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調教7 通じ合う二人
2 黒幕リーアム
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翌朝、寺は朝露が降りてヒンヤリとしていた。庭の草木も露を含んだ水滴をピトッと地面に落としている。
一希は、真矢に持って来てもらった普段着に着替えていた。
茶色のチェック柄のシャツからベージュ色のミラノブリニットを着ていて、襟や袖からチェック柄のシャツが見えている。紺色のデーパートパンツは軽装で動きやすそうだ。これにフード付きのマウントパーカーを着ていれば、露が降りた今朝の寒さも幾分か解消される。
昨日のボビーの話は真矢、サム、照史にも伝えられた。照史は一希の生命を狙っているエクソシスト達と戦うと息巻いていたが、組織化されている彼等の方が戦闘に特化しており返り討ちにされる可能性が高い事は否定できない。ならば、自分達は戦うのではなく、交渉に出る事にかけるべきだと速水は言った。照史は若干不満そうだったが、自分達がやられるリスクが高いのは彼も承知しているようで、あまり強く出なかった。
寺にいる真矢、照史、速水、サム、ディーン、一希でエクソシストに対応する者と一希の護衛に付く者と決めた。まず訪問したエクソシスト達を速水と照史が対応する。二人が彼等と話をしている間、寺の裏手から真矢とサム、護衛にディーンが一希に付く事になり、行き先は速水達が通過したあの湖へ合流するという手筈になった。
「なんか凄い事になったね。脱出ゲームみたい!」
一希の生命がかかった状況なのに、妹の彼女はどこかウキウキしている。
一方で一希は、妹のウキウキした表情に不安の表情が隠せず、全員に尋ねた。
「なぁ、やっぱりチェンジしないか?照史と真矢をチェンジした方がいいだろ?」
「なーんだよ、人選としちゃこのメンバーなんだからしょうがないだろ?」
ディーンが言った。確かにメンバーは限られているが真矢をヴィンセントに対面させる可能性があるのは、一希としてはどうしても不安材料にしかならなかった。
「何でよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんをそんな身体にしたヴィンセントって人に私だって一発殴りたいのに」
「そうだ!そうだ!」
真矢の言葉に隣で照史が首を縦に振って同意している。どうも嫌な予感しかしない。
それに、真矢ならヴィンセントに懐柔される可能性だってある。
仕方なく一希は真矢に正面から向き合って言った。
「いいか、真矢。アイツは淫魔の王だ。魔族だ。人間なんてすぐにやられてしまう。危険を感じたらすぐに逃げるんだぞ。無駄にアイツに絡もうとするなよ」
「何でよ。私がいるとダメなの?」
ダメだから言ってるんだ。
思わず一希は言いそうになった。
彼女の“裏の顔”を知る一希は、ヴィンセントに接触しないよう望むばかりだった。
「とりあえずいくぞ。奴等がそろそろ来る筈だ」
ディーンの言葉を合図に、速水と照史、真矢とサム、ディーン、一希と二手に別れる事になった。
※※※
寺の裏手となる通路は、周囲を雑木林で覆われていて、前方が見えづらい状況だった。
速水によると、この裏手は最終的にあの湖に到達するらしい。初めに四人が湖に行く時この道を使わなかったのは、雑木林で覆われたこの場所は非常に効率が悪いからだ。正規ルートであるあの樹海の方が、人里に出るには直結している。速水と照史は、エクソシストがあきらめてくれれば正規ルートで合流する予定である。
