11 / 12
11 求婚させてもらえない
しおりを挟む
「……子供のことを抜きにして、いつから俺のことをそう思ってくださるようになったんですか。全然気づかなかったです。なにかきっかけとかはあったんでしょうか」
「そうだな、おそらくお前を見つけたときだな」
「最初の最初じゃないですか! どういうことです!?」
そもそも彼女が王城の図書館通いを自由に出来るのは、魔術武具を初めて開発したエヴァレット家を王家が囲うために物理的に近くへ置いたことから始まるそうだ。
技術の流出は抑えたい。粗悪品は流通させたくない。その枷を嵌める代わりに立地の良い場所を提供する。
エヴァレット家は加工や販売に一番利便性の良い場所を得られる。技術の流出はこちらとしても望まない。利害の一致で実家の邸はあの場所にあるのだという。その副産物なのだと彼女は言った。
その副産物を享受していた彼女は王城の図書館通い中に俺を見つけた。なぜ魔術の才のありそうな者があんなところにいるのかと、彼女は大いに気になった。
王城とその土地は広い。歩いても歩いてもまだ着かない。移動時間は最小限に抑えたい。いつもは早足で真っ直ぐ向かうところだが、あいつがどうしても気になる。俺の自主練を眺め続けて、日が傾き切って引き返したことが何度もあるそうだ。
俺のことが気になって。それってアレですか。あんなチビ助だったのに。期待してもいいやつですか。
「魔力というのは、自分と似ても似つかぬ遠い型を持つ者を求めるものではないかと一部で言われている。それをどうやって判別しているかはまだ不明だが、まだ話してすらいないのに、特別な理由もなく好ましく思うようになる現象がそれではないかと仮説が立てられている。私が得意な魔術は光のほうだから、おそらく──」
俺の甘やかな気持ちからは遠く離れた学術的な話が始まってしまった。しかし俺は四年間、勉強だけはしっかりやってきた。だから前はわからなかった内容が少しはわかるようになった喜びを覚え、微笑んで楽しそうに話す彼女の姿を食い入るように見つめていた。
以前、見合いの相手が逃げていくのだと言っていた。単純に、こういうところについて行けないと思って相手は逃げたのだろう。賢く物知りな女性を好きな男はいたはずだ。ぶっきらぼうな話し方が嫌だったのだろうか。
いや案外、研究のことばかりで自分のことを見てくれないと拗ねただけかもしれないな。男はみんなどこか子供っぽいからな。
「わかったか。そういうことだ」
「わかりました。俺に一目惚れしてくれたってことですね」
「わかってないじゃないか。そうじゃないだろ」
「そうですよ。総合的にまとめて言うとそういうことです」
『そうか……?』と言いながら彼女はドレス姿に似合わない、腕を組んだ格好で考え始めてしまった。曲線は少ないが、その分華奢で身体に沿うような直線の多いドレスがとても似合っている。平民に近い質素な服もかっこよかったが、こっちも最高に似合っている。
学生時代も合わせると、苦節約五年を通した片思い。辛かったが、彼女のおかげで人生が変わった。中々筋肉のつかなかったこの身体でも、持てる力を最大限引き上げることができた。
入学当初もそうだったが、免許を取得できたと報告したら両親はまた嬉し泣きをしてくれた。兄弟からも親戚からも、盛大に祝われた。この慶事は全て彼女がもたらしたものだ。
さっきの話の返事をしよう。ここは俺から行くべきだ。
「キャロルさん。お慕いして──」
「グレイ。お前は私との子供が欲しいと言っていたな」
「子供!? あっ、はい、欲しいです、ですからその前に──」
「お前に婚約者はいないんだよな? じゃあするか。結婚」
衣装は変われど中身は変わらず。有無をいわさず手を掴まれて、実家の研究小屋に連れて行かれたときのことを思い出す。
「私との研究は面白いぞ。常に最新の魔術武具で試し斬りできる。兵士になるのが夢だったんだろう。加えて魔術の出力鍛錬にもなるぞ。庭は狭いが子供が遊ぶには充分だ。魔術武具が売れればお前に贅沢をさせてやれるし、子供に教育費をかけられて、なんでもさせてやれるだろうからやりがいがある。使用人がいるから下働きは要らないし、立地がいいから交通の便もいい。で、子供は何人欲しいんだ? できるだけ産んでやるぞ」
「凄いですキャロルさん。俺が言いたかったことの全部ですそれは」
衣装が変われど完璧人である。そりゃそうだ。衣装が変われば中身も変わるのは演劇の世界の中だけだ。
相手は男の子だからと思い込み、散々頭の中をとっ散らかしていたあの頃がとても懐かしい。
「キャロルさん、俺と──」
「でもなあ、庭はもっと広い方がいいだろうか。最初は夫婦二人と使用人とで暮らしたほうが研究も子育てもゆっくりできていいかもしれない。お父様は夢中になると人の話を聞かないし、話の途中で茶々を入れてくるからな。子供にも悪影響だろうな。だとすると場所はどうしよう。国王辺りに相談するか」
キャロルさん。あなたって人は。お父様そっくりじゃないですか。どうしよう。一生求婚できない気がしてきたぞ。
まあいいか。時間はある。あるはずだ。多分。
美しい蝶々はなかなか捕まらないものなのだ。だからあなたは面白い。必ずいつか、自分の手で捕まえてみせる。淡々と数式を読み上げるように人生計画を組み立て言葉に紡いでゆく、彼女の姿を見ながら密かに固く誓った。
「そうだな、おそらくお前を見つけたときだな」
「最初の最初じゃないですか! どういうことです!?」
そもそも彼女が王城の図書館通いを自由に出来るのは、魔術武具を初めて開発したエヴァレット家を王家が囲うために物理的に近くへ置いたことから始まるそうだ。
技術の流出は抑えたい。粗悪品は流通させたくない。その枷を嵌める代わりに立地の良い場所を提供する。
エヴァレット家は加工や販売に一番利便性の良い場所を得られる。技術の流出はこちらとしても望まない。利害の一致で実家の邸はあの場所にあるのだという。その副産物なのだと彼女は言った。
その副産物を享受していた彼女は王城の図書館通い中に俺を見つけた。なぜ魔術の才のありそうな者があんなところにいるのかと、彼女は大いに気になった。
王城とその土地は広い。歩いても歩いてもまだ着かない。移動時間は最小限に抑えたい。いつもは早足で真っ直ぐ向かうところだが、あいつがどうしても気になる。俺の自主練を眺め続けて、日が傾き切って引き返したことが何度もあるそうだ。
