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夏休み 四章 海水浴とそれぞれの夢
026 姉貴の勘違いと胸に秘めた野望
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神戸の中心街である三宮の駅で下車し、そこでみんなと解散することとなった。神崎さん、言葉先輩、須崎先輩とも別れ、各々自分の家へと向かって帰っていった。
姉貴とは、ここから二人で家路へ向かう。その青葉家に帰るまでの道のりで、俺は姉貴が大きな勘違いをしていたことを知った。
「なぁ、弟よ。」
「どうした、姉貴よ。」
「須崎のことで少し聞きたいのだが。」
「――っ!?」
姉貴はやはり――須崎先輩の恋心に気づいてしまったのか。
まぁ、それも仕方ないだろう。須崎先輩は今日ずっと、油の足りていないブリキのおもちゃみたいに緊張で強張った様子だったのだ。洞察力に優れた姉貴なら、須崎先輩が姉貴に恋心を抱いていることに気が付いてしまったとしてもおかしくない。
「須崎は――――言葉のことが好きなのか?」
「……は?」
「何だ? 違うのか?」
姉貴は人並み外れて洞察力に優れているが、自分へ向けられている好意というものには、思いのほか疎いのかもしれない。いわゆるあれだ、ラブコメでよくいる鈍感型主人公と一緒。
「さぁ――俺は何も知らんけど」
「それは嘘だな。」
姉貴は俺が言い終わる直前に、きっぱりそう断言した。何で俺に関しては、サイコメトラばりの洞察力を見せてくるのだろうか。
「まぁ他人の恋愛に対して、私も別に無理に聞こうとは思ってない。お前の口から言えないのであれば、この話はもういいよ。」
いや他人って――あんたばりばりの当事者なんですけどね。別に須崎先輩から口止めされているわけでもないが、俺の口からその事実を姉貴に言うのは不躾だというものだ。流儀に反してしまう。
「姉貴ってさ。彼氏とかいるの?」
俺の問いに対し、姉貴は笑みをうかべて答えた。
「何だその質問……死にたいのか?」
姉貴よ、そんな軽やかな笑顔と声音で言うセリフじゃない。
「……何でもないです。」
姉貴はその恐ろしい笑みをひっこめて、少し真剣な表情に変わった。
「大学受験を控えているんだ――恋愛なんてしている時間はない。」
「……そうなんだ。」
それは一般的な大学受験生において、よく聞く話である。高校三年で大学受験を控えると、やはり姉貴でもそういう考えになるのだろうか。
しかし、疑問に思うことがある。姉貴は毎日夜遅くまで、塾に通ってすっと受験勉強に励んでいるようだが、もともと超がつくほど賢いのだから、何もそこまで勉強しなくてもいいのではと思うが――。
「姉貴だったらさ――別に彼氏作って、多少勉強さぼったところで、近場の国立大くらいなら余裕なんじゃないの?」
「あぁ、そうだな。」
あっさりと認めた。それは普通に聞く限り、かなり鼻に着く言葉ではあるが、姉貴という一個人をよく知る俺にとっては、それが自惚れでも何でもないただの事実であることがわかる。
「っじゃあ、何でそんな毎日勉強してんだ? どこの大学――」
「東大受けるに決まってるだろ。」
「――――っまじ?」
あっさりと答えた。それは弟の俺でも普通に驚くべき進路であった。
「姉貴って……東大受けるの?」
「あぁ、受ける。」
「東大ってあの日本で一番賢いとされる国立大学?」
「それ以外にあるのか?」
東京工業大学とか東京学芸大学とか色々あるけど……、いやそんな話は今はどうでもいい。
「何で東大なんだ? まさか官僚にでもなるの?」
「そうだな……。あたらずとも遠からずってところだ。言ってなかったか? 私は東大で教員免許を取って、教員になろうと思っている。」
は?――教員だって?
