ガシャドクロの怪談

水雨杞憂

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崖少女

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「やめろ、そんなことしたって」

 紀糸は言葉を絞り出すが引かれる力は緩まない。
 とうとう穴の外まで引き吊り出された紀糸はやむなく穴の横付近にある木の根を掴んだ。
 紀糸の足は宙に放り出される。

『オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…サビシイ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ… オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…』

 背中にしがみつく者、それを引く者たち。その力が弱まることは無かった。

「やめろ! はな――――――――」

 紀糸の脳裏に呪言に紛れた『サビシイ』と言う少女の言葉が突き刺さる。

「そうだよな…。寂しいのは誰だってやだよな。あたしも分かるよその気持ち」

 紀糸はため息交じりの笑みをこぼした。

「なら離すなよ! あたしが全員まとめて上まで運んでやる!!! 体力だけは自信あるからな!」

 紀糸はさらに上の木の根を力強く掴む。足は斜面に突き立てる。
 相変わらず背中にはつる下がっている者たちの重さを感じる。
 しかし、紀糸はゆっくりだが着実に這い上がって行った。

『オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オ チロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…オチロ…』
「うるさいっ! 黙ってろっ……」

 少々息切れを起こす紀糸も気合と根性で登っていく。
 ゆっくりだが確実に。

「馬鹿やってんじゃねぇよ」

 紀糸の真横から嫌味な声が聞こえた。
 横を見ると斜面をまるで地面のようにして立っている稲荷狐がいた。
 いつもの嫌味な態度とは変わらないもののその目はいつもより鋭さが増しているような気がする。

「稲荷っ!」
「あんまり深入りするなって言っただろ。ここからは俺の領分だ。同情なんかかけて霊を刺激しやがって」
「しょうがないだろ! あんなん見たら誰だって」
「中途半端な同情が、一番霊を傷つけ逆上させるんだよ。まぁ、見つけ出して引き出したのは上出来だがな。あとは、俺に任せな」
「やめろ」
「は?」
「あたしはな! 中途半端な気持ちでこんなことやってねぇんだよっ!」
「……」

 紀糸の剣幕に何かを考えているのか稲荷は黙りこくる。
 諦めてくれたかと思った瞬間に紀糸に飛び掛かった。
 その獰猛な牙は紀糸の背後を横切り、何かを食いちぎる。
 その瞬間に背中の何かが千切れる感覚がし、スーッと軽くなった。

「稲荷っ!」
「てめぇの話を聞いてんじゃねぇよ。紀糸、お前がどう思おうがこいつらに声は伝わられねぇ。霊とそういうもんだ。孤独で自分の世界しかねぇんだよ」
「そんなこと言ったって聞こえたんだよ!」
「さっさと登れ、いいな」
「おいっ」

 稲荷狐はそれ以上聞く耳を持たず、軽々と駆け上がる。
 紀糸は惜しさと自分の不甲斐なさを噛みしめ、土煙が漂う崖を登った。
 体は元通り軽い、まるで背負っていたものを落としてしまったように。
 崖を登った紀糸の視界には稲荷狐と心配そうに佇む七緒の姿だった。心配そうにと言えど表情はいつもとあまり変わらない様子ではあったのだが、七緒はそのまま登ってきた紀糸を抱きしめた。
 
「七緒…」
「視界が狭くなるのは紀糸、お前の悪い癖だ。俺の言葉は絶対だからな」

 稲荷狐は低く唸り、紀糸に顔を近づける。

「知ってるよな? 俺は嘘をつかれるのが一番嫌いなんだ」
「稲荷、おねがい。きぃちゃんをゆるして」
「お前が巻き込んでおいてなんだよそれ! あたしは何も間違ったことしてねぇぞ」
「この世界はなそれが正しくねぇんだよ。七緒の顔見てから物を言え」

 紀糸はそう言われて七緒の顔を見た。

「いつもと変わんないな」
「カッ、こういう時ぐらい空気よめってんだよ!」
「ん? なんかごめん」

 稲荷は呆れ、吐き捨てながら背を向ける。

「だがな、お前のおかげであれの呪縛が少しほどけたのも確かだ。あとは俺に任せておきな。こういうのは時間がかかるんだ」
「稲荷…」
「稲荷、よしよし」
「七緒! 撫でんなっ!」

 日は落ちたものの、微かに差し込む光の中。佇む木々たちはただ穏やかに静に彼らを見守っていた。
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