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ペットへの執着とその結末に、淫魔王は忠告を受ける。

5 アルカシス、古参王の忠告を受ける。

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「マナ、私のペットになってくれ。そうすれば、マナの味覚も元通りになるはずだ」
「どうして?」
「淫魔王のペットは人間ではなく、王の所有物だ。しかし淫魔王とペットが『命の契約』を結ぶ事で主従関係からパートナーになる。そうすれば人間の寿命はなくなる代わりに、病にも罹る事はなく、人間だった頃に障害を受けた身体の部分も自然再生される。ペットとは、パートナーになる前段階の事だ」

 カラマーゾフの提案にマナイアは何も言えず、彼から目を逸らした。そんな彼を見て、つくづく自分が独りよがりな性格だと僻僻した。もし断られても、マナイアにとっては家族でありたいと。それはカラマーゾフの本心だった。
 目を逸らしたまま、マナイアはカラマーゾフに尋ねた。

「父さんは、まだユダを愛しているんだね・・・?」
「ああ、そうだ」
「俺にも、ユダと同じことをするの?」
「・・・結論から言えば、そうだ」
「・・・」

 カラマーゾフの答えに、マナイアはそれ以上言葉を出さなかった。カラマーゾフもそれ以上の事は言わず、ただマナイアの次の言葉を待つ。
 ゆっくりと、マナイアはカラマーゾフを見た。自分に視線を戻したマナイアに、カラマーゾフは訝しむ。

「マナ?」
「俺、昔母さんと二人だけで生活していたんだ」

 マナイアは、カラマーゾフと出会う前の事を話した。
 マナイアの父親は警察官だった。ある日、彼は麻薬密売組織の摘発中、密売人に銃殺された。残された母はマナイアを養うため、彼を連れながら働いたという。しかし組織同士の抗争に巻き込まれる形で、マナイアの目の前で母も銃殺された。残されたマナイアはその時摘発した警察官に保護されて施設で過ごしていたが、6歳のある日、施設を訪れたカラマーゾフと出会った。

「最初は、父さんがすごく怖かった」
「え、なぜ?」

 次はカラマーゾフが目を見開いた。まさかマナイアが自分に恐怖の感情を抱いていたとは・・・。始めて彼の気持ちを知ったカラマーゾフは、ざわざわと胸騒ぎを覚えた。
 
「わからない。でもわけもなく怖かった。父さんと暮らし始めてからずっと怖い夢にうなされていたんだ」
「夢?」
「俺を、下に敷いて、父さんは、嗤っていた夢」
「ーーっ!!」

 カラマーゾフには、マナイアの夢に心当たりがあった。昔ユダを淫魔界に連れて来た当初、彼の抵抗を封じたまま無理矢理セックスに及んでいた。惚れた人間をペットとして手に入れた高揚感もあり、その時の自分は、確かに笑っていた。
 まさかその記憶がマナイアに引き継がれていたとは。

 マナイアの身体がブルブルと震える。

「怖かった・・・。でも父さんから逃げたら、俺はどこも行く宛がなくて、俺も母さんみたいに殺されるんじゃないかって。そしたら、まだ父さんのところにいた方がいいって思って」

 そう考えて、マナイアはずっとカラマーゾフと一緒にいたという。
 カラマーゾフは思った。
 恐らくあの夢は先祖であるユダからの警告夢だろう。ユダは自分を死に追いやったカラマーゾフから、子孫を遠ざけようとしていたのだ。警告夢として、危険を知らせ続けていたのだ。
 カラマーゾフはさらに涙を溢した。そしてマナイアに尋ねた。

「今もその夢を見ているのか?」
「ううん。実はだいぶ前からなくなっていたんだ。父さんと一緒にいると、毎日が楽しかったから。ユダには恐ろしかったと思う。でも俺は、ここまで育ててくれた父さんに感謝しかないし、父さんが大好きなんだ」

