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47 指名手配中の魔術師2

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「…お兄さんの研究にはねえ、古代魔力がど──しても要るんだ。帰れるかもって言ったのは本当だよ。帰れる、か・も・だけど。座標がわかんないんだもん」

 男がなにやら荷物を漁り、ゴトリ、と何かが置かれる音がした。鞄のサイズに見合わない、見知らぬ機械がそこにあった。ヘリコプターの計器の一部をもぎ取ってきたような形をしている。所々メーターらしきものを囲った金具や、山ほどついたトグルスイッチの金色が緑色に錆びている。

 こんな気味の悪いものを持ち歩けるようにした鞄が今は恨めしかった。初めて見たときは嬉しくて、あんなに興奮したのに。

「うわあ、ヌルヌル。古代魔力と現代魔力を混ぜると酔うんじゃないかって仮説があるけど、本当なんだねー。互いに耐性がついてないから」
「やめれくらさい、まりょくは、あげますから、やめれ、おねらい、」

「んー、そうじゃないんだよなー。混ぜないと意味ないんだよ。投入口がひとつしかないから。二人じゃ無理、諦めて!」
「す、すぐに、ひとがきまふ、あなら、ころされまふ…」

「えー? そりゃ怖いなあ。でもこの雨の中、どうやって匂いを辿るのさ。大丈夫だよ、すぐ終わるから。いいじゃん、どうせ処女じゃないんだし」
「いやら!! いやらぁ!! いやっ……!!」

「うるせーな、すぐ終わるって言ってんだろ。お前も連れてってやるよ。失敗したときの保険にさ。まあ、行くのは過去のこの世界だけど。うまくいったらお前はまた子供のフリして誰かに守って貰えばいいじゃんか」
「……っ!! ……!!」

 ガサガサした掌で口を覆われ息が詰まった。涙で目の前がぼやけて見えない。過去。過去だって。

 間近で見た男はおそらく、とっくに中年と言える年齢だ。何故かさっきよりも随分と老けて見えた。男が言う過去に戻れば、きっとそこにはオルフェくんはいない。マウラさんもあのお店と家にはいないかもしれない。

 また彼らに甘えたいわけではない。守りたいと決めて未来に目を向けたのだ。それが、この強姦魔と気味の悪い機械によって粉々に砕かれる。絶対嫌だ。絶対行かない。動けよ身体、動け!! 動け!!!!

「……あ?」



 バッ、と目の前が一気に光った。眩しい。この光はどこから。僕からだ、前に見た魔力残滓が溢れ出ている。

「おい!! 止めろ!! お前、魔術は使えねえはずだろ!!」

 男が喚いているが、僕にだってよくわからないのだ。何も知らない、何も教わっていない。あ、身体が動くようになってき……



 突然、目の前を何かが通り過ぎ、ドオオオオン!! という衝撃音が鳴り響いた。
 高い天井に反響している。音がした方向から白い煙が舞っている。ん? これ、小麦粉の匂い?

「カイ!! しっかりしろ、無事か!! 何された!!」



 ……オルフェくん。

 あ、もしかしてあの真っ白になってる人ってあの男? 

 あちこち身体を検分されたが、呆然としていた僕はされるがままだった。オルフェくん。君、どうやってここまで。どうやって見つけてくれたんだ。

 髪が乱れている。ギラギラした目は疲れが見えて、大汗をかいている。ルート号がいない。気配もない。ここがどこだかわからないけど、君はその足で走ってきたのか。

 ガハッ、ゲホッ、と男が咳き込んだ。血を吐いている。大丈夫なんだろうか、まさか死んだりしないよね…?

