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2話:映画製作をしたい!
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DYING MEMORY――。
それは【電網浮遊都市アルファポリス】の片隅で生まれ落ちた、一編のホラー小説である。
群像劇、ホラー、サスペンス。
三つの命題を旗印に掲げ、
六人の主人公が駆け抜ける物語。
IT企業の倒産。
市街地を揺るがす爆発。
そして、忽然と消えた人々の行方。
数多の謎が絡み合い、幾重もの思惑が交錯する。
それこそが――
DYING MEMORY
……と、言いたいところだが。
現実には、人気は別に大して出ず、話題も別に大して広がらず、
結局は作者が趣味で書き散らしただけ、という実に微妙な着地点に落ち着いたのであった。
だが、それでも気にしないのが常である。
なぜなら本当に趣味で書いているからだ。
読まれようが読まれまいが知ったことではない。
「目に留まれば、それでいいや」――そんなユルい精神で今日も文字が積み上げられていく。
しかし、ホラーばかり書いていては――飽きる。
恐怖も絶望も悲鳴も、あまりに積み重ねれば胃もたれを起こす。
「どうしたものか」と作者が頭を抱えたその時。
稲妻のごとき発想が脳裏を駆け抜けた。
そうだ――ここで思いっきり意味不明なのを書けばいい。
かくして爆誕したのが、
謎と混沌の果てに漂う、ゴミみたいな派生作品。
それこそが「だいめも!」である!!!!
――――――――――――――――――
そんなある日。
ルーシェとミーナは、特別なことのない平凡な時間を過ごしていた。
朝はパンの上に目玉焼きをのせただけの、どこかラピュタを思わせる庶民的な食事。
昼はコンビニで手に入る、ごく普通のカップヌードル。
そして午後三時。世間的にはおやつの時間、彼女たちにとってはちょっとした間延びの時間帯。
ソファに寝転がってスマホをいじっていたミーナが、ふと声を上げた。
「……あのさ、ルーシェ」
唐突すぎる呼びかけに、ルーシェは目を瞬かせる。
「え?」
「前にさ――映画、作ってみたいって言ってたよな」
ルーシェはココアのマグを手にしたまま首をかしげた。
「……私が?そんなこと言ったっけ?」
するとミーナは、得意げにポケットから小さな機械を取り出した。
銀色に光るボイスレコーダー。
「言った。証拠はここにある」
「なんでそんなの常備してんの!?」
ルーシェが慌ててツッコむと、ミーナは口元をにやりと歪めた。
「ふふん。日常の“黒歴史”を逃さないためだよ」
ミーナはにやりと笑って、ボイスレコーダーの再生ボタンを押した。
そこから流れてきたのは、どこか呑気なルーシェの声だった。
【私ねー、結構映画好きでさ。もし私が映画監督になったら、泣ける映画作りたいんだよねー】
「……な?」
ミーナがドヤ顔で腕を組む。
ルーシェは頭をかきながら、そっぽを向いた。
「うーん、ぜんっぜんおぼえてなーい」
「出たよ!都合よく記憶消すトンデモ理論!」
ミーナがテーブルをばんっと叩いてツッコむ。
「じゃあいいぜ!! この前の寝言も録音してっから流してやるよ!!」
「だからなんでそんなもの録音してんの!?」
ミーナはにやりと口角を上げ、再生ボタンを勢いよく押した。
ルーシェは顔を真っ赤にして叫ぶ。だが、すでに遅かった。
ボイスレコーダーから、寝ぼけ声のルーシェの声が流れ出す。
【うへへ~……カルロッタさんのおっぱい……おっきいなぁ///】
部屋に沈黙が落ちた。
そして次の瞬間、ミーナは腹を抱えて転げ回った。
「ぎゃはははは!!www 黒歴史ってレベルじゃねーぞこれ!!wwwwwww」
「や、やめてえええええええ!! 消して!今すぐ消してえええええええええええええええええ!!」
ルーシェは真っ赤な顔で飛びかかり、リモコンを奪おうとする。
だが、ミーナは片手でレコーダーをひらひらと掲げ、もう片方の手でルーシェの額を押さえて余裕綽々。
勝ち誇ったように笑いながら言い放った。
「消してほしいなら――映画製作でもすれば~~~~??
私も協力すっからさ!!!」
ルーシェは悔しさのあまり、床に転がってじたばたした。
「んも~~~~!!!!」
部屋にこだまするのは、彼女の情けない声とミーナの高笑い。
こうして、あまりに不純な動機から“映画製作計画”は幕を開けることになったのだった。
――――――――――――――――――
ルーシェは、すっかり弱った声でソファに崩れ落ちた。
「……映画作るったって、そんなの言ってみただけなのにぃ」
しかしミーナはケロリとした顔で、テーブルに足を投げ出す。
「まー簡単なもんでいいじゃねえか。30分くらいのショート映画だって世の中にあるしよ」
「……それって映画なの?」
ルーシェが眉をひそめる。
「立派な映画だぜ? 『機動戦士ガンダム トワイライトアクシズ』ってんだけど」
一瞬の沈黙。
ルーシェはミーナをじっと見つめた後、顔を引きつらせながらつぶやいた。
「あっ(察し)」
ルーシェは額を押さえて深いため息をついた。
「……じゃあお試しで30分映画でも考えてみるか」
ミーナはニヤリと口角を上げる。
「でもあんた、泣ける映画作りたいつってたよな? どうやって30分で泣かせんだよ?」
「う~~~~ん……」
ルーシェは腕を組み、必死にうなり声を上げる。
『……悩んでいるようね、アリナ』
「うおっ!?」
背筋にぞわりと走る声。振り返ったルーシェの目が丸くなる。
「この声……ひょっとして、ノーリ!?」
『……如何にも。あなたを母体として生まれたクローン。コードネーム:ノーリ』
「お前……いつからいやがった!?」
ノーリは影の中からゆらりと姿を現した。
『三日前。ずっとベッドの下に隠れていた』
「いやなんでナチュラルに家に入り込んでるの!?しかも三日前から!!」
ノーリはつまらなそうに肩をすくめる。
『アリナはどこかとセンスを使って探したら見つけた。あとは気づかれるまで待ってたけど――三日経っても、見つけてくれないんだもん』
ミーナは顔を覆って叫んだ。
「怖すぎるだろ!! なんでホラー展開混ぜてんだよ!」
ノーリはじっとルーシェを見据えたまま、ふいに口を開いた。
『……あとおなかすいた。なんかない?』
「勝手に人の家入り込んだ挙句、乞食しようとしてるし!!!」
ルーシェは両手を天に突き上げ、絶叫した。
ミーナは床に転げながら笑い転げる。
「はっはっは! あんたのクローン、威厳ゼロじゃねえか!!」
ノーリはそのまま冷蔵庫に向かい、当然のように扉を開いた。
『……プリン、二つあったから一つもらうね』
「ぎゃあああああああああああああああ!! それ私が楽しみにしてたやつーーー!!」
ノーリはプリンのスプーンを口に運びかけて、ふと眉をひそめた。
『……え、このプリン。卵入ってるの?』
ルーシェは呆れ顔で肩をすくめる。
「そりゃプリンなんだから当たり前でしょ」
『私……卵アレルギーで食ったら死ぬんだけど』
「じゃあ本編のアレって薬品じゃなくて卵投げてたら倒せてたってこと!?」
部屋に雷が落ちたような衝撃。
ルーシェとミーナは同時に絶叫する。
「「そんなクソみたいな弱点でDYING MEMORYのラスボス張ってんじゃねええええ!!!」」
――――――――――――――――――
『……映画製作?』
ミーナは肩をすくめて答えた。
「そう。なんか突然こいつが言い出してさ。いざ作ってみようと思ったらどこから手を付けていいか分かんねえみたいでさ」
ルーシェは両手で頬を押さえて、半泣き声をあげる。
「……だから言ってみただけなのにぃ」
ノーリの赤い瞳が、薄く光った。
『そもそも、あなたたちは映画製作のノウハウというものを知っているの?』
沈黙。
二人は顔を見合わせ、同時に首を横に振る。
「……全然」
「うん、さっぱり」
リビングに虚しい声だけが響いた。
まるで映画製作という言葉そのものが、彼女たちにとってブラックボックスであると突きつけるように。
ノーリは椅子に腰を下ろすと、やけに真剣な顔で両手を組んだ。
『……映画製作のノウハウを、簡単に説明してあげる』
ルーシェとミーナは思わず正座する。
『まず必要なのは三つ――脚本・キャスト・そして資金』
「うわ、いきなり現実的だな……」
『脚本は、開始五分で観客を泣かせるつもりで書くこと。キャストは、知り合いを強制的に配役すること。そして資金は――スポンサーに頭を下げて土下座すること』
「やだよそんな泥臭い映画!」
ルーシェが即ツッコミを入れる。
だがノーリは止まらない。
『次に撮影。必要なのは三つ――カメラ・ロケ地・そして爆発』
「最後だけなんで物騒なんだよ!!」
ミーナが叫ぶ。
『映画とは爆発だから』
ノーリは真顔で言い切った。
「「岡本太郎かお前は!!」」
「……でも私ね。誰でも泣けるような映画を作ってみたいなぁって思うの。
だから爆発とか、そういうのは無しで……」
ノーリは顎に手を当て、じっと考え込む。
『なるほど……となると恋愛か、動物との友情か……』
「そう! まさにそういうの!!」
ノーリは腕を組み、静かにうなずいた。
『……それならいい原案がある』
「マジ!?」
ノーリは真顔のまま、ゆっくりと告げた。
『うん。 タイトルは……これ』
「「それもうあるやつううううううううううううう!!!!!!」」
「ノーリ!!! さすがにそれはだめ!!!!
確かに泣ける映画だけど既存作品だから!!!!!」
しかしノーリは動じない。むしろ淡々と、プレゼンを続ける。
『……ただのフランダースの犬じゃない。主人公の祖父は物語開始時期から半世紀以前に勃発した、ナポレオン戦争の兵士として戦った。その結果、片足が不自由という設定にすれば差別化はできる』
「それちゃんとした原作の方!!!!! 差別化どころか原作に寄ってるから!!!!!」
ノーリは腕を組み、わずかに眉をひそめた。
『むう……ダメか。完璧なタイトルだと思ったんだけど』
「完璧どころかパクリの極みだっての!!」
ノーリは真剣な顔のまま、きょとんと二人を見渡した。
『……確かに既存作品をそのまま使うのは良くない。 なら、これならどう?』
「「パトラッシュをフラダリに変えただけだろーが!!!!!!!!」」
ルーシェはテーブルに突っ伏して絶叫し、ミーナは椅子を蹴って転げ落ちる。
「なにフラダリーの犬って!? どっからポケモンXYのフラダリ出てきた!?!?」
ノーリは至って真剣に返す。
『……これなら泣けると思う。 “犬”は原作要素を残してるし、表情はきちんと差別化もできてる』
「差別化の方向性が地獄なんだよ!!!」
「つーかなんだこの絵!? 雑コラにも限度ってもんがあるだろ!!!!」
ノーリは例の雑コラを胸に抱きしめ、静かに語り出した。
『フラダリは……ただの悪役ではない』
ルーシェとミーナは顔を見合わせる。嫌な予感しかしない。
『彼は世界の資源が有限であることを知っていた。人が増え続ければ未来は破滅する。だからこそ――「美しい世界」を守るために、命を減らそうとした』
「ちょ、ノーリ!? 語り口が急にドキュメンタリー調になってんぞ!?」
ミーナが慌てて割り込む。
だがノーリは止まらない。瞳を閉じ、まるで遠い過去を見つめるように。
『本来なら彼は優しい研究者だった。人を想い、未来を案じる男だった。しかし――その理想は、あまりにも極端に振り切れてしまった』
「いやフラダリって確かにそういうキャラだけど!!!!」
『だからこそ――フラダリーの犬。悲しみを背負う男と、忠実な犬との友情物語は、観客の涙を誘うだろう』
「泣く前に雑コラすぎて困惑の声が聞こえるわ!!!!」
ノーリは眉ひとつ動かさず、さらなる“改善案”を提示した。
『……ダメか。 じゃあこれなんてどうだ?』
「どこ直してんだ!?!?!?!?!?
ネロまでフラダリにしなくていいんだよ!!!!!!!!!!」
だがノーリは淡々と続ける。
『ネロもまた不運な少年。そんな呪縛から解き放たれ、来世では美しい世界を目指してもらいたい……』
「おめーはフランダースの犬とフラダリの呪縛から解き放たれろ!!!!!!!」
ノーリは雑コラを差し替えながら、冷静に言い放った。
『口うるさいなミーナ。 フラダリが良くないのであればこれでいいだろう』
「パトラッシュをカエンジシに変えただけだろーが!!!!!!!!」
「つーか結局フラダリだし!!!!! フランダースの犬じゃなくてフランダースのフラダリになってんだろーが!!!!!」
『メガカエンジシの悪口はそこまでにしろ』
「もう分かったよノーリ!!! 一回ストップ!!!!
これじゃホントにフランダースのフラダリになっちゃうから中止中止!!!!」
ルーシェは額の汗を拭きながら叫んだ。
『……そ、そうか』
ノーリは少しだけ不満そうに視線を逸らす。
「このまま行ったらマジで盗作映画で大炎上しちまうからな」
ルーシェはぐっと拳を握りしめ、力強く頷いた。
「……目的はお客様を泣かせること! それは忘れちゃいけないよ。だから――この会話で、いいの思いついたんだよ!」
『……見せてみて』
「ゴクリ……!」
リビングに緊張感が走った。
今まで散々ふざけ倒してきた空気が、一瞬だけ本物の“映画製作会議”のように引き締まっていく――。
ルーシェは大げさに息を吸い込み、両手を広げて宣言した。
「――タイトルは……これだよ!!!」
「結局フラダリじゃねーか!!!!!!!!!!!!!!」
ミーナは椅子を蹴り飛ばして立ち上がり、指差しながら吠える。
「なにがいいの思いついただ!!!!! さっきと何も変わってねえだろ!!!!!
赤毛のアンをフラダリに差し替えただけだろ!!!!!!!!!!」
ノーリは真顔のまま頷き、低く呟く。
『……だが確かに泣ける。赤毛のダリ、成長物語』
「なにも泣けねえよ!? フラダリと日本アニメーションを融合させただけのクソアニメだぞ!?」
ミーナの目の前で、ルーシェはその場で書いた原稿用紙を淡々と読み上げていった。
「登場人物はダリ、マシュダリ、フララ、フラチェル、フラリー、マーダリ。それとフラキサンダーにフラダリーにフラーラに……」
「おいいいいいいいいい!!!!!! 登場人物全員フラダリに浸食されてんじゃねーか!!!!!!」
『……売れる』
「売れるわけねーだろこんなフラダリ劇場!!!!!!!!!!!
どこもかしこもひと昔前の偉大なる指導者フラダリ様のためのフラダリクソコラグランプリになってんだよ!!!!!」
机をばんばん叩きながら、ミーナは涙目で叫んだ。
「……もう誰かこのアホ女とアホ女のクローン、とめてええええええええええええ!!!!!!!!!」
それは【電網浮遊都市アルファポリス】の片隅で生まれ落ちた、一編のホラー小説である。
群像劇、ホラー、サスペンス。
三つの命題を旗印に掲げ、
六人の主人公が駆け抜ける物語。
IT企業の倒産。
市街地を揺るがす爆発。
そして、忽然と消えた人々の行方。
数多の謎が絡み合い、幾重もの思惑が交錯する。
それこそが――
DYING MEMORY
……と、言いたいところだが。
現実には、人気は別に大して出ず、話題も別に大して広がらず、
結局は作者が趣味で書き散らしただけ、という実に微妙な着地点に落ち着いたのであった。
だが、それでも気にしないのが常である。
なぜなら本当に趣味で書いているからだ。
読まれようが読まれまいが知ったことではない。
「目に留まれば、それでいいや」――そんなユルい精神で今日も文字が積み上げられていく。
しかし、ホラーばかり書いていては――飽きる。
恐怖も絶望も悲鳴も、あまりに積み重ねれば胃もたれを起こす。
「どうしたものか」と作者が頭を抱えたその時。
稲妻のごとき発想が脳裏を駆け抜けた。
そうだ――ここで思いっきり意味不明なのを書けばいい。
かくして爆誕したのが、
謎と混沌の果てに漂う、ゴミみたいな派生作品。
それこそが「だいめも!」である!!!!
――――――――――――――――――
そんなある日。
ルーシェとミーナは、特別なことのない平凡な時間を過ごしていた。
朝はパンの上に目玉焼きをのせただけの、どこかラピュタを思わせる庶民的な食事。
昼はコンビニで手に入る、ごく普通のカップヌードル。
そして午後三時。世間的にはおやつの時間、彼女たちにとってはちょっとした間延びの時間帯。
ソファに寝転がってスマホをいじっていたミーナが、ふと声を上げた。
「……あのさ、ルーシェ」
唐突すぎる呼びかけに、ルーシェは目を瞬かせる。
「え?」
「前にさ――映画、作ってみたいって言ってたよな」
ルーシェはココアのマグを手にしたまま首をかしげた。
「……私が?そんなこと言ったっけ?」
するとミーナは、得意げにポケットから小さな機械を取り出した。
銀色に光るボイスレコーダー。
「言った。証拠はここにある」
「なんでそんなの常備してんの!?」
ルーシェが慌ててツッコむと、ミーナは口元をにやりと歪めた。
「ふふん。日常の“黒歴史”を逃さないためだよ」
ミーナはにやりと笑って、ボイスレコーダーの再生ボタンを押した。
そこから流れてきたのは、どこか呑気なルーシェの声だった。
【私ねー、結構映画好きでさ。もし私が映画監督になったら、泣ける映画作りたいんだよねー】
「……な?」
ミーナがドヤ顔で腕を組む。
ルーシェは頭をかきながら、そっぽを向いた。
「うーん、ぜんっぜんおぼえてなーい」
「出たよ!都合よく記憶消すトンデモ理論!」
ミーナがテーブルをばんっと叩いてツッコむ。
「じゃあいいぜ!! この前の寝言も録音してっから流してやるよ!!」
「だからなんでそんなもの録音してんの!?」
ミーナはにやりと口角を上げ、再生ボタンを勢いよく押した。
ルーシェは顔を真っ赤にして叫ぶ。だが、すでに遅かった。
ボイスレコーダーから、寝ぼけ声のルーシェの声が流れ出す。
【うへへ~……カルロッタさんのおっぱい……おっきいなぁ///】
部屋に沈黙が落ちた。
そして次の瞬間、ミーナは腹を抱えて転げ回った。
「ぎゃはははは!!www 黒歴史ってレベルじゃねーぞこれ!!wwwwwww」
「や、やめてえええええええ!! 消して!今すぐ消してえええええええええええええええええ!!」
ルーシェは真っ赤な顔で飛びかかり、リモコンを奪おうとする。
だが、ミーナは片手でレコーダーをひらひらと掲げ、もう片方の手でルーシェの額を押さえて余裕綽々。
勝ち誇ったように笑いながら言い放った。
「消してほしいなら――映画製作でもすれば~~~~??
私も協力すっからさ!!!」
ルーシェは悔しさのあまり、床に転がってじたばたした。
「んも~~~~!!!!」
部屋にこだまするのは、彼女の情けない声とミーナの高笑い。
こうして、あまりに不純な動機から“映画製作計画”は幕を開けることになったのだった。
――――――――――――――――――
ルーシェは、すっかり弱った声でソファに崩れ落ちた。
「……映画作るったって、そんなの言ってみただけなのにぃ」
しかしミーナはケロリとした顔で、テーブルに足を投げ出す。
「まー簡単なもんでいいじゃねえか。30分くらいのショート映画だって世の中にあるしよ」
「……それって映画なの?」
ルーシェが眉をひそめる。
「立派な映画だぜ? 『機動戦士ガンダム トワイライトアクシズ』ってんだけど」
一瞬の沈黙。
ルーシェはミーナをじっと見つめた後、顔を引きつらせながらつぶやいた。
「あっ(察し)」
ルーシェは額を押さえて深いため息をついた。
「……じゃあお試しで30分映画でも考えてみるか」
ミーナはニヤリと口角を上げる。
「でもあんた、泣ける映画作りたいつってたよな? どうやって30分で泣かせんだよ?」
「う~~~~ん……」
ルーシェは腕を組み、必死にうなり声を上げる。
『……悩んでいるようね、アリナ』
「うおっ!?」
背筋にぞわりと走る声。振り返ったルーシェの目が丸くなる。
「この声……ひょっとして、ノーリ!?」
『……如何にも。あなたを母体として生まれたクローン。コードネーム:ノーリ』
「お前……いつからいやがった!?」
ノーリは影の中からゆらりと姿を現した。
『三日前。ずっとベッドの下に隠れていた』
「いやなんでナチュラルに家に入り込んでるの!?しかも三日前から!!」
ノーリはつまらなそうに肩をすくめる。
『アリナはどこかとセンスを使って探したら見つけた。あとは気づかれるまで待ってたけど――三日経っても、見つけてくれないんだもん』
ミーナは顔を覆って叫んだ。
「怖すぎるだろ!! なんでホラー展開混ぜてんだよ!」
ノーリはじっとルーシェを見据えたまま、ふいに口を開いた。
『……あとおなかすいた。なんかない?』
「勝手に人の家入り込んだ挙句、乞食しようとしてるし!!!」
ルーシェは両手を天に突き上げ、絶叫した。
ミーナは床に転げながら笑い転げる。
「はっはっは! あんたのクローン、威厳ゼロじゃねえか!!」
ノーリはそのまま冷蔵庫に向かい、当然のように扉を開いた。
『……プリン、二つあったから一つもらうね』
「ぎゃあああああああああああああああ!! それ私が楽しみにしてたやつーーー!!」
ノーリはプリンのスプーンを口に運びかけて、ふと眉をひそめた。
『……え、このプリン。卵入ってるの?』
ルーシェは呆れ顔で肩をすくめる。
「そりゃプリンなんだから当たり前でしょ」
『私……卵アレルギーで食ったら死ぬんだけど』
「じゃあ本編のアレって薬品じゃなくて卵投げてたら倒せてたってこと!?」
部屋に雷が落ちたような衝撃。
ルーシェとミーナは同時に絶叫する。
「「そんなクソみたいな弱点でDYING MEMORYのラスボス張ってんじゃねええええ!!!」」
――――――――――――――――――
『……映画製作?』
ミーナは肩をすくめて答えた。
「そう。なんか突然こいつが言い出してさ。いざ作ってみようと思ったらどこから手を付けていいか分かんねえみたいでさ」
ルーシェは両手で頬を押さえて、半泣き声をあげる。
「……だから言ってみただけなのにぃ」
ノーリの赤い瞳が、薄く光った。
『そもそも、あなたたちは映画製作のノウハウというものを知っているの?』
沈黙。
二人は顔を見合わせ、同時に首を横に振る。
「……全然」
「うん、さっぱり」
リビングに虚しい声だけが響いた。
まるで映画製作という言葉そのものが、彼女たちにとってブラックボックスであると突きつけるように。
ノーリは椅子に腰を下ろすと、やけに真剣な顔で両手を組んだ。
『……映画製作のノウハウを、簡単に説明してあげる』
ルーシェとミーナは思わず正座する。
『まず必要なのは三つ――脚本・キャスト・そして資金』
「うわ、いきなり現実的だな……」
『脚本は、開始五分で観客を泣かせるつもりで書くこと。キャストは、知り合いを強制的に配役すること。そして資金は――スポンサーに頭を下げて土下座すること』
「やだよそんな泥臭い映画!」
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だがノーリは止まらない。
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ミーナが叫ぶ。
『映画とは爆発だから』
ノーリは真顔で言い切った。
「「岡本太郎かお前は!!」」
「……でも私ね。誰でも泣けるような映画を作ってみたいなぁって思うの。
だから爆発とか、そういうのは無しで……」
ノーリは顎に手を当て、じっと考え込む。
『なるほど……となると恋愛か、動物との友情か……』
「そう! まさにそういうの!!」
ノーリは腕を組み、静かにうなずいた。
『……それならいい原案がある』
「マジ!?」
ノーリは真顔のまま、ゆっくりと告げた。
『うん。 タイトルは……これ』
「「それもうあるやつううううううううううううう!!!!!!」」
「ノーリ!!! さすがにそれはだめ!!!!
確かに泣ける映画だけど既存作品だから!!!!!」
しかしノーリは動じない。むしろ淡々と、プレゼンを続ける。
『……ただのフランダースの犬じゃない。主人公の祖父は物語開始時期から半世紀以前に勃発した、ナポレオン戦争の兵士として戦った。その結果、片足が不自由という設定にすれば差別化はできる』
「それちゃんとした原作の方!!!!! 差別化どころか原作に寄ってるから!!!!!」
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『むう……ダメか。完璧なタイトルだと思ったんだけど』
「完璧どころかパクリの極みだっての!!」
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「差別化の方向性が地獄なんだよ!!!」
「つーかなんだこの絵!? 雑コラにも限度ってもんがあるだろ!!!!」
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「ちょ、ノーリ!? 語り口が急にドキュメンタリー調になってんぞ!?」
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『本来なら彼は優しい研究者だった。人を想い、未来を案じる男だった。しかし――その理想は、あまりにも極端に振り切れてしまった』
「いやフラダリって確かにそういうキャラだけど!!!!」
『だからこそ――フラダリーの犬。悲しみを背負う男と、忠実な犬との友情物語は、観客の涙を誘うだろう』
「泣く前に雑コラすぎて困惑の声が聞こえるわ!!!!」
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『……ダメか。 じゃあこれなんてどうだ?』
「どこ直してんだ!?!?!?!?!?
ネロまでフラダリにしなくていいんだよ!!!!!!!!!!」
だがノーリは淡々と続ける。
『ネロもまた不運な少年。そんな呪縛から解き放たれ、来世では美しい世界を目指してもらいたい……』
「おめーはフランダースの犬とフラダリの呪縛から解き放たれろ!!!!!!!」
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『口うるさいなミーナ。 フラダリが良くないのであればこれでいいだろう』
「パトラッシュをカエンジシに変えただけだろーが!!!!!!!!」
「つーか結局フラダリだし!!!!! フランダースの犬じゃなくてフランダースのフラダリになってんだろーが!!!!!」
『メガカエンジシの悪口はそこまでにしろ』
「もう分かったよノーリ!!! 一回ストップ!!!!
これじゃホントにフランダースのフラダリになっちゃうから中止中止!!!!」
ルーシェは額の汗を拭きながら叫んだ。
『……そ、そうか』
ノーリは少しだけ不満そうに視線を逸らす。
「このまま行ったらマジで盗作映画で大炎上しちまうからな」
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「――タイトルは……これだよ!!!」
「結局フラダリじゃねーか!!!!!!!!!!!!!!」
ミーナは椅子を蹴り飛ばして立ち上がり、指差しながら吠える。
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