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ペットへの執着とその結末に、淫魔王は忠告を受ける。
3 アルカシス、古参王の目的を知る。
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アルカシスの言葉にカラマーゾフは確信を突かれて驚いたように息を止めた。 やはり、この弟子は気づいたようだ。
「なぜ分かった?」
「貴方が私の配下を見ていた時です。彼等の魔力一つ吸収したとしても貴方の空腹は満たされません。貴方もご存知のはずだがそれを踏まえて私を煽ってまでショウとの対面を迫ったのは、もしかしてと」
「相変わらず鋭いね。確かに。あの5人では私の空腹は満たされん。むしろもう少しこの青年から精気を頂きたいくらいだが」
カラマーゾフは精気を吸われて自失しベッドに眠る彰に目をやる。空腹もあって吸収した量も多かったせいか、顔色が青白い。
「最後に精気を取り込んだのはいつですか?」
「半年前だ。若い人間の男から、一度だけ。それ以降は食っていない」
「なぜ?」
「身体が受け付けないんだ。『あの子』に雰囲気が似ている子なら大丈夫かと思ったが、全く無駄足に終わった」
カラマーゾフは、ベッドで眠る彰の頚動脈に触れた。脈が弱くなっているが、少々休めば大丈夫だろう。
「この子の精気なら大丈夫だ。アルカシス。しばらく滞在の延長を許可してくれないか?もう少しこの子が欲しい」
「いいでしょう。許可します。どちらにしろ会談はまだ続いていますし、私も気になる事があります。なぜ東アジアに固執を?」
カラマーゾフはスーツの内ポケットに手を入れると、一枚の写真をアルカシスに渡した。そこには、褐色のアジア系男性がカラマーゾフと並んで笑って写っていた。彼の顔つきはどこかあどけなさが残っていて、彰と年齢は近いかもしれないとアルカシスは思った。
「彼はマナイア。ニュージーランド島の孤児だ。彼が6歳の時、私が引き取って育てていたが、3年前に日本に留学した。それは日本への留学が決まった時の記念の物だ。だが昨年から連絡が取れず、行方不明だ」
アルカシスは写真を見て驚いた表情を浮かべた。
「まさか貴方が人間の子どもを育てていたとは」
以外だと表情を見せると、カラマーゾフは力なく笑う。
「これでも子ども好きなのだよ。マナは聡明な子だったし、日本の歴史を学びたいのは彼の希望だったから、留学中も私が資金援助していた」
カラマーゾフの話では、マナイアは留学当初ホームシックで頻繁に連絡を取り合っていた。しかしこの2-3年の間に世界規模で感染症が拡がったことをきっかけに連絡が途絶えてしまったという。
カラマーゾフはマナイアの身を案じて探したかったが、支配地域ではない領域に中央国の王である自分が降りれば淫魔同士の争いの火種となる。しかし、我が子同然に育ててきたマナイアの安否も気にかかる。だから、アルカシスに交換を提案したのだ。
事情を聞いたアルカシスは呆れたように嘆息する。写真を眺めているうちに何か感じ取ったのか、グレゴリーを呼んだ。
「マナイアというニュージーランド出身男性を捜索しろ。最後の足取りは3年前、日本に滞在していた」
アルカシスはグレゴリーに写真を渡した。あどけなさは残るが、穏やかな若者である事は写真からでも分かる。なぜと、グレゴリーは疑問に思う。
「なぜ、この方を?」
「彼はカラマーゾフ王の御子息だ。居場所が判明次第、会談を再開させる。それまで一時停止だ」
「承知致しました。我が主」
命令を受けたグレゴリーは、姿を消した。
「世話をかける。アルカシス」
「そういった事情でしたら、こちらも協力致します。しかし、3年前でしたら人間界には感染症が流行していた時期と重なります。生死の如何によっては、地域交換に応じられるかは」
「ああ、分かっている。これでも長く生きすぎた。マナの生死次第では、私も・・・」
眠る彰の頬を撫でながら、カラマーゾフはそれ以上言葉を出さなかった。その意味深な言葉に彼が何か覚悟を決めたのかを、アルカシスは読み取った。
そういえば・・・と、アルカシスはふとカラマーゾフを見た。
彼の下に就いていた頃には見たことがない、随分と穏やかな顔になっている。寝ている彰を撫でる姿は、まるで子どもの寝顔を愛おしげに見つめる親のようだ。
