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第5話:風邪と、手のひら
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月曜日の朝。
悠が、珍しく自分から「休みたい」と言った。
「……ちょっと、だるい。頭、重くて」
声も少しかすれていて、顔色もよくない。
体温計を渡すと、静かに測って、黙って数字を見せてくれた。
「38.2……これは、完全にアウトだね」
私がそう言うと、悠は布団に顔を埋めたまま、こくりとうなずいた。
「今日は学校、休もう。私、大学午後からだから、病院行く?」
「行かない。寝たら、なおる」
「……熱、あるんだから、ちゃんと診てもらったほうが」
「……だいじょうぶ。寝たらなおるから」
本当に十五歳?
そう思うくらい、落ち着いた返答。
でも、それが逆に心配になる。
熱があっても我慢するのは、“大人だから”じゃなく、“甘え方を知らない子ども”だから。
私は少しだけため息をついて、冷蔵庫を開けた。
________________________________________
冷蔵庫にあった卵と冷ごはんで、即席のおかゆを作った。
とろみをつけて、ほんのり塩と醤油で味を整える。
布団の中でじっとしていた悠のもとに、お盆にのせて運ぶ。
「食べられそう?」
「……うん。少しなら」
スプーンを差し出すと、彼は静かに受け取って、ひとくちすくった。
「あつ……」
「ごめん、冷ますの忘れてた!」
あわてて扇ごうとしたら、彼がふっと小さく笑った。
「うそうそ、ちょうどいい」
「……なにそれ、イジワル」
「……ちょっとだけ、元気出た」
その言葉に、思わず私も笑ってしまった。
笑ってくれると、安心する。
子どもみたいな表情に、少しだけホッとする。
________________________________________
午後、私が大学に向かおうとすると、悠が布団の中から顔を出した。
「……バイトもあるんでしょ?」
「うん、でも今日は忙しくない日だから、すぐ帰るよ」
「……鍵、置いてって」
「わかってるよ。ちゃんと食べて、寝てるんだよ?」
「うん」
「あと、汗かいたら着替えるの忘れずに」
「……うるさい」
そう言いながら、少しだけ笑う彼が、ほんの少しだけ「甘えてる」ように見えて、私は心の中でガッツポーズをした。
________________________________________
夕方、早めにバイトを切り上げて帰宅すると、
リビングには静かな呼吸音があった。
悠はソファに丸まって、うとうとしていた。
毛布をかけてやると、かすかに目を開けて、こちらを見た。
「……おかえり」
「ただいま。熱、どう?」
「……まだある。でも、まし」
「水分、ちゃんと取った?」
「うん。スポーツドリンク飲んだ」
「えらいえらい」
まるで小さい子どもをあやすような口調になってしまって、自分でも苦笑した。
でも、彼が弱っているときにしか見せない、この無防備な感じが、少しうれしかった。
私は冷えピタを取りに行って、そっと額に貼ってやった。
彼は目を閉じたまま、ぽつりとつぶやいた。
「……お姉ちゃん、優しいね」
「そりゃあ、弟が熱出してるんだから、当然でしょ」
「……でも、なんか、こういうの……慣れてない」
「看病?」
「誰かに……してもらうの」
その言葉が、じんわり胸に染みた。
「悠くん」
「ん……?」
「今は、してもらっていいんだよ」
そう言って、私は彼の手を、そっと握った。
熱っぽい掌が、少しだけ震えていた。
それでも彼は、そのまま眠ってしまった。
私の手を、ぎゅっと握ったまま。
________________________________________
夜。
熱は少し下がっていたけど、夕食は軽めにした。
うどんと、柔らかく煮た卵。
布団に入りながら食べられるように、お盆に載せて持っていく。
「ごはん、食べる?」
「……うん、ありがと」
「食べたら、すぐ寝てね」
「……わかった」
スープを飲みながら、彼がぽつりとつぶやいた。
「……夢、見てた」
「どんな夢?」
「お母さんと、お父さんと……どこかに向かってる夢。途中でいなくなって、気づいたらひとりだった」
私は返す言葉を探して、見つけられなかった。
ただ、「大丈夫だよ」なんて、簡単に言えることじゃなかった。
「悠くん」
「……なに?」
「今、ひとりじゃないよ」
彼は、何も言わなかった。
でも、まっすぐにこちらを見つめてくれていた。
その視線に、私は胸が締めつけられた。
それは弟を見る目じゃなかった。
私が感じたのは、“誰かを大切に思う気持ち”で、それがどんな名前を持つのか、まだわからなかった。
でも、名前がないままでも、私はそれを大事にしたいと思った。
そして、彼の手のひらの温度を、私はそっと記憶に刻んだ。
悠が、珍しく自分から「休みたい」と言った。
「……ちょっと、だるい。頭、重くて」
声も少しかすれていて、顔色もよくない。
体温計を渡すと、静かに測って、黙って数字を見せてくれた。
「38.2……これは、完全にアウトだね」
私がそう言うと、悠は布団に顔を埋めたまま、こくりとうなずいた。
「今日は学校、休もう。私、大学午後からだから、病院行く?」
「行かない。寝たら、なおる」
「……熱、あるんだから、ちゃんと診てもらったほうが」
「……だいじょうぶ。寝たらなおるから」
本当に十五歳?