俺のことが気になって。それってアレですか。あんなチビ助だったのに。期待してもいいやつですか。
「魔力というのは、自分と似ても似つかぬ遠い型を持つ者を求めるものではないかと一部で言われている。それをどうやって判別しているかはまだ不明だが、まだ話してすらいないのに、特別な理由もなく好ましく思うようになる現象がそれではないかと仮説が立てられている。私が得意な魔術は光のほうだから、おそらく──」
俺の甘やかな気持ちからは遠く離れた学術的な話が始まってしまった。しかし俺は四年間、勉強だけはしっかりやってきた。だから前はわからなかった内容が少しはわかるようになった喜びを覚え、微笑んで楽しそうに話す彼女の姿を食い入るように見つめていた。
以前、見合いの相手が逃げていくのだと言っていた。単純に、こういうところについて行けないと思って相手は逃げたのだろう。賢く物知りな女性を好きな男はいたはずだ。ぶっきらぼうな話し方が嫌だったのだろうか。
いや案外、研究のことばかりで自分のことを見てくれないと拗ねただけかもしれないな。男はみんなどこか子供っぽいからな。
「わかったか。そういうことだ」
「わかりました。俺に一目惚れしてくれたってことですね」
「わかってないじゃないか。そうじゃないだろ」
「そうですよ。総合的にまとめて言うとそういうことです」
『そうか……?』と言いながら彼女はドレス姿に似合わない、腕を組んだ格好で考え始めてしまった。曲線は少ないが、その分華奢で身体に沿うような直線の多いドレスがとても似合っている。平民に近い質素な服もかっこよかったが、こっちも最高に似合っている。
学生時代も合わせると、苦節約五年を通した片思い。辛かったが、彼女のおかげで人生が変わった。中々筋肉のつかなかったこの身体でも、持てる力を最大限引き上げることができた。
入学当初もそうだったが、免許を取得できたと報告したら両親はまた嬉し泣きをしてくれた。兄弟からも親戚からも、盛大に祝われた。この慶事は全て彼女がもたらしたものだ。
さっきの話の返事をしよう。ここは俺から行くべきだ。
「キャロルさん。お慕いして──」
「グレイ。お前は私との子供が欲しいと言っていたな」
「子供!? あっ、はい、欲しいです、ですからその前に──」
「お前に婚約者はいないんだよな? じゃあするか。結婚」
衣装は変われど中身は変わらず。有無をいわさず手を掴まれて、実家の研究小屋に連れて行かれたときのことを思い出す。
「私との研究は面白いぞ。常に最新の魔術武具で試し斬りできる。兵士になるのが夢だったんだろう。加えて魔術の出力鍛錬にもなるぞ。庭は狭いが子供が遊ぶには充分だ。魔術武具が売れればお前に贅沢をさせてやれるし、子供に教育費をかけられて、なんでもさせてやれるだろうからやりがいがある。使用人がいるから下働きは要らないし、立地がいいから交通の便もいい。で、子供は何人欲しいんだ? できるだけ産んでやるぞ」
「凄いですキャロルさん。俺が言いたかったことの全部ですそれは」
衣装が変われど完璧人である。そりゃそうだ。衣装が変われば中身も変わるのは演劇の世界の中だけだ。
相手は男の子だからと思い込み、散々頭の中をとっ散らかしていたあの頃がとても懐かしい。
「キャロルさん、俺と──」
「でもなあ、庭はもっと広い方がいいだろうか。最初は夫婦二人と使用人とで暮らしたほうが研究も子育てもゆっくりできていいかもしれない。お父様は夢中になると人の話を聞かないし、話の途中で茶々を入れてくるからな。子供にも悪影響だろうな。だとすると場所はどうしよう。国王辺りに相談するか」
キャロルさん。あなたって人は。お父様そっくりじゃないですか。どうしよう。一生求婚できない気がしてきたぞ。
まあいいか。時間はある。あるはずだ。多分。
美しい蝶々はなかなか捕まらないものなのだ。だからあなたは面白い。必ずいつか、自分の手で捕まえてみせる。淡々と数式を読み上げるように人生計画を組み立て言葉に紡いでゆく、彼女の姿を見ながら密かに固く誓った。
1
あなたにおすすめの小説
ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件
ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。
スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。
しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。
一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。
「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。
これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係
紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。
顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。
※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)
竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです
みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。
時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。
数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。
自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。
はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。
短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました
を長編にしたものです。
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる