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崖少女
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紀糸は崖から這い上がっていた。
少女の霊は相変わらず崖の下を見下ろしている。
「きぃちゃん? 私、見える?」
「は? 見えるけど。七緒こそ、どこに行ってたんだよ」
「ずっと一緒。だけど、きぃちゃん。走り始めちゃって」
「え?」
たしかに、七緒は足が所々に傷がついていた。
あまり言葉にはしないが必死に追いかけてきたのだろう。紀糸のほうが七緒を見えなくなっていたみたいだ。
「ありがとう、七緒」
「いいよ。私こそ、ごめん。巻き込んだ」
「まぁ、それは成り行きだししょうがないからな。それとして、七緒にはそこのやつ見えるか?」
紀糸は顎で少女の霊を指す。少女の霊は依然として空中に佇んでおり、手招きはしていないものの崖下を静かに見下ろしていた。
どうやら、落ちる紀糸ではなくもっと下の方を見ていたようである。
「見えない」
「そうか、あたしだけか」
「昔、稲荷から聞いた。霊は別の次元の存在。だから、波長があった人にしか伝えられないって」
「ふぅん、何かあたしに伝えたいことがあるのかな?」
「ん、大抵は亡くなった時の心境だから。寂しいくて仲間を増やそうとする。きぃちゃん、気を付けて」
「なんか、それだけじゃない気がする」
紀糸は少女に近づくが少女は何も反応を示さなかった。
ただ、静かに下を見つめている。
紀糸も合わせて崖際に膝をつき、下を覗き込んだ。
眼がくらみそうな高さの急斜面がしたに続いている。
土でできた崖からは居場所を間違えた木の根所々飛び出していた。
「あれは?」
紀糸は木の根の合間に影になっている部分を発見した。ただの窪みだろうか。なにやら、その霊はその窪みを見ている気がした。
「七緒、ちょっと下に何かある」
「ん?」
「あたし、ちょっと見てくる」
「きぃちゃん、危ないよ?」
「大丈夫、あたしはこういうの慣れているから」
紀糸はそういうと崖に足を引っかけ、木の根を上手に使いスルスルと降りていく。
あっという間に崖の中間あたりにある窪みにたどり着くことができた。上から見たときはただの窪みだったが、昔は何かの巣だったのかちょっとした穴のようになっていた。
人ひとりやっと入れるくらいに穴に紀糸は足を踏み入れる。
「うっ」
そこにあったのは死体だった。
汚れた服装、体格から小学生くらいの少女であることは想像がついた。
だいぶ古く、砂を被り麻袋のような質感となっている皮のみを残したその姿は骨がくっきりと浮き出ている。目は陥没し、中身はすでに生物の糧となった後のようでペタッと重力のままに形を成している。そして、少女の周りは脂がしみ込んだのか楕円形に湿っているかのように色が変わっていた。
変な方向に折れ曲がった足を抱えるように体を丸めている少女の遺体を見つめ、紀糸はそのまま立ち尽くす。
乾ききっているため匂いがないのがせめてもの救いか、たぶん腐敗臭があったら吐き気も催していただろうか。
紀糸は若干動揺しつつも、震える指で携帯を取り出し七緒に掛けた。
「七緒? その幽霊の子見つけた」
『幽霊の子? ホトケ様?』
「う…うん。亡くなってる。あたしはどうしたらいい?」
『待って、すぐに稲荷に連絡するから。そこが危ないなら上に戻ってきても』
「いや、もうちょっとここにいるよ」
『きぃちゃん。稲荷の言ったことは忘れないでね』
『深入りするなよ』稲荷の言葉が頭の中で再生された。だが、この少女の本当の目的「自分を見つけてもらう」を分かった今はどうしても放って置くことはできなかった。
この子は一人で寂しく死んでいき、こうして亡くなった後も孤独に助けを求め続けていたのだろう。いつか、母親の元に帰ることを夢見ていて。
「長かったな。一人で寂しかったんだろう?」
紀糸は物言わぬ彼女に問いかける。
すると、なんだかその場の空気が和らいだ気がした。遺体も早く助けてあげたいという気持ちの方が強いので、今では恐怖を感じなくなっている。
しかし、その空気が急に尖る。
いくつもの指すような視線を感じる。
突然の大音量に紀糸の体は飛び跳ねた。
それが自分の携帯の着信音だと認識するのに数秒もかかってしまう。
「もしもし」
『きぃちゃん! すぐそこから離れて! 稲荷が怒ってる。そいつはもう悪霊だ。紀糸が危ないって!』
「分かった!」
「はやくっ!」
紀糸は通話を切り、慌てて穴から出ようとした。
それに背を向けた瞬間にガバッと何かが首に巻きつく感覚。
ザリッと砂がこびりついて、とても冷たい。そんな者が背中に覆いかぶさるような感触が。した。
『ヒトリニ……シナイ…デ』
頭の真後ろでささやく声に思わず鳥肌が立つ。
死体が動くはずない!そう思いながらも遺体の方を確かめる余裕はなかった。
その、背中に張り付く者からまるで糸が伸びているかのように谷底へ引っ張られる。
紀糸は背を押されるように、穴の入り口との距離がじりじりと詰められていく。
『オマエダケ』『オマエモ』『オマエモ』『イッショ』『コイ』『コッチニ』『オマエモ』『オマエダケ』『ユルサナイ』『オマエモ』『オマエモ』『イッショ』『コイ』『コッチニ』『オマエモ』『ズルイ』『オマエモ』『オマエモ』『イッショ』『コイ』『コッチニ』『オマエモ』
『落ちろ』
複数の声が絡み合うように聞こえる。少女だけではない、その犠牲者も新たな道連れを呼んでいた。
