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第10話:悠の想い
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風が、少しぬるい。
5月の終わり、初夏の空気が部屋の隅まで入りこんできて、
カーテンがふわりと持ち上がるたび、涼しさとともに青い光が差し込んだ。
リビングで洗濯物を畳む紬の横顔を、俺はふと見つめていた。
首元にはうっすら汗。髪を結び直すたび、淡く日焼けしたうなじが見える。
「……水、飲む?」
とっさに言ったその言葉に、紬は少し驚いたように笑った。
「うん、もらおうかな」
キッチンに向かうその背中を目で追いながら、
俺は自分の中にある感情に名前がついていくのを、黙って見ていた。
——たぶん俺は、この人のことが好きなんだ。
その事実に、もう気づいてしまっていた。
________________________________________
最初はただの同居人だった。
義理の姉。
父の再婚相手の娘。
……関係性を説明しようとすると、どこかでつっかえる。
でも、言葉じゃ説明できないものが、このふたり暮らしには確かにあった。
玄関に置かれた傘立てが二人分になったこと。
朝食のトーストが焼ける匂い。
たまに混ざるシャンプーの香り。
そんな何気ない日々のなかで、俺はいつの間にか、心を預けていた。
「悠くん、アイス食べる?」
リビングに戻った紬が、コンビニの袋を振って聞いてくる。
「……食べる」
「ちょっと溶けかけてるけど、季節って感じで良くない?」
そう言って差し出されたチョコアイス。
ベランダの光を背に笑うその顔が、なんとなくまぶしかった。
________________________________________
アイスを食べ終えたあと、二人してぼんやりと窓を眺めた。
向かいの家の庭で、誰かが風鈴を吊るしている。
カランカランと控えめに鳴るその音が、なんだか心にしみた。
「風鈴、いいな。夏って感じする」
「うちにもつける?」
「……うん。いいかも」
そんな何気ないやりとりなのに、俺の心はふと温度を上げた。
その瞬間、となりにいる紬の指先が、すこしだけ俺の指に触れた。
ほんの一瞬。でも、それだけで。
——ダメだ、って思った。
ダメなのに、あたたかい。
________________________________________
夜。
眠れなくて、俺は一人でキッチンに立った。
冷蔵庫の麦茶をコップに注いで、静かにひと口。
さっきの指先の感触が、まだ残ってる気がしていた。
「……寝れないの?」
声に驚いて振り返ると、紬が部屋着のまま、ふわっと立っていた。
「うん……なんか、暑くて」
「そっか、今日はムシムシしてたもんね」
「……お姉ちゃんこそ?」
「私も。だから、麦茶ちょうだい」
俺は無言で頷いて、コップをもうひとつ取り出した。
一緒に飲む麦茶は、さっきよりぬるくて、でも妙に落ち着いた。
「……こうして夜に並んで麦茶飲んでるのって、なんか不思議だよね」
「……不思議?」
「なんか、恋人みたいっていうか……」
思わず麦茶を吹き出しそうになった俺に、紬は慌てて言い足した。
「あ、違う! 変な意味じゃなくて! ごめんごめん、なんかムードだけで喋っちゃった」
「……そっか」
「気にしないでね」
——それが、できたらどれだけ楽か。
俺は、もう気づいてしまってる。
彼女の何気ない言葉に、一喜一憂してしまう自分に。
「お姉ちゃん」
「ん?」
「……このまま、時間が止まったらいいのに、って思うことある?」
「……あるよ」
その返事に、ほんの少し安心した。
でもその言葉の裏に、“それは叶わないから”という予感がにじんでいた。
________________________________________
寝る前、ベッドに横になりながら、俺は自分の手をじっと見つめた。
いつか、この手で彼女の手をとって、本当の気持ちを伝えることができたらいい。
けれど今はまだ、それを望んだ瞬間に壊れてしまいそうで、怖かった。
だけど——
この初夏のやわらかな風と一緒に、
彼女のそばにいられる日々を、もう少しだけ続けていたい。
彼女がくれる、麦茶みたいにぬるくてやさしい時間。