雑木林は直通ルートになっていた。速水によると追手を見越してわざと視界が得づらい高い雑木林を植えたそうで、この木自体が目眩しになるという。速水からは、脇道に反らずそのまま真っ直ぐ進むようアドバイスを受けていた。雑木林を抜けて湖に到着した四人は、ここで速水を待ってヴィンセントのいる魔界へ向かう手筈だ。
まだ、朝の9時頃。
日が登ってこれから気温が暖かくなるせいか、速水達が魔界へ出発した時と違い、湖周囲も太陽に照らされ明るい。朝の時間帯はあの邪神化した水神も現れず、湖自体が穏やかに感じられた。
「今9時を回ったとこ。この湖って朝は静かなんだな」
サムが、スマートフォンをポケットから取り出し時間を確認する。この時間帯はスマートフォンは『圏外』表示がされておらず、『4G』が表示されている。どうやら通信機能は使える事ようだ。
明るくなってわかってきたが、水面は透明で底が見える。この湖自体は浅いようだ。しかし、その周囲の草木に埋もれるのは、やはり周囲の植物と同化した白骨体だ。サムとディーンは夜間帯に訪れたがそれでも白骨体の数は多かった。ここで速水の曽祖父がエクソシストと住民を殺害していたのかと思うと複雑な気持ちになる。速水自体はエクソシストとの関係を解消するために動いていたというが実際見てしまうと理不尽に殺された彼等の無念さを感じてしまい、胸が締め付けられるようだ。
「ここ、こんなになってたんだ。始めてみた・・・」
同化した白骨体の多さに、真矢は唖然とした。
「ここ、知ってたのかい?」
サムは聞いた。自分達は魔界へ向かうためにこの湖に入ったが、地元民の真矢は知っていたのか疑問だった。
「多分こうなってるの、誰も知らないと思う。だいぶ前から自殺の名所みたいになってて、入り口からホントに誰も行かないから」
真矢が言うには、入り口の樹海近くに行くだけで強い霊障を受けてしまうのだという。
症状が強くて地元以外の人間が肝試しで向かおうとしても樹海の入り口まで向かう事ができず、引き返す者が殆どだという。
最近はインターネット上で樹海まで行こうとしている動画配信者もいると聞くが、動画そのものが閲覧出来ず、再生回数を稼ぐ事ができないばかりでなく、配信者にも不幸が訪れるという。
「馬鹿な奴等だなぁ」
「目先の利益を追求した代償だね」
真矢の話に、ディーンとサムは呆れるしかなかった。恐らく興味本位で訪れた馬鹿者達を邪神化した水神は許さなかったのだろう。
ふと、誰かの足音が聞こえて来る。しかし足音は一つだけでゆっくりした足取りだった。
「隠れろ」
ディーンの指示で、サムと真矢、一希はすぐに樹海の森へ入り、身を隠した。
足音はゆっくりとした歩調だが、湖に近づいている。
誰なのか。照史と速水の足音じゃない。
弱々しい足音だ。体格のいい大人ではない事は確かだ。
足音の正体が、樹海を抜けて湖畔に姿を見せた。
出て来たのは、小柄な老人が1人だけ。白いローブを着ており、目を細めて湖を見ている。老人は湖の水面まで近くと、身を屈めて言葉を発した。
「お久しぶりです。お元気でしたか?死んだ人間の骨の味は如何ですかな?」
すると静かだった水面も、ブクブクと泡を立てて現れた。
黒く澱んだ水神は、湖畔に立っている小柄な老人を睨んでいた。
ーー貴様、私をここに縛り付けて一体何のつもりだ。
老人の脳内に水神の声が木霊する。
するとクスクスと老人は笑った。
「何のつもりだ、はないでしょう?貴方だって死んだ人間の魂を食らって、それだけ邪神になれたのですから、私に感謝して欲しいくらいです」
老人は水神を見上げて言った。その表情が水神は腹立たしくて仕方なかった。
ーふざけるな貴様!貴様とあの役人のせいで、我は100年以上もこの湖に縛られる羽目になった!まずは貴様を殺してあの役人の末裔であるあの男も殺してやる!
