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夏休み 一章 先輩たちの最後の総体
003 須崎先輩の個人的なお願いは、耳を疑うべきものだった
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バイトの女子大生らしきウェイターが、俺と須崎先輩の注文した料理を運んできた。しばらくの間、それらを口にしながら、俺は須崎先輩からキャプテンとしての事務的な仕事の話を聞いた。
実質のところ、事務的な仕事はマネジも副部長もいるから、そこまで気にしなく大丈夫らしいが、ちろるに任せきりにするわけにはいかないし、副部長が月山(頭を使う作業に関して少し頼りない男)になるなら、俺もその辺をしっかり聞いて理解しておく必要があるだろう。
顧問との連携や、練習計画の作成、大会の参加申し込みなど、細かい部分も含めて話を聞いたが、特にこれがめちゃくちゃ大変だという事はなさそうだった。
「まぁ、事務的な部分はだいたいそんな感じかな。というわけでキャプテンはお前に頼んだぞ。」
まだ不安は残るものの、須崎先輩はどうも早く次の話題に話を移したいようであった。
「そんなことよりも、二つ目のお願いが俺にとってはずっと重要なんだが……。」
須崎先輩はミラノ風ドリヤを混ぜていた手を止め、とても険しい顔つきへと変わった。俺もその深刻な様子に、パスタを巻いていたフォークの手を止め、神妙な顔になる。
「一体なんですか……。部のキャプテンを頼むことよりも、ずっと重要なお願いというのは……。」
こんな顔をする先輩を、俺は今まで見たことがない。一体どうしたというのだろう。もしかして、父親の会社が倒産して、大金の借金があるから金を貸してほしいとか……? それとも、実は先輩は大病に侵されて、もう余命が残り短いとか……。
「俺の二つ目のお願いというのはだな……。」
須崎先輩はとても言いづらそうにしていた。俺は先輩が言葉を紡ぐのを、固唾を飲んで見守った。
「その――吹雪さん……。つまり……、お前のお姉ちゃんと、俺との接点を作ってほしいんだけど……。」
「――はぁ?」
俺は思わず自分の耳を疑ってしまった。どんな重い深刻な話がくるかと待ち構えていたら、恋愛相談というとんでもない斜め上の話であった。
「ちょっと、先輩……正気ですか?」
「あぁ……雪にこんなことを頼むのは、俺もいかがなものかと悩んだのだが。」
「いやいやいや……。何でですか! 何でよりにもよって、うちの姉貴なんですか!? 先輩モテるんですから、もっと可愛い女子をいくらでも捕まえられるでしょ!?」
「……吹雪さんほど、気高く美しく、また可憐で可愛らしい人は、うちの学校にはいないだろ? まぁ兄弟だと、距離が近すぎて気づかないのかもしれんが……。」
「いやいやいや……っ、ちょっとあんた何言ってんですか。」
思わず、尊敬する先輩に“あんた”とか言ってしまった。いや、まぁそれくらいの衝撃を受けている。可憐で可愛らしいなんて言葉は、世界一似合わないのが俺の姉貴である。
「雪――、いや――弟くんとこれからは呼ばせてもらおうか。」
「まじやめてください。」
この人、距離の詰め方がなかなかに馬鹿だ。いつもは常識があり、素晴らしい人間性を持った人でも、恋愛に関してはポンコツという人はわりといるものだ。
須崎先輩もきっとそのポンコツの一人だろう。尊敬する先輩の目を覚ましてあげなければっ!
