3 / 5
第3話:告白=爆発、その理由
しおりを挟む
「斑目って、さ。なんか最近、雰囲気変わったよな」
昼休み。屋上のベンチに座った俺の横で、椎名圭吾がペットボトルのお茶を飲みながら呟いた。
「どんなふうに?」
「なんつーか……穏やかっていうか、落ち着いたっていうか。前はもっとビクビクしてたろ」
「……そうかもな」
曖昧に笑って、空を仰いだ。
雲が薄く流れていく。
春先の風は少しだけ冷たいけれど、心地よい。
(あれ以来、発作は一度も起きてない)
宵宮灯と再会して、話して、触れて――何かが変わった。
彼女の存在そのものが、俺の中の“恐怖”をゆるやかに溶かしてくれている気がした。
「彼女、できた?」
「は?」
「いや、そういう空気出てる。お前、なんか満たされた犬みたいな顔してるぞ。……ほら、あれだ。愛されてるやつの顔」
「犬ってなんだよ」
笑いながら否定するが、完全には否定できなかった。
圭吾は冗談交じりに肘でつついてきたが、それ以上は追及しなかった。
俺も、それ以上は語らなかった。
まだ始まってもいない関を、言葉にするのは怖かった。
________________________________________
その日の放課後。
俺は灯と約束して、再び図書室で会った。
学校の図書室という空間が、こんなに心安らぐ場所だったなんて思わなかった。
というより、灯と話す時間そのものが、俺の中の呪いを打ち消してくれているのだ。
彼女は、すでに気づいている。
俺の抱えている爆発の正体に――たぶん、俺よりも。
「斑目くん、さ。……本当は、自分のこと好きじゃないでしょ」
いきなりの言葉に、ページをめくる手が止まった。
「なんだよ、急に」
「だって、目を見れば分かるよ。誰かに好かれることを、受け入れられない人の目してる」
「それ……ただの自己嫌悪だろ。誰にだってあるだろ」
「違う。あなたのはもっと深い。自己否定ってレベル」
灯の声は柔らかかったけれど、その目は真剣だった。
「私はあなたのこと、ずっと見てた。中学のときから。……あなた、誰かに褒められると、必ず“そんなことない”って否定してたよね」
思い出す。
体育祭で走って褒められたときも、文化祭でクラスの発表をまとめたときも。
「“俺なんて”、が口癖だった。……そういうの、ずっと蓄積されていくんだよ。心のどこかに」
「……それが、爆発?」
灯は静かにうなずいた。
「“好意を受け取る=危険”って、脳が勝手に防御しちゃう。……本当は嬉しいのに。受け取りたいのに。あなたの中のもう一人の自分が、拒絶する」
その言葉が、胸に刺さる。
俺は目を逸らした。
「自分にそんな価値ないって、ずっと思ってた」
呟いた言葉は、気づけば震えていた。
「誰かに好かれることが、怖くて。……なんで俺なんかにって。好意が向けられると、嬉しいより先に“不安”が来るんだ。俺、裏切るかもしれないし、期待に応えられないかもしれないし……」
灯はそっと、俺の手を握った。
その瞬間、胸の奥の緊張がすっと緩んだ。
「大丈夫。私には、あなたの不安も、弱さも、ちゃんと見えてるから」
「……なんでそんなに優しいんだよ」
「好きだったから。今でも、たぶん」
言葉が、また心を揺らす。
でも、爆発しない。
“好意”に、身体が反応しない。
(じゃあ……この呪い、もしかして)
「灯。……俺、この呪い、きっと“自分で作った”んだと思う」
「うん。気づいてた」
俺はゆっくりと話し始めた。
――あの日のこと。
卒業式の放課後、呼び止めた灯の背中に声をかけて、振り返った彼女の顔を見た瞬間。
言えなかった。
“好きです”のたった一言が、喉でつかえて、出てこなかった。
(嫌われるかもしれない)
(期待を裏切るかもしれない)
(自分なんかが言ってはいけない)
無数の否定の声が頭をよぎり、逃げた。
そして、それをずっと後悔していた。
「それ以来だ。誰かに告白されると、自分の中で“そのときの感情”が蘇るんだ。痛みと、苦しさと、怖さと……自己否定。それが爆発の正体だった」
「じゃあ、その言えなかった言葉を、今、言えたら――呪いは解ける?」
灯の瞳が、真っ直ぐに俺を見ていた。
まるで、答えを知っているみたいに。
俺は立ち上がった。
そして、意を決して言った。
「宵宮灯。中学のときからずっと、君のことが好きだった」
一瞬、空気が止まった気がした。
視界の端が揺れる。
来るか?