「フフフ、お好きにどうぞ。水神殿。ですが私はまだ仕事がある身。私を裏切った速水流水君も、用が済んだら貴方にくれてやりますとも。ですが」
不意に、風が吹き荒れる。樹海の湿った葉が、風に揺られてパチパチと落ちていく。
急な強風に一希は真矢を庇い太い木の幹に隠れ、サムとディーンも2人と同様に幹に隠れた。
「私も、貴方にではありませんが、既に此方に来ている者に用がありましてな。残念ですが、貴方はまだこの湖で邪神を演じて頂きたい」
老人は徐々に背が高くなっていく。彼の口端から長い牙が4つ現れ、金髪の長い髪、瞳孔は黄金色から赤みを帯びた色に変化していく。白いローブも変化に合わせて漆黒のベストに白いシャツ、クラバットを巻いており黒のスラックスを履いている。襟を立てた黒のフロックコートを羽織っており、ニヒルな笑みを浮かべて驚愕する水神を見上げている。
「貴方様はこの姿は始めてでしたかな?私は、バンパイア族のリーアムと言います。早速ですが、貴方様は今は休憩して頂いてまた夜間邪神を演じて頂きたい」
ーぐあああっ!!
水神の身体が水面を渡って巨大な電流が流れた。機能を失った水神はそのままざばーんと水面に倒れ込み消えてしまった。
それを見届けたリーアムは、視線を丸裸状態の大木に目を向けた。
そこには葉を全て枝からちぎれてしまい、丸見えとなったディーン、サム、真矢、そして一希がいた。
リーアムは一希を見つけると、ニヤリと口端を歪ませた。その不気味な笑みに一希は身の毛がよだつ恐ろしさを感じた。
「初めまして。有坂一希君。貴方様を殺しに来ました」
※※※
リーアムは一希を見つけると、そのまま四人の元へ向かう。
「一希君、私は貴方の血を頂きに遥々バチカンからやって来たのですよ。淫魔王ヴィンセントに選ばれた人間の番の血は、さぞ美味しいのでしょうね。先代の番もとても美味しい味でしたから」
「ーーっ!?」
ソフィア姫は、バンパイア族のリーアムにスティレットナイフを突き刺され殺された。
まさか、コイツが、ヴィンセントの母を殺した?
不気味な妖気を感じたディーンが、銃をリーアムに向ける。
その隙にサムと真矢は、一希と共に樹海の奥へ後退する。
「野郎っ!」
ーバンッ!
ディーンは、リーアムに銃の引き金を抜き弾丸を放った。しかし、弾はリーアムの顔面で停止し不発のまま草木に落ちる。リーアムはディーンに不適な笑みを浮かべた。
「人間の武器が魔族に通用するわけないでしょう?」
「くっ・・・!」
リーアムは笑みを浮かべたままディーンに近づく。構わず撃ち続けるディーンに危険を察したサムは彼に叫んだ。
「ディーン!逃げて!」
「うるせぇ!」
遂に、銃は弾切れとなる。弾はリーアムの足元に飛散し、銃を捨てたディーンはナイフを出した。
「ダメだっ・・・!」
「えっ?」
奥で一希は、歯を食いしばって悔しそうに呟いた。
「アイツには、勝てない・・・!」
禍々しく、恐ろしい妖気。
不気味な笑みから来る恐怖のプレッシャー。
あれは、自分が見たヴィンセントやゼルギウス以上の妖気の持ち主だ。
一希の中で、強く鼓動する。
リーアムにナイフを向けて突進したディーンは、彼の手刀でナイフを地面に落としてしまう。
「クソっ!」
素早くディーンは、拳を振りかざした。簡単にリーアムにかわされたが何度も拳を繰り出し一希に近づく事を妨害する。しかし、ディーンは突然硬直したように動けなくなり、リーアムはディーンの額に指を置くと言った。
「なっ・・・!?」
「お兄さん、残念ですが今は大人しくお休みしてください。私が用があるのは、彼だけなので」
つん、と指で一差しするとディーンは樹海の大木に背部を殴打し、そのまま倒れた。
「ディーン!」
サムは急いでディーンに駆け寄る。彼のジャケットから小型銃を見つけたサムはリーアムの不気味な雰囲気に恐怖で萎縮している2人に叫んだ。
「2人とも、逃げろ!!」
サムはそのままリーアムの背後に向けて銃を放つ。しかし、ディーンと同じように銃は効かず弾は地面に飛散してしまう。
「真矢、逃げろ!」
「お兄ちゃん!?」
一希は真矢の前に周り、ナイフをリーアムに向けると、彼に叫んだ。
「お前が、ヴィンセントの母さんを殺したのか!?何のために!?彼女は人間だったんだろ?」
足を止めたリーアムは、恐怖で足が震える一希に失笑する。この男が全ての元凶なら、今ここで仕留めなければならない。
「何のために?もちろん、血ですよ。私達バンパイア族は人間の血を吸う事で魔力を高める事ができます。特に彼女は、霊力も高く、何より美しい魂でした。美味しかったですとも、彼女の血は。貴方様も、彼女と同じ匂いがしますね」
「ーーっ!?」
一希の数代前の先祖はソフィア姫の従兄弟のユーリィだった。リーアムも、それを知っていて一希を狙っていたのか?