彰の精気を取り込んだ事で、自分が知る時代の姿に戻っている。でもどこか、彼は悟りに近い顔つきをしていた。
「・・・カラマーゾフ王、一つ聞きたい」
呼ばれて、カラマーゾフは彰を撫でる手を止めてアルカシスに視線を向けた。
「貴方が、今までペットを換え続けたのは、もしかして・・・」
アルカシスには一つ心当たりがある。
淫魔は人間と同じく、相手に惚れるという恋の感情がある。だがそれは諸刃の剣で、恋をするとその相手の精気しか受け付けない体質へと変化する。相手と相思相愛になれば相手から精気を取り込めば問題ない。しかし、そうでなければ常に空腹に襲われる事になる。
自分が離れてからのカラマーゾフは常にペットを交換していた。恐らく、先程彼が『あの子』と呼んでいた人間を・・・。
「ーー愛していた。『あの子』を」
カラマーゾフは唐突に言った。
「私達淫魔にとって、人間の精気は確かに食料だ。しかしその食料を、愛してしまったのだ。『あの子』に、ユダに・・・」
以前カラマーゾフには、ユダという若い男のペットがいた。彼はカラマーゾフに見染められ無理矢理淫魔界に連れて来られた人間だった。
彼は、カラマーゾフを恐怖の対象としか見ておらず彼との情事の度怯えて泣いていた。カラマーゾフがどんなに愛を囁いても彼は拒否し続け、精気を得るだけの関係だった。カラマーゾフは永遠に自分と結ばれればユダも自分を愛してくれると思い、『命の契約』を彼の意思を無視して行おうとした矢先、彼は自死したのだ。
アルカシスは、当時ユダの警護と世話を兼務していた。彼もユダが淫魔界に来た経緯は知っている。知っていたが、彼はユダの願いだった人間界に還る事には協力しなかった。彼自身も、カラマーゾフと『命の契約』を結びパートナーになればカラマーゾフに愛され人間界を忘れていくだろうと。一時の混乱で人間界に還りたいと思っているものだと、信じて疑わなかった。今思えば、それは全くの筋違いだった。
「ユダは貴方を見る度、怯えていました。私が世話をしていた時も、還りたいと泣いていました」
「ああ、そうだったな。そうすれば良かったと、ユダが死んだ後日々懺悔に苛まれたよ・・・」
ユダを失ったカラマーゾフは、しばらく呆然自失状態だった。ユダの死後、カラマーゾフは彼への罪滅ぼしとして彼の子孫の行方を追い、人間界で平穏に暮らす日々を見守っていた。必要ならばカラマーゾフから接近して各方面で支援も行っていたという。
話を聞いたアルカシスは表情を歪めた。正直、ユダを亡くしてから彼の子孫達にそこまで干渉するなら、なぜユダ自身と向き合わなかったのだ。
「そこまでして・・・」
「ユダに自死を選ばせた罪滅ぼしだ。マナと出会ったのも、ユダの子孫という繋がりだった。第二次世界大戦の時に一度途絶えてな。見つけた時には既にマナは孤児だった。戸籍も用意して、マナを養子として育てていた」
「彼にはユダの事は?」
「話していない。マナにとっては私は優しい父親程度の認識でしかない。仮に生きていたとしても、正体を明かすつもりはないし、マナには人間として寿命を全うしてほしい。それだけだ」
そう語るカラマーゾフは、彰の精気を吸収しなければ自分と同じ見た目を維持する事ができない程弱っている。更には死期も近づいているというのに、ユダに未だに執着するせいで他の人間の精気は受け付けないときた。
頑固になったものだと、アルカシスは呆れたようにため息をついた。同時に、人間に恋の感情を抱いた淫魔の末路を見た気がして、アルカシスはやるせない気持ちになった。
「よくそんな風体で言えますね。ショウの精気を取り込まなければ、姿を保つ事すら難しいというに」
「歳を取れば頑固になるんだ。仕方ないと諦めてくれ」
「冗談じゃありません。これ以上ショウを貴方にくれてやる必要はありませんし、東アジアも渡すつもりもありません」
罪滅ぼしだと、カラマーゾフは言う。彼はユダを自身のエゴで失ってから、その強大な魔力を維持する事が困難になった。国内の淫魔達は、虎視眈々と次代淫魔王の座を狙っていると聞く。カラマーゾフの死後、厄介な事になるのは予想できた。
「今貴方を喪うわけにはいきません。マナイアには、こちらに来てもらいます。そして貴方はマナイアと契約を結び、彼から精気を吸収するのです」
