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崖少女
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日が暮れる前に早々と帰路に着いた二人は、先ほど見つけた「ショートカット」を通じて下山することにした。
階段は舗装されているはものの、片方は斜面、片方は森とけっして景色の良いものではないため苔が蒸している。実際にこの道を使っている人はそこまでいないらしい。
湿気っぽい下り道を転ばぬように注意して二人は下っていく。
「おっとっと」
「大丈夫か? 七緒」
紀糸はズルっと足を滑らせた七緒の腕を掴み体勢を立て直させる。
「うん。大丈夫」
「ポケットに手を突っ込んでるからバランスが取れないんだよ。山道で手を塞いでる奴なんかいないぞ」
「そだね、やめる」
七緒はそう言うと素直にパーカーのポケットから手を出した。無意識に握っていた御守りに気付きそのまま御守りだけパーカーのポケットに戻す。
その動作を見て紀糸も自分の御守りを確認した。しかし、御守りは依然変わらず普通の御守りのように静かに息を潜めている。
本当にありがたく、効果のある御守りなのかも紀糸は半信半疑であった。一応、神様が直々に作ったものではあるのでありがたいものと言えばありがたいものなのではあるが。
「最近、稲荷の仕事でこんなことばっかりさせられてるのか?」
「ううん。基本的には稲荷と一緒。私だけでくるのは今回初めて」
「そうなんだ、危険なこととかあった?」
「ううん。稲荷はああ見えても優しいから」
「ほんとかぁ?」
「うん。今回だってきっと私一人が心配だったから……きぃちゃんにお願いしたんだと思うよ」
そういう七緒の表情はいつもとあまり変わらないものの少し緩んだ穏やかそうな表情に思えた。
「ぐっ……。確かにあいつの面倒見の良さを否定しきれないのがなんか癪に触る…」
紀糸は微妙な心境ののまま話を続けようとする。
「なぁ、七緒…?」
顔を上げた……がそこには七緒は居なかった。
「なな、お?」
紀糸は言葉に詰まる。先ほどまで隣を歩いていた七緒がいない。心なしか辺りも静まり返っているような錯覚に陥る。
周囲の音が耳に入ってこない。
太陽の位置は変わっていない筈なのに辺りも暗く感じる。
「おい、七緒っ? どこだ? 七緒?」
紀糸の呼びかけにも反応がない。
時の流れが水中のようにスローモーションに感じる。
その最中、紀糸は背後の茂みから冷たい視線を感じた。
紀糸はその視線に反応するように、バッと振り返る。
「?」
そこには何もなかった。
ただ、草木が静かに佇んでいるだけ。
ただ、薄暗く茂みが口を開けているだけであった。
紀糸は本能的に緊張していたのか無意識の溜息と付き、ゆっくり視線を元に戻す。
そこの茂みにいた。
ぽっかりと顔の目と口に穴が開いた生気のない少女の顔がこちらに向いている。
小学生ほどの年齢に見合った服から突き出るとても細い腕でゆっくりとこちらを手招きをしている。
それは初めからそこにいたが見えなかっただけである。
視線は明らかにそれの物だった。
紀糸は空洞の瞳と目が合ってしまった。
いや、実際は空洞なのでそんな気がしたと言うほうが正しいのか。
とりあえず、その空虚な闇から目を離すことが出来ない。
「な…あ……」
紀糸は言葉を詰まらせる。
自分で何を言おうと思ったのかも思い出せない。
実際この世界に近しい位置に自分はいることは自覚していたが、実際に遭遇するのは初めての経験であるからだ。
こんなにも冷たく……
こんなにも寒い……
こんなにも悲しい……
悲しい?