そう思うくらい、落ち着いた返答。
でも、それが逆に心配になる。
熱があっても我慢するのは、“大人だから”じゃなく、“甘え方を知らない子ども”だから。
私は少しだけため息をついて、冷蔵庫を開けた。
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冷蔵庫にあった卵と冷ごはんで、即席のおかゆを作った。
とろみをつけて、ほんのり塩と醤油で味を整える。
布団の中でじっとしていた悠のもとに、お盆にのせて運ぶ。
「食べられそう?」
「……うん。少しなら」
スプーンを差し出すと、彼は静かに受け取って、ひとくちすくった。
「あつ……」
「ごめん、冷ますの忘れてた!」
あわてて扇ごうとしたら、彼がふっと小さく笑った。
「うそうそ、ちょうどいい」
「……なにそれ、イジワル」
「……ちょっとだけ、元気出た」
その言葉に、思わず私も笑ってしまった。
笑ってくれると、安心する。
子どもみたいな表情に、少しだけホッとする。
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午後、私が大学に向かおうとすると、悠が布団の中から顔を出した。
「……バイトもあるんでしょ?」
「うん、でも今日は忙しくない日だから、すぐ帰るよ」
「……鍵、置いてって」
「わかってるよ。ちゃんと食べて、寝てるんだよ?」
「うん」
「あと、汗かいたら着替えるの忘れずに」
「……うるさい」
そう言いながら、少しだけ笑う彼が、ほんの少しだけ「甘えてる」ように見えて、私は心の中でガッツポーズをした。
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夕方、早めにバイトを切り上げて帰宅すると、
リビングには静かな呼吸音があった。
悠はソファに丸まって、うとうとしていた。
毛布をかけてやると、かすかに目を開けて、こちらを見た。
「……おかえり」
「ただいま。熱、どう?」
「……まだある。でも、まし」
「水分、ちゃんと取った?」
「うん。スポーツドリンク飲んだ」
「えらいえらい」
まるで小さい子どもをあやすような口調になってしまって、自分でも苦笑した。
でも、彼が弱っているときにしか見せない、この無防備な感じが、少しうれしかった。
私は冷えピタを取りに行って、そっと額に貼ってやった。
彼は目を閉じたまま、ぽつりとつぶやいた。
「……お姉ちゃん、優しいね」
「そりゃあ、弟が熱出してるんだから、当然でしょ」
「……でも、なんか、こういうの……慣れてない」
「看病?」
「誰かに……してもらうの」
その言葉が、じんわり胸に染みた。
「悠くん」
「ん……?」
「今は、してもらっていいんだよ」
そう言って、私は彼の手を、そっと握った。
熱っぽい掌が、少しだけ震えていた。
それでも彼は、そのまま眠ってしまった。
私の手を、ぎゅっと握ったまま。
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夜。
熱は少し下がっていたけど、夕食は軽めにした。
うどんと、柔らかく煮た卵。
布団に入りながら食べられるように、お盆に載せて持っていく。
「ごはん、食べる?」
「……うん、ありがと」
「食べたら、すぐ寝てね」
「……わかった」
スープを飲みながら、彼がぽつりとつぶやいた。
「……夢、見てた」
「どんな夢?」
「お母さんと、お父さんと……どこかに向かってる夢。途中でいなくなって、気づいたらひとりだった」
私は返す言葉を探して、見つけられなかった。
ただ、「大丈夫だよ」なんて、簡単に言えることじゃなかった。
「悠くん」
「……なに?」
「今、ひとりじゃないよ」
彼は、何も言わなかった。
でも、まっすぐにこちらを見つめてくれていた。
その視線に、私は胸が締めつけられた。
それは弟を見る目じゃなかった。
私が感じたのは、“誰かを大切に思う気持ち”で、それがどんな名前を持つのか、まだわからなかった。
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そして、彼の手のひらの温度を、私はそっと記憶に刻んだ。
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