 僕にコートを着せてくれたオルフェくんが、つかつかと男の方へ歩いて行く。あ、これはまずいと思った僕は、なんとか動き出した身体で彼の脚にしがみついた。

「ちょ、ちょっろまっれ、おるふぇくん、しぬ、そのひろしぬから」
「あ? いいだろ死んでも。何が駄目なんだよ」

「しんれもいいかもしれないけろさ、おるふぇくんがつかまっちゃう。そんなのいやら、らからまって」
「…………、くっそ、」

 ……いや、もうすぐ死ぬかもしれないな。多分、肋骨は完全にいくつかポッキリいったと思う。あの吐血、内臓からじゃないといいけど。



 どうかオルフェくんが捕まりませんように、と真剣に祈っていたら、黒い制服を着た衛兵さんたちがバタバタと到着した。男を担架のようなものに縛り付ける人、通信機のようなもので捕縛を伝えている人がいる。おお、飛馬ちょうばで運ぶのか。救急馬車は呼ばないんだ。罪人の緊急搬送だからかな。

 このあとは僕たちも馬車で治療院に連れて行かれた。僕が女の子に見えるからか、調書を取るのは女性の衛兵さんだった。お菓子やジュースを差し入れてくれて、辛かったでしょう、生きてて良かった、よく頑張ったと慰めてくれて、オルフェくんに抱きしめられながらまた泣いてしまった。



 まだ少し口が回らない状態だったので治療魔術師さんから薬草茶を頂き、なんとか事情を話せたあとは、あの男についての話になった。男は指名手配をされていたらしい。

 元々魔道具関係の研究員だった男は、ある日禁術に手を出した。解雇寸前だったらしく、スランプでも抱えていたのかもしれない。

 その禁術とは、人の記憶を読める術。しかしなにぶん古いものだ。安全確保のために作られた文献には所々穴が空いている。しかしそれを踏まえて行ったとしてもその魔術は発狂する、何度もしかけるようになるという欠点があり、かつては世紀の大発明だった魔術は早々に禁術となった。

 制御を容易に失った男は普通の生活を送れなくなり、やがて失踪。その後、研究所に保管してあった古い魔道具が盗まれていることが発覚し、男に容疑がかかった。

 家財道具がそのままになっていた主のいない家を捜索すると、所々に禁術を使ったであろう証拠が見つかった。さらに罪が重くなった男はついに指名手配がかかった。

 特級の禁術使用の容疑。研究所での窃盗容疑。各地で発生した金品の窃盗容疑。今回、誘拐と魔薬の所持が確認され、ひとまず誘拐罪と所持の罪人として捕縛した。全ての罪が確定すれば、何十年もの監獄行きは逃れられないという。

「…あの魔道具みたいなものについて、詳しく教えて貰えますか?」
「うーん、いいけどね、お嬢さんにわかるかな。一応言っておくけど、あれを使ったら命の保障はないからね」

「いやっ、絶対使いません。まだ生きていたいですから」
「ふふ、そうだよね。まだ若いんだから」

 衛兵さんの話はとてもわかりやすかった。あれが発見されたときはオルフェくんが生まれる前。一大ニュースになったそうだ。原理的には他の時間軸に行って戻れる。魔術師免許を持った研究員が魔力を込めて、人柱になることを希望した勇敢な人がチャレンジした。しかしいくら待っても帰ってこない。帰ってきたのはこの魔道具だけ。

 危険なのではないか、いや行った者が死亡している証拠はないと論争になり、また果敢にもチャレンジする人が現れた。しかしまた帰ってきたのは魔道具だけ。機械的な問題はなかったはず、と試しに蓋を開けてみると、日刊紙の一部が入っていた。こちらと表記は違うが、おそらく約百年前であろう日時がくっきりと印字されていた。

 過去には戻れたらしい。しかし想定していた日時より大幅にずれている。しかも日刊紙の文字がどうにもおかしい。まるで鏡文字のような形なのだ。読めるようで読めない。読めないようで読める。パンドラの箱を開けたような気分になった研究員たちは、この魔道具を危険視した。

 彼らが真剣に取り組んでも、わけのわからない世界に飛ばされる道具としてしか働かなかったそれは、いずれ研究が進み、安全性が確保されてから再実験しようと厳重に保管することにした。今回はそのセキュリティーが破られた。更に厳重に保管されることになるだろう、と衛兵さんは話を締めくくった。

 身体は大丈夫か、治療院に泊まっていくかと聞かれたが、お断りして予定通りホテル
 に帰ることにした。ルート号のこともそうだが、オルフェくんの精神面が心配だったのだ。



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© 2023 清田いい鳥
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