『なぜ、あたしはこれを悲しいと感じたのだろうか?』そんな思考が紀糸の頭を過った。
『ああ、この子寂しいんだな……』
『あたしと……同じ…だな』
紀糸はその子にやさしく手を伸ばす。
この手が彼女の救いの手となればいい。
そんな願いを込めて、あたしに差し伸べられたいくつもの手のように。この子も同じように。
しかし、紀糸の手は届かなかった。
少女のは茂みの奥にスライドするように紀糸との距離は変わらない。
紀糸は合わせてもう一歩踏み出した。
それでも距離は縮まらない。
もう一歩。
縮まらない。
さらにもう一歩。
縮まらない。
もう一歩だけ。
縮まらない。
あと一歩、届けばこの子を救えるかもしれない。
それでも、距離は縮まらない。
紀糸は速度を上げる。
それでも縮まらなかった。
もう、こうなれば自棄だと駆け出す。
走るのは自信がある。
障害物があろうが速度を落とさない自信も。
紀糸は草木を軽々避けて駆ける。
あと……ちょっと
少女に手が…とど――――――――――――
女の子との距離が縮まった気がした。
「きぃちゃん!」
聞きなれた声が耳に入り、意識が少しだけ後ろに向かう。
崩した体制からかポケットがら「お守り」が零れ落ちた。
反射的にそれを掴む。
「あっちっ!!」
お守りは燃えた灰を掴んだように熱かった。
思わずそれを手から落としてしまう。
お守りは地上の遥か上空を飛んでいた。
「なっ! 崖っ?」
少女は目の前に立っているのに足場が……。
少女はバランスを崩す紀糸をどこを見ているか分からない瞳で静かに見下ろしていた。
「うっ、ぐっ」
紀糸は崖の上空に投げ出された体からめいいっぱい足を延ばし、木に引っ掛けた。
その足を軸に体が崖に叩きつけられる。
「痛っ!」
なんとか、落下は免れられたが紀糸はほぼほぼ逆さ吊りの状態になってしまった。
叩きつけられたときに舞った土埃でむせそうになる。
「きいちゃん」
七緒の声だ。
紀糸の視線は以前、崖下の地上しか見えていないが七緒の声がして足を掴まれる感触がした。
「七緒。さんきゅーな」
「きいちゃん…」
「なんとか、大丈夫だよ」
七尾の様子がおかしい。
手が震えている感触が伝わってくる。
「ななお?」
「スカートの中、丸見えだね」
「うるさいっ!」
階段は舗装されているはものの、片方は斜面、片方は森とけっして景色の良いものではないため苔が蒸している。実際にこの道を使っている人はそこまでいないらしい。
湿気っぽい下り道を転ばぬように注意して二人は下っていく。
「おっとっと」
「大丈夫か? 七緒」
紀糸はズルっと足を滑らせた七緒の腕を掴み体勢を立て直させる。
「うん。大丈夫」
「ポケットに手を突っ込んでるからバランスが取れないんだよ。山道で手を塞いでる奴なんかいないぞ」
「そだね、やめる」
七緒はそう言うと素直にパーカーのポケットから手を出した。無意識に握っていた御守りに気付きそのまま御守りだけパーカーのポケットに戻す。
その動作を見て紀糸も自分の御守りを確認した。しかし、御守りは依然変わらず普通の御守りのように静かに息を潜めている。
本当にありがたく、効果のある御守りなのかも紀糸は半信半疑であった。一応、神様が直々に作ったものではあるのでありがたいものと言えばありがたいものなのではあるが。
「最近、稲荷の仕事でこんなことばっかりさせられてるのか?」
「ううん。基本的には稲荷と一緒。私だけでくるのは今回初めて」
「そうなんだ、危険なこととかあった?」
「ううん。稲荷はああ見えても優しいから」
「ほんとかぁ?」
「うん。今回だってきっと私一人が心配だったから……きぃちゃんにお願いしたんだと思うよ」
そういう七緒の表情はいつもとあまり変わらないものの少し緩んだ穏やかそうな表情に思えた。
「ぐっ……。確かにあいつの面倒見の良さを否定しきれないのがなんか癪に触る…」
紀糸は微妙な心境ののまま話を続けようとする。
「なぁ、七緒…?」
顔を上げた……がそこには七緒は居なかった。
