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16 執事のおじいちゃん
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後日、執事のお爺ちゃんが突然俺を訪ねて学園に来た。
また王城に来てくれって言われるのかなあと重い足取りで応接間に入ると、お爺ちゃんは帽子を胸に当てて申し訳なさそうに腰を折った。
慌てて礼をし、お茶の用意は俺が、とんでもございません私の仕事ですので、という気遣い合戦の後、結局俺が強引に淹れた。今日のお茶は成功した。
お茶菓子は今頂いたばかりのクッキーだ。おもたせですみません。
昔、部屋に隠して大事に食べていたら兄貴に盗まれ完食されて、めちゃくちゃ喧嘩したときのクッキー缶と同じだ。懐かしい。
「我が国の王は、王族たるもの威厳を持つべきであり、誰よりも先を読み人を率いるのが勤めだとお考えです。対して王子は、権威を示すことにあまり興味はなく、示された道で起こる問題へ対処することに注力される方なのです」
──親子で得意不得意が違うだけか。なるほど。
「王子の執務が立て込んだところに、王からの指摘があり更に思い悩まれ、心労が身体に出たんでしょうな。しかし、王は王子を追い詰めようとされたわけではありません」
どちらも面倒見が良いってお后様が仰ってたそうだしな。
王子側だけの話を聞いていたもときも、父王に対する黒い感情は感じなかった。むしろ尊敬しているから認められたい、みたいな。
「王子は、ジュスティ様が王への心情を悪くされたのではないかと気にされていました。そしてご自分の行動で、嫌な思いをされたのではないかとも」
「いえ。悪感情はありません。立派な王様と王子様だと思っています。それに、王子様のことを嫌いになんてなってません」
執事のお爺ちゃんはパアッと満面の笑みを作り、ありがとうございますと頭を下げた。
いえいえそんな、わざわざすみませんでした、いえいえこちらこそ、と今度は恐縮合戦を一通り終えてお爺ちゃんを見送った。
来たときより上を向いて、馬車に乗り込むお爺ちゃん。一仕事終えた気分だ。さて、今日の夕食は何かなあ。
──────
「騎士科の人達、昨日から討伐遠征に行ってるらしいよ」
「ああ、だからこんなに空いてるのね。いつもよりちょっと静かね」
食堂にいつもの半分くらいしか人がいない理由をユハニが教えてくれ、アポロニアがうふっと笑って応えた。
騎士科の授業は戦術や防衛方法の座学だけではない。身分が高かろうが学生だろうが、バンバン戦場に送られるのだ。
駒として使うのではなく熟練の騎士の先生や、魔術師の先生が保護しながら実践を積むのが目的だそうだが、状況が悪ければ当然死ぬこともある。
そのため入学前に危険があること、学園に訴えを起こさない旨を了承する、との念書を書かされるそうだ。ブルーノ先輩が教えてくれた。
この国は対人戦がめったにない代わりに、対魔物戦があり、そのためそれなりに人数が必要で、頭も身体も鍛えた戦士はもっと必要になる。そのため国内にある魔術師を育成する学校には必ず騎士科がある。
俺達も学年が上がれば、対魔物戦の相棒としての戦闘魔術師になる道か、技術者としての魔術師になる道、その他諸々の進路を選ぶことになる。
先輩は『危ないところに行って欲しくないから、戦闘魔術師になるのはやめて欲しいな』と言ってたけど、先輩の帰りを待ってハラハラするより、一芸しかないけど俺も一緒に行って戦う方が心の健康的にいいと思うんだけど。
それに騎士様の相棒だぜ、相棒。かっこいくね?