「っ!お、おい待てアルカシス!」
カラマーゾフは焦ったようにアルカシスに掴みかかる。しかしアルカシスはすぐにカラマーゾフは両腕を跳ね返した。その拍子にカラマーゾフは、部屋の床に座り込んだ。
「ここまで、弱って」
予想よりも衰弱が早いカラマーゾフに、アルカシスは自らの手を開いた。
「待てアルカシス。マナはペットじゃない。今は私の息子だ。マナは、淫魔界には連れて行かない」
起き上がったカラマーゾフは、アルカシスにもう一度掴みかかった。
「マナに、ユダと同じ末路を歩ませるわけにはいかない。マナは人間として、寿命を全うさせる」
アルカシスは弱々しく掴むカラマーゾフの手を払う気にはならなかったが、彼は自分を睨んでいる。
あまりにも、彼は自分勝手で頑固。彼の体質と一緒で恋する人間からしか精気を得られない状態なんて悠長な事を言うなと言いたい。人間からとにかく精気を取り込めと言いたい。
「何を愚かな。貴方ご自身の身体を分かっておられるのですか。マナには寿命を全うさせる?その間、貴方は誰から精気を得るのですか?まさか、これからもショウからなんて言わないですよね?」
「そっ、それは・・・」
さすがのカラマーゾフも、返答に困った。アルカシスが怒りを見せる理由は分かる。だが過去自身が犯した過ちを、もう一度その子孫に敷く事はできない。
返答に困るカラマーゾフにアルカシスは畳みかけるように言った。
「マナイアにはこちらに来て頂く。そして彼から精気を取り込むのです。洗脳でも暗示でもいい。貴方は彼から精気を取り込んでください」
カラマーゾフは、床に項垂れた。
過去の自分の身勝手さに、ほとほと後悔する。
愛した人間を自死に追いやった挙句、こんな弱った自分のために次は大事に育てたその子孫に手を出はなければならないのか。
「ーー失礼致します。アルカシス様。カラマーゾフ王」
マナイアの捜索を指示したグレゴリーが帰還した。随分と早い帰還にアルカシスはすぐに聞いた。
「早かったな。見つかったか?」
「はい。すぐに発見できたのですが、非常に状況は芳しくは」
報告を聞いたカラマーゾフは、意を決して立ち上がった。
「マナイア様ですが、ご自宅にて発見されました。ですが栄養失調で、現在ある施設に搬送し治療を開始致しました」
報告を聞いたカラマーゾフは、呆然と立ち尽くすしかなかった。
「なぜ分かった?」
「貴方が私の配下を見ていた時です。彼等の魔力一つ吸収したとしても貴方の空腹は満たされません。貴方もご存知のはずだがそれを踏まえて私を煽ってまでショウとの対面を迫ったのは、もしかしてと」
「相変わらず鋭いね。確かに。あの5人では私の空腹は満たされん。むしろもう少しこの青年から精気を頂きたいくらいだが」
カラマーゾフは精気を吸われて自失しベッドに眠る彰に目をやる。空腹もあって吸収した量も多かったせいか、顔色が青白い。
「最後に精気を取り込んだのはいつですか?」
「半年前だ。若い人間の男から、一度だけ。それ以降は食っていない」
「なぜ?」
「身体が受け付けないんだ。『あの子』に雰囲気が似ている子なら大丈夫かと思ったが、全く無駄足に終わった」
カラマーゾフは、ベッドで眠る彰の頚動脈に触れた。脈が弱くなっているが、少々休めば大丈夫だろう。
「この子の精気なら大丈夫だ。アルカシス。しばらく滞在の延長を許可してくれないか?もう少しこの子が欲しい」
「いいでしょう。許可します。どちらにしろ会談はまだ続いていますし、私も気になる事があります。なぜ東アジアに固執を?」
カラマーゾフはスーツの内ポケットに手を入れると、一枚の写真をアルカシスに渡した。そこには、褐色のアジア系男性がカラマーゾフと並んで笑って写っていた。彼の顔つきはどこかあどけなさが残っていて、彰と年齢は近いかもしれないとアルカシスは思った。
「彼はマナイア。ニュージーランド島の孤児だ。彼が6歳の時、私が引き取って育てていたが、3年前に日本に留学した。それは日本への留学が決まった時の記念の物だ。だが昨年から連絡が取れず、行方不明だ」
アルカシスは写真を見て驚いた表情を浮かべた。
「まさか貴方が人間の子どもを育てていたとは」
以外だと表情を見せると、カラマーゾフは力なく笑う。
