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ペットへの執着とその結末に、淫魔王は忠告を受ける。
4 古参王、自らの過去を語る。
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「マナイア様は3ヶ月前、感染症に罹患されていました。既に治癒されていましたが、味覚異常が続いていて、欠食が続き栄養失調に陥っていたそうです」
「詳しく話せ。発見が早かった理由も含めてだ」
「もちろんでございます。我が主」
呆然とした状態のカラマーゾフをそのままに、グレゴリーは主であるアルカシスに促されるまま、発見に至った経緯について説明した。
まず、マナイアの所在はすぐに判明した。彼は日本に留学している身分のため、留学先の学校がすぐに分かったのだ。同時に、彼がここ数日授業を欠席している事も判明した。学校から情報を得たグレゴリーはすぐに彼の居住するアパートを見つけ出した。呼び出しても全く応答がなく、嫌な予感を感じた彼は部下数人でアパートへ入りベッドにぐったりとした彼を発見したという。
「マナイア様はただいま我々の所有する施設で治療中です。幸い、受け答えはでき命に別状はありません」
「そうか。苦労をかけたな」
「とんでもございません。私も、倒れられていたマナイア様を見て命の危機を感じました。現在は施設で治療を受けられていますが、担当医からはカラマーゾフ王に病状説明をしたいとの事でした」
グレゴリーの報告に呆然としていたカラマーゾフは、生存の知らせを聞いて、安心したように息を吐いた。
「協力感謝する。マナに、面会は?」
「可能だと。担当医は申しておりました」
ゆっくりと立ち上がったカラマーゾフは、アルカシスに言った。
「アルカシス。すまんが暫く、君の部下を借りたい」
「構いません。グレゴリー、案内を」
「承知致しました」
アルカシスはグレゴリーにカラマーゾフを案内するよう指示した。グレゴリーは了承し、部屋にはアルカシスとベッドで眠る彰のみとなった。
* * *
カラマーゾフは、個室のベッドで寝かされ、点滴チューブに繋がれたマナイアを見て困惑した。
彼は、まだ20歳になったばかりだったはず。なのに、目の前で寝ている彼はかなり痩せていて、年齢よりもはるかに老けて見えた。
なぜこのような状態になっていたのか。
マナイアの担当医という若い男は、カラマーゾフにマナイアの病状を伝える。
「感染の後遺症である、味覚障害によるものと思われます。感染症そのものは治癒されていましたが、その後遺症で食べ物の味を感じられなくなったようです」
担当医は、マナイアの脳のMRIの画像をカラマーゾフに見せた。縦に断片された脳の立体画像の中に一つだけ白い線が通った画像があった。
「これが脳内の味覚神経を司る神経系です。感染症の影響でこの神経が壊死していたようです。つまり、彼が栄養失調に陥っていたのは」
「食事の味が分からず、急激に食欲が無くなったせいか・・・?」
「その通りです。現在確立した治療法は、残念ながらないと言わざるを得ません」
担当医の言葉にカラマーゾフに絶望が広がる。
今は栄養剤を投与されているおかげで命を繋げている。だがこのままの状態では、今後マナイアは食事が摂れず餓死する可能性がある。
ふと、マナイアはみじろぎをすると、ゆっくりと目を開けた。ぼやけた視界によく知る養父の姿を確認すると、驚いて目を見開いた。
「父さん・・・?なんで・・・?」
* * *
「そう、なんだ・・・」
起き抜けのマナイアは、逞しいカラマーゾフの隣に背中を預ける形で担当医から病状を聞いた。
このままでは、命を落とす事になる。ならば、少しずつ味覚を思い出すために心がけて食事を摂るようにとの事だった。
説明を受けたマナイアには落胆したように俯いた。当然だろう。世界的に流行している感染症は全容解明できておらず、この先もずっと後遺症と付き合い続けなくてはいけないのだから。
そんなマナイアにカラマーゾフは痩せて骨が折れそうな身体を優しく抱きしめる。
「父さん・・・?」
マナイアの頬に、涙が伝え落ちる。マナイアは顔を上げると、涙を流すカラマーゾフと目が合った。