「ソフィア姫を失った先代のアレクサンダー王は、私を殺すためにルーシ王国を訪れました。しかしアレクサンダー王は、人間達ごとルーシ王国を消滅させたのです。私の息のかかった人間達をね」
「な、何だと・・・!?」
「ソフィア姫の亡骸を取り返しにやって来るのは知ってましたとも。淫魔王は番がいなければ死んだ後も魂が昇天する事はない。私の狙いは、アレクサンダー王を死しても報われない絶望に堕とす事だったのです。そして現淫魔王ヴィンセントも」
リーアムは一希と視線が合った瞬間、魔力で一希の身体を硬直させた。
「っ」
身体が、動かない。
身体だけじゃない。声も出せない。
「やはりあの子どもが王になると予想はしていましたよ。あんな生意気な餓鬼、父親に似ていて私には目障り以外の何者でもありませんから」
リーアムは一希に近づくと、持っていたナイフを地面に叩きつけた。
「さて。貴方様の血を頂きましょうか。さて、ヴィンセントは死んだ貴方を見てどんな反応をするのでしょうか?それとも、死んだ貴方の首を彼の前に晒してみましょうか?彼も父親と同じように、人間の国を一国滅ぼしてしまうのでしょうか?」
ふと、一希は覚えのある香りが鼻腔を刺激している事に気づいた。一希のすぐ横で、聞き覚えのある男の姿が現れた。
無言でリーアムの腕を制し、一希とリーアムの間に入り、彼に一希が見えないよう前面に入った。
「おや。お久しぶりですね。数百年ぶりじゃないですか。ヴィンセント王」
漆黒の長髪と上品な黒のスーツを身につけた淫魔王ヴィンセントと、彼の部下である白髪の長髪と青いスーツを着た宰相ゼルギウスが現れた。
一希は、真矢に持って来てもらった普段着に着替えていた。
茶色のチェック柄のシャツからベージュ色のミラノブリニットを着ていて、襟や袖からチェック柄のシャツが見えている。紺色のデーパートパンツは軽装で動きやすそうだ。これにフード付きのマウントパーカーを着ていれば、露が降りた今朝の寒さも幾分か解消される。
昨日のボビーの話は真矢、サム、照史にも伝えられた。照史は一希の生命を狙っているエクソシスト達と戦うと息巻いていたが、組織化されている彼等の方が戦闘に特化しており返り討ちにされる可能性が高い事は否定できない。ならば、自分達は戦うのではなく、交渉に出る事にかけるべきだと速水は言った。照史は若干不満そうだったが、自分達がやられるリスクが高いのは彼も承知しているようで、あまり強く出なかった。
寺にいる真矢、照史、速水、サム、ディーン、一希でエクソシストに対応する者と一希の護衛に付く者と決めた。まず訪問したエクソシスト達を速水と照史が対応する。二人が彼等と話をしている間、寺の裏手から真矢とサム、護衛にディーンが一希に付く事になり、行き先は速水達が通過したあの湖へ合流するという手筈になった。
「なんか凄い事になったね。脱出ゲームみたい!」
一希の生命がかかった状況なのに、妹の彼女はどこかウキウキしている。
一方で一希は、妹のウキウキした表情に不安の表情が隠せず、全員に尋ねた。
「なぁ、やっぱりチェンジしないか?照史と真矢をチェンジした方がいいだろ?」
「なーんだよ、人選としちゃこのメンバーなんだからしょうがないだろ?」
ディーンが言った。確かにメンバーは限られているが真矢をヴィンセントに対面させる可能性があるのは、一希としてはどうしても不安材料にしかならなかった。
「何でよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんをそんな身体にしたヴィンセントって人に私だって一発殴りたいのに」
