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 変な空気をぶち壊そうと、俺がやったのは軽いチューだった。ほっぺに。

 ブルーノ先輩が俺のせいで落ち込むのが嫌で、沈んだ空気が続くのが嫌で、気まずかったからちょっとふざけたつもりだった。

 俺からのキスは、先輩の心にテレピン油を注いで火炎放射器で着火するようなことだったらしい。大炎上じゃねえか。

「何もしないつもりだったのになー。明日は朝早いからちょっとだけ。いい?」

 と言いながら俺の返事も待たず、先輩は俺の唇に噛みつき胸元に手を突っ込んだ。器用に手早くベルトを外しにかかる彼に、ちょっとで終わらす気なんかないだろと疑いの目を向ける。

 ちなみに前回急襲され気絶させられ、翌日寝込んだときのことを先輩は「五回目までは覚えてるけど…」などと供述していた。(ピ──)人切りの前科者だからな。若いって怖い。騎士科怖い。

 ベッドに行く時間も惜しんだのか、いつもエロいことになんて使わない健全なソファーの上でガクガク上下に揺さぶられる。

 本当に何もしないつもりだったらしく、「魔道具ないから。我慢してね」と、大きな掌で顎ごと口を塞がれた。

 軽い酸欠によって脈が上がり、誰かに気づかれたらという羞恥を脳が勝手に快楽だと判断し、興奮へと変換する。

 俺の口を塞ぐ先輩の手首を無意識に両手で握ったら、生意気に抵抗するのかと言わんばかりに片脚を持ち上げられ、深く突き刺された。そうじゃない、と喘ぐが言葉にならない。

 先輩も興奮しているのが分かる。狙いをつけるように俺を凝視し、瞳孔が開いている。海の青を映したような灰色である彼の瞳は、逆光になって濃い灰色にしか見えない。違う人みたいだ。

 気持ち良すぎる。こんな、こんな気持ちいいのはダメだ。またおかしくなってしまう。先輩がどこかに触れるたび、快感が襲いかかる。それに呼応するように喉仏が上がった。

 俺はぐにゃぐにゃにされソファーに沈み込み、
 先輩は「はぁ──………」と俯いて長く息を吐いたあと、俺の目を見つめて言った。 
  

「婚約しよう」


 ────ん???


「明日手紙を出して、書類を持って五日後の休日にネオくんの実家へご挨拶に行こう。ご近所だしそれから僕の」
「ちょい! 待て待て!! 婚約!? 何で婚約!?!?」

「えーとね、それから僕の実家に行くでしょ。遅くなるから一泊して、翌日に婚約証明書を提出してー」
「パイセン話聞いて下さい! お願いします!!」

 立て板に水で喋り倒す先輩の話を遮り、ようやく説明してくれた内容はこうだ。

 先輩が婚約者になれば、俺に依頼される仕事に堂々と口を出せるようになる。仮にでも家同士が繋がっていると、口出しの権利が得られるのだ。

 加えて先輩の家は俺の家より家格が高い。発言権が強い。俺の身柄と安全を確保出来る、一挙両得だと先輩は早口で語っていた。

 確かに俺の親父や兄貴は「修行だと思って行ってこい」とか言って俺を千尋の谷からブチ落とすだけだろう。

 断った方がいいヤバい依頼は先輩が食い止めてくれる。でもそれって、先輩にヘイトが集まることにならないだろうか。

「構わない。君より大事なものなんてない」

 お、男前────!!

 婚約しようと言われたときより強い衝撃を食らい、脳が茹だる。きっと俺の体温は39℃くらいにはなっていたと思う。俺の反応が先に許可を出してしまった。

 こうして俺は先輩の婚約者候補となった。婚前交渉どころか婚約前交渉しちゃってるけどいいんだろうか。時既に遅し。

 ご両親に会いに行くの、めっちゃ気まずい。


 ──────


 時が経つのは早いもので五日後。

 先輩は私服で現れ、俺を迎えに来てくれた。騎士科の授業の半分以上は鍛錬だから、ジャケットなんかをしっかり着てる姿なんてあまり見たことがなく、素直に格好いいなと感動した。…俺と似たデザインなのになー。

 気まずい思いはそのままに、俺達は実家の応接間に通された。

 親父は久しぶりに会った先輩を見て、目を丸くして驚いていた。よく遊んでいた頃は兄貴とあまり身長が変わらなかったから、記憶の中と全く違う体躯の良さに驚いているのだろう。

 親父の横で苦虫を噛み潰したような顔をしている兄貴は確か、俺を手に入れようとしていた先輩に待ったをかけたと聞いている。目敏い兄貴に何か色々と察されている気がしてちょっと目が合わせられない。

 母様は「ネオちゃん、よかったわねぇ~」と、黒目がちな目を輝かせてニッコニコしていた。母様だけはいつも通りだ。

 家格の高い家のご子息でも、嫡男ではない分お互いある程度の自由が利く。家格のことは抜きにしても、ご近所付き合いがありよく知っている家でもある。

 両家の商売もぶつかるものではない。なんなら得意分野を持ち寄って提携できるかもしれない。利はあっても損はないと踏んだ親父はニヤリと笑い、「謹んでお受けいたします」と婚約証明書にサインした。

 外堀のひとつが埋められた瞬間である。



 なんかいつもより豪華な気がする食事をして、母様と暖炉のそばでお茶しながら「い~い? 女主人っていうのはねぇ」「母様、俺男なんだけど適用される?」と微妙に噛み合わない会話をしている間、兄貴と先輩は窓際で何かコソコソ話していた。

 何だろ。兄貴、先輩にメンチ切ってない? いくら幼なじみで兄貴の方が年上だからって、家柄レベチの先輩に無礼じゃね? 大丈夫か?

 俺の一家と使用人一同勢揃いの中で見送られ(流石にメイドちゃんや執事の爺ちゃんとのいつものハイタッチはやめておいた)、馬車に揺られて先輩の邸へ真っ直ぐ向かう。

 やべえ緊張してきた。行きでは何故対面に座らない、腰に手を回すな恥ずかしいと思っていたが、今はこの距離が助かる。先輩の温もりに縋りたい気分だ。

 無情にも馬車はすぐ到着した。徒歩だとわりと歩くとはいえご近所だからな。



 人数スゲ────。
 人、人、人、人、人、人。ゲシュタルト崩壊してきた。うちとは規模違うなーとは思ってたけど、こう並ばれると壮観だ。使用人さん、こんなにいたっけ。

 邸で何度も迷子になったからな。この人数、余裕で入るよな。
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