「これでも子ども好きなのだよ。マナは聡明な子だったし、日本の歴史を学びたいのは彼の希望だったから、留学中も私が資金援助していた」
カラマーゾフの話では、マナイアは留学当初ホームシックで頻繁に連絡を取り合っていた。しかしこの2-3年の間に世界規模で感染症が拡がったことをきっかけに連絡が途絶えてしまったという。
カラマーゾフはマナイアの身を案じて探したかったが、支配地域ではない領域に中央国の王である自分が降りれば淫魔同士の争いの火種となる。しかし、我が子同然に育ててきたマナイアの安否も気にかかる。だから、アルカシスに交換を提案したのだ。
事情を聞いたアルカシスは呆れたように嘆息する。写真を眺めているうちに何か感じ取ったのか、グレゴリーを呼んだ。
「マナイアというニュージーランド出身男性を捜索しろ。最後の足取りは3年前、日本に滞在していた」
アルカシスはグレゴリーに写真を渡した。あどけなさは残るが、穏やかな若者である事は写真からでも分かる。なぜと、グレゴリーは疑問に思う。
「なぜ、この方を?」
「彼はカラマーゾフ王の御子息だ。居場所が判明次第、会談を再開させる。それまで一時停止だ」
「承知致しました。我が主」
命令を受けたグレゴリーは、姿を消した。
「世話をかける。アルカシス」
「そういった事情でしたら、こちらも協力致します。しかし、3年前でしたら人間界には感染症が流行していた時期と重なります。生死の如何によっては、地域交換に応じられるかは」
「ああ、分かっている。これでも長く生きすぎた。マナの生死次第では、私も・・・」
眠る彰の頬を撫でながら、カラマーゾフはそれ以上言葉を出さなかった。その意味深な言葉に彼が何か覚悟を決めたのかを、アルカシスは読み取った。
そういえば・・・と、アルカシスはふとカラマーゾフを見た。
彼の下に就いていた頃には見たことがない、随分と穏やかな顔になっている。寝ている彰を撫でる姿は、まるで子どもの寝顔を愛おしげに見つめる親のようだ。
彰の精気を取り込んだ事で、自分が知る時代の姿に戻っている。でもどこか、彼は悟りに近い顔つきをしていた。
「・・・カラマーゾフ王、一つ聞きたい」
呼ばれて、カラマーゾフは彰を撫でる手を止めてアルカシスに視線を向けた。
「貴方が、今までペットを換え続けたのは、もしかして・・・」
アルカシスには一つ心当たりがある。
淫魔は人間と同じく、相手に惚れるという恋の感情がある。だがそれは諸刃の剣で、恋をするとその相手の精気しか受け付けない体質へと変化する。相手と相思相愛になれば相手から精気を取り込めば問題ない。しかし、そうでなければ常に空腹に襲われる事になる。
自分が離れてからのカラマーゾフは常にペットを交換していた。恐らく、先程彼が『あの子』と呼んでいた人間を・・・。
「ーー愛していた。『あの子』を」
カラマーゾフは唐突に言った。
「私達淫魔にとって、人間の精気は確かに食料だ。しかしその食料を、愛してしまったのだ。『あの子』に、ユダに・・・」
以前カラマーゾフには、ユダという若い男のペットがいた。彼はカラマーゾフに見染められ無理矢理淫魔界に連れて来られた人間だった。
彼は、カラマーゾフを恐怖の対象としか見ておらず彼との情事の度怯えて泣いていた。カラマーゾフがどんなに愛を囁いても彼は拒否し続け、精気を得るだけの関係だった。カラマーゾフは永遠に自分と結ばれればユダも自分を愛してくれると思い、『命の契約』を彼の意思を無視して行おうとした矢先、彼は自死したのだ。
アルカシスは、当時ユダの警護と世話を兼務していた。彼もユダが淫魔界に来た経緯は知っている。知っていたが、彼はユダの願いだった人間界に還る事には協力しなかった。彼自身も、カラマーゾフと『命の契約』を結びパートナーになればカラマーゾフに愛され人間界を忘れていくだろうと。一時の混乱で人間界に還りたいと思っているものだと、信じて疑わなかった。今思えば、それは全くの筋違いだった。
「ユダは貴方を見る度、怯えていました。私が世話をしていた時も、還りたいと泣いていました」
「ああ、そうだったな。そうすれば良かったと、ユダが死んだ後日々懺悔に苛まれたよ・・・」
ユダを失ったカラマーゾフは、しばらく呆然自失状態だった。ユダの死後、カラマーゾフは彼への罪滅ぼしとして彼の子孫の行方を追い、人間界で平穏に暮らす日々を見守っていた。必要ならばカラマーゾフから接近して各方面で支援も行っていたという。
