ディラン・ヴァイパー

歩く魚

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「殺してやる」

 回復魔術を施されたとはいえ、いまだに苦しげに意識を失う娘を見つめながらボンフォルトは呟いた。
 山のようにがっしりとした巨体はふるふると震えていたが、その声はあまりにも小さく、驚くほど冷たい。

「たぶん、向こうは私兵を率いてギルドを襲う。ガレクの死体を引きずって来ることも考えたけど、誰かに見られる可能性が高いし、一刻も早くオリビアを連れて――」
「わかってるさ」

 ボンフォルトが言った。その声は数秒前とは違い、柔らかい。

「お前がいなけりゃあオリビアは――それにセルゲイだって殺されてただろう。ディラン、お前のしたことは最善だったと思うぜ。あの時、何もできなかった俺たちの代わりになってくれたばかりか……本当に、ありがとう」

 差し出された豆だらけの手を、ディランは硬く握る。

「さて――」

 双剣使いのドリンは口を開いた。
 もはや、誰もディランの素性について探ろうとは思っていない。ただ、血の繋がりはなくとも自分達の家族と言える存在を守ってくれたことに対して、最大の敬意を払おうと考えるだけだ。

「フォルモンドの兵はざっと五十はいると聞いたことがある。その中で、ガレクってやつみたいに俺たちの手に追えなさそうなのはどのくらいいるか、わかるか?」
「二人です」

 セルゲイが言う、凛とした声で。

「一人はヒョロ長い男で、ガレクよりは弱いと思います。もう一人は――」
「――かなり強い。おそらく、ガレクと同じくらいに。その男は特殊な腕鎧を着けていて動きが読みづらい。この二人に注意すれば、ギルドのみんなの方が強いはずだ」

 増援がいなければ、とディランが付け加える。

「もう体勢を整えている最中と考えていい。戦いはすぐだな」

 魔術師グレイグが杖で地面を叩く。

「それじゃあ俺たちは……今から死ぬかもしれない戦いに赴くことになる。みんな、いいか?」
「もちろん。まさか、魔物じゃなくて人間とやって死ぬとは思わなかったけどな」
「おうよ! オリビアちゃんにセルゲイまで殺そうとしたやつらだ、やり返されても文句は言えねえはずだ」

 一人、また一人と声を上げ、怖気付く者はいない。

「ただ、問題はギルドマスターとエマの居所だ。そればっかりはわからないんだよな?」
「はい。フォルモンドの屋敷にいることは確かなんですけど、どこかまでは……」

 フォルモンドがウィンドモアに構える屋敷は、別邸などを含めて合計で三つあった。
 セルゲイが投影魔術で目にした光景は果たしてどこなのか知る術はなく、推測するにも情報が少なすぎた。

「なぁ、ちょっと考えたんだが……」

 グレイグがおずおずと手を挙げる。

「どうせ俺たちがここにいても袋のネズミだと思うんだよ。だから、逆に俺たちの方から打って出てやるのはどうだ?」
「確かに、それなら連中を出し抜くことができるかもしれん」

 ウィリアムたちは会話の間にもこちらを皆殺しにする準備を進めているだろう。
 それならば、ギルド自体を空にしてしまうことで誰かが襲われる心配もなくなるし、手薄になった警備を突破してさらわれた二人を救うことができるかもしれない。
 面々の顔には納得が浮かんでいる。

「一つ問題があるとすれば、この戦力をどう三分割するかだな。この人数だとどうしても――」
「――ウィリアムたちの屋敷にはぼくが行く。ただ、必要なものを家に取りに帰る必要はある」

 各々にディランの真意を探ろうとするも、その言葉に裏や犠牲の心はないと、自分一人で事足りると本心で言っていると理解した。
 ボンフォルトは頷く。

「……なら、片方は俺と――セルゲイがいく。もう片方はドリンとグレイグを柱として進めよう」
「ぼ、僕がボンフォルトさんと!? それは――」
「恐怖しているのかい? ガレクにも立ち向かった、君ほどの男が」

