________________________________

 翌朝。
 朝食の準備をしていると、悠がそっと近づいてきて、昨日の残りのキャベツを手にとり、黙って千切りを始めた。

「……手伝ってくれるの?」

「……昨日使った分、ちょっと残ってるだけ」

「ふふ、ありがとう」

 無言のうちに、ふたりの手が自然に動く。
 パンが焼け、サラダが盛られ、スープが温まる。
 それは、まだぎこちないけれど、“家族の朝”だった。
 
 トーストをかじる彼の横顔を見ながら、私はふと思う。
 ——この子が、こんなふうに誰かと食卓を囲むのは、どれくらいぶりなんだろう。
 そんなことを考えていたら、彼が唐突に言った。

「昨日の……その、面接。どうだった?」

「え?」

「面接。疲れてたみたいだから」

「ああ……うん。手応えは、まあまあ。たぶん、笑顔が変だったと思うけど」

「……お姉ちゃん、笑顔、変じゃないよ」

 不意打ちだった。
 たぶん、本人は何気なく言ったつもりなんだと思う。
 でも私はスプーンを持ったまま、固まってしまった。

「……そ、そっか。ありがとう」

 自分でもわかるくらい、声が裏返っていた。
 でもそれに悠は何も言わず、黙々と朝食を食べ続けた。
 
 ふたりで食べる朝ごはん。
 その中に、言葉にしなくても伝わるやさしさがあった。

 そして私は知る。
 この子は、たぶん——ものすごく不器用で、だけど、本当はとても、人のことをよく見ている。
 
 ハンバーグの味を、私はたぶん一生忘れない。
 焦げてて、やさしくて、涙が出そうになるくらい、うれしい味だった。
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