 そう聞いたカラマーゾフは、驚きと同時に回想するためにゆっくりと目を閉じた。
 カラマーゾフの中で幼いマナイアを親として育てている時間とユダを愛玩し傲慢で身勝手な淫魔王だった時間が交錯する。

 目の前のこの子は、自分をずっと父として慕ってくれていたのだ。ならば、自分は死期が訪れるその時まで、この子の父として生きるべきだ。

 目を開けたカラマーゾフはマナイアを抱きしめた。

「マナ、ありがとう。言ってくれて。父さんも、マナが大好きだ。愛している、マナ」
「父さん・・・、俺」

 逞しいカラマーゾフの腕に抱きしめられ、マナイアはカラマーゾフを見つめた。

「マナは、もう大人だ。マナの意思を尊重する。マナはペットになる必要はない。味覚も必ず治すからマナは好きな事を人間のまま続けてくれ」
「父さん。俺は、父さんのペットになるよ」
「ーーっ!!マナ」

 マナイアは、カラマーゾフのペットになる事を受け入れるという。まさかのマナイアの答えに、カラマーゾフは驚いた。

「さっきから、胸騒ぎがするんだ。父さんが遠くに行きそうで。その方が、俺は嫌なんだ」
「何を言うんだ・・・!」
「父さんは、ユダを愛した。でも今度は、俺が父さんを愛する。父さんに、生きて欲しいから」

 カラマーゾフは言葉が出なかった。
 マナイアは、分かっているのだ。自分に死期が近づいている事を。

「マナ。それでいいのか?これからお前は、人間ではなくなるのだ。まだ今なら大丈夫だ。マナ、人間として生きろ」
「もうできないよ。そんな話聞いたら、意地でも淫魔王様の足元に這いつくばってやる。ペットになるにはどうしたらいいの?」

 二人の間に、しばらく沈黙が流れる。その間マナイアは、カラマーゾフを真剣に見つめていた。
 真剣に見つめるマナイアに根負けしたカラマーゾフは、外に控えるグレゴリーを呼んだ。訪室したグレゴリーは痩せて困惑するマナイアに優しく微笑んだ。

「失礼致します、マナイア様。私は淫魔王アルカシスに仕える執事のグレゴリーと申します。先程のお話、全て拝聴致しました。今後はマナイア様は、カラマーゾフ王と『主従契約書』を結んで頂き、これでマナイア様はカラマーゾフ王の正式な性奴隷ペットとなります」
「契約?」
「そうです。『主従契約書』は別の淫魔王が証人として契約書へのサインの記入、マナイア様ご自身が宣誓し、カラマーゾフ王に抱かれる事で契約は成立致します」
「父さんに、抱かれる・・・?そう、だよね。俺、これからは父さんのペットになるから」

 日本の留学も、これで諦めなければいけない。
 不安な表情を見せるマナイアにグレゴリーはさらに続けた。

「マナイア様、ペットを宣誓した人間はその後、淫魔王と共に生きる事を了承されれば、淫魔界で二つの夫婦(めおと)月が並ぶ頃『命の契約』を結ぶ事ができます」
「そうなのか?」
「はい。そうすれば、パートナーとして淫魔王のお傍にいられますし、人間界で働いたりもできます。全ては、貴方様のご意志で決める事が可能なのです」

 グレゴリーの言葉に勇気付けられたマナイアは、カラマーゾフを見て笑った。そして、カラマーゾフにこう言った。

「これからも宜しくお願いします。カラマーゾフ様」
「ああ。マナ。私の愛しい人」


*   *   *

 マナイアがカラマーゾフのペットになる事を了承した事は、すぐにアルカシスにも伝わった。
 アルカシスの城へ帰還したカラマーゾフは、王の間で再び支配地域を決める会談を続行するため互いに椅子に座った。