「姉貴なんて、人の皮を被った鬼ですよ。凍てつく眼で俺を蔑んで、どれだけひどい目に合わされてきたことか……。アナとエルザもびっくりの氷の女王ですよ。冬場は俺の持ってたお宝本でたき火して、『すこーしも寒くないわー』っていうような奴ですよ。」
中学時代、俺はエロ本を姉貴に燃やされた経験がある。あの時ほど、実の姉貴を憎んだことはない。
「何言ってるんだ? 吹雪さんがそんなことするわけないだろ。 もし少し厳しいところがあるとしても、それは可愛い弟を想っての愛のムチのはずだ。さっすが、吹雪さんは弟想いの優しさと厳しさを持ち合わせたパーフェクトな人だな。」
――駄目だ……この人。
恋は盲目であるというが、須崎先輩ともあろう人がここまで駄目になるとは。俺は断じてこんな過ちは犯すまい。(俺が神崎さんに対して、既に何度も似たような事を繰り返している点は、盲目だけに目を瞑って頂きたい。)
「頼むよ。接点を作ってくれるだけでいいんだ。俺と吹雪さんは、今までずっとクラス違ったから、話す機会が全然なかったんだよ。」
「え……、何でそれなのに、姉貴に惚れたんです?」
「話すと長いんだが、聞いてくれるか?」
「まぁ……気になるところですから、どうぞ。」
須崎先輩は、シェイクスピアのようなまどっろこしい描写を含めながら、彼が姉貴に惚れたエピソードを長々と語った。しかし、まぁそれらを簡単に要約すると、廊下で落とし物をして、それを姉貴に拾ってもらった際に恋に落ちたということらしい。
「ようするに一目ぼれってことですよね。」
「俺がこんだけ吹雪さんへの愛情を語ったのに、そんな一言で片づけるなよ。」
「……。」
まぁ確かに……、長年培った想いを、他人にそう一言で片づけられてしまうと、いささか不満はあるかもしれない。
今までの俺だって、神崎さんへの想いを語ると、多分ドストエフスキー並みに緻密な描写を含めて、長々しく語っていたかもしれない。
俺の神崎さんへの想いもまた、ようするに一目ぼれだと言える。きっかけは桜の木の下で彼女がフルートを演奏していたのを見たことだ。もちろん、その後に彼女の内面の素晴しさもたくさん気づいていったわけだが……。
そして今は、ちろるだけと向き合うために、その想いを失くそうとしている。神崎さんへのこの想いをなくせば、きっと俺は心からちろると向かい合えるはずなのだ……。
それが正しいのだと、俺は――今もやはり自分に言い聞かせる。
「おーい。どうした? 雪も恋愛でなんか悩んでんのか?」
ぼーっと考えに耽り始めてしまった俺に、須崎先輩は顔の前で手を振りながら呼びかけた。
「あっ、すみません。何でもないです。姉貴との接点ですよね……。わかりました。難しいですけど、がんばってみますよ。」
「そっか、ありがとうな。まぁ無理だったらそれでいい。もちろん諦めるわけじゃなくて、自力でなんとかするって意味だ。俺はこう見えて、かなり恋愛に関しては奥手だから……あんま自信はないけどな。」
やはり須崎先輩は、普段見せない自信の無さそうな表情であった。しかし、純粋に一人の女性を想うその姿は、誰が見ても美しく正しいものだった。
実質のところ、事務的な仕事はマネジも副部長もいるから、そこまで気にしなく大丈夫らしいが、ちろるに任せきりにするわけにはいかないし、副部長が月山(頭を使う作業に関して少し頼りない男)になるなら、俺もその辺をしっかり聞いて理解しておく必要があるだろう。
顧問との連携や、練習計画の作成、大会の参加申し込みなど、細かい部分も含めて話を聞いたが、特にこれがめちゃくちゃ大変だという事はなさそうだった。
「まぁ、事務的な部分はだいたいそんな感じかな。というわけでキャプテンはお前に頼んだぞ。」
まだ不安は残るものの、須崎先輩はどうも早く次の話題に話を移したいようであった。
「そんなことよりも、二つ目のお願いが俺にとってはずっと重要なんだが……。」
須崎先輩はミラノ風ドリヤを混ぜていた手を止め、とても険しい顔つきへと変わった。俺もその深刻な様子に、パスタを巻いていたフォークの手を止め、神妙な顔になる。
「一体なんですか……。部のキャプテンを頼むことよりも、ずっと重要なお願いというのは……。」
こんな顔をする先輩を、俺は今まで見たことがない。一体どうしたというのだろう。もしかして、父親の会社が倒産して、大金の借金があるから金を貸してほしいとか……? それとも、実は先輩は大病に侵されて、もう余命が残り短いとか……。
「俺の二つ目のお願いというのはだな……。」
須崎先輩はとても言いづらそうにしていた。俺は先輩が言葉を紡ぐのを、固唾を飲んで見守った。
「その――吹雪さん……。つまり……、お前のお姉ちゃんと、俺との接点を作ってほしいんだけど……。」
「――はぁ?」
俺は思わず自分の耳を疑ってしまった。どんな重い深刻な話がくるかと待ち構えていたら、恋愛相談というとんでもない斜め上の話であった。
「ちょっと、先輩……正気ですか?」
「あぁ……雪にこんなことを頼むのは、俺もいかがなものかと悩んだのだが。」
「いやいやいや……。何でですか! 何でよりにもよって、うちの姉貴なんですか!? 先輩モテるんですから、もっと可愛い女子をいくらでも捕まえられるでしょ!?」
「……吹雪さんほど、気高く美しく、また可憐で可愛らしい人は、うちの学校にはいないだろ? まぁ兄弟だと、距離が近すぎて気づかないのかもしれんが……。」
「いやいやいや……っ、ちょっとあんた何言ってんですか。」
思わず、尊敬する先輩に“あんた”とか言ってしまった。いや、まぁそれくらいの衝撃を受けている。可憐で可愛らしいなんて言葉は、世界一似合わないのが俺の姉貴である。
「雪――、いや――弟くんとこれからは呼ばせてもらおうか。」
「まじやめてください。」
この人、距離の詰め方がなかなかに馬鹿だ。いつもは常識があり、素晴らしい人間性を持った人でも、恋愛に関してはポンコツという人はわりといるものだ。
須崎先輩もきっとそのポンコツの一人だろう。尊敬する先輩の目を覚ましてあげなければっ!