「なな、お?」
紀糸は言葉に詰まる。先ほどまで隣を歩いていた七緒がいない。心なしか辺りも静まり返っているような錯覚に陥る。
周囲の音が耳に入ってこない。
太陽の位置は変わっていない筈なのに辺りも暗く感じる。
「おい、七緒っ? どこだ? 七緒?」
紀糸の呼びかけにも反応がない。
時の流れが水中のようにスローモーションに感じる。
その最中、紀糸は背後の茂みから冷たい視線を感じた。
紀糸はその視線に反応するように、バッと振り返る。
「?」
そこには何もなかった。
ただ、草木が静かに佇んでいるだけ。
ただ、薄暗く茂みが口を開けているだけであった。
紀糸は本能的に緊張していたのか無意識の溜息と付き、ゆっくり視線を元に戻す。
そこの茂みにいた。
ぽっかりと顔の目と口に穴が開いた生気のない少女の顔がこちらに向いている。
小学生ほどの年齢に見合った服から突き出るとても細い腕でゆっくりとこちらを手招きをしている。
それは初めからそこにいたが見えなかっただけである。
視線は明らかにそれの物だった。
紀糸は空洞の瞳と目が合ってしまった。
いや、実際は空洞なのでそんな気がしたと言うほうが正しいのか。
とりあえず、その空虚な闇から目を離すことが出来ない。
「な…あ……」
紀糸は言葉を詰まらせる。
自分で何を言おうと思ったのかも思い出せない。
実際この世界に近しい位置に自分はいることは自覚していたが、実際に遭遇するのは初めての経験であるからだ。
こんなにも冷たく……
こんなにも寒い……
こんなにも悲しい……
悲しい?
『なぜ、あたしはこれを悲しいと感じたのだろうか?』そんな思考が紀糸の頭を過った。
『ああ、この子寂しいんだな……』
『あたしと……同じ…だな』
紀糸はその子にやさしく手を伸ばす。
この手が彼女の救いの手となればいい。
そんな願いを込めて、あたしに差し伸べられたいくつもの手のように。この子も同じように。
しかし、紀糸の手は届かなかった。
少女のは茂みの奥にスライドするように紀糸との距離は変わらない。
紀糸は合わせてもう一歩踏み出した。
それでも距離は縮まらない。
もう一歩。
縮まらない。
さらにもう一歩。
縮まらない。
もう一歩だけ。
縮まらない。
あと一歩、届けばこの子を救えるかもしれない。
それでも、距離は縮まらない。
紀糸は速度を上げる。
それでも縮まらなかった。
もう、こうなれば自棄だと駆け出す。
走るのは自信がある。
障害物があろうが速度を落とさない自信も。
紀糸は草木を軽々避けて駆ける。
あと……ちょっと
少女に手が…とど――――――――――――
女の子との距離が縮まった気がした。
「きぃちゃん!」
聞きなれた声が耳に入り、意識が少しだけ後ろに向かう。
崩した体制からかポケットがら「お守り」が零れ落ちた。
反射的にそれを掴む。
「あっちっ!!」
お守りは燃えた灰を掴んだように熱かった。
思わずそれを手から落としてしまう。
お守りは地上の遥か上空を飛んでいた。
「なっ! 崖っ?」
少女は目の前に立っているのに足場が……。
少女はバランスを崩す紀糸をどこを見ているか分からない瞳で静かに見下ろしていた。
「うっ、ぐっ」
紀糸は崖の上空に投げ出された体からめいいっぱい足を延ばし、木に引っ掛けた。
その足を軸に体が崖に叩きつけられる。
「痛っ!」
なんとか、落下は免れられたが紀糸はほぼほぼ逆さ吊りの状態になってしまった。
叩きつけられたときに舞った土埃でむせそうになる。
「きいちゃん」
七緒の声だ。
紀糸の視線は以前、崖下の地上しか見えていないが七緒の声がして足を掴まれる感触がした。
「七緒。さんきゅーな」
「きいちゃん…」
「なんとか、大丈夫だよ」
七尾の様子がおかしい。
手が震えている感触が伝わってくる。
「ななお?」
「スカートの中、丸見えだね」
「うるさいっ!」
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