話を聞いたアルカシスは表情を歪めた。正直、ユダを亡くしてから彼の子孫達にそこまで干渉するなら、なぜユダ自身と向き合わなかったのだ。
「そこまでして・・・」
「ユダに自死を選ばせた罪滅ぼしだ。マナと出会ったのも、ユダの子孫という繋がりだった。第二次世界大戦の時に一度途絶えてな。見つけた時には既にマナは孤児だった。戸籍も用意して、マナを養子として育てていた」
「彼にはユダの事は?」
「話していない。マナにとっては私は優しい父親程度の認識でしかない。仮に生きていたとしても、正体を明かすつもりはないし、マナには人間として寿命を全うしてほしい。それだけだ」
そう語るカラマーゾフは、彰の精気を吸収しなければ自分と同じ見た目を維持する事ができない程弱っている。更には死期も近づいているというのに、ユダに未だに執着するせいで他の人間の精気は受け付けないときた。
頑固になったものだと、アルカシスは呆れたようにため息をついた。同時に、人間に恋の感情を抱いた淫魔の末路を見た気がして、アルカシスはやるせない気持ちになった。
「よくそんな風体で言えますね。ショウの精気を取り込まなければ、姿を保つ事すら難しいというに」
「歳を取れば頑固になるんだ。仕方ないと諦めてくれ」
「冗談じゃありません。これ以上ショウを貴方にくれてやる必要はありませんし、東アジアも渡すつもりもありません」
罪滅ぼしだと、カラマーゾフは言う。彼はユダを自身のエゴで失ってから、その強大な魔力を維持する事が困難になった。国内の淫魔達は、虎視眈々と次代淫魔王の座を狙っていると聞く。カラマーゾフの死後、厄介な事になるのは予想できた。
「今貴方を喪うわけにはいきません。マナイアには、こちらに来てもらいます。そして貴方はマナイアと契約を結び、彼から精気を吸収するのです」
「っ!お、おい待てアルカシス!」
カラマーゾフは焦ったようにアルカシスに掴みかかる。しかしアルカシスはすぐにカラマーゾフは両腕を跳ね返した。その拍子にカラマーゾフは、部屋の床に座り込んだ。
「ここまで、弱って」
予想よりも衰弱が早いカラマーゾフに、アルカシスは自らの手を開いた。
「待てアルカシス。マナはペットじゃない。今は私の息子だ。マナは、淫魔界には連れて行かない」
起き上がったカラマーゾフは、アルカシスにもう一度掴みかかった。
「マナに、ユダと同じ末路を歩ませるわけにはいかない。マナは人間として、寿命を全うさせる」
アルカシスは弱々しく掴むカラマーゾフの手を払う気にはならなかったが、彼は自分を睨んでいる。
あまりにも、彼は自分勝手で頑固。彼の体質と一緒で恋する人間からしか精気を得られない状態なんて悠長な事を言うなと言いたい。人間からとにかく精気を取り込めと言いたい。
「何を愚かな。貴方ご自身の身体を分かっておられるのですか。マナには寿命を全うさせる?その間、貴方は誰から精気を得るのですか?まさか、これからもショウからなんて言わないですよね?」
「そっ、それは・・・」
さすがのカラマーゾフも、返答に困った。アルカシスが怒りを見せる理由は分かる。だが過去自身が犯した過ちを、もう一度その子孫に敷く事はできない。
返答に困るカラマーゾフにアルカシスは畳みかけるように言った。
「マナイアにはこちらに来て頂く。そして彼から精気を取り込むのです。洗脳でも暗示でもいい。貴方は彼から精気を取り込んでください」
カラマーゾフは、床に項垂れた。
過去の自分の身勝手さに、ほとほと後悔する。
愛した人間を自死に追いやった挙句、こんな弱った自分のために次は大事に育てたその子孫に手を出はなければならないのか。
「ーー失礼致します。アルカシス様。カラマーゾフ王」
マナイアの捜索を指示したグレゴリーが帰還した。随分と早い帰還にアルカシスはすぐに聞いた。
「早かったな。見つかったか?」
「はい。すぐに発見できたのですが、非常に状況は芳しくは」
報告を聞いたカラマーゾフは、意を決して立ち上がった。
「マナイア様ですが、ご自宅にて発見されました。ですが栄養失調で、現在ある施設に搬送し治療を開始致しました」
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