「父さん?」
「生きていて、良かった」
「どうしたの?」
「突然連絡が取れなくて、何があったのか、本当に心配したんだ。感染症の流行は知っていて、すぐに迎えに行けば良かったと後悔した・・・。話は聞いたよ。ごめんね、マナ」
マナイアは、はっとした。確かにそうだ。これだけ世界的に流行しているのだ。連絡を取りたかったが、できない事情があった。
「感染して、治ったのは良かったんだけど、ご飯の味が分からなくて・・・。相談できるところも、分からなかったんだ。どうしようもなくて・・・」
ごめんなさい。
そうマナイアは言うと、細くなった腕をカラマーゾフの逞しい背中に回した。懐かしい養父の腕は相変わらず逞しかった。ただ、一つを除いて。
「そういえば父さん、少し若返った?なんだか全然雰囲気が違うから・・・」
びっくりした。
3年前、日本に留学する前の彼は金色の髪に白髪が混じり、顔には少々ほうれい線が見えかけていた。しかし、目の前には艶やかな金色の髪に美丈夫な男が目の前にいる。男の自分でも惚れてしまうくらいの美しい男だ。
マナイアからカラマーゾフはゆっくりと離れた。涙の跡が残るその金色の瞳はマナイアを見つめている。
「父さん・・・?」
「少しどころじゃない。これが本来の私の姿なんだ。私は人間じゃない。淫魔という生き物で、一国の王なんだ」
ーー淫魔王・カラマーゾフ。
これが本来の自分だ。
カラマーゾフからの衝撃の言葉に、マナイアは再び目を見開いた。
「淫魔王・・・?父さんが?」
驚くマナイアにカラマーゾフは安心させるように穏やかに微笑むと言った。
「驚くだろうね。マナには、一切明かすつもりはなかったんだが、その味覚障害が治る事がないというなら、私も覚悟を決めたよ・・・。少し、昔話を聞いてくれないか?どうして私が、君を育てる事にしたのかを」
* * *
「今から250年前、砂漠には多民族を抱えた巨大国家・オスマン帝国があった」
オスマン帝国は多くの異民族を抱えた多民族国家だったが、王族は異民族を蔑ろにする事はなく、彼等の価値観を受け入れ、均衡を保っていたという。
「その王族の中に、ユダという美しい青年がいた。ユダは王族の中では末子だったが、誰よりも戦地へ赴き、功績をあげ、その英雄ぶりを当時の王は褒め称えた。ーー私に出会うまでは」
「出会う、までは?」
マナイアの問いに、カラマーゾフは頷いた。
「私が、戦地で闘う彼に惚れてしまった。そして私は、戦地で闘うユダを無理矢理淫魔界に連れ去り性奴隷にした」
「ーーえ?」
性奴隷に?
驚くマナイアを一瞥すると、カラマーゾフは話を続ける。
「私は無理矢理ユダをペットにし、愛玩した。私はユダに心を奪われてしまったんだ。だがユダは、私に恐怖の感情を覚え、私を見て怯えるようになった」
淫魔界に連れて来た当初から、ユダはカラマーゾフに対して反抗的だった。今思えば、それは人間の国の王族である責務のためだったと思う。
だからカラマーゾフは、ユダの身体を抱き続け、快楽を植え付け人間達のしがらみから解放したかった。快楽を覚え、自分だけをユダも愛するように長い時間をかけて調教した。だが彼の思うようにいかず、いつの間にかユダは彼に恐怖の感情を抱いてしまった。
「ある日、私はユダを配下に任せて国を出ていた。しかし帰国すると、たまたまあったナイフでユダは自ら喉を切って死んでいたんだ」
「そんな・・・!」
「悲しみと怒りに囚われた私は、その配下を殺そうとした。他国の女王に止められた時、やっと目を覚ましたよ。私が・・・、ユダを殺したんだと」
話の途中でカラマーゾフから涙がさらに溢れ落ちる。そして、マナイアに言った。
「私はユダへの罪滅ぼしに、彼の子孫に災難が降りかかった時手を差し伸べる事にした。だが私が調査に入った時には既にオスマン帝国は解体され、戦争の混乱から王族の行方は分からなかった」
それから100年かけて、カラマーゾフはユダの子孫を探し続けた。そして14年前、孤児だったマナイアを見つけ、養子という形で引き取る事にしたという。
「君はユダの兄弟の子孫だ。マナ。だから私は、君を引き取り育てる事にした」
「そういう事、だったんだね・・・。まだ、父さんはユダを好きなんだ・・・」