爆発――。
そう思った次の瞬間、灯が小さく笑った。
「…… “好きだった”って、過去形?
今は?」
「……今も。たぶん、ずっと」
言った。
ちゃんと、伝えた。
怖かった。でも、爆発は――しなかった。
身体は震えていたけど、それ爆じゃなく、緊張だった。
「おめでとう。呪い、解けたね」
灯が、少し泣きそうな顔で笑った。
「……怖かった」
「知ってる。でも、ちゃんと伝えられたじゃん」
図書室の窓から、夕日が差し込んでいた。
光が二人の影を長く伸ばしていた。
________________________________________
帰り道。
俺たちは並んで歩いた。
灯が、ふと口を開いた。
「じゃあ、今度は私の番だね」
「え?」
「好きだよ。今の斑目直哉も、昔の斑目直哉も」
言葉を聞いた瞬間、胸がまた、少しだけ痛んだ。
でも、それは爆発の痛みじゃない。
“受け取る”ことが、怖くなくなっていく実感。
怖くてもいい。
怖さごと、全部受け止めてくれる人がいるのなら。
「ありがとう。……怖くても、また言うよ。ちゃんと何度でも」
「うん。何度でも、聞かせて」
その声が、夕焼けに溶けていく。
そして俺は、ようやく確信した。
この恋は、もう、爆発しない。
昼休み。屋上のベンチに座った俺の横で、椎名圭吾がペットボトルのお茶を飲みながら呟いた。
「どんなふうに?」
「なんつーか……穏やかっていうか、落ち着いたっていうか。前はもっとビクビクしてたろ」
「……そうかもな」
曖昧に笑って、空を仰いだ。
雲が薄く流れていく。
春先の風は少しだけ冷たいけれど、心地よい。
(あれ以来、発作は一度も起きてない)
宵宮灯と再会して、話して、触れて――何かが変わった。
彼女の存在そのものが、俺の中の“恐怖”をゆるやかに溶かしてくれている気がした。
「彼女、できた?」
「は?」
「いや、そういう空気出てる。お前、なんか満たされた犬みたいな顔してるぞ。……ほら、あれだ。愛されてるやつの顔」
「犬ってなんだよ」
笑いながら否定するが、完全には否定できなかった。
圭吾は冗談交じりに肘でつついてきたが、それ以上は追及しなかった。
俺も、それ以上は語らなかった。
まだ始まってもいない関を、言葉にするのは怖かった。
________________________________________
その日の放課後。
俺は灯と約束して、再び図書室で会った。
学校の図書室という空間が、こんなに心安らぐ場所だったなんて思わなかった。
というより、灯と話す時間そのものが、俺の中の呪いを打ち消してくれているのだ。
彼女は、すでに気づいている。
俺の抱えている爆発の正体に――たぶん、俺よりも。
「斑目くん、さ。……本当は、自分のこと好きじゃないでしょ」
いきなりの言葉に、ページをめくる手が止まった。
「なんだよ、急に」
「だって、目を見れば分かるよ。誰かに好かれることを、受け入れられない人の目してる」
「それ……ただの自己嫌悪だろ。誰にだってあるだろ」
「違う。あなたのはもっと深い。自己否定ってレベル」
灯の声は柔らかかったけれど、その目は真剣だった。
「私はあなたのこと、ずっと見てた。中学のときから。……あなた、誰かに褒められると、必ず“そんなことない”って否定してたよね」
思い出す。
体育祭で走って褒められたときも、文化祭でクラスの発表をまとめたときも。
「“俺なんて”、が口癖だった。……そういうの、ずっと蓄積されていくんだよ。心のどこかに」
「……それが、爆発?」
灯は静かにうなずいた。
