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退去の日
しおりを挟む桂は亮介が周りにいないのを確認しながら部屋へ向かうと、既に引っ越し業者が待機していてすぐに作業に取り掛かって貰えた。
部屋に入ると警察が来て出て行った時のままで、とにかく処分する物とコンテナ倉庫に運び入れる物とをタグ付けしながら仕分け、梱包をしてもらい運び出すを繰り返した。
粗大ごみで出すベッドに関してはそのまま粗大ごみとして集積場所へ置いてもらい、それ以外の処分する家電やらは引っ越し業者の方で処分枠として持って行ってもらえた。
運び出しが終わると、クリーニング業者が入って掃除をしてくれて、入居時と遜色ないくらいにしてもらえたが、一部の壁紙は取り替える事になるだろうと理解していた。
「亮介がタバコを吸うからやっぱり少しヤニが付いてるな。
換気扇の下でもやっぱりダメなんだな」
運び出し終えた部屋は、何も残っていないただの空洞の様で桂にとってこれが本当の終わりなんだと実感させた。
コンテナに収納したのを確認すると、その場で現金で支払いを済ませてホテルへと戻った。
「疲れた、本当、マジでなんなんだよ。
三番手でもいいってやつと付き合えよ、あ、それってただのセフレか」
口に出して桂は虚しくなった。
知らないまま、自分こそが亮介のセフレだったのだと、思い知らされたからだった。
最初からセフレだったらまだしも、一生のパートナーとして同居していたはずだった。
だが、冷静にこれまでの事を振りかえればおかしなことが多かった。
自分のSNSチャットLINAには既読にすらならない事が多々あったのに、香子が亮介の行動を把握していたり、桂とのLINAでの電話には出ないのに、香子の子供たちの呼び出しにはすぐ出るとか、どれ程都合よく扱われていたんだと怒りしか湧いてこなかった。
「うおぉぉ! 気づけよ!俺! 普通におかしいだろうよ!」
好きだと言う言葉と気持ちで許容しなきゃいけない気持ちになっていた。
そうでなくても同性カップルで、女みたいに面倒くさいと思われたくなくて、引き止めたい言葉や心を必死に押しとどめていた。
消せない気持ちは残るがそれもいつか風化するだろうと、桂は自分に言い聞かせた。
ビジネスホテルは案外居心地が良くてつい、一週間程連泊してしまい、次の部屋を探せないでいた。
仕事でクライアントとの打ち合わせに行くのにも、都合がいい立地だったのでホテルを出れない言い訳にしていた。
「それじゃ、次は現地で打ち合わせしましょう。
図面は先ほどの提案を入れつつ作成してみますから」
『よろしく頼むよ。
そういえば、引っ越ししたんだって?』
「あ、いえ、まぁ、そうなんですけど、まだ部屋も探せて無くて」
ネット会議をしながら、打ち合わせも終わり最後に雑談になった相手は桂のクライアントで、結構いい仕事を任せてくれる若手の社長だった。
『どっか紹介しようか?』
「あー、助かりますが、若狭さんが紹介する所って高そうだしなぁ
やっぱり自分の足で探したいですし、迷惑はかけられませんから」
『迷惑なんかじゃないよ。
近いうちに飲みに行こうよ、その時までに物件探しておくから』
「はは、ありがとうございます」
桂は内心、若狭との飲みもこういったプライベートな話をしたくないが故に、今までは断りを入れていた。
亮介に心配を掛けたくなかったし、桂自身、亮介が好きだから仕事上の付き合いでもなるべく避けていた人物だった。
それは、なんとなく同じ嗜好の同志な気がしたからだった。
桂にとってそれだけでは無かった。
好みか好みじゃないか、で言えば前者だったが実際は素直になれない桂の心が、こんな感情は間違いだと押し込める為の理由でしかなかった。
だが今は、その頃の状況とは違っていた。
ほんの一週間前の出来事から目を心を背ける為には、若狭と言う存在が有難かった。
「寂しくなんかないさ、俺には仕事だってある。
亮介がいなくたって、今までと同じにやっていける」
自分に言い聞かせる様に呟いた。
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