「そう。私はユダを愛している。でもマナ、今は君も私には大切な存在なんだ」
「父さん・・・」
「マナ、私のペットになってくれ。必ず、マナを守り続ける」
「詳しく話せ。発見が早かった理由も含めてだ」
「もちろんでございます。我が主」
呆然とした状態のカラマーゾフをそのままに、グレゴリーは主であるアルカシスに促されるまま、発見に至った経緯について説明した。
まず、マナイアの所在はすぐに判明した。彼は日本に留学している身分のため、留学先の学校がすぐに分かったのだ。同時に、彼がここ数日授業を欠席している事も判明した。学校から情報を得たグレゴリーはすぐに彼の居住するアパートを見つけ出した。呼び出しても全く応答がなく、嫌な予感を感じた彼は部下数人でアパートへ入りベッドにぐったりとした彼を発見したという。
「マナイア様はただいま我々の所有する施設で治療中です。幸い、受け答えはでき命に別状はありません」
「そうか。苦労をかけたな」
「とんでもございません。私も、倒れられていたマナイア様を見て命の危機を感じました。現在は施設で治療を受けられていますが、担当医からはカラマーゾフ王に病状説明をしたいとの事でした」
グレゴリーの報告に呆然としていたカラマーゾフは、生存の知らせを聞いて、安心したように息を吐いた。
「協力感謝する。マナに、面会は?」
「可能だと。担当医は申しておりました」
ゆっくりと立ち上がったカラマーゾフは、アルカシスに言った。
「アルカシス。すまんが暫く、君の部下を借りたい」
「構いません。グレゴリー、案内を」
「承知致しました」
アルカシスはグレゴリーにカラマーゾフを案内するよう指示した。グレゴリーは了承し、部屋にはアルカシスとベッドで眠る彰のみとなった。
* * *
カラマーゾフは、個室のベッドで寝かされ、点滴チューブに繋がれたマナイアを見て困惑した。
彼は、まだ20歳になったばかりだったはず。なのに、目の前で寝ている彼はかなり痩せていて、年齢よりもはるかに老けて見えた。
なぜこのような状態になっていたのか。
マナイアの担当医という若い男は、カラマーゾフにマナイアの病状を伝える。
「感染の後遺症である、味覚障害によるものと思われます。感染症そのものは治癒されていましたが、その後遺症で食べ物の味を感じられなくなったようです」
担当医は、マナイアの脳のMRIの画像をカラマーゾフに見せた。縦に断片された脳の立体画像の中に一つだけ白い線が通った画像があった。
「これが脳内の味覚神経を司る神経系です。感染症の影響でこの神経が壊死していたようです。つまり、彼が栄養失調に陥っていたのは」
「食事の味が分からず、急激に食欲が無くなったせいか・・・?」
「その通りです。現在確立した治療法は、残念ながらないと言わざるを得ません」
担当医の言葉にカラマーゾフに絶望が広がる。
今は栄養剤を投与されているおかげで命を繋げている。だがこのままの状態では、今後マナイアは食事が摂れず餓死する可能性がある。
ふと、マナイアはみじろぎをすると、ゆっくりと目を開けた。ぼやけた視界によく知る養父の姿を確認すると、驚いて目を見開いた。
「父さん・・・?なんで・・・?」
* * *
「そう、なんだ・・・」
起き抜けのマナイアは、逞しいカラマーゾフの隣に背中を預ける形で担当医から病状を聞いた。
このままでは、命を落とす事になる。ならば、少しずつ味覚を思い出すために心がけて食事を摂るようにとの事だった。
説明を受けたマナイアには落胆したように俯いた。当然だろう。世界的に流行している感染症は全容解明できておらず、この先もずっと後遺症と付き合い続けなくてはいけないのだから。
そんなマナイアにカラマーゾフは痩せて骨が折れそうな身体を優しく抱きしめる。
「父さん・・・?」
マナイアの頬に、涙が伝え落ちる。マナイアは顔を上げると、涙を流すカラマーゾフと目が合った。
「父さん?」
「生きていて、良かった」
「どうしたの?」
「突然連絡が取れなくて、何があったのか、本当に心配したんだ。感染症の流行は知っていて、すぐに迎えに行けば良かったと後悔した・・・。話は聞いたよ。ごめんね、マナ」