それが、いまの俺のすべてだった。
5月の終わり、初夏の空気が部屋の隅まで入りこんできて、
カーテンがふわりと持ち上がるたび、涼しさとともに青い光が差し込んだ。
リビングで洗濯物を畳む紬の横顔を、俺はふと見つめていた。
首元にはうっすら汗。髪を結び直すたび、淡く日焼けしたうなじが見える。
「……水、飲む?」
とっさに言ったその言葉に、紬は少し驚いたように笑った。
「うん、もらおうかな」
キッチンに向かうその背中を目で追いながら、
俺は自分の中にある感情に名前がついていくのを、黙って見ていた。
——たぶん俺は、この人のことが好きなんだ。
その事実に、もう気づいてしまっていた。
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最初はただの同居人だった。
義理の姉。
父の再婚相手の娘。
……関係性を説明しようとすると、どこかでつっかえる。
でも、言葉じゃ説明できないものが、このふたり暮らしには確かにあった。
玄関に置かれた傘立てが二人分になったこと。
朝食のトーストが焼ける匂い。
たまに混ざるシャンプーの香り。
そんな何気ない日々のなかで、俺はいつの間にか、心を預けていた。
「悠くん、アイス食べる?」
リビングに戻った紬が、コンビニの袋を振って聞いてくる。
「……食べる」
「ちょっと溶けかけてるけど、季節って感じで良くない?」
そう言って差し出されたチョコアイス。
ベランダの光を背に笑うその顔が、なんとなくまぶしかった。
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アイスを食べ終えたあと、二人してぼんやりと窓を眺めた。
向かいの家の庭で、誰かが風鈴を吊るしている。
カランカランと控えめに鳴るその音が、なんだか心にしみた。
「風鈴、いいな。夏って感じする」
「うちにもつける?」
「……うん。いいかも」
そんな何気ないやりとりなのに、俺の心はふと温度を上げた。
その瞬間、となりにいる紬の指先が、すこしだけ俺の指に触れた。
ほんの一瞬。でも、それだけで。
——ダメだ、って思った。
ダメなのに、あたたかい。
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夜。
眠れなくて、俺は一人でキッチンに立った。
冷蔵庫の麦茶をコップに注いで、静かにひと口。
さっきの指先の感触が、まだ残ってる気がしていた。
「……寝れないの?」
声に驚いて振り返ると、紬が部屋着のまま、ふわっと立っていた。
「うん……なんか、暑くて」
「そっか、今日はムシムシしてたもんね」
「……お姉ちゃんこそ?」
「私も。だから、麦茶ちょうだい」
俺は無言で頷いて、コップをもうひとつ取り出した。
一緒に飲む麦茶は、さっきよりぬるくて、でも妙に落ち着いた。
「……こうして夜に並んで麦茶飲んでるのって、なんか不思議だよね」
「……不思議?」
「なんか、恋人みたいっていうか……」
思わず麦茶を吹き出しそうになった俺に、紬は慌てて言い足した。
「あ、違う! 変な意味じゃなくて! ごめんごめん、なんかムードだけで喋っちゃった」
「……そっか」
「気にしないでね」
——それが、できたらどれだけ楽か。
俺は、もう気づいてしまってる。
彼女の何気ない言葉に、一喜一憂してしまう自分に。
「お姉ちゃん」
「ん?」
「……このまま、時間が止まったらいいのに、って思うことある?」
「……あるよ」
その返事に、ほんの少し安心した。
でもその言葉の裏に、“それは叶わないから”という予感がにじんでいた。
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寝る前、ベッドに横になりながら、俺は自分の手をじっと見つめた。
いつか、この手で彼女の手をとって、本当の気持ちを伝えることができたらいい。
けれど今はまだ、それを望んだ瞬間に壊れてしまいそうで、怖かった。
だけど——
この初夏のやわらかな風と一緒に、
彼女のそばにいられる日々を、もう少しだけ続けていたい。
彼女がくれる、麦茶みたいにぬるくてやさしい時間。
それが、いまの俺のすべてだった。
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