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彰、三神の手に堕ちる。

1 下層の神と苛立つエリザベータ

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 淫魔界には、淫魔達が暮らす世界とは別に地上の下層部分に『神』と称えられ、人間界で神話として語り継がれる者たちがいる。
 人間たちに加護を授ければ、罪悪をもたす者もいる。中でも、トール、オーディン、ロキは三神と呼ばれ、人間たちを堕落に導き支配下に置く邪神たちが淫魔界の下層を統治している。トールとオーディンは既に人間の伴侶を得ているが、ロキにはまだ、伴侶はいなかった。そして、ついに彼は自身の伴侶を見つける事になる。




*   *   *
 

 男は、地上の淫魔城の様子を壁に設置された巨大な鏡で見ていた。群青色の双眸は鏡に映るある人物を食い入るように見つめ、瞬きもせず一つ一つの動作を固唾を飲んで見続ける。

 彼が見ていたのは、この世界の地上を統べる淫魔王のペットだった。そのペットは艶やかな長い黒髪と黒い瞳に、ハリのある白くて美しい肌をしていた。聞くところによると、数年前に淫魔王が見初めて淫魔界に連れて来て以来ペットとして溺愛し飼育しているという。だがどういうわけか、まだ淫魔王はそのペットと『命の契約』を行っていないという。だからといって、そのペットを人間界へ還すわけではなく、ずっと囲い続けているという。

 彼は鏡の中で、淫魔王と情事に耽るペットの淫蕩な美しさに感嘆の声を上げた。
 黒い髪と黒い瞳に反して、肌は白くて美しい。そして、肢体は艶かしくて、情事で火照ったその姿に、どこか自分が誘われている感覚を覚えてしまう。王に弄られ、そそり立つペニスはペットが男である事を主張しているが、それでも彼を手元に置きたいと身体が疼いてしまう。

「どう?すごくエロいでしょ、彼」

 鑑賞する男の背後から、艶やかな金色の髪を揺らしながら優しげな男が入室する。男は彼に気づくと、恭しく頭を下げた。

「いらっしゃっていましたらお声をかけて宜しかったのに」
「ごめんごめん。つい君が見惚れるなんて珍しいな、と思って」
「いやはや美しい人間ですね。貴方様が彼に決められるのも納得致します。他の兄上様も手を出されてしまわれそうですね」
「そうだよねー。そこは困ってるんだ。彼は自分の美しさに無自覚だから、僕と無事に夫婦になれるか心配で」

 うーむ、どうしたものか。

 顎に指を当てて考えている男を見て、おやおやと穏やかに微笑んだ。すると、そうだ!と彼はいい案が思いついたように声を上げた。

「そうだ!兄上達が僕の妻に手を出したって先に結婚したライアン義理兄様とミシェル義理兄様に密告なんてどう?」

 いい案が思いついたと彼は喜んでいる。だが男は少し呆れた様子で彼を嗜める。

「それではお二人のご夫婦様とも夫婦喧嘩が勃発して、もうお子様を産んで下さらないかもしれませんよ?」

 あ、と彼は喜んでいた表情を引き攣らせた。それ、絶対やばい仕返しが来るパターンだ。

「それも困ったなぁ。却って僕が兄上達に怒られそうだ」
「貴方様も、妻をお迎えする立場になられたのですから、兄上様達とは不要な喧嘩は避けて三兄弟協力し合うようお話し合いをされてはどうでしょう?」

 彼の言う事は最もだ。
 今後、彼を妻にするのも、あの目障りな淫魔王を制圧するのも、どちらにしても二人の兄達に協力してもらわないといけない。

 彼は、フッと軽く息をついた。

「そうだね。君の言うように、そろそろ僕も大人にならないといけないね。そうじゃないと・・・」

 鏡には銀色の髪と漆黒の髪が淫らに交わりながら互いの舌を激しく絡ませる。その姿は淫蕩で、淫らで、美しい。

「彼に嫌われてあの淫魔王と『命の契約』を結んでしまうかもしれないからね」
「そういえば、なぜ北国の王は彼とまだ結んでいらっしゃらないのでしょう?」

 ふと思った。
 そういえば北国の淫魔王は、主従契約を結んで彼をペットにした事は聞いていた。しかしあのように美しく淫らならば『命の契約』を彼と結んだ方が、淫魔王も安心するのではないだろうか。

「多分、あの子かな。数百年前にカラマーゾフ王に囲われてたペットがいたの覚えてる?」
「ああ、確か一国の末王子でしたね。混乱の最中にカラマーゾフ王が連れ出したという」
「そうさ。彼はカラマーゾフ王と『命の契約』を結ぶ直前に自死したそうだ。よっぽど嫌だったんだろうね、彼」

 昔、淫魔王カラマーゾフ王は当時彼の弟子だったアルカシスと共に、彼のペットを巡って自分たちと大喧嘩を繰り広げだことがあった。結果としてペットはカラマーゾフとアルカシスの手に渡ったが、その後の事は淫魔界に潜り込んで始めて知った。アルカシスが、当時カラマーゾフ王が囲っていたペットを死なせてしまった罪を彼に激しく問い詰められた事も。

「もしかして北国の王は、その時の事を未だに引き摺られておられるのでは?」
「ええ、彼が?」
「恐らくカラマーゾフ王に激しく尋問を受けた事で、どこかで躊躇いがあるのかもしれません」
「なんで?自分のペットなのに?」
「だからこそなのかもしれませんよ。当時カラマーゾフ王が囲っていたペットもとても美しかった。先程見ました彼も、どこか彼と似たような物を感じます。昔従者として付き添われて自死を防ぐ事ができなかった事を未だに責任を感じられてもおかしくはないかと」

 それに、北国のペットはカラマーゾフ王が囲っていたペットと違い脆弱で儚いように見える。躊躇うのは、彼の持つ雰囲気も関係しているかもしれない。

 北国の王は慎重な性格だ。彼を近くで見てきたが、あの大胆不敵な姉とは違い、彼は確信を得るまで動こうとしない。その分洞察力は鋭い。確信を得ると、自らがとことん潰しにかかる。これは彼の姉以上に厄介で自分も彼の近くにいる時は、正体を知られないために淫魔に完全擬態せざるを得なかった。

「確かに。こちらに連れて来る時は、より僕も慎重にならないと彼に気づかれてしまうしね」
「それでしたら、数日は私が淫魔界に雨を降らせましょう。北国は土地柄、この水城と密接しております。いつまでも雨が止まなければ、王も調査に乗り出さざるを得ないでしょう。彼は慎重な方だ。城をしばらく不在にされるかもしれません。そうなればペットにも、必ず護衛を付けるでしょう。そうなれば」
「そうだね。その時がチャンスだ。待っていてね、淫魔王アルカシス、ショウ」

 


*   *   *

 数日間止まない雨に、南国の女王であるエリザベータは苛立っていた。五国の中で自分の国が一番気温が高い上に、この雨のせいで蒸し蒸しと湿気が鬱陶しい事この上なかった。今彼女のペットは人間界に滞在している。仕事柄人間達の喧騒に巻き込まれる『彼女』に至福と安らぎの時間を提供するのが自分の仕事なのに、この雨のせいでそれどころではなかった。

「いつまでこの鬱陶しい雨は降り続くのかしらん?」

 彼女の配下の一人が、進言する。

「恐らく、北国の水竜の神の仕業かと思われます。向こうもこの降り続く雨に何らかの策を講じているはず」
「ちょっとぉー!だーれがそんなかった苦しい言い方をしなさいと言ったのーん!?もぉー!益々イライラするわぁん!」

 王の間に、エリザベータの苛立たしい声が木霊する。怒られた配下の女性は、ビクビクと萎縮してしまった。

「も、申し訳ありません・・・!」
「んもう、全く。アルちゃんはどうしてこうパパッと!ってできないかしらん」

 イライラするエリザベータにビクビクしつつ、配下の女性は進言する。

「恐らく、アルカシス王はこの雨が降り続く原因を詳しく調査されているかと」
「調査も何もあったもんじゃないわぁん。恐らくもなくても、原因は下層に棲む三神の仕業よん」

 エリザベータの言葉に側近の女性たちは戸惑いの声を上げる。その彼女たちの声が癪に触ったのか、エリザベータは大声で静止した。

「静かに!耳障りよん!原因も何もあったもんじゃないわん!性格が捻じ曲がった彼等の事!目的ははっきりしているわ」

 エリザベータは、玉座から立ち上がると、その甲高い声で高らかに宣言した。

「これから北国の淫魔王アルカシスちゃんのところへ突撃訪問よぉん!わらわがいない間、みんなしーっかりとお留守番任せたわん!」
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