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第13話:決意の予感
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風鈴の音が鳴るたび、胸がきゅっとなる。
リビングのベランダに吊るされたガラスの風鈴は、昼と夜とで役割を分けることにした。
昼は悠がいる部屋、夜は私のいるリビング。
そんな約束をしただけで、ふたりだけの秘密みたいに心が躍った。
だけど同時に、その時間に限りがあることも、胸のどこかでわかっていた。
風が変われば、季節も変わる。
そして、いつかこの生活も終わるかもしれない。
だからこそ、私は望んでしまう。
できるなら、何かを残したいと。
________________________________________
悠は、最近少し変わった。
部屋の掃除を自分から始めたり、
洗濯物を黙って取り込んでいたり。
「えらいじゃん、どうしたの?」
と聞いたら、「なんとなく」と笑ってごまかされたけど——
それはきっと、“何か”に向かって心を整えているように見えた。
まるで、小さく、でも確かに「決意」を固めているような。
そのとき私は、まだ知らなかった。
彼がすでに“ある答え”を出そうとしていたことを。
________________________________________
日曜の午後。
いつものようにふたりでスーパーに出かけた。
買い物メモには、私が書いた食材と、悠が追加した「冷凍うどん」が並んでいる。
「……なんでうどん?」
「夏ってさ、ちょっと食欲ないときあるでしょ。ああいうとき、冷たいのって助かる」
「おじいちゃんみたいな発想だね」
「いやいや、合理的ってやつ」
そんな他愛もないやりとりが、なんだかとても幸せに感じた。
冷房の効いたスーパーで並んで歩く。
同じカゴを持って、値札を見比べて、じゃがいもの産地で軽く口論して。
——“ふつうのふたり”になれた気がした。
でもその帰り道、急に悠が言った。
「ねえ、お姉ちゃん」
「なに?」
「俺さ……もし、お母さんに“戻ってきて”って言われても、断ろうと思ってる」
「……え?」
「ちゃんと話すよ。学校のことも、生活のことも。ここでの暮らしが、俺にとって一番落ち着くって」
私は、足を止めた。
「それって……」
「覚悟してる。反対されるかもしれないけど」
「……でも、どうしてそこまで?」
「……たぶん、もう“家族だから”じゃ説明できないから」
その言葉に、胸が跳ねた。
でも悠は、それ以上を言わなかった。
きっと彼なりの精一杯だったんだと思う。
本当の気持ちを飲み込んで、“それっぽい理由”にすり替えた、それが彼の優しさだった。
帰宅後。
私はキッチンで夕飯の下ごしらえをしながら、冷蔵庫に貼られたカレンダーを見つめた。
6月の終わりが近づいている。
来月には、母が引っ越すと言っていた日がやってくる。
そのとき、私たちはどうなっているんだろう。
「いっしょにいたい」と言ってくれた悠の言葉を、私はどう受け止めたらいい?
“姉”として?
“家族”として?
それとも——
私はまだ、その答えを口に出せずにいた。
でも、わかっていた。
もう、「姉として」の仮面だけでは向き合えないこと。
________________________________________
その夜、ふたりで冷やしうどんを食べた。
「……これ、意外と美味しいね」
「でしょ? 冷たいから味もよく分かる」
「うどんで味が分かるって、なかなか言わないけどね」
「舌が育ってる証拠ってことで」
笑い合ったあと、静かになった食卓。
ふと、悠が口を開いた。
「……俺、この暮らし、たぶん“好き”って言葉じゃ足りないんだと思う」
私は箸を止めた。
その言葉が、あまりにも正直で、あまりにもまっすぐだったから。
「“好き”のもっと先。……でも、まだ名前がつけられない感じ」
「……うん」
私は、それ以上何も言えなかった。
言葉にできないまま、ただ、静かにうなずいた。
________________________________________
夜。
風鈴がまた、優しく鳴っていた。
ガラスの澄んだ音が、静かに、でも確かに胸に響く。
私はベランダのカーテンを開けて、そこに置いた椅子にそっと腰掛けた。
『名前のない感情』
それは、まだ“恋”と呼ぶには少し不安で、
でも、“家族”と呼ぶにはあまりに強すぎた。
悠はきっと、その境界線を越えようとしている。
そして私も——その線の向こう側に、一歩、足を踏み出したいと思ってしまっている。
風が、やさしく髪をなでた。
私は風鈴にそっと触れながら、心の中で決めた。
「次に、彼が勇気を出してくれたとき。
そのときは、私も逃げずに、応えよう」
——もう、黙っていられるほど、無関心じゃないから。