──────
次の日の朝、なんだか学園内がざわついていると感じたのは気のせいではなかった。
耳の速いユハニが青い顔をして俺の元へ駆けてきて、開口一番にこう言った。
「騎士科の生徒が複数人、重体だって」
この国は魔物との争いに勝ち続けることで、平和を保っている。安全地帯、国土、農地の拡大を目的とした、国を挙げての一大事業でもあるのだ。
小規模な地域の学校から王立学園の全生徒まで、国内全域の子供達を対象に、一般常識として魔獣災害および魔獣討伐下における最低限の知識を叩き込まれる。
号令の意味、状況把握。緊急時における正しい行動。だから、ユハニの一言で俺も察することができた。
軽傷、ひと月以内に完治する見込みがあるということ。
重傷、ひと月以上はかかるが命に別状はないということ。
重体、生命の危機にあるということ。
魔獣に乗った学生達が、雲一つない空から滑り降りてくる。
朝の騒ぎで事情を把握した同級生達と同じく、俺も誰かが降りてくるたびそちらに視線を向けてしまう。先生が一応注意はするが、そのうち諦めていつも通り教鞭を執っていた。
目を見張る。背の高い、あの薔薇色を混ぜたような髪の男を探して。
ある程度まとまって降りてきていた魔獣の群れが途切れた。
先輩は、まだ帰らない。
また王城に来てくれって言われるのかなあと重い足取りで応接間に入ると、お爺ちゃんは帽子を胸に当てて申し訳なさそうに腰を折った。
慌てて礼をし、お茶の用意は俺が、とんでもございません私の仕事ですので、という気遣い合戦の後、結局俺が強引に淹れた。今日のお茶は成功した。
お茶菓子は今頂いたばかりのクッキーだ。おもたせですみません。
昔、部屋に隠して大事に食べていたら兄貴に盗まれ完食されて、めちゃくちゃ喧嘩したときのクッキー缶と同じだ。懐かしい。
「我が国の王は、王族たるもの威厳を持つべきであり、誰よりも先を読み人を率いるのが勤めだとお考えです。対して王子は、権威を示すことにあまり興味はなく、示された道で起こる問題へ対処することに注力される方なのです」
──親子で得意不得意が違うだけか。なるほど。
「王子の執務が立て込んだところに、王からの指摘があり更に思い悩まれ、心労が身体に出たんでしょうな。しかし、王は王子を追い詰めようとされたわけではありません」
どちらも面倒見が良いってお后様が仰ってたそうだしな。
王子側だけの話を聞いていたもときも、父王に対する黒い感情は感じなかった。むしろ尊敬しているから認められたい、みたいな。
「王子は、ジュスティ様が王への心情を悪くされたのではないかと気にされていました。そしてご自分の行動で、嫌な思いをされたのではないかとも」
「いえ。悪感情はありません。立派な王様と王子様だと思っています。それに、王子様のことを嫌いになんてなってません」
執事のお爺ちゃんはパアッと満面の笑みを作り、ありがとうございますと頭を下げた。
いえいえそんな、わざわざすみませんでした、いえいえこちらこそ、と今度は恐縮合戦を一通り終えてお爺ちゃんを見送った。
来たときより上を向いて、馬車に乗り込むお爺ちゃん。一仕事終えた気分だ。さて、今日の夕食は何かなあ。
──────
「騎士科の人達、昨日から討伐遠征に行ってるらしいよ」
「ああ、だからこんなに空いてるのね。いつもよりちょっと静かね」
食堂にいつもの半分くらいしか人がいない理由をユハニが教えてくれ、アポロニアがうふっと笑って応えた。
騎士科の授業は戦術や防衛方法の座学だけではない。身分が高かろうが学生だろうが、バンバン戦場に送られるのだ。
駒として使うのではなく熟練の騎士の先生や、魔術師の先生が保護しながら実践を積むのが目的だそうだが、状況が悪ければ当然死ぬこともある。
そのため入学前に危険があること、学園に訴えを起こさない旨を了承する、との念書を書かされるそうだ。ブルーノ先輩が教えてくれた。
この国は対人戦がめったにない代わりに、対魔物戦があり、そのためそれなりに人数が必要で、頭も身体も鍛えた戦士はもっと必要になる。そのため国内にある魔術師を育成する学校には必ず騎士科がある。
俺達も学年が上がれば、対魔物戦の相棒としての戦闘魔術師になる道か、技術者としての魔術師になる道、その他諸々の進路を選ぶことになる。
先輩は『危ないところに行って欲しくないから、戦闘魔術師になるのはやめて欲しいな』と言ってたけど、先輩の帰りを待ってハラハラするより、一芸しかないけど俺も一緒に行って戦う方が心の健康的にいいと思うんだけど。
それに騎士様の相棒だぜ、相棒。かっこいくね?
──────
次の日の朝、なんだか学園内がざわついていると感じたのは気のせいではなかった。
耳の速いユハニが青い顔をして俺の元へ駆けてきて、開口一番にこう言った。
「騎士科の生徒が複数人、重体だって」
この国は魔物との争いに勝ち続けることで、平和を保っている。安全地帯、国土、農地の拡大を目的とした、国を挙げての一大事業でもあるのだ。
小規模な地域の学校から王立学園の全生徒まで、国内全域の子供達を対象に、一般常識として魔獣災害および魔獣討伐下における最低限の知識を叩き込まれる。
号令の意味、状況把握。緊急時における正しい行動。だから、ユハニの一言で俺も察することができた。
軽傷、ひと月以内に完治する見込みがあるということ。
重傷、ひと月以上はかかるが命に別状はないということ。
重体、生命の危機にあるということ。
魔獣に乗った学生達が、雲一つない空から滑り降りてくる。
朝の騒ぎで事情を把握した同級生達と同じく、俺も誰かが降りてくるたびそちらに視線を向けてしまう。先生が一応注意はするが、そのうち諦めていつも通り教鞭を執っていた。
目を見張る。背の高い、あの薔薇色を混ぜたような髪の男を探して。
ある程度まとまって降りてきていた魔獣の群れが途切れた。
先輩は、まだ帰らない。
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