少女の霊は相変わらず崖の下を見下ろしている。
「きぃちゃん? 私、見える?」
「は? 見えるけど。七緒こそ、どこに行ってたんだよ」
「ずっと一緒。だけど、きぃちゃん。走り始めちゃって」
「え?」
たしかに、七緒は足が所々に傷がついていた。
あまり言葉にはしないが必死に追いかけてきたのだろう。紀糸のほうが七緒を見えなくなっていたみたいだ。
「ありがとう、七緒」
「いいよ。私こそ、ごめん。巻き込んだ」
「まぁ、それは成り行きだししょうがないからな。それとして、七緒にはそこのやつ見えるか?」
紀糸は顎で少女の霊を指す。少女の霊は依然として空中に佇んでおり、手招きはしていないものの崖下を静かに見下ろしていた。
どうやら、落ちる紀糸ではなくもっと下の方を見ていたようである。
「見えない」
「そうか、あたしだけか」
「昔、稲荷から聞いた。霊は別の次元の存在。だから、波長があった人にしか伝えられないって」
「ふぅん、何かあたしに伝えたいことがあるのかな?」
「ん、大抵は亡くなった時の心境だから。寂しいくて仲間を増やそうとする。きぃちゃん、気を付けて」
「なんか、それだけじゃない気がする」
紀糸は少女に近づくが少女は何も反応を示さなかった。
ただ、静かに下を見つめている。
紀糸も合わせて崖際に膝をつき、下を覗き込んだ。
眼がくらみそうな高さの急斜面がしたに続いている。
土でできた崖からは居場所を間違えた木の根所々飛び出していた。
「あれは?」
紀糸は木の根の合間に影になっている部分を発見した。ただの窪みだろうか。なにやら、その霊はその窪みを見ている気がした。
「七緒、ちょっと下に何かある」
「ん?」
「あたし、ちょっと見てくる」
「きぃちゃん、危ないよ?」
「大丈夫、あたしはこういうの慣れているから」
紀糸はそういうと崖に足を引っかけ、木の根を上手に使いスルスルと降りていく。
あっという間に崖の中間あたりにある窪みにたどり着くことができた。上から見たときはただの窪みだったが、昔は何かの巣だったのかちょっとした穴のようになっていた。
人ひとりやっと入れるくらいに穴に紀糸は足を踏み入れる。
「うっ」
そこにあったのは死体だった。
汚れた服装、体格から小学生くらいの少女であることは想像がついた。
だいぶ古く、砂を被り麻袋のような質感となっている皮のみを残したその姿は骨がくっきりと浮き出ている。目は陥没し、中身はすでに生物の糧となった後のようでペタッと重力のままに形を成している。そして、少女の周りは脂がしみ込んだのか楕円形に湿っているかのように色が変わっていた。
変な方向に折れ曲がった足を抱えるように体を丸めている少女の遺体を見つめ、紀糸はそのまま立ち尽くす。
乾ききっているため匂いがないのがせめてもの救いか、たぶん腐敗臭があったら吐き気も催していただろうか。
紀糸は若干動揺しつつも、震える指で携帯を取り出し七緒に掛けた。
「七緒? その幽霊の子見つけた」
『幽霊の子? ホトケ様?』
「う…うん。亡くなってる。あたしはどうしたらいい?」
『待って、すぐに稲荷に連絡するから。そこが危ないなら上に戻ってきても』
「いや、もうちょっとここにいるよ」
『きぃちゃん。稲荷の言ったことは忘れないでね』
『深入りするなよ』稲荷の言葉が頭の中で再生された。だが、この少女の本当の目的「自分を見つけてもらう」を分かった今はどうしても放って置くことはできなかった。
この子は一人で寂しく死んでいき、こうして亡くなった後も孤独に助けを求め続けていたのだろう。いつか、母親の元に帰ることを夢見ていて。
「長かったな。一人で寂しかったんだろう?」
紀糸は物言わぬ彼女に問いかける。
すると、なんだかその場の空気が和らいだ気がした。遺体も早く助けてあげたいという気持ちの方が強いので、今では恐怖を感じなくなっている。
しかし、その空気が急に尖る。
いくつもの指すような視線を感じる。
突然の大音量に紀糸の体は飛び跳ねた。
それが自分の携帯の着信音だと認識するのに数秒もかかってしまう。
「もしもし」
『きぃちゃん! すぐそこから離れて! 稲荷が怒ってる。そいつはもう悪霊だ。紀糸が危ないって!』
「分かった!」
「はやくっ!」
紀糸は通話を切り、慌てて穴から出ようとした。
それに背を向けた瞬間にガバッと何かが首に巻きつく感覚。
ザリッと砂がこびりついて、とても冷たい。そんな者が背中に覆いかぶさるような感触が。した。
『ヒトリニ……シナイ…デ』
頭の真後ろでささやく声に思わず鳥肌が立つ。
死体が動くはずない!そう思いながらも遺体の方を確かめる余裕はなかった。
その、背中に張り付く者からまるで糸が伸びているかのように谷底へ引っ張られる。
紀糸は背を押されるように、穴の入り口との距離がじりじりと詰められていく。
『オマエダケ』『オマエモ』『オマエモ』『イッショ』『コイ』『コッチニ』『オマエモ』『オマエダケ』『ユルサナイ』『オマエモ』『オマエモ』『イッショ』『コイ』『コッチニ』『オマエモ』『ズルイ』『オマエモ』『オマエモ』『イッショ』『コイ』『コッチニ』『オマエモ』
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複数の声が絡み合うように聞こえる。少女だけではない、その犠牲者も新たな道連れを呼んでいた。
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