「そうだ!そうだ!」
真矢の言葉に隣で照史が首を縦に振って同意している。どうも嫌な予感しかしない。
それに、真矢ならヴィンセントに懐柔される可能性だってある。
仕方なく一希は真矢に正面から向き合って言った。
「いいか、真矢。アイツは淫魔の王だ。魔族だ。人間なんてすぐにやられてしまう。危険を感じたらすぐに逃げるんだぞ。無駄にアイツに絡もうとするなよ」
「何でよ。私がいるとダメなの?」
ダメだから言ってるんだ。
思わず一希は言いそうになった。
彼女の“裏の顔”を知る一希は、ヴィンセントに接触しないよう望むばかりだった。
「とりあえずいくぞ。奴等がそろそろ来る筈だ」
ディーンの言葉を合図に、速水と照史、真矢とサム、ディーン、一希と二手に別れる事になった。
※※※
寺の裏手となる通路は、周囲を雑木林で覆われていて、前方が見えづらい状況だった。
速水によると、この裏手は最終的にあの湖に到達するらしい。初めに四人が湖に行く時この道を使わなかったのは、雑木林で覆われたこの場所は非常に効率が悪いからだ。正規ルートであるあの樹海の方が、人里に出るには直結している。速水と照史は、エクソシストがあきらめてくれれば正規ルートで合流する予定である。
雑木林は直通ルートになっていた。速水によると追手を見越してわざと視界が得づらい高い雑木林を植えたそうで、この木自体が目眩しになるという。速水からは、脇道に反らずそのまま真っ直ぐ進むようアドバイスを受けていた。雑木林を抜けて湖に到着した四人は、ここで速水を待ってヴィンセントのいる魔界へ向かう手筈だ。
まだ、朝の9時頃。
日が登ってこれから気温が暖かくなるせいか、速水達が魔界へ出発した時と違い、湖周囲も太陽に照らされ明るい。朝の時間帯はあの邪神化した水神も現れず、湖自体が穏やかに感じられた。
「今9時を回ったとこ。この湖って朝は静かなんだな」
サムが、スマートフォンをポケットから取り出し時間を確認する。この時間帯はスマートフォンは『圏外』表示がされておらず、『4G』が表示されている。どうやら通信機能は使える事ようだ。
明るくなってわかってきたが、水面は透明で底が見える。この湖自体は浅いようだ。しかし、その周囲の草木に埋もれるのは、やはり周囲の植物と同化した白骨体だ。サムとディーンは夜間帯に訪れたがそれでも白骨体の数は多かった。ここで速水の曽祖父がエクソシストと住民を殺害していたのかと思うと複雑な気持ちになる。速水自体はエクソシストとの関係を解消するために動いていたというが実際見てしまうと理不尽に殺された彼等の無念さを感じてしまい、胸が締め付けられるようだ。
「ここ、こんなになってたんだ。始めてみた・・・」
同化した白骨体の多さに、真矢は唖然とした。
「ここ、知ってたのかい?」
サムは聞いた。自分達は魔界へ向かうためにこの湖に入ったが、地元民の真矢は知っていたのか疑問だった。
「多分こうなってるの、誰も知らないと思う。だいぶ前から自殺の名所みたいになってて、入り口からホントに誰も行かないから」
真矢が言うには、入り口の樹海近くに行くだけで強い霊障を受けてしまうのだという。
症状が強くて地元以外の人間が肝試しで向かおうとしても樹海の入り口まで向かう事ができず、引き返す者が殆どだという。
最近はインターネット上で樹海まで行こうとしている動画配信者もいると聞くが、動画そのものが閲覧出来ず、再生回数を稼ぐ事ができないばかりでなく、配信者にも不幸が訪れるという。
「馬鹿な奴等だなぁ」
「目先の利益を追求した代償だね」
真矢の話に、ディーンとサムは呆れるしかなかった。恐らく興味本位で訪れた馬鹿者達を邪神化した水神は許さなかったのだろう。
ふと、誰かの足音が聞こえて来る。しかし足音は一つだけでゆっくりした足取りだった。
「隠れろ」
ディーンの指示で、サムと真矢、一希はすぐに樹海の森へ入り、身を隠した。
足音はゆっくりとした歩調だが、湖に近づいている。
誰なのか。照史と速水の足音じゃない。
弱々しい足音だ。体格のいい大人ではない事は確かだ。
足音の正体が、樹海を抜けて湖畔に姿を見せた。
出て来たのは、小柄な老人が1人だけ。白いローブを着ており、目を細めて湖を見ている。老人は湖の水面まで近くと、身を屈めて言葉を発した。
「お久しぶりです。お元気でしたか?死んだ人間の骨の味は如何ですかな?」
すると静かだった水面も、ブクブクと泡を立てて現れた。
黒く澱んだ水神は、湖畔に立っている小柄な老人を睨んでいた。
ーー貴様、私をここに縛り付けて一体何のつもりだ。
老人の脳内に水神の声が木霊する。
するとクスクスと老人は笑った。
「何のつもりだ、はないでしょう?貴方だって死んだ人間の魂を食らって、それだけ邪神になれたのですから、私に感謝して欲しいくらいです」
老人は水神を見上げて言った。その表情が水神は腹立たしくて仕方なかった。
ーふざけるな貴様!貴様とあの役人のせいで、我は100年以上もこの湖に縛られる羽目になった!まずは貴様を殺してあの役人の末裔であるあの男も殺してやる!
「フフフ、お好きにどうぞ。水神殿。ですが私はまだ仕事がある身。私を裏切った速水流水君も、用が済んだら貴方にくれてやりますとも。ですが」
不意に、風が吹き荒れる。樹海の湿った葉が、風に揺られてパチパチと落ちていく。
急な強風に一希は真矢を庇い太い木の幹に隠れ、サムとディーンも2人と同様に幹に隠れた。
「私も、貴方にではありませんが、既に此方に来ている者に用がありましてな。残念ですが、貴方はまだこの湖で邪神を演じて頂きたい」
老人は徐々に背が高くなっていく。彼の口端から長い牙が4つ現れ、金髪の長い髪、瞳孔は黄金色から赤みを帯びた色に変化していく。白いローブも変化に合わせて漆黒のベストに白いシャツ、クラバットを巻いており黒のスラックスを履いている。襟を立てた黒のフロックコートを羽織っており、ニヒルな笑みを浮かべて驚愕する水神を見上げている。
「貴方様はこの姿は始めてでしたかな?私は、バンパイア族のリーアムと言います。早速ですが、貴方様は今は休憩して頂いてまた夜間邪神を演じて頂きたい」
ーぐあああっ!!
水神の身体が水面を渡って巨大な電流が流れた。機能を失った水神はそのままざばーんと水面に倒れ込み消えてしまった。
それを見届けたリーアムは、視線を丸裸状態の大木に目を向けた。
そこには葉を全て枝からちぎれてしまい、丸見えとなったディーン、サム、真矢、そして一希がいた。
リーアムは一希を見つけると、ニヤリと口端を歪ませた。その不気味な笑みに一希は身の毛がよだつ恐ろしさを感じた。
「初めまして。有坂一希君。貴方様を殺しに来ました」
※※※
リーアムは一希を見つけると、そのまま四人の元へ向かう。
「一希君、私は貴方の血を頂きに遥々バチカンからやって来たのですよ。淫魔王ヴィンセントに選ばれた人間の番の血は、さぞ美味しいのでしょうね。先代の番もとても美味しい味でしたから」
「ーーっ!?」
ソフィア姫は、バンパイア族のリーアムにスティレットナイフを突き刺され殺された。
まさか、コイツが、ヴィンセントの母を殺した?