「“好意を受け取る=危険”って、脳が勝手に防御しちゃう。……本当は嬉しいのに。受け取りたいのに。あなたの中のもう一人の自分が、拒絶する」
その言葉が、胸に刺さる。
俺は目を逸らした。
「自分にそんな価値ないって、ずっと思ってた」
呟いた言葉は、気づけば震えていた。
「誰かに好かれることが、怖くて。……なんで俺なんかにって。好意が向けられると、嬉しいより先に“不安”が来るんだ。俺、裏切るかもしれないし、期待に応えられないかもしれないし……」
灯はそっと、俺の手を握った。
その瞬間、胸の奥の緊張がすっと緩んだ。
「大丈夫。私には、あなたの不安も、弱さも、ちゃんと見えてるから」
「……なんでそんなに優しいんだよ」
「好きだったから。今でも、たぶん」
言葉が、また心を揺らす。
でも、爆発しない。
“好意”に、身体が反応しない。
(じゃあ……この呪い、もしかして)
「灯。……俺、この呪い、きっと“自分で作った”んだと思う」
「うん。気づいてた」
俺はゆっくりと話し始めた。
――あの日のこと。
卒業式の放課後、呼び止めた灯の背中に声をかけて、振り返った彼女の顔を見た瞬間。
言えなかった。
“好きです”のたった一言が、喉でつかえて、出てこなかった。
(嫌われるかもしれない)
(期待を裏切るかもしれない)
(自分なんかが言ってはいけない)
無数の否定の声が頭をよぎり、逃げた。
そして、それをずっと後悔していた。
「それ以来だ。誰かに告白されると、自分の中で“そのときの感情”が蘇るんだ。痛みと、苦しさと、怖さと……自己否定。それが爆発の正体だった」
「じゃあ、その言えなかった言葉を、今、言えたら――呪いは解ける?」
灯の瞳が、真っ直ぐに俺を見ていた。
まるで、答えを知っているみたいに。
俺は立ち上がった。
そして、意を決して言った。
「宵宮灯。中学のときからずっと、君のことが好きだった」
一瞬、空気が止まった気がした。
視界の端が揺れる。
来るか?
爆発――。
そう思った次の瞬間、灯が小さく笑った。
「…… “好きだった”って、過去形?
今は?」
「……今も。たぶん、ずっと」
言った。
ちゃんと、伝えた。
怖かった。でも、爆発は――しなかった。
身体は震えていたけど、それ爆じゃなく、緊張だった。
「おめでとう。呪い、解けたね」
灯が、少し泣きそうな顔で笑った。
「……怖かった」
「知ってる。でも、ちゃんと伝えられたじゃん」
図書室の窓から、夕日が差し込んでいた。
光が二人の影を長く伸ばしていた。
________________________________________
帰り道。
俺たちは並んで歩いた。
灯が、ふと口を開いた。
「じゃあ、今度は私の番だね」
「え?」
「好きだよ。今の斑目直哉も、昔の斑目直哉も」
言葉を聞いた瞬間、胸がまた、少しだけ痛んだ。
でも、それは爆発の痛みじゃない。
“受け取る”ことが、怖くなくなっていく実感。
怖くてもいい。
怖さごと、全部受け止めてくれる人がいるのなら。
「ありがとう。……怖くても、また言うよ。ちゃんと何度でも」
「うん。何度でも、聞かせて」
その声が、夕焼けに溶けていく。
そして俺は、ようやく確信した。
この恋は、もう、爆発しない。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり
鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。
でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる