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エピソード17:兄弟の影 -リベラート-
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「……追っ手が来ねえな」
リベラートは水音の消えた通路で足を止め、後ろを振り返る。
薄暗いランタンの灯りが、コンクリ壁に斑な影を落とす。
「撒いたの?」
「多分な。まあ、なんにしろ好都合だ」
彼は無造作に腰を下ろし、壁にもたれる。
ベネディッタも隣に立ち止まり、濡れたジャケットの袖を搾った。
「んで? お前はあのお嬢ちゃんからなんか聞けたのか?」
「……とりあえずはね」
ベネディッタの声は、すこしだけ掠れていた。
「“ライフベージ”って言ってた……」
「ライフベージ? なんだそりゃ?」
「分からない。でも、アバルトがそいつらと関わりを持って、例の爆破事件を起こしたのは間違いなさそう。
……私の敵はライフベージだ。この手足を奪った恨みを、私は奴らにぶつけたい」
リベラートは一瞬目を細め、それから小さく笑った。
「……やっとターゲットが決まったみてえだな。じゃあ俺は弟を見つけるついでに、てめえのお手伝いってか?」
「……うん、そうなるね」
その瞬間だった。
「……俺を働かせる分、ちゃんと貰うもんは貰うからな」
「分かったよ……楽天ペイでいいなら」
リベラートはピクッと眉を動かす。
「いや、PayPayがいいんだけど」
「他にもau Payとかあるよ? あとd払いとかも」
「いや、PayPayがいいんだけど」
「PayPalでもダメ?」
「いや、PayPayがいいんだけど」
ベネディッタは無言でスマホを開いた。
モバイルバッテリーに繋がれたそれが、ぴこぴこと電子音を鳴らす。
「……じゃあ、PayPayで“報酬:地獄の共犯者代”って送っとくね」
「項目名が不穏すぎるだろうが!!」
「“ギルティ・ボーナス”の方が良かった?」
「もっと悪ぃわ!!!!!」
――――――――――――――――――
地下通路を歩き続けて、どれほど経っただろうか。
リベラートがふと顔を上げると、錆びた鉄のハシゴが壁に埋め込まれていた。
「……お、いいもん見っけ。これで外に出れんじゃねえか?」
彼が指差した先、ハシゴの上には丸い蓋――マンホールが見える。
わずかに光が漏れており、地上の気配が感じられた。
「そうね。ずっとここを歩くのもしんどいし……こんなんじゃ、奴らを見つけらんない」
ベネディッタが手を伸ばして袖口をぎゅっと絞る。湿気と錆の匂いに、少し眉を顰めながら。
「じゃ――いっちょ、あのマンホール開けるか」
リベラートは片手でジャケットの裾を払うと、ぎしぎしと音を立てる鉄のハシゴを上り始めた。
錆でざらついた足場を踏みしめ、重々しい鉄蓋の前に立つ。
「おらよっ――!!」
グッ……!!
彼の腕の筋肉が浮かび上がり、鈍く光る鉄の蓋がキィ……と音を立てて浮き上がった。
わずかに差し込む冷たい風が、濁った地下の空気を押し返すように流れ込む。
「すごっ……」
ベネディッタが、ぽつりと息を漏らす。
「ふん、ムショん中でもそれなりの運動はさせられたもんでな。
……まだまだ衰えちゃいねえよ」
にやりと笑って、リベラートは蓋を完全に持ち上げ、横に滑らせる。
「ほら、お前も来い。 雪だらけの景色に戻れんぞ」
「……ちょっと待ってよ。今登るから……!」
ベネディッタは当たり前のように、ハシゴに手をかけた。
小さく、白く、よく動く指。
まるで“最初からそうであったかのように”その手足は動く。
足の先が鉄の段を捉える。
ふくらはぎの筋肉が収縮し、膝が軋まずに体重を受け止める。
どこにも無理はない。
ぎこちなさも、不自然さも、すでに微塵もなかった。
リベラートはその動きをじっと見上げ、口元をわずかに歪めた。
「……ずいぶん慣れてんだな。他人の肉体とは思えねえよ」
「慣れるしかなかったからね」
ベネディッタは淡々とそう返し、止まることなく登り続けた。
その声には、怒りも悲しみもない。
ただ、当然の現実としてそこにあるだけだった。
マンホールの穴から這い出ると、そこはリベラートの言う通り、雪だらけの田舎道だった。
遠くに小さな山並み。傾いた電柱。白く染まった畑の区画。
全てが凍りついたように動かず、風さえ止まっていた。
「……誰もいねえな」
リベラートは足元に広がる轍を睨みつける。
数日前のものらしきタイヤ痕が、雪の下にうっすらと残っていた。
だが、そこを通った者の気配はもうなかった。
「無人の村……って感じ」
ベネディッタが肩の雪を払って呟く。
人の声も、犬の鳴き声もない。
窓の閉じた家々は、まるで誰かが「帰ってこられない」ことを前提に、時間ごと封じられているようだった。
「ここまで誰もいねえとかあんのか?」
「……多分、奴らの仕業かも」
「あ? ライフベージか?」
「きっとそう。私も病院であいつらに襲われたからね。変な黒ローブを纏って……
それで、私のいた病院は燃やされた」
「……ああ、グローズド病院の事か」
リベラートが眉をひそめる。
「そういやお前、そっから逃げ出したんだもんな。
……この意味わかんねえカルテ持って」
「……あいつらの目的は分からない。でも――
少なくとも“人攫い”してるのは、間違いなさそう」
リベラートの肩がわずかに動いた。
「人攫いだぁ?」
「私も、あの時は起きたばっかりで……あまり覚えてないけど……
なんか“回収”とか“対象”とか、そんなことを言ってた。
私を見てくれたドクターは……“不純物”だかなんだかで、その場で殺された」
リベラートの表情が、初めてほんのわずかに強ばる。
「……意味わかんねえな、マジで」
「多分だけど……今流行りの行方不明事件も、あいつらに関わってる気がする」
その言葉に、リベラートの足がぴたりと止まった。
ベネディッタは振り返らない。目は前を向いたまま。
「……ニュースでも、SNSでも、やたら話題になってる。
“深夜の駅前で急に消えた”とか、“自宅に帰ったまま音信不通”とか……
全部、警察は“自発的な失踪”って片付けてるけどさ」
リベラートはしばらく口を開かなかった。
その沈黙の重さが、逆に答えの確かさを物語っていた。
「……数、どれくらいなんだ?」
「わかんない。公表されてるだけでも二桁。
でも本当は――もっと、いると思う」
(…待てよ、てことはジェイソンもこれに絡んでどっか行ったってことか?
ムショの移送中に行方不明とは聞いてはいるが…その隙に攫われたのか?)
雪が小さく舞った。
だがその冷たさを、リベラートの思考は感じていなかった。
(だとしても……なんのために攫ったんだ?
犯罪の腕を買いたかったのか? それとも……)
「……リベラート?」
「ん!?」
「どうしたの? さっきから凄いしかめっ面してたけど……」
「……ああ、わりぃ。ちょっと考え事をしてただけだ」
「……ならいいけど」
ベネディッタはそれ以上は聞かなかった。
問い詰めず、否定せず、ただ一度だけ彼を見て――また前を向いた。
リベラートも同じように前を向く。
でも、その胸の奥ではまだ、
“ジェイソン”という名前が、氷のように残っていた。
――――――――――――――――――
村を見渡しても、やはり人の気配はない。
ひとまずリベラートたちは、ドアの開けっぱなしになっていたボロ屋に身を潜める。
内装は古く、壁紙は剥がれ、床はきしみ、なのに――
「……なるほどな」
リベラートが部屋をぐるりと見回しながら呟いた。
「え?」
「このオンボロ、ついさっきまで人がいた気配がある」
彼は低く笑って、指をさす。
「見ろよこれ。食いかけのピザ。……微妙に、まだあったけえぜ?」
「……ホントだ」
ベネディッタも身をかがめ、紙皿の隣を見て目を細めた。
「それに横にあるコーラも……飲みかけ。炭酸まだ抜けてない」
「デブ活ってやつか? こいつぁチー牛野郎って相場が決まってんだよなあ」
「……人のこと勝手にチー牛認定するの、どうかと思うけど」
「いや、あの棚見てみろ。艦これ、Vtuber、アニメグッズ。
しかも未開封。箱のまま祭壇みてえに積んでやがる」
「あ、チー牛だったわ」
「だろ? しかも見てみろ……」
リベラートは足元の床を指差す。
「なにこれ……スマホ?」
「画面、バキバキだな。通知も10分前で止まってる。
“やべ、外で誰か騒いでるw”って打ちかけたまま、送信されてねぇ」
ベネディッタが無言で机の上のスマホを拾い上げる。
電源はまだ入っていた。指先で軽くスワイプすると、画面が素直に反応した。
「……ねえ、Googleの検索履歴も最悪なんだけど。なによこれ……」
「え?」
「見て。
『艦これ 榛名 エロ画像』、
『風俗 おすすめ 口コミ』、
『デリヘル 2万円以内 即日』……」
間を置いて、リベラートが叫ぶ。
「チー牛どころかただの変態じゃねーか!!!!」
声が妙に響いた。
冷えきった部屋の中で、彼の絶叫だけが妙に生々しく残った。
ベネディッタは無言でスマホを伏せる。
「……たぶん、もう死んでるわね」
「いや、死んでなくても、生きてたら殺したくなるタイプだろこれ」
間髪入れず、ベネディッタが呆れた声で返す。
「いやそれおめーが言うことかよ、この大犯罪者」
リベラートが肩をすくめる。
「おう、そいつは否定しねぇ。でも俺は検索履歴には残さねぇ主義だ」
「誇らしげに言うことじゃないからねそれ」
「……まぁそんなバカ話はいいとして、だ」
リベラートが視線をカーテンの奥に向けながら、低く呟いた。
「さっきまで人がいた痕跡があるっつーことは……」
「……まさか、まだ奴らがいる……!?」
「“いる”どころか――こりゃ、囲まれてんな」
「……っ!!」
ベネディッタの顔が強張る。
「カーテン越しでも分かる。
足音は消されてるが……雪の軋みと、気配の密度が変わった。
……少なくて4、5人。多くて……10人ちょっとか」
「そ、そんな……! いつの間に――!?」
リベラートは無言で指を口元に当てると、
ゆっくりと立ち上がり――タンスの影に視線を走らせた。
窓の外は見えない。
なのに、冷たい気配だけが、隙間風のように入り込んでくる。
部屋に、寒気とは異なる“戦場の空気”が流れ込んだ。
「……さてと」
彼はわずかに笑い、懐から黒光りするものを取り出した。
「また、“ぶっ殺し”の時間だな」
金属の重みが、手の中で静かに鳴った。
「――こいつを使って、な」
それは、刑務所から“拝借”してきたハンドガンだった。
その存在がこの夜に色を付ける、最初の“火種”だった。
「……私に、できることある?」
ベネディッタの声は小さいが、覚悟のにじむ色だった。
だが、リベラートの返答は――あまりに雑だった。
「お前のその刃物じゃ、どうにもなんねえな」
リベラートはチラリと彼女の生の義肢を見やり、鼻で笑う。
「……けどよ、これチー牛野郎の部屋だろ? 改造チャカの1丁や2丁くらい隠してんじゃねえの?」
「……そんな都合良くあるもんなの?」
「知らねえ。だが“奴ら”よりチー牛の方がよっぽど危険なモン持ってそうじゃねえか?
ベッドの下とか、電子レンジの中とか、アニメのフィギュアの台座の裏とかさ。漁ってみろよ」
「……テキトーなんだか本気なんだか、分かんないなあんた…!」
リベラートは小さく笑って、銃のスライドを引いた。
「半分テキトー、半分マジ。そっから奇跡の一本出てきたら儲けもんだろ」
「……あーもう、わかったわよ! やってみる!」
ベネディッタは若干イラつきながらも、手近な棚をひっくり返し始める。
その背をよそに、リベラートは窓のカーテンを指先でわずかに開けた。
外には、黒ローブの集団。
ベネディッタが言っていた“奴ら”と寸分違わぬ、異様な風体。
「……ああ、こいつらが“ライフベージ”ってわけね」
目を細めたリベラートは、視線を一点に固定した。
「……って、なんだよあの武器。アサルトライフルに……おいおい、パイナポーだと?」
呆れるより先に、笑いが漏れる。
「どこの軍事映画だ馬鹿野郎が。
俺ァ今、ポップコーンじゃなくて血ィ飛び散る方の本編に出てんのか?」
リベラートは鼻で笑い、窓越しにハンドガンを構える。
その黒い銃口は、まるで冷えた獣の目だ。
「――ド素人どもがよ」
引き金に指をかけ、口元が歪む。
「“ぶち殺す”ってのがどういうことか、今から教えてやるよ」
バンッ!!
破裂音と同時に、ひとりの黒ローブが後ろにのけぞるように吹き飛んだ。
弾丸は、眉間の少し上――前頭葉を貫通し、脳の芯ごと潰していた。
「……死体一丁、出来上がりってか」
血と白い何かが混じったものが、雪の上にパシャリと跳ねる。
黒ローブは瞬きをする暇もなく、眼球が裏返ったまま倒れ伏した。
他の奴らがザッと後退し、動きがバラける。
「――まず一匹」
リベラートはハンドガンを構えたまま、低く呟いた。
銃口の先、まだ温かい死体を踏み越えて、黒ローブたちが動き出す。
『不純物の反応あり。回収停止。……射殺に移行』
黒ローブから発せられたその声は、まるで読み上げるだけのように冷たかった。
だが次の瞬間――
「ハッ、殺れると思ってんのかタコが!!」
怒声とともにリベラートは再び銃を構える。
口元は笑っているが、その目だけは獣のように冷えていた。
「撃ってみろや、黒装束共。
こっちはな――何百人撃ち殺した後にようやくムショ入った、“本物”だぜ?」
ズガガガガガッ――!!
アサルトライフルの銃声が、部屋の外から怒涛のように鳴り響いた。
弾丸は壁を抉り、木材を砕き、家具を飛び散らせる。
だが――
「……おいおい、どこ撃ってんだよ!!!」
粉塵と破片のなか、リベラートは微動だにせず、ニタリと笑った。
「俺はここだぜ!? この距離で殺してぇなら、スナイパーでも持ってこいよアホが!!」
叫ぶや否や――バン!
リベラートのハンドガンが吠えた。
放たれた一発は寸分の狂いもなく、黒ローブの左目を抉る。
骨を砕き、脳を裂き、背後に血煙を花火のように咲かせて倒れる一人。
「――次」
ためらいも、迷いも、呼吸すら挟まない。
まるで殺すことが生きることだった頃のリズムを、そのまま取り戻したような射撃。
『不純物の強い抵抗。爆破開始』
無機質な音声が流れると同時に、
黒ローブの一人が腰のグレネードに手をかけ――ピンを抜いた。
それを見て、リベラートはあからさまに眉をひそめる。
「はァ?」
次の瞬間、手榴弾が勢いよく部屋の窓へと投げ込まれる――
ガチン!!
「――投げ方も下手くそだなオイ!!」
リベラートの咆哮とともに、ハンドガンの銃声が爆ぜた。
放たれた一発は、空中を飛ぶ金属塊へ寸分違わず命中。
炸薬に火が走る。
ズドン――!!
爆発は空中で起き、火花と黒煙が宙を裂いた。
外にいた黒ローブたちは爆風で吹き飛ばされ、何人かは雪の上に肩から叩きつけられる。
焼けた肉の匂いと、千切れた布が風に舞った。
「こういうのはなぁ、隠れて投げるもんなんだよ!!」
リベラートは窓辺に立ち、灰を払うようにして指先を動かす。
「宣言してから投げるとか……どういう教育受けてんだよ。バカじゃねえのか?」
爆煙の向こうで、まだ生き残りが銃を構える気配。
リベラートは一瞬だけ、薄ら笑いを消した。
まるで“殺し”のスイッチが、カチリと入り直すように。
「……まだ撃とうってのか? そりゃあ――残念だったな」
パンッ。
静かすぎる銃声。
乾いた音は風より速く、黒ローブの眉間へと吸い込まれた。
一瞬ののち――
バチィン!!
脳髄を撒き散らし、そいつは後ろに倒れた。
命が消えるまでにかかった時間、わずか0.6秒。
叫ぶ暇すら与えない、リベラート式の“ラストレッスン”。
ハンドガンの銃口はすでに、次の標的を探していた。
だが、もう静かだった。
風が、雪を巻く。
「……終わりか。あっけねぇな」
リベラートは、まだ微かに燻る煙の中に転がる死体を見下ろし、
軽く首を鳴らすと、手馴れた仕草で銃身をコートの裾で拭った。
鼻腔をくすぐるのは、雪の冷たさと火薬の焦げ臭さ、
そして――地面にこぼれた“生”の名残。
血と臓物を垂れ流し、形を失った“何か”が、静かに横たわっていた。
もう動かない。もう喋らない。もう、敵でもなければ、人ですらない。
「……え、もう終わったの?」
振り返ったベネディッタの腕には、まさかの金属の塊――
銃器。しかも、どう見ても“市販品”ではない。
「おう。おめえが“違法改造のお宝”探しをやってる間にな。
すっげえザコだったわ、あいつら」
リベラートはあくび混じりに言いながら、撃ち切った銃をその場に捨てた。
「……さすが、大犯罪者バウゼンね」
「ライフベージってのは、マジで脳みそまで腐ってんのか?
お前、こんな連中に手足持ってかれて、病院ごと燃やされたんだよな?」
「……一般人と大犯罪者を一緒にしないで」
ベネディッタはむすっと言いながらも、
その指が自然に銃のトリガーに添えられていた。
「……つーか、マジであったんだな、違法銃」
リベラートは目を細め、ベネディッタの手にある“それ”を見て口元を歪めた。
「ただの鉄くず棚だと思ってたが……チー牛の執念、侮れねぇな」
「……あんたのテキトーな言葉に踊らされたけど、
ホントに奇跡って、転がってるもんなんだね……」
ベネディッタは未だ信じられない表情のまま、
そのごついフレームを両手で構えてみせる。
手に伝わるずっしりとした質量――それは殺すためだけに設計された“重量”だった。
「しかもコイツ……マグナムじゃねえか」
リベラートは目を細めてバレルを覗き込み、
指でトントンとフレームを叩いた。
「見ろよこの太さ。普通の人間が撃ったら、肩どころか鎖骨まで吹っ飛ぶレベルだぞ」
「……銃っていうより、悪意を詰めた鉄の塊って感じね」
「もう半分、物理で殴る武器だな」
ベネディッタが顔をしかめながら訊く。
「なんでそんなもん、改造しようと思ったの?」
リベラートは鼻で笑い、肩をすくめた。
「さあな……多分、メタルギアとかバイオ4の影響じゃねえの?
ソリッド・スネークがシャドーモセスでよ、トラックん中でH&KのMk23…ソーコムピストル拾って使ってたろ。ああいうのに憧れて、『現実でもいける!』って思っちまったチー牛の末路だ」
「……レオン・S・ケネディのキラー7とかああいう奴?」
「そうそう。
そのくせ、現実じゃ弾薬も反動もノーセーブだってこと忘れてんだよな」
ベネディッタはマグナムを見下ろし、小さく息を吐いた。
「……妄想で作った凶器が、現実の地獄で役立つなんてね。
笑えるようで、まったく笑えないわ」
ベネディッタの声には、かすかに嘲りと哀れみが混じっていた。
リベラートは肩を竦め、マグナムを軽く持ち上げてみせる。
「全くだな。だが、コイツはお前じゃ扱えねぇ。
反動でお前ごと後ろに吹っ飛ぶのがオチだ」
「……バカにしてる?」
「してねぇよ。現実ってのは、銃一丁ですら命取りなんだよ。
ちょうどハンドガンの弾も尽きちまったし、次からはコイツで踊るとするか」
彼はマグナムのシリンダーを回し、
不敵な笑みを浮かべる。
ベネディッタは呆れ顔のまま、小さく肩をすくめた。
「……好きにすればいいよ。
でも撃つときは、せめて私の耳が吹き飛ばない位置で頼むわ」
「へーへー、善処しやすよ」
――――――――――――――――――
ボロ屋の扉がギィと軋み、雪と血と火薬の匂いが渦を巻いて吹き込んだ。
リベラートは黙って、倒れた黒ローブの死体へと歩を進める。
雪に濡れた地面が、ぐしゃりと嫌な音を立てた。
「……こいつは、“タリスマン”ってやつか?」
黒ローブの胸元には、刺繍が施されていた。
血で滲んだ白い糸で描かれたのは、十字架に似たマーク――
だがその下には、根を張った樹のような文様。
「……これが、ライフベージ?」
ベネディッタが眉をひそめる。
リベラートはしゃがみこみ、そのマークを指でなぞる。
触れた布地は異様に分厚く、どこかぬめりすら感じた。
「……ほう。“命のサルベージ”、ってか」
彼は鼻で笑った。
「デザイン通りだな。命を引っこ抜いて、自分らの器にでも詰めてんのか?」
「あり得る……」
ベネディッタが囁く。
「“回収”って、そういう意味なのかもしれない」
「命そのものを“資源”として扱ってるってか?」
リベラートはローブの下を探り、ポケットから小さな札のようなものを引き抜く。
硬質なカード――表面には記号の羅列とQRコード、そしてその裏に、またあの十字樹の紋章。
「身分証じゃねえな……物のタグか? まるで“人間の管理ラベル”だぜ」
「……やっぱり、“あの病院”だけじゃなかったんだ」
ベネディッタの目が暗く細まる。
「ライフベージは、もっと根深い」
リベラートはカードをポケットに突っ込み、黙って雪を掬って死体の顔にかけた。
「……一つ聞きてえな。
“命を救う”って名乗る奴が、人を殺してまで何を救いてえんだ?」
ベネディッタは答えず、ただ冷たい空に向かって息を吐いた。
沈黙の中。
雪の舞う空気を、遠くから掻き乱すような微かな震えが届く。
――ブルルルルル。
それは、確かにエンジン音だった。
ひどく年季の入った車両の音。滑るようなタイヤの唸りも聞こえてくる。
「……なんだ?」
リベラートが顔を上げる。
「もしかして……この村の人?」
ベネディッタが不安混じりに問いかける。
だが――
「……遅すぎんだろ。村が壊滅してからどんだけ経ってると思ってんだ」
リベラートの表情は、笑っていなかった。
「村人なら、もっと早く来る。
あの黒ローブどもがいたことすら気づかず、のこのこ来たってのも考えづらい」
音が、だんだんと大きくなる。
やがて、近くの角をゆっくりと曲がる車体の影。
古びたワンボックスカー――
サビたボディ、曇ったフロントガラス、その奥に映る人影はひとつ。
「……どうする?」
ベネディッタが目だけで尋ねる。
「とりあえず――挨拶は、拳銃持ってからだ」
リベラートは背後の死体から布切れを剥ぎ取り、血と火薬の臭いを乱暴に拭い落とした。
そして、マグナムのグリップをゆっくりと握り込む。
車は――止まらない。
凍てついた雪道を軋ませながら、確実にこちらへと向かってくる。
ヘッドライトの光が、二人の影を地面に長く引き伸ばす。
「……くるぞ」
リベラートが言った瞬間、人影がライトの逆光の中から、浮かび上がった。
その刹那。
「……は?」
低く、乾いた声がリベラートの喉から漏れた。
「どうしたの、リベラート?」
ベネディッタがすぐに反応するが――
「………どういうこった……」
その顔は、忘れるわけがなかった。
皮膚の色、髪の束、あのままの輪郭――
檻の中でも何度も夢に見た、奴らに捕まったはずの弟。
車はすぐ目の前に止まり、無遠慮なエンジン音を切る。
扉が開く音――ギギィ、と鈍く。
「……降りてくる?」
ベネディッタが呟くが、リベラートは答えない。
ただ、その場で微かに震えながら、絞り出すように叫んだ。
「……マジで、どういうことだよ……」
「なんで……」
「なんでここにいるんだ、ジェイソン!!」
目の前に立つその男は、驚くほど静かな顔をしていた。
――まるで、“再会”すら予定通りだったかのように。
「……やっぱ兄貴か! 久しぶりだな!」
弾けるような笑顔、変わらない声。間違いない――ジェイソンだ。
「ジェイソン……! お前、なんで……!? 捕まったはずじゃ……!」
ベネディッタも一歩下がりながら、警戒と驚きが混ざった目で問いかける。
「ジェイソン……? この人が、あなたの弟……?」
「ん? ああ捕まったさ。警官のクソ共にな」
ジェイソンは飄々と語る。
「俺が路上で野グソしてる時に見つかっちまってな」
「……え。ちょ、お前……何してる時に……?」
「野グソ」
「マジで?」
「マジで」
「……ッッッッアアアアアアア!!!!!」
リベラートが吠えた。
「どんなマヌケな捕まり方してんだおめーはァ!!!!!!
もっとなんかこうあるだろ!? 偽造IDとか逃走劇とか!!」
「いや兄貴だってさ、捕まったとき野ションしてたろ?」
「それを言うんじゃねええええええええ!!!!!!
一番! 心に! 刺さるんだよそれは!!!!!!!」
「だってあの時パンツ濡れてたじゃん」
「やめろおおおおおお!!!!!!!」
「……ねえ、あんたたち。それ、本当なの? そんなしょーもない理由で捕まったって?」
ベネディッタの眉間がぴくりと跳ねた。
目は死んだ魚のようなリベラートと、無邪気に笑うジェイソンを交互に見ている。
「少なくとも兄貴はマジだぜ」
ジェイソンは即答。どこまでも爽やかに。
「……おい」
リベラートが、魂を抜かれたような目で弟を睨んだ。
「マジかよ……世間を騒がせた大犯罪者が、よりによって野ションで御用って……」
ベネディッタは信じられないという表情で肩を落とす。
「やめろ……やめろォ……!」
リベラートはその場に崩れ落ちそうになりながら頭を抱えた。
「なんか今からでも……もう一回出頭したい……!」
「出頭すんな。今は私のためにも協力して」
ベネディッタが冷静にツッコむ。
「うるせえ!!」
「俺はでもケツ拭いてる最中だったからセーフじゃね?」
「セーフじゃねえんだよ!!!!」
リベラートの絶叫が、雪空に虚しく響いた。
「いや、野グソで捕まったのはもういい……もう、いいとしてだ」
リベラートは深く息を吐いて、ジェイソンを睨みつけた。
「――その後、どうなった? お前、ムショの移送中に行方不明になったって聞いたぞ。逃げたのか? サツから」
ジェイソンは数秒、沈黙したまま兄の顔を見つめ、ぽつりと呟いた。
「……なに言ってんだ、兄貴」
「……あ?」
「捕まったのは事実だ。だけど……俺は“釈放”されたんだよ」
「……はあ!?」
リベラートの声が裏返る。
「釈放!? おめーが!? なんでそんなことに!?」
ベネディッタも思わず前のめりになった。
「ちょ、ちょっと待って!? あんただけ釈放ってどういうことなのよ!?」
ジェイソンは肩をすくめ、まるで「そんなこともあるさ」とでも言いたげに笑った。
「さあな。俺にもよく分かんねえけど……気づいたら、ムショの外だったんだよ」
その目は、どこか“作られた無邪気さ”を含んでいた。
「気づいたらって……どういうことなの?」
ベネディッタが一歩踏み出し、声のトーンを落とす。
「……なあ兄貴、さっきから気になってたんだけどさ」
ジェイソンが視線を向ける。
「そっちの嬢ちゃん、誰?」
「……あ? ああ」
リベラートは短く息を吐き、肩を竦めた。
「こいつはベネディッタ。俺を豚箱から出してくれた恩人ってわけだ」
「へえ~……」
ジェイソンの目がすっと細くなる。
「“ベネディッタ”って、偽名?」
「はぁ!? れっきとした本名なんですけど!?」
ベネディッタの声が跳ね上がる。怒りと困惑が綯い交ぜになったような反応だった。
「……いや、だってさ」
ジェイソンが肩をすくめ、冷めた目で彼女の手足を指す。
「その手足、自分のもんじゃねえよな? 継ぎ接ぎの跡、隠せてねぇし。見ててこっちが痛くなるぜ」
「そ、それは……」
言葉が詰まる。
それを否定できないことぐらい、ベネディッタ自身が一番よく分かっている。
「で――知ってんの? その手足、誰のもんか」
「……カルテには書かれてなかった。
ただ、提供元の記録には“リベラート”って名前があった。それだけ」
「……ああ、そうだな」
リベラートが低く呟いた。
「どこの誰かも分かんねえ奴に、俺の名前、勝手に使われてたんだわ」
「そりゃそうだろうなぁ」
ジェイソンの口元が、ふっと歪む。
その笑みはまるで、“答えを知っていた者”のそれだった。
「だって――」
「それ、ライフベージがやったやつだもん」
リベラートは水音の消えた通路で足を止め、後ろを振り返る。
薄暗いランタンの灯りが、コンクリ壁に斑な影を落とす。
「撒いたの?」
「多分な。まあ、なんにしろ好都合だ」
彼は無造作に腰を下ろし、壁にもたれる。
ベネディッタも隣に立ち止まり、濡れたジャケットの袖を搾った。
「んで? お前はあのお嬢ちゃんからなんか聞けたのか?」
「……とりあえずはね」
ベネディッタの声は、すこしだけ掠れていた。
「“ライフベージ”って言ってた……」
「ライフベージ? なんだそりゃ?」
「分からない。でも、アバルトがそいつらと関わりを持って、例の爆破事件を起こしたのは間違いなさそう。
……私の敵はライフベージだ。この手足を奪った恨みを、私は奴らにぶつけたい」
リベラートは一瞬目を細め、それから小さく笑った。
「……やっとターゲットが決まったみてえだな。じゃあ俺は弟を見つけるついでに、てめえのお手伝いってか?」
「……うん、そうなるね」
その瞬間だった。
「……俺を働かせる分、ちゃんと貰うもんは貰うからな」
「分かったよ……楽天ペイでいいなら」
リベラートはピクッと眉を動かす。
「いや、PayPayがいいんだけど」
「他にもau Payとかあるよ? あとd払いとかも」
「いや、PayPayがいいんだけど」
「PayPalでもダメ?」
「いや、PayPayがいいんだけど」
ベネディッタは無言でスマホを開いた。
モバイルバッテリーに繋がれたそれが、ぴこぴこと電子音を鳴らす。
「……じゃあ、PayPayで“報酬:地獄の共犯者代”って送っとくね」
「項目名が不穏すぎるだろうが!!」
「“ギルティ・ボーナス”の方が良かった?」
「もっと悪ぃわ!!!!!」
――――――――――――――――――
地下通路を歩き続けて、どれほど経っただろうか。
リベラートがふと顔を上げると、錆びた鉄のハシゴが壁に埋め込まれていた。
「……お、いいもん見っけ。これで外に出れんじゃねえか?」
彼が指差した先、ハシゴの上には丸い蓋――マンホールが見える。
わずかに光が漏れており、地上の気配が感じられた。
「そうね。ずっとここを歩くのもしんどいし……こんなんじゃ、奴らを見つけらんない」
ベネディッタが手を伸ばして袖口をぎゅっと絞る。湿気と錆の匂いに、少し眉を顰めながら。
「じゃ――いっちょ、あのマンホール開けるか」
リベラートは片手でジャケットの裾を払うと、ぎしぎしと音を立てる鉄のハシゴを上り始めた。
錆でざらついた足場を踏みしめ、重々しい鉄蓋の前に立つ。
「おらよっ――!!」
グッ……!!
彼の腕の筋肉が浮かび上がり、鈍く光る鉄の蓋がキィ……と音を立てて浮き上がった。
わずかに差し込む冷たい風が、濁った地下の空気を押し返すように流れ込む。
「すごっ……」
ベネディッタが、ぽつりと息を漏らす。
「ふん、ムショん中でもそれなりの運動はさせられたもんでな。
……まだまだ衰えちゃいねえよ」
にやりと笑って、リベラートは蓋を完全に持ち上げ、横に滑らせる。
「ほら、お前も来い。 雪だらけの景色に戻れんぞ」
「……ちょっと待ってよ。今登るから……!」
ベネディッタは当たり前のように、ハシゴに手をかけた。
小さく、白く、よく動く指。
まるで“最初からそうであったかのように”その手足は動く。
足の先が鉄の段を捉える。
ふくらはぎの筋肉が収縮し、膝が軋まずに体重を受け止める。
どこにも無理はない。
ぎこちなさも、不自然さも、すでに微塵もなかった。
リベラートはその動きをじっと見上げ、口元をわずかに歪めた。
「……ずいぶん慣れてんだな。他人の肉体とは思えねえよ」
「慣れるしかなかったからね」
ベネディッタは淡々とそう返し、止まることなく登り続けた。
その声には、怒りも悲しみもない。
ただ、当然の現実としてそこにあるだけだった。
マンホールの穴から這い出ると、そこはリベラートの言う通り、雪だらけの田舎道だった。
遠くに小さな山並み。傾いた電柱。白く染まった畑の区画。
全てが凍りついたように動かず、風さえ止まっていた。
「……誰もいねえな」
リベラートは足元に広がる轍を睨みつける。
数日前のものらしきタイヤ痕が、雪の下にうっすらと残っていた。
だが、そこを通った者の気配はもうなかった。
「無人の村……って感じ」
ベネディッタが肩の雪を払って呟く。
人の声も、犬の鳴き声もない。
窓の閉じた家々は、まるで誰かが「帰ってこられない」ことを前提に、時間ごと封じられているようだった。
「ここまで誰もいねえとかあんのか?」
「……多分、奴らの仕業かも」
「あ? ライフベージか?」
「きっとそう。私も病院であいつらに襲われたからね。変な黒ローブを纏って……
それで、私のいた病院は燃やされた」
「……ああ、グローズド病院の事か」
リベラートが眉をひそめる。
「そういやお前、そっから逃げ出したんだもんな。
……この意味わかんねえカルテ持って」
「……あいつらの目的は分からない。でも――
少なくとも“人攫い”してるのは、間違いなさそう」
リベラートの肩がわずかに動いた。
「人攫いだぁ?」
「私も、あの時は起きたばっかりで……あまり覚えてないけど……
なんか“回収”とか“対象”とか、そんなことを言ってた。
私を見てくれたドクターは……“不純物”だかなんだかで、その場で殺された」
リベラートの表情が、初めてほんのわずかに強ばる。
「……意味わかんねえな、マジで」
「多分だけど……今流行りの行方不明事件も、あいつらに関わってる気がする」
その言葉に、リベラートの足がぴたりと止まった。
ベネディッタは振り返らない。目は前を向いたまま。
「……ニュースでも、SNSでも、やたら話題になってる。
“深夜の駅前で急に消えた”とか、“自宅に帰ったまま音信不通”とか……
全部、警察は“自発的な失踪”って片付けてるけどさ」
リベラートはしばらく口を開かなかった。
その沈黙の重さが、逆に答えの確かさを物語っていた。
「……数、どれくらいなんだ?」
「わかんない。公表されてるだけでも二桁。
でも本当は――もっと、いると思う」
(…待てよ、てことはジェイソンもこれに絡んでどっか行ったってことか?
ムショの移送中に行方不明とは聞いてはいるが…その隙に攫われたのか?)
雪が小さく舞った。
だがその冷たさを、リベラートの思考は感じていなかった。
(だとしても……なんのために攫ったんだ?
犯罪の腕を買いたかったのか? それとも……)
「……リベラート?」
「ん!?」
「どうしたの? さっきから凄いしかめっ面してたけど……」
「……ああ、わりぃ。ちょっと考え事をしてただけだ」
「……ならいいけど」
ベネディッタはそれ以上は聞かなかった。
問い詰めず、否定せず、ただ一度だけ彼を見て――また前を向いた。
リベラートも同じように前を向く。
でも、その胸の奥ではまだ、
“ジェイソン”という名前が、氷のように残っていた。
――――――――――――――――――
村を見渡しても、やはり人の気配はない。
ひとまずリベラートたちは、ドアの開けっぱなしになっていたボロ屋に身を潜める。
内装は古く、壁紙は剥がれ、床はきしみ、なのに――
「……なるほどな」
リベラートが部屋をぐるりと見回しながら呟いた。
「え?」
「このオンボロ、ついさっきまで人がいた気配がある」
彼は低く笑って、指をさす。
「見ろよこれ。食いかけのピザ。……微妙に、まだあったけえぜ?」
「……ホントだ」
ベネディッタも身をかがめ、紙皿の隣を見て目を細めた。
「それに横にあるコーラも……飲みかけ。炭酸まだ抜けてない」
「デブ活ってやつか? こいつぁチー牛野郎って相場が決まってんだよなあ」
「……人のこと勝手にチー牛認定するの、どうかと思うけど」
「いや、あの棚見てみろ。艦これ、Vtuber、アニメグッズ。
しかも未開封。箱のまま祭壇みてえに積んでやがる」
「あ、チー牛だったわ」
「だろ? しかも見てみろ……」
リベラートは足元の床を指差す。
「なにこれ……スマホ?」
「画面、バキバキだな。通知も10分前で止まってる。
“やべ、外で誰か騒いでるw”って打ちかけたまま、送信されてねぇ」
ベネディッタが無言で机の上のスマホを拾い上げる。
電源はまだ入っていた。指先で軽くスワイプすると、画面が素直に反応した。
「……ねえ、Googleの検索履歴も最悪なんだけど。なによこれ……」
「え?」
「見て。
『艦これ 榛名 エロ画像』、
『風俗 おすすめ 口コミ』、
『デリヘル 2万円以内 即日』……」
間を置いて、リベラートが叫ぶ。
「チー牛どころかただの変態じゃねーか!!!!」
声が妙に響いた。
冷えきった部屋の中で、彼の絶叫だけが妙に生々しく残った。
ベネディッタは無言でスマホを伏せる。
「……たぶん、もう死んでるわね」
「いや、死んでなくても、生きてたら殺したくなるタイプだろこれ」
間髪入れず、ベネディッタが呆れた声で返す。
「いやそれおめーが言うことかよ、この大犯罪者」
リベラートが肩をすくめる。
「おう、そいつは否定しねぇ。でも俺は検索履歴には残さねぇ主義だ」
「誇らしげに言うことじゃないからねそれ」
「……まぁそんなバカ話はいいとして、だ」
リベラートが視線をカーテンの奥に向けながら、低く呟いた。
「さっきまで人がいた痕跡があるっつーことは……」
「……まさか、まだ奴らがいる……!?」
「“いる”どころか――こりゃ、囲まれてんな」
「……っ!!」
ベネディッタの顔が強張る。
「カーテン越しでも分かる。
足音は消されてるが……雪の軋みと、気配の密度が変わった。
……少なくて4、5人。多くて……10人ちょっとか」
「そ、そんな……! いつの間に――!?」
リベラートは無言で指を口元に当てると、
ゆっくりと立ち上がり――タンスの影に視線を走らせた。
窓の外は見えない。
なのに、冷たい気配だけが、隙間風のように入り込んでくる。
部屋に、寒気とは異なる“戦場の空気”が流れ込んだ。
「……さてと」
彼はわずかに笑い、懐から黒光りするものを取り出した。
「また、“ぶっ殺し”の時間だな」
金属の重みが、手の中で静かに鳴った。
「――こいつを使って、な」
それは、刑務所から“拝借”してきたハンドガンだった。
その存在がこの夜に色を付ける、最初の“火種”だった。
「……私に、できることある?」
ベネディッタの声は小さいが、覚悟のにじむ色だった。
だが、リベラートの返答は――あまりに雑だった。
「お前のその刃物じゃ、どうにもなんねえな」
リベラートはチラリと彼女の生の義肢を見やり、鼻で笑う。
「……けどよ、これチー牛野郎の部屋だろ? 改造チャカの1丁や2丁くらい隠してんじゃねえの?」
「……そんな都合良くあるもんなの?」
「知らねえ。だが“奴ら”よりチー牛の方がよっぽど危険なモン持ってそうじゃねえか?
ベッドの下とか、電子レンジの中とか、アニメのフィギュアの台座の裏とかさ。漁ってみろよ」
「……テキトーなんだか本気なんだか、分かんないなあんた…!」
リベラートは小さく笑って、銃のスライドを引いた。
「半分テキトー、半分マジ。そっから奇跡の一本出てきたら儲けもんだろ」
「……あーもう、わかったわよ! やってみる!」
ベネディッタは若干イラつきながらも、手近な棚をひっくり返し始める。
その背をよそに、リベラートは窓のカーテンを指先でわずかに開けた。
外には、黒ローブの集団。
ベネディッタが言っていた“奴ら”と寸分違わぬ、異様な風体。
「……ああ、こいつらが“ライフベージ”ってわけね」
目を細めたリベラートは、視線を一点に固定した。
「……って、なんだよあの武器。アサルトライフルに……おいおい、パイナポーだと?」
呆れるより先に、笑いが漏れる。
「どこの軍事映画だ馬鹿野郎が。
俺ァ今、ポップコーンじゃなくて血ィ飛び散る方の本編に出てんのか?」
リベラートは鼻で笑い、窓越しにハンドガンを構える。
その黒い銃口は、まるで冷えた獣の目だ。
「――ド素人どもがよ」
引き金に指をかけ、口元が歪む。
「“ぶち殺す”ってのがどういうことか、今から教えてやるよ」
バンッ!!
破裂音と同時に、ひとりの黒ローブが後ろにのけぞるように吹き飛んだ。
弾丸は、眉間の少し上――前頭葉を貫通し、脳の芯ごと潰していた。
「……死体一丁、出来上がりってか」
血と白い何かが混じったものが、雪の上にパシャリと跳ねる。
黒ローブは瞬きをする暇もなく、眼球が裏返ったまま倒れ伏した。
他の奴らがザッと後退し、動きがバラける。
「――まず一匹」
リベラートはハンドガンを構えたまま、低く呟いた。
銃口の先、まだ温かい死体を踏み越えて、黒ローブたちが動き出す。
『不純物の反応あり。回収停止。……射殺に移行』
黒ローブから発せられたその声は、まるで読み上げるだけのように冷たかった。
だが次の瞬間――
「ハッ、殺れると思ってんのかタコが!!」
怒声とともにリベラートは再び銃を構える。
口元は笑っているが、その目だけは獣のように冷えていた。
「撃ってみろや、黒装束共。
こっちはな――何百人撃ち殺した後にようやくムショ入った、“本物”だぜ?」
ズガガガガガッ――!!
アサルトライフルの銃声が、部屋の外から怒涛のように鳴り響いた。
弾丸は壁を抉り、木材を砕き、家具を飛び散らせる。
だが――
「……おいおい、どこ撃ってんだよ!!!」
粉塵と破片のなか、リベラートは微動だにせず、ニタリと笑った。
「俺はここだぜ!? この距離で殺してぇなら、スナイパーでも持ってこいよアホが!!」
叫ぶや否や――バン!
リベラートのハンドガンが吠えた。
放たれた一発は寸分の狂いもなく、黒ローブの左目を抉る。
骨を砕き、脳を裂き、背後に血煙を花火のように咲かせて倒れる一人。
「――次」
ためらいも、迷いも、呼吸すら挟まない。
まるで殺すことが生きることだった頃のリズムを、そのまま取り戻したような射撃。
『不純物の強い抵抗。爆破開始』
無機質な音声が流れると同時に、
黒ローブの一人が腰のグレネードに手をかけ――ピンを抜いた。
それを見て、リベラートはあからさまに眉をひそめる。
「はァ?」
次の瞬間、手榴弾が勢いよく部屋の窓へと投げ込まれる――
ガチン!!
「――投げ方も下手くそだなオイ!!」
リベラートの咆哮とともに、ハンドガンの銃声が爆ぜた。
放たれた一発は、空中を飛ぶ金属塊へ寸分違わず命中。
炸薬に火が走る。
ズドン――!!
爆発は空中で起き、火花と黒煙が宙を裂いた。
外にいた黒ローブたちは爆風で吹き飛ばされ、何人かは雪の上に肩から叩きつけられる。
焼けた肉の匂いと、千切れた布が風に舞った。
「こういうのはなぁ、隠れて投げるもんなんだよ!!」
リベラートは窓辺に立ち、灰を払うようにして指先を動かす。
「宣言してから投げるとか……どういう教育受けてんだよ。バカじゃねえのか?」
爆煙の向こうで、まだ生き残りが銃を構える気配。
リベラートは一瞬だけ、薄ら笑いを消した。
まるで“殺し”のスイッチが、カチリと入り直すように。
「……まだ撃とうってのか? そりゃあ――残念だったな」
パンッ。
静かすぎる銃声。
乾いた音は風より速く、黒ローブの眉間へと吸い込まれた。
一瞬ののち――
バチィン!!
脳髄を撒き散らし、そいつは後ろに倒れた。
命が消えるまでにかかった時間、わずか0.6秒。
叫ぶ暇すら与えない、リベラート式の“ラストレッスン”。
ハンドガンの銃口はすでに、次の標的を探していた。
だが、もう静かだった。
風が、雪を巻く。
「……終わりか。あっけねぇな」
リベラートは、まだ微かに燻る煙の中に転がる死体を見下ろし、
軽く首を鳴らすと、手馴れた仕草で銃身をコートの裾で拭った。
鼻腔をくすぐるのは、雪の冷たさと火薬の焦げ臭さ、
そして――地面にこぼれた“生”の名残。
血と臓物を垂れ流し、形を失った“何か”が、静かに横たわっていた。
もう動かない。もう喋らない。もう、敵でもなければ、人ですらない。
「……え、もう終わったの?」
振り返ったベネディッタの腕には、まさかの金属の塊――
銃器。しかも、どう見ても“市販品”ではない。
「おう。おめえが“違法改造のお宝”探しをやってる間にな。
すっげえザコだったわ、あいつら」
リベラートはあくび混じりに言いながら、撃ち切った銃をその場に捨てた。
「……さすが、大犯罪者バウゼンね」
「ライフベージってのは、マジで脳みそまで腐ってんのか?
お前、こんな連中に手足持ってかれて、病院ごと燃やされたんだよな?」
「……一般人と大犯罪者を一緒にしないで」
ベネディッタはむすっと言いながらも、
その指が自然に銃のトリガーに添えられていた。
「……つーか、マジであったんだな、違法銃」
リベラートは目を細め、ベネディッタの手にある“それ”を見て口元を歪めた。
「ただの鉄くず棚だと思ってたが……チー牛の執念、侮れねぇな」
「……あんたのテキトーな言葉に踊らされたけど、
ホントに奇跡って、転がってるもんなんだね……」
ベネディッタは未だ信じられない表情のまま、
そのごついフレームを両手で構えてみせる。
手に伝わるずっしりとした質量――それは殺すためだけに設計された“重量”だった。
「しかもコイツ……マグナムじゃねえか」
リベラートは目を細めてバレルを覗き込み、
指でトントンとフレームを叩いた。
「見ろよこの太さ。普通の人間が撃ったら、肩どころか鎖骨まで吹っ飛ぶレベルだぞ」
「……銃っていうより、悪意を詰めた鉄の塊って感じね」
「もう半分、物理で殴る武器だな」
ベネディッタが顔をしかめながら訊く。
「なんでそんなもん、改造しようと思ったの?」
リベラートは鼻で笑い、肩をすくめた。
「さあな……多分、メタルギアとかバイオ4の影響じゃねえの?
ソリッド・スネークがシャドーモセスでよ、トラックん中でH&KのMk23…ソーコムピストル拾って使ってたろ。ああいうのに憧れて、『現実でもいける!』って思っちまったチー牛の末路だ」
「……レオン・S・ケネディのキラー7とかああいう奴?」
「そうそう。
そのくせ、現実じゃ弾薬も反動もノーセーブだってこと忘れてんだよな」
ベネディッタはマグナムを見下ろし、小さく息を吐いた。
「……妄想で作った凶器が、現実の地獄で役立つなんてね。
笑えるようで、まったく笑えないわ」
ベネディッタの声には、かすかに嘲りと哀れみが混じっていた。
リベラートは肩を竦め、マグナムを軽く持ち上げてみせる。
「全くだな。だが、コイツはお前じゃ扱えねぇ。
反動でお前ごと後ろに吹っ飛ぶのがオチだ」
「……バカにしてる?」
「してねぇよ。現実ってのは、銃一丁ですら命取りなんだよ。
ちょうどハンドガンの弾も尽きちまったし、次からはコイツで踊るとするか」
彼はマグナムのシリンダーを回し、
不敵な笑みを浮かべる。
ベネディッタは呆れ顔のまま、小さく肩をすくめた。
「……好きにすればいいよ。
でも撃つときは、せめて私の耳が吹き飛ばない位置で頼むわ」
「へーへー、善処しやすよ」
――――――――――――――――――
ボロ屋の扉がギィと軋み、雪と血と火薬の匂いが渦を巻いて吹き込んだ。
リベラートは黙って、倒れた黒ローブの死体へと歩を進める。
雪に濡れた地面が、ぐしゃりと嫌な音を立てた。
「……こいつは、“タリスマン”ってやつか?」
黒ローブの胸元には、刺繍が施されていた。
血で滲んだ白い糸で描かれたのは、十字架に似たマーク――
だがその下には、根を張った樹のような文様。
「……これが、ライフベージ?」
ベネディッタが眉をひそめる。
リベラートはしゃがみこみ、そのマークを指でなぞる。
触れた布地は異様に分厚く、どこかぬめりすら感じた。
「……ほう。“命のサルベージ”、ってか」
彼は鼻で笑った。
「デザイン通りだな。命を引っこ抜いて、自分らの器にでも詰めてんのか?」
「あり得る……」
ベネディッタが囁く。
「“回収”って、そういう意味なのかもしれない」
「命そのものを“資源”として扱ってるってか?」
リベラートはローブの下を探り、ポケットから小さな札のようなものを引き抜く。
硬質なカード――表面には記号の羅列とQRコード、そしてその裏に、またあの十字樹の紋章。
「身分証じゃねえな……物のタグか? まるで“人間の管理ラベル”だぜ」
「……やっぱり、“あの病院”だけじゃなかったんだ」
ベネディッタの目が暗く細まる。
「ライフベージは、もっと根深い」
リベラートはカードをポケットに突っ込み、黙って雪を掬って死体の顔にかけた。
「……一つ聞きてえな。
“命を救う”って名乗る奴が、人を殺してまで何を救いてえんだ?」
ベネディッタは答えず、ただ冷たい空に向かって息を吐いた。
沈黙の中。
雪の舞う空気を、遠くから掻き乱すような微かな震えが届く。
――ブルルルルル。
それは、確かにエンジン音だった。
ひどく年季の入った車両の音。滑るようなタイヤの唸りも聞こえてくる。
「……なんだ?」
リベラートが顔を上げる。
「もしかして……この村の人?」
ベネディッタが不安混じりに問いかける。
だが――
「……遅すぎんだろ。村が壊滅してからどんだけ経ってると思ってんだ」
リベラートの表情は、笑っていなかった。
「村人なら、もっと早く来る。
あの黒ローブどもがいたことすら気づかず、のこのこ来たってのも考えづらい」
音が、だんだんと大きくなる。
やがて、近くの角をゆっくりと曲がる車体の影。
古びたワンボックスカー――
サビたボディ、曇ったフロントガラス、その奥に映る人影はひとつ。
「……どうする?」
ベネディッタが目だけで尋ねる。
「とりあえず――挨拶は、拳銃持ってからだ」
リベラートは背後の死体から布切れを剥ぎ取り、血と火薬の臭いを乱暴に拭い落とした。
そして、マグナムのグリップをゆっくりと握り込む。
車は――止まらない。
凍てついた雪道を軋ませながら、確実にこちらへと向かってくる。
ヘッドライトの光が、二人の影を地面に長く引き伸ばす。
「……くるぞ」
リベラートが言った瞬間、人影がライトの逆光の中から、浮かび上がった。
その刹那。
「……は?」
低く、乾いた声がリベラートの喉から漏れた。
「どうしたの、リベラート?」
ベネディッタがすぐに反応するが――
「………どういうこった……」
その顔は、忘れるわけがなかった。
皮膚の色、髪の束、あのままの輪郭――
檻の中でも何度も夢に見た、奴らに捕まったはずの弟。
車はすぐ目の前に止まり、無遠慮なエンジン音を切る。
扉が開く音――ギギィ、と鈍く。
「……降りてくる?」
ベネディッタが呟くが、リベラートは答えない。
ただ、その場で微かに震えながら、絞り出すように叫んだ。
「……マジで、どういうことだよ……」
「なんで……」
「なんでここにいるんだ、ジェイソン!!」
目の前に立つその男は、驚くほど静かな顔をしていた。
――まるで、“再会”すら予定通りだったかのように。
「……やっぱ兄貴か! 久しぶりだな!」
弾けるような笑顔、変わらない声。間違いない――ジェイソンだ。
「ジェイソン……! お前、なんで……!? 捕まったはずじゃ……!」
ベネディッタも一歩下がりながら、警戒と驚きが混ざった目で問いかける。
「ジェイソン……? この人が、あなたの弟……?」
「ん? ああ捕まったさ。警官のクソ共にな」
ジェイソンは飄々と語る。
「俺が路上で野グソしてる時に見つかっちまってな」
「……え。ちょ、お前……何してる時に……?」
「野グソ」
「マジで?」
「マジで」
「……ッッッッアアアアアアア!!!!!」
リベラートが吠えた。
「どんなマヌケな捕まり方してんだおめーはァ!!!!!!
もっとなんかこうあるだろ!? 偽造IDとか逃走劇とか!!」
「いや兄貴だってさ、捕まったとき野ションしてたろ?」
「それを言うんじゃねええええええええ!!!!!!
一番! 心に! 刺さるんだよそれは!!!!!!!」
「だってあの時パンツ濡れてたじゃん」
「やめろおおおおおお!!!!!!!」
「……ねえ、あんたたち。それ、本当なの? そんなしょーもない理由で捕まったって?」
ベネディッタの眉間がぴくりと跳ねた。
目は死んだ魚のようなリベラートと、無邪気に笑うジェイソンを交互に見ている。
「少なくとも兄貴はマジだぜ」
ジェイソンは即答。どこまでも爽やかに。
「……おい」
リベラートが、魂を抜かれたような目で弟を睨んだ。
「マジかよ……世間を騒がせた大犯罪者が、よりによって野ションで御用って……」
ベネディッタは信じられないという表情で肩を落とす。
「やめろ……やめろォ……!」
リベラートはその場に崩れ落ちそうになりながら頭を抱えた。
「なんか今からでも……もう一回出頭したい……!」
「出頭すんな。今は私のためにも協力して」
ベネディッタが冷静にツッコむ。
「うるせえ!!」
「俺はでもケツ拭いてる最中だったからセーフじゃね?」
「セーフじゃねえんだよ!!!!」
リベラートの絶叫が、雪空に虚しく響いた。
「いや、野グソで捕まったのはもういい……もう、いいとしてだ」
リベラートは深く息を吐いて、ジェイソンを睨みつけた。
「――その後、どうなった? お前、ムショの移送中に行方不明になったって聞いたぞ。逃げたのか? サツから」
ジェイソンは数秒、沈黙したまま兄の顔を見つめ、ぽつりと呟いた。
「……なに言ってんだ、兄貴」
「……あ?」
「捕まったのは事実だ。だけど……俺は“釈放”されたんだよ」
「……はあ!?」
リベラートの声が裏返る。
「釈放!? おめーが!? なんでそんなことに!?」
ベネディッタも思わず前のめりになった。
「ちょ、ちょっと待って!? あんただけ釈放ってどういうことなのよ!?」
ジェイソンは肩をすくめ、まるで「そんなこともあるさ」とでも言いたげに笑った。
「さあな。俺にもよく分かんねえけど……気づいたら、ムショの外だったんだよ」
その目は、どこか“作られた無邪気さ”を含んでいた。
「気づいたらって……どういうことなの?」
ベネディッタが一歩踏み出し、声のトーンを落とす。
「……なあ兄貴、さっきから気になってたんだけどさ」
ジェイソンが視線を向ける。
「そっちの嬢ちゃん、誰?」
「……あ? ああ」
リベラートは短く息を吐き、肩を竦めた。
「こいつはベネディッタ。俺を豚箱から出してくれた恩人ってわけだ」
「へえ~……」
ジェイソンの目がすっと細くなる。
「“ベネディッタ”って、偽名?」
「はぁ!? れっきとした本名なんですけど!?」
ベネディッタの声が跳ね上がる。怒りと困惑が綯い交ぜになったような反応だった。
「……いや、だってさ」
ジェイソンが肩をすくめ、冷めた目で彼女の手足を指す。
「その手足、自分のもんじゃねえよな? 継ぎ接ぎの跡、隠せてねぇし。見ててこっちが痛くなるぜ」
「そ、それは……」
言葉が詰まる。
それを否定できないことぐらい、ベネディッタ自身が一番よく分かっている。
「で――知ってんの? その手足、誰のもんか」
「……カルテには書かれてなかった。
ただ、提供元の記録には“リベラート”って名前があった。それだけ」
「……ああ、そうだな」
リベラートが低く呟いた。
「どこの誰かも分かんねえ奴に、俺の名前、勝手に使われてたんだわ」
「そりゃそうだろうなぁ」
ジェイソンの口元が、ふっと歪む。
その笑みはまるで、“答えを知っていた者”のそれだった。
「だって――」
「それ、ライフベージがやったやつだもん」
0
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昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
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