リビングのベランダに吊るされたガラスの風鈴は、昼と夜とで役割を分けることにした。
昼は悠がいる部屋、夜は私のいるリビング。
そんな約束をしただけで、ふたりだけの秘密みたいに心が躍った。
だけど同時に、その時間に限りがあることも、胸のどこかでわかっていた。
風が変われば、季節も変わる。
そして、いつかこの生活も終わるかもしれない。
だからこそ、私は望んでしまう。
できるなら、何かを残したいと。
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悠は、最近少し変わった。
部屋の掃除を自分から始めたり、
洗濯物を黙って取り込んでいたり。
「えらいじゃん、どうしたの?」
と聞いたら、「なんとなく」と笑ってごまかされたけど——
それはきっと、“何か”に向かって心を整えているように見えた。
まるで、小さく、でも確かに「決意」を固めているような。
そのとき私は、まだ知らなかった。
彼がすでに“ある答え”を出そうとしていたことを。
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日曜の午後。
いつものようにふたりでスーパーに出かけた。
買い物メモには、私が書いた食材と、悠が追加した「冷凍うどん」が並んでいる。
「……なんでうどん?」
「夏ってさ、ちょっと食欲ないときあるでしょ。ああいうとき、冷たいのって助かる」
「おじいちゃんみたいな発想だね」
「いやいや、合理的ってやつ」
そんな他愛もないやりとりが、なんだかとても幸せに感じた。
冷房の効いたスーパーで並んで歩く。
同じカゴを持って、値札を見比べて、じゃがいもの産地で軽く口論して。
——“ふつうのふたり”になれた気がした。
でもその帰り道、急に悠が言った。
「ねえ、お姉ちゃん」
「なに?」
「俺さ……もし、お母さんに“戻ってきて”って言われても、断ろうと思ってる」
「……え?」
「ちゃんと話すよ。学校のことも、生活のことも。ここでの暮らしが、俺にとって一番落ち着くって」
私は、足を止めた。
「それって……」
「覚悟してる。反対されるかもしれないけど」
「……でも、どうしてそこまで?」
「……たぶん、もう“家族だから”じゃ説明できないから」
その言葉に、胸が跳ねた。
でも悠は、それ以上を言わなかった。
きっと彼なりの精一杯だったんだと思う。
本当の気持ちを飲み込んで、“それっぽい理由”にすり替えた、それが彼の優しさだった。
帰宅後。
私はキッチンで夕飯の下ごしらえをしながら、冷蔵庫に貼られたカレンダーを見つめた。
6月の終わりが近づいている。
来月には、母が引っ越すと言っていた日がやってくる。
そのとき、私たちはどうなっているんだろう。
「いっしょにいたい」と言ってくれた悠の言葉を、私はどう受け止めたらいい?
“姉”として?
“家族”として?
それとも——
私はまだ、その答えを口に出せずにいた。
でも、わかっていた。
もう、「姉として」の仮面だけでは向き合えないこと。
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その夜、ふたりで冷やしうどんを食べた。
「……これ、意外と美味しいね」
「でしょ? 冷たいから味もよく分かる」
「うどんで味が分かるって、なかなか言わないけどね」
「舌が育ってる証拠ってことで」
笑い合ったあと、静かになった食卓。
ふと、悠が口を開いた。
「……俺、この暮らし、たぶん“好き”って言葉じゃ足りないんだと思う」
私は箸を止めた。
その言葉が、あまりにも正直で、あまりにもまっすぐだったから。
「“好き”のもっと先。……でも、まだ名前がつけられない感じ」
「……うん」
私は、それ以上何も言えなかった。
言葉にできないまま、ただ、静かにうなずいた。
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夜。
風鈴がまた、優しく鳴っていた。
ガラスの澄んだ音が、静かに、でも確かに胸に響く。
私はベランダのカーテンを開けて、そこに置いた椅子にそっと腰掛けた。
『名前のない感情』
それは、まだ“恋”と呼ぶには少し不安で、
でも、“家族”と呼ぶにはあまりに強すぎた。
悠はきっと、その境界線を越えようとしている。
そして私も——その線の向こう側に、一歩、足を踏み出したいと思ってしまっている。
風が、やさしく髪をなでた。
私は風鈴にそっと触れながら、心の中で決めた。
「次に、彼が勇気を出してくれたとき。
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——もう、黙っていられるほど、無関心じゃないから。
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