マナイアは、はっとした。確かにそうだ。これだけ世界的に流行しているのだ。連絡を取りたかったが、できない事情があった。
「感染して、治ったのは良かったんだけど、ご飯の味が分からなくて・・・。相談できるところも、分からなかったんだ。どうしようもなくて・・・」
ごめんなさい。
そうマナイアは言うと、細くなった腕をカラマーゾフの逞しい背中に回した。懐かしい養父の腕は相変わらず逞しかった。ただ、一つを除いて。
「そういえば父さん、少し若返った?なんだか全然雰囲気が違うから・・・」
びっくりした。
3年前、日本に留学する前の彼は金色の髪に白髪が混じり、顔には少々ほうれい線が見えかけていた。しかし、目の前には艶やかな金色の髪に美丈夫な男が目の前にいる。男の自分でも惚れてしまうくらいの美しい男だ。
マナイアからカラマーゾフはゆっくりと離れた。涙の跡が残るその金色の瞳はマナイアを見つめている。
「父さん・・・?」
「少しどころじゃない。これが本来の私の姿なんだ。私は人間じゃない。淫魔という生き物で、一国の王なんだ」
ーー淫魔王・カラマーゾフ。
これが本来の自分だ。
カラマーゾフからの衝撃の言葉に、マナイアは再び目を見開いた。
「淫魔王・・・?父さんが?」
驚くマナイアにカラマーゾフは安心させるように穏やかに微笑むと言った。
「驚くだろうね。マナには、一切明かすつもりはなかったんだが、その味覚障害が治る事がないというなら、私も覚悟を決めたよ・・・。少し、昔話を聞いてくれないか?どうして私が、君を育てる事にしたのかを」
* * *
「今から250年前、砂漠には多民族を抱えた巨大国家・オスマン帝国があった」
オスマン帝国は多くの異民族を抱えた多民族国家だったが、王族は異民族を蔑ろにする事はなく、彼等の価値観を受け入れ、均衡を保っていたという。
「その王族の中に、ユダという美しい青年がいた。ユダは王族の中では末子だったが、誰よりも戦地へ赴き、功績をあげ、その英雄ぶりを当時の王は褒め称えた。ーー私に出会うまでは」
「出会う、までは?」
マナイアの問いに、カラマーゾフは頷いた。
「私が、戦地で闘う彼に惚れてしまった。そして私は、戦地で闘うユダを無理矢理淫魔界に連れ去り性奴隷にした」
「ーーえ?」
性奴隷に?
驚くマナイアを一瞥すると、カラマーゾフは話を続ける。
「私は無理矢理ユダをペットにし、愛玩した。私はユダに心を奪われてしまったんだ。だがユダは、私に恐怖の感情を覚え、私を見て怯えるようになった」
淫魔界に連れて来た当初から、ユダはカラマーゾフに対して反抗的だった。今思えば、それは人間の国の王族である責務のためだったと思う。
だからカラマーゾフは、ユダの身体を抱き続け、快楽を植え付け人間達のしがらみから解放したかった。快楽を覚え、自分だけをユダも愛するように長い時間をかけて調教した。だが彼の思うようにいかず、いつの間にかユダは彼に恐怖の感情を抱いてしまった。
「ある日、私はユダを配下に任せて国を出ていた。しかし帰国すると、たまたまあったナイフでユダは自ら喉を切って死んでいたんだ」
「そんな・・・!」
「悲しみと怒りに囚われた私は、その配下を殺そうとした。他国の女王に止められた時、やっと目を覚ましたよ。私が・・・、ユダを殺したんだと」
話の途中でカラマーゾフから涙がさらに溢れ落ちる。そして、マナイアに言った。
「私はユダへの罪滅ぼしに、彼の子孫に災難が降りかかった時手を差し伸べる事にした。だが私が調査に入った時には既にオスマン帝国は解体され、戦争の混乱から王族の行方は分からなかった」
それから100年かけて、カラマーゾフはユダの子孫を探し続けた。そして14年前、孤児だったマナイアを見つけ、養子という形で引き取る事にしたという。
「君はユダの兄弟の子孫だ。マナ。だから私は、君を引き取り育てる事にした」
「そういう事、だったんだね・・・。まだ、父さんはユダを好きなんだ・・・」
「そう。私はユダを愛している。でもマナ、今は君も私には大切な存在なんだ」
「父さん・・・」
「マナ、私のペットになってくれ。必ず、マナを守り続ける」
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