告白されたら爆発する呪いについて

永文

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第3話:告白=爆発、その理由

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「斑目って、さ。なんか最近、雰囲気変わったよな」

 昼休み。屋上のベンチに座った俺の横で、椎名圭吾がペットボトルのお茶を飲みながら呟いた。

「どんなふうに?」

「なんつーか……穏やかっていうか、落ち着いたっていうか。前はもっとビクビクしてたろ」

「……そうかもな」

 曖昧に笑って、空を仰いだ。
 雲が薄く流れていく。
 春先の風は少しだけ冷たいけれど、心地よい。

(あれ以来、発作は一度も起きてない)

 宵宮灯と再会して、話して、触れて――何かが変わった。
 彼女の存在そのものが、俺の中の“恐怖”をゆるやかに溶かしてくれている気がした。

「彼女、できた?」

「は?」

「いや、そういう空気出てる。お前、なんか満たされた犬みたいな顔してるぞ。……ほら、あれだ。愛されてるやつの顔」

「犬ってなんだよ」

 笑いながら否定するが、完全には否定できなかった。
 圭吾は冗談交じりに肘でつついてきたが、それ以上は追及しなかった。
 俺も、それ以上は語らなかった。
 まだ始まってもいない関を、言葉にするのは怖かった。

________________________________________

 その日の放課後。
 俺は灯と約束して、再び図書室で会った。

 学校の図書室という空間が、こんなに心安らぐ場所だったなんて思わなかった。
 というより、灯と話す時間そのものが、俺の中の呪いを打ち消してくれているのだ。
 彼女は、すでに気づいている。
 俺の抱えている爆発の正体に――たぶん、俺よりも。

「斑目くん、さ。……本当は、自分のこと好きじゃないでしょ」

 いきなりの言葉に、ページをめくる手が止まった。

「なんだよ、急に」

「だって、目を見れば分かるよ。誰かに好かれることを、受け入れられない人の目してる」

「それ……ただの自己嫌悪だろ。誰にだってあるだろ」

「違う。あなたのはもっと深い。自己否定ってレベル」

 灯の声は柔らかかったけれど、その目は真剣だった。

「私はあなたのこと、ずっと見てた。中学のときから。……あなた、誰かに褒められると、必ず“そんなことない”って否定してたよね」

 思い出す。
 体育祭で走って褒められたときも、文化祭でクラスの発表をまとめたときも。

「“俺なんて”、が口癖だった。……そういうの、ずっと蓄積されていくんだよ。心のどこかに」

「……それが、爆発?」

 灯は静かにうなずいた。

「“好意を受け取る=危険”って、脳が勝手に防御しちゃう。……本当は嬉しいのに。受け取りたいのに。あなたの中のもう一人の自分が、拒絶する」

 その言葉が、胸に刺さる。
 俺は目を逸らした。

「自分にそんな価値ないって、ずっと思ってた」

 呟いた言葉は、気づけば震えていた。

「誰かに好かれることが、怖くて。……なんで俺なんかにって。好意が向けられると、嬉しいより先に“不安”が来るんだ。俺、裏切るかもしれないし、期待に応えられないかもしれないし……」

 灯はそっと、俺の手を握った。
 その瞬間、胸の奥の緊張がすっと緩んだ。

「大丈夫。私には、あなたの不安も、弱さも、ちゃんと見えてるから」

「……なんでそんなに優しいんだよ」

「好きだったから。今でも、たぶん」

 言葉が、また心を揺らす。
 でも、爆発しない。
 “好意”に、身体が反応しない。

(じゃあ……この呪い、もしかして)
「灯。……俺、この呪い、きっと“自分で作った”んだと思う」

「うん。気づいてた」

 俺はゆっくりと話し始めた。


 ――あの日のこと。
 卒業式の放課後、呼び止めた灯の背中に声をかけて、振り返った彼女の顔を見た瞬間。
 言えなかった。
 “好きです”のたった一言が、喉でつかえて、出てこなかった。

(嫌われるかもしれない)
(期待を裏切るかもしれない)
(自分なんかが言ってはいけない)

 無数の否定の声が頭をよぎり、逃げた。
 そして、それをずっと後悔していた。

「それ以来だ。誰かに告白されると、自分の中で“そのときの感情”が蘇るんだ。痛みと、苦しさと、怖さと……自己否定。それが爆発の正体だった」

「じゃあ、その言えなかった言葉を、今、言えたら――呪いは解ける?」

 灯の瞳が、真っ直ぐに俺を見ていた。
 まるで、答えを知っているみたいに。
 俺は立ち上がった。
 そして、意を決して言った。

「宵宮灯。中学のときからずっと、君のことが好きだった」

 一瞬、空気が止まった気がした。
 視界の端が揺れる。
 来るか?
 爆発――。
 そう思った次の瞬間、灯が小さく笑った。

「…… “好きだった”って、過去形?
 今は?」

「……今も。たぶん、ずっと」

 言った。
 ちゃんと、伝えた。
 怖かった。でも、爆発は――しなかった。
 身体は震えていたけど、それ爆じゃなく、緊張だった。

「おめでとう。呪い、解けたね」

 灯が、少し泣きそうな顔で笑った。

「……怖かった」

「知ってる。でも、ちゃんと伝えられたじゃん」

 図書室の窓から、夕日が差し込んでいた。
 光が二人の影を長く伸ばしていた。

________________________________________

 帰り道。
 俺たちは並んで歩いた。
 灯が、ふと口を開いた。

「じゃあ、今度は私の番だね」

「え?」

「好きだよ。今の斑目直哉も、昔の斑目直哉も」

 言葉を聞いた瞬間、胸がまた、少しだけ痛んだ。
 でも、それは爆発の痛みじゃない。
 “受け取る”ことが、怖くなくなっていく実感。
 怖くてもいい。
 怖さごと、全部受け止めてくれる人がいるのなら。

「ありがとう。……怖くても、また言うよ。ちゃんと何度でも」

「うん。何度でも、聞かせて」

 その声が、夕焼けに溶けていく。
 そして俺は、ようやく確信した。

 この恋は、もう、爆発しない。
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