不気味な妖気を感じたディーンが、銃をリーアムに向ける。
その隙にサムと真矢は、一希と共に樹海の奥へ後退する。
「野郎っ!」
ーバンッ!
ディーンは、リーアムに銃の引き金を抜き弾丸を放った。しかし、弾はリーアムの顔面で停止し不発のまま草木に落ちる。リーアムはディーンに不適な笑みを浮かべた。
「人間の武器が魔族に通用するわけないでしょう?」
「くっ・・・!」
リーアムは笑みを浮かべたままディーンに近づく。構わず撃ち続けるディーンに危険を察したサムは彼に叫んだ。
「ディーン!逃げて!」
「うるせぇ!」
遂に、銃は弾切れとなる。弾はリーアムの足元に飛散し、銃を捨てたディーンはナイフを出した。
「ダメだっ・・・!」
「えっ?」
奥で一希は、歯を食いしばって悔しそうに呟いた。
「アイツには、勝てない・・・!」
禍々しく、恐ろしい妖気。
不気味な笑みから来る恐怖のプレッシャー。
あれは、自分が見たヴィンセントやゼルギウス以上の妖気の持ち主だ。
一希の中で、強く鼓動する。
リーアムにナイフを向けて突進したディーンは、彼の手刀でナイフを地面に落としてしまう。
「クソっ!」
素早くディーンは、拳を振りかざした。簡単にリーアムにかわされたが何度も拳を繰り出し一希に近づく事を妨害する。しかし、ディーンは突然硬直したように動けなくなり、リーアムはディーンの額に指を置くと言った。
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「2人とも、逃げろ!!」
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「ーーっ!?」
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「ソフィア姫を失った先代のアレクサンダー王は、私を殺すためにルーシ王国を訪れました。しかしアレクサンダー王は、人間達ごとルーシ王国を消滅させたのです。私の息のかかった人間達をね」
「な、何だと・・・!?」
「ソフィア姫の亡骸を取り返しにやって来るのは知ってましたとも。淫魔王は番がいなければ死んだ後も魂が昇天する事はない。私の狙いは、アレクサンダー王を死しても報われない絶望に堕とす事だったのです。そして現淫魔王ヴィンセントも」
リーアムは一希と視線が合った瞬間、魔力で一希の身体を硬直させた。
「っ」
身体が、動かない。
身体だけじゃない。声も出せない。
「やはりあの子どもが王になると予想はしていましたよ。あんな生意気な餓鬼、父親に似ていて私には目障り以外の何者でもありませんから」
リーアムは一希に近づくと、持っていたナイフを地面に叩きつけた。
「さて。貴方様の血を頂きましょうか。さて、ヴィンセントは死んだ貴方を見てどんな反応をするのでしょうか?それとも、死んだ貴方の首を彼の前に晒してみましょうか?彼も父親と同じように、人間の国を一国滅ぼしてしまうのでしょうか?」
ふと、一希は覚えのある香りが鼻腔を刺激している事に気づいた。一希のすぐ横で、聞き覚えのある男の姿が現れた。
無言でリーアムの腕を制し、一希とリーアムの間に入り、彼に一希が見えないよう前面に入った。
「おや。お久しぶりですね。数百年ぶりじゃないですか。ヴィンセント王」
漆黒の長髪と上品な黒のスーツを身につけた淫魔王ヴィンセントと、彼の部下である白髪の長髪と青いスーツを着た宰相ゼルギウスが現れた。
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