「姉貴なんて、人の皮を被った鬼ですよ。凍てつく眼で俺を蔑んで、どれだけひどい目に合わされてきたことか……。アナとエルザもびっくりの氷の女王ですよ。冬場は俺の持ってたお宝本でたき火して、『すこーしも寒くないわー』っていうような奴ですよ。」
中学時代、俺はエロ本を姉貴に燃やされた経験がある。あの時ほど、実の姉貴を憎んだことはない。
「何言ってるんだ? 吹雪さんがそんなことするわけないだろ。 もし少し厳しいところがあるとしても、それは可愛い弟を想っての愛のムチのはずだ。さっすが、吹雪さんは弟想いの優しさと厳しさを持ち合わせたパーフェクトな人だな。」
――駄目だ……この人。
恋は盲目であるというが、須崎先輩ともあろう人がここまで駄目になるとは。俺は断じてこんな過ちは犯すまい。(俺が神崎さんに対して、既に何度も似たような事を繰り返している点は、盲目だけに目を瞑って頂きたい。)
「頼むよ。接点を作ってくれるだけでいいんだ。俺と吹雪さんは、今までずっとクラス違ったから、話す機会が全然なかったんだよ。」
「え……、何でそれなのに、姉貴に惚れたんです?」
「話すと長いんだが、聞いてくれるか?」
「まぁ……気になるところですから、どうぞ。」
須崎先輩は、シェイクスピアのようなまどっろこしい描写を含めながら、彼が姉貴に惚れたエピソードを長々と語った。しかし、まぁそれらを簡単に要約すると、廊下で落とし物をして、それを姉貴に拾ってもらった際に恋に落ちたということらしい。
「ようするに一目ぼれってことですよね。」
「俺がこんだけ吹雪さんへの愛情を語ったのに、そんな一言で片づけるなよ。」
「……。」
まぁ確かに……、長年培った想いを、他人にそう一言で片づけられてしまうと、いささか不満はあるかもしれない。
今までの俺だって、神崎さんへの想いを語ると、多分ドストエフスキー並みに緻密な描写を含めて、長々しく語っていたかもしれない。
俺の神崎さんへの想いもまた、ようするに一目ぼれだと言える。きっかけは桜の木の下で彼女がフルートを演奏していたのを見たことだ。もちろん、その後に彼女の内面の素晴しさもたくさん気づいていったわけだが……。
そして今は、ちろるだけと向き合うために、その想いを失くそうとしている。神崎さんへのこの想いをなくせば、きっと俺は心からちろると向かい合えるはずなのだ……。
それが正しいのだと、俺は――今もやはり自分に言い聞かせる。
「おーい。どうした? 雪も恋愛でなんか悩んでんのか?」
ぼーっと考えに耽り始めてしまった俺に、須崎先輩は顔の前で手を振りながら呼びかけた。
「あっ、すみません。何でもないです。姉貴との接点ですよね……。わかりました。難しいですけど、がんばってみますよ。」
「そっか、ありがとうな。まぁ無理だったらそれでいい。もちろん諦めるわけじゃなくて、自力でなんとかするって意味だ。俺はこう見えて、かなり恋愛に関しては奥手だから……あんま自信はないけどな。」
やはり須崎先輩は、普段見せない自信の無さそうな表情であった。しかし、純粋に一人の女性を想うその姿は、誰が見ても美しく正しいものだった。
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