ハルと、ふたり暮らし。

永文

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第6話:家族って、なに?

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「へえ~、弟くんと一緒に住んでるんだ?」

 大学の面接帰り、就活仲間の美咲とカフェで一息ついていたときのこと。
 私がぽろっと“同居してる弟が風邪をひいた”と言っただけで、彼女の目がキラッと光った。

「弟くんって中学生? 可愛いじゃん~!お姉ちゃんって感じ?」

「……まあ、うーん……」

 私は曖昧に笑ったけど、心の中ではモヤモヤが広がっていた。

「お姉ちゃんって感じ?」

 そう聞かれて、うまく答えられなかった自分がいた。
 だって私が悠くんに抱いているこの気持ちは、“お姉ちゃん”として当然なのか、それともそれ以上に近いものなのか、自分でもよく分かっていなかったから。
 
________________________________________

 帰宅すると、リビングの机の上に、おそらく悠が書いたと思われるメモがあった。

《食材、買い足しておいた。冷蔵庫、下段》

「……ありがとう、って直接言わせてよ、もう」

 小さく笑いながら冷蔵庫を開けると、きっちり整理された中に牛乳と卵、豆腐が入っていた。
 こういうところ、本当に気が利く。
 私よりずっと大人だと思う瞬間がある。

 でもその“気の利いた弟”に対して、時々ドキッとする自分がいるのも、否定できない。
 
 たとえば、顔をふいに近づけられたとき。
 手と手がふれてしまったとき。
 声が低くなって、感情が乗ったとき。

 私は、何かが胸の奥でチクリと反応する。
 これって、普通?

 家族に対して、こんな感情って抱くものなんだっけ?

 そんな疑問が、ずっと私の中に引っかかっていた。
 
________________________________________

 その夜。
 夕食を食べ終えて、テレビを見ながらくつろいでいたとき。
 ふとした会話の流れで、「家族って何だろうね」なんて言葉が出た。

 私が言ったわけじゃない。
 テレビのドラマのセリフだった。
 だけどその瞬間、ソファに座っていた悠が、リモコンを持つ手を止めた。

「家族……か」

「ん?」

「よく分かんないんだよね、まだ」

「……なにが?」

「“家族”って言われても、ピンとこない」

「……それって、私と暮らしてて?」

「……うん。でも、それが嫌って意味じゃないよ」

 彼はそう付け加えると、リモコンを置いてソファの背にもたれかかった。

「誰かと一緒にごはん食べるのとか、『いってらっしゃい』とか『おかえり』とか、そういうの、好きなんだ」

「うん」

「でも、“家族っぽい”って言われると、どこまでがそうなのか、わかんなくなる」

 私は返事に詰まった。
 たぶん、私もまったく同じことを思っていたからだ。
 
 “どこまでが家族”で、
 “どこからがそれ以外”になるんだろう。

 たとえば、料理を作って「美味しい」って言ってもらう。
 それは家族?

 ふとしたときに見惚れてしまう横顔。
 それは、違う?

 手をふれたときにドキッとする。
 声に安心する。気づいたら、目で追ってる。
 それは——?
 
「お姉ちゃんは、どう思う?」

 悠の声が、そっと心をノックしてきた。

「……私も、よく分かんないよ」

 正直に答える。
 わかろうとするほど、境界線はぼやけてしまう。

「でも、いまの暮らしは、嫌じゃない」

「うん。……俺も」

 そのやりとりだけで、リビングの空気が少しやわらいだ。
 
________________________________________

 その夜、私は久しぶりに母と電話をした。

「最近どう? 悠くんとは、うまくやれてる?」

「うん、まあね。最初よりは」

「そう。紬ってさ、人のペースに合わせるの上手だよね。だから、悠も安心してると思うよ」

「……ありがとう」

 母のその一言が、なんだか胸にしみた。
 安心させたいって、思ってた。
 だけど、気づいたら、自分が彼に“安らぎ”をもらっていたのかもしれない。
 
 私は彼の“お姉ちゃん”でいいんだろうか。
 それとも、そうじゃない何かを求めてしまっているんだろうか。

 でも答えはまだ出せない。
 出さなくてもいい。
 今はただ、隣にいて、同じ食卓を囲んで、
 「おかえり」と言える時間を、大切にしたいと思った。
 
 ——それが“家族”じゃなくても。
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