「教員になんの? 姉貴が?」
「何ださっきから、私の進路に文句でもあるのか?」
「いやっ、ないけど――ってか、教員になるなら、別にわざわざ東大なんて受けなくてもいいだろ? どっかそのへんの教育大学でも受けたら……。」
「それじゃ駄目だ。私の目標を叶えるためには、もっと上に行く必要がある。」
「上の大学って……そりゃ学歴が高い方が保護者とかからは馬鹿にされないだろうけど」
最近はどこの親も大学卒であり、昔と違って“教師”を賢く偉い人だなんて思う人はいない。だが東大卒という肩書があれば、そんな保護者にも一目置かれるだろう。
「そんなつまらない理由ではない。学歴があれば優れた教師だなんて考えは、的外れもいいところだ。」
「だったら、何で東大なんか受けるんだ?」
「それはだな、中央教育審議会に参加して――この国の教育を変えるためだ。それが私の目標だ。」
姉貴はその壮大なる未来展望を、夢ではなく目標だと語った。
「中央教育審議会……? なにそれ?」
「愚弟はそんな事も知らんのか。昨日も夕方のニュースで流れてただろ。」
「いや、ニュースよりもまだ夕方のアニメが見たいお年頃だからなぁ。」
「……キモいから、夕方子供向けアニメはもう卒業しなさい。」
姉貴はひどく馬鹿にした表情でそう言ったが、再び真面目な顔になった。
「私は――目の前にいる子供たちだけでなく、全国の子供たちにとって、保護者にとって、また教員にとって最適な学校という環境を作りたい。そのためには、国ごと変えてやる必要がある。」
姉貴は未来をしっかりと見据えた澄んだ瞳を輝かせてそう言った。いつからこんな大それたことを考えていたのだろうか。
「今の日本の教育は、多くの不平と不満が満ちていると思う。どうしようもない子供、どうしようもない親、どうしようもない先生だ――とお互いが互いへと責任転嫁しあっている。マスコミもまた、酷い親だ、酷い学校だ、酷い先生だと煽り立て、もはや学校という場所への信頼は地に落ちている。」
教育に関しては俺は詳しくはわからないが……信頼のない場という言葉には共感せざる得ない。
「学校がそんな場所になり果てているのに、義務教育だと国は言いはるだけで、子供達はその不安定な安心できない場所に日々通わされている。これを変えるには、一番手っ取り早いのが国の教育の在り方そのものを変えることだ。」
何だかこのまま議員選挙に打ち出ても、ひょっとすればワンチャン当選するのではないかと思うほど、姉貴はとても熱く語った。
教育がどうあれば正しいかとか、難しい話は俺には分からない。もしかしたら、姉貴にだってその難しい話の答えは分からないのかもしれないが、それでもこうして真剣に問題を考え、答えを見つけ出そうとする彼女の純粋な想いは、間違いなく正しいものだ。
「凄いな、姉貴は――」
「何せ青葉家の長女だからな。お前も長男として、もっとしっかりしなさい。」
「……はい、そうですね。」
俺はまだ姉貴みたいに――社会や教育なんて、大きな問題のことは考えられない。自分のすぐ近くで起こる身近な問題にしか目をむけられない。
部活でキャプテンになったこと、神崎さんとちろるのこと、自分の進路のこと……。傍から見たら、そんなことで悩むなよと笑われるような小さな問題かもしれない。
だけど――今の俺にとってそれは、社会や教育よりも真剣に考えなければならない最重要問題だ。
おや……そうか、もしかするとこれが青春というものか?
自分の身近な小さな物事に対し、無我夢中になって取り組んだり、答えを見つけるために真剣に考え続けたりする。これこそ、青春を生きる者のあるべき姿なのかもしれない。
姉貴とは、ここから二人で家路へ向かう。その青葉家に帰るまでの道のりで、俺は姉貴が大きな勘違いをしていたことを知った。
「なぁ、弟よ。」
「どうした、姉貴よ。」
「須崎のことで少し聞きたいのだが。」
「――っ!?」
姉貴はやはり――須崎先輩の恋心に気づいてしまったのか。
まぁ、それも仕方ないだろう。須崎先輩は今日ずっと、油の足りていないブリキのおもちゃみたいに緊張で強張った様子だったのだ。洞察力に優れた姉貴なら、須崎先輩が姉貴に恋心を抱いていることに気が付いてしまったとしてもおかしくない。
「須崎は――――言葉のことが好きなのか?」
「……は?」
「何だ? 違うのか?」
姉貴は人並み外れて洞察力に優れているが、自分へ向けられている好意というものには、思いのほか疎いのかもしれない。いわゆるあれだ、ラブコメでよくいる鈍感型主人公と一緒。
「さぁ――俺は何も知らんけど」
「それは嘘だな。」
姉貴は俺が言い終わる直前に、きっぱりそう断言した。何で俺に関しては、サイコメトラばりの洞察力を見せてくるのだろうか。
「まぁ他人の恋愛に対して、私も別に無理に聞こうとは思ってない。お前の口から言えないのであれば、この話はもういいよ。」
いや他人って――あんたばりばりの当事者なんですけどね。別に須崎先輩から口止めされているわけでもないが、俺の口からその事実を姉貴に言うのは不躾だというものだ。流儀に反してしまう。
「姉貴ってさ。彼氏とかいるの?」
俺の問いに対し、姉貴は笑みをうかべて答えた。
「何だその質問……死にたいのか?」
姉貴よ、そんな軽やかな笑顔と声音で言うセリフじゃない。
「……何でもないです。」
姉貴はその恐ろしい笑みをひっこめて、少し真剣な表情に変わった。
「大学受験を控えているんだ――恋愛なんてしている時間はない。」
「……そうなんだ。」
それは一般的な大学受験生において、よく聞く話である。高校三年で大学受験を控えると、やはり姉貴でもそういう考えになるのだろうか。
しかし、疑問に思うことがある。姉貴は毎日夜遅くまで、塾に通ってすっと受験勉強に励んでいるようだが、もともと超がつくほど賢いのだから、何もそこまで勉強しなくてもいいのではと思うが――。
「姉貴だったらさ――別に彼氏作って、多少勉強さぼったところで、近場の国立大くらいなら余裕なんじゃないの?」
「あぁ、そうだな。」
あっさりと認めた。それは普通に聞く限り、かなり鼻に着く言葉ではあるが、姉貴という一個人をよく知る俺にとっては、それが自惚れでも何でもないただの事実であることがわかる。
「っじゃあ、何でそんな毎日勉強してんだ? どこの大学――」
「東大受けるに決まってるだろ。」
「――――っまじ?」
あっさりと答えた。それは弟の俺でも普通に驚くべき進路であった。
「姉貴って……東大受けるの?」
「あぁ、受ける。」
「東大ってあの日本で一番賢いとされる国立大学?」
「それ以外にあるのか?」
東京工業大学とか東京学芸大学とか色々あるけど……、いやそんな話は今はどうでもいい。
「何で東大なんだ? まさか官僚にでもなるの?」
「そうだな……。あたらずとも遠からずってところだ。言ってなかったか? 私は東大で教員免許を取って、教員になろうと思っている。」
は?――教員だって?