 カラマーゾフはマナイアを救出してくれた事の感謝をアルカシスに伝えた。するとアルカシスは、クスクスと声を殺して笑った。

「どうした?アルカシス」
「いや。可笑しい話もあるものだと、思いましてね。あれほどペットを取っ替え引っ替えしていた貴方が、結局は元の鞘に収まったと思うと、可笑しくてつい笑ってしまったのですよ」
「あ、ああ・・・そうか」

 結局、自分はユダに縛られていた。彼と似た人間の精気を吸収しても空腹は満たされず、マナイアに真実を伝えるまでどこか空虚な時間を過ごしていたと思う。

 彼の子孫であるマナイアを迎え入れる事を決めた時、もう諦めていた生への渇望がカラマーゾフを激らせた。
 マナイアが、ユダの子孫である事は出会ってすぐに分かった。だから、マナイアの精気は自分にとって一番手にしたかったご馳走だった。だがまたユダと同じ過ちを犯してしまうことを頭が過ぎる度、マナイアには優しい父親でいようと心がけて育ててきた。

「私も、ユダの気持ちを聞いておけば良かった。そうすれば、ユダが自死を選ぶ必要はなかったかもしれない・・・」
「それは言うな。ユダを死なせたのは私の責任だ。私が生きている間、それは背負っていく。だからといって、マナにはユダと同じ轍を踏むわけにはいかん」

 今は亡き彼が、自分をどう思っていたのかは、本当のところは分からない。だが、マナイアの警告夢から推察すると、突如連れ去られ無理矢理ペットとして縛りつけた自分をユダは生涯許さなかった。それだけは確かだろう。
 マナイアが、ずっと自分の傍にいてくれたからだ。おかげで自分は救われた。今マナイアは療養のため、日本で治療中だが、目処がついたら契約を交わすつもりだ。

 アルカシスの城に戻ったカラマーゾフは、彼の配下達にマナイアをペットにすることを伝えると当初はまた直ぐに捨てるのではないかと訝しまれたが、事情を話し、いずれ『命の契約』を交わす事も伝えるとすぐに皆納得してくれ、祝いの言葉もくれた。
 マナイアの療養を優先して今は面会を控えているが、いずれ彼等にもマナイアを紹介するつもりだ。

「これで地域交換も必要なくなりましたね。今回の会談は、以前と同じように支配地域は変わらず。で、よろしいですね?」
「ああ・・・。今回ばかりは世話になったな、アルカシス」

 これを以って、会談は終了となる。次の100年後まで。

「まあ、構いませんよ。中央国はまだ貴方に生きてもらわないと困りますでしょうし」
「アルカシス・・・」

 カラマーゾフは椅子から立ち上がるとアルカシスに近づき彼の耳元で言った。

「今回は恩義があるから、忠告しておく。『あの子』は今後、どうするのか、早く決めておけ」

 アルカシスは表情を変えず、黙ってカラマーゾフの話を聞く。

「あの子の精気は上物だ。君がよく分かっているだろ?下の神々には気をつけろ。どこかで私達を見ていて、機会を伺っているはずだ。奴等は、私達以上に人間に飢えている。特に、今も降り続くこの雨にはな」

 数年前彰をアルカシスのペットにした事は、淫魔界全体が周知している。しかしアルカシスは、未だ彰と『命の契約』を結んでいない。下の神々とも契約は可能であり、もし神々から契約を迫られれば彰にはなす術なく、強引に結ばされるだろう。実際、抑圧された環境で育った彰は、自分に従順であるように見せて、本心はどうなのか分からないところがある。

「君があの子と契約を結んでいない理由は私には判りかねるが、彼等は私達以上に傲慢だが、人間界では尊大に祀られている。それを逆手に取ってあの子に迫って来るかもしれん。一度契約を結べば、死ぬまで解放される事はない。君も、出来るだけ急いだ方がいい」

 アルカシスはカラマーゾフの忠告に言い返す事はせず、黙って彼の忠告を聞くだけだった。

 淫魔城の外では、止む事のない雨がさらに雨量を増やし、雨音を大きくさせて降り続いていた。
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