「教員になんの? 姉貴が?」
「何ださっきから、私の進路に文句でもあるのか?」
「いやっ、ないけど――ってか、教員になるなら、別にわざわざ東大なんて受けなくてもいいだろ? どっかそのへんの教育大学でも受けたら……。」
「それじゃ駄目だ。私の目標を叶えるためには、もっと上に行く必要がある。」
「上の大学って……そりゃ学歴が高い方が保護者とかからは馬鹿にされないだろうけど」
最近はどこの親も大学卒であり、昔と違って“教師”を賢く偉い人だなんて思う人はいない。だが東大卒という肩書があれば、そんな保護者にも一目置かれるだろう。
「そんなつまらない理由ではない。学歴があれば優れた教師だなんて考えは、的外れもいいところだ。」
「だったら、何で東大なんか受けるんだ?」
「それはだな、中央教育審議会に参加して――この国の教育を変えるためだ。それが私の目標だ。」
姉貴はその壮大なる未来展望を、夢ではなく目標だと語った。
「中央教育審議会……? なにそれ?」
「愚弟はそんな事も知らんのか。昨日も夕方のニュースで流れてただろ。」
「いや、ニュースよりもまだ夕方のアニメが見たいお年頃だからなぁ。」
「……キモいから、夕方子供向けアニメはもう卒業しなさい。」
姉貴はひどく馬鹿にした表情でそう言ったが、再び真面目な顔になった。
「私は――目の前にいる子供たちだけでなく、全国の子供たちにとって、保護者にとって、また教員にとって最適な学校という環境を作りたい。そのためには、国ごと変えてやる必要がある。」
姉貴は未来をしっかりと見据えた澄んだ瞳を輝かせてそう言った。いつからこんな大それたことを考えていたのだろうか。
「今の日本の教育は、多くの不平と不満が満ちていると思う。どうしようもない子供、どうしようもない親、どうしようもない先生だ――とお互いが互いへと責任転嫁しあっている。マスコミもまた、酷い親だ、酷い学校だ、酷い先生だと煽り立て、もはや学校という場所への信頼は地に落ちている。」
教育に関しては俺は詳しくはわからないが……信頼のない場という言葉には共感せざる得ない。
「学校がそんな場所になり果てているのに、義務教育だと国は言いはるだけで、子供達はその不安定な安心できない場所に日々通わされている。これを変えるには、一番手っ取り早いのが国の教育の在り方そのものを変えることだ。」
何だかこのまま議員選挙に打ち出ても、ひょっとすればワンチャン当選するのではないかと思うほど、姉貴はとても熱く語った。
教育がどうあれば正しいかとか、難しい話は俺には分からない。もしかしたら、姉貴にだってその難しい話の答えは分からないのかもしれないが、それでもこうして真剣に問題を考え、答えを見つけ出そうとする彼女の純粋な想いは、間違いなく正しいものだ。
「凄いな、姉貴は――」
「何せ青葉家の長女だからな。お前も長男として、もっとしっかりしなさい。」
「……はい、そうですね。」
俺はまだ姉貴みたいに――社会や教育なんて、大きな問題のことは考えられない。自分のすぐ近くで起こる身近な問題にしか目をむけられない。
部活でキャプテンになったこと、神崎さんとちろるのこと、自分の進路のこと……。傍から見たら、そんなことで悩むなよと笑われるような小さな問題かもしれない。
だけど――今の俺にとってそれは、社会や教育よりも真剣に考えなければならない最重要問題だ。
おや……そうか、もしかするとこれが青春というものか?
自分の身近な小さな物事に対し、無我夢中になって取り組んだり、答えを見つけるために真剣に考え続けたりする。これこそ、青春を生きる者のあるべき姿なのかもしれない。
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