 君ほどの。ディランから向けられた言葉に、セルゲイははっとする。
 そうだ、自分は既に死ぬような思いをしたんだ。今更なにに怯えているのか。そして、自分より遥かに力を持つ男に発破をかけられて萎んでいられるほど、セルゲイは老いていなかった。

「怖くなんて……ないです。戦っても役に立てないだろうけど、僕には僕にしかできないことがある。なんとしても、二人を見つけ出して見せます」

 小さな獅子は今、進化を遂げようとしていた。

 ・

 ボンフォルトやセルゲイから一足早くギルドを後にすると、ディランは自宅へと向かった。
 世間の喧騒から忘れ去られたような建てられている木屋。
 ディランはドアノブを少しだけ持ち上げ、扉を開く。
 彼が戦いに巻き込まれる前と同じ、小さなベッドや小柄な棚、溶けかけの蝋燭、小ぶりな机、あとは本と一本の酒瓶。
 それらを端へと追いやり、ディランは部屋の中心、床に膝をついた。
 床も壁もボロボロの有様だったが、その部分の床だけは意図的に開けられた穴のような、取っ手のような窪みがある。
 窪みに手を入れると、まもなく床の一角が取り外された。さらに、ディランはそこからケースを一つ取り出し、鍵をパチンと外し、箱を開けた。

「――久しぶり」



 結論から言ってしまえば、ドリンとグレイグが向かった屋敷には幾人かの兵士はいたものの、さらわれたギルドマスターやエマの姿はなかった。
 つまり、親子の居場所はウィリアム達の本邸か、もう一つの屋敷ということになるが、万一にも他人に見つかってしまえば、ということを考えると答えは一つしかない。

 巨大な剣が暴風を纏って振り下ろされると、少なくない鍛錬を積んでいる兵士は容赦無く壁に叩きつけられ、高価な絨毯に撫でられている床は呆気なく破壊された。

「……大方、片付いたな」

 屋敷に残っていた兵士十人ほどを難なく片付けたボンフォルトは辺りを見渡す。

「ありがとうございます。きっと、ウィリアム達は入れ違いでギルドに行ってるんでしょう。今のうちに二人を見つけないと」

 しかし、少なくとも自分たちが戦いながら見てきた空間には、フォルモンドの息のかかった者しかいなかった。

「ここからは任せてください」

 そう言うと、セルゲイは痕跡魔術を発現させる。
 ギルドで行った「読み込み」ではなく、その場所の記憶を呼び起こして、それを幻影のように再現する「投影」。
 セルゲイの発する魔力は煙のように身体から放出され、目の前に映し出されていく。
 投影は、大まかな範囲が被っていれば、多少場所がズレていたとしても望む記憶に近しいものを再現することができる。
 煙は徐々に人の姿を成していき、ウィリアムやホープ、その部下達をにわかに形作った。

「でかした! ここじゃないか!?」

 ボンフォルトの歓声に頷きながらも、セルゲイは幻影を見続けていた。
 彼らの影は何か重いものを引きずるように――おそらく人間だろう――一歩一歩進んでいたが、やがて足を止めた。
 そして、胸の位置の高さにある「何か」を押すような動作の後、幻影が消えた。

「……もしかすると、隠し部屋があるかもしれません。胸の辺りの高さで、押せるものがスイッチです」

 しばらくの間、屋敷を探索し直すと、ギルドメンバーの一人が大きな本棚に怪しげな本を見つけた。
 何が出てきても守ってやる、という風にメンバーの前に立ったボンフォルトが本を押すと、カチリと音がなり、本棚が地面に吸い込まれていく。目の前には地下へと続く階段。

「おそらく、この先に……」

 セルゲイはボンフォルトが制止する間もなく階段を駆け下り、他が続く。

 ・

「ど……こにも、いませんねぇ」

 もぬけの殻となったギルドを見てレイズンが言った。

「どういうことだ! ガレクほどの男がやられた上に、ギルドには誰もいない――これではまるで反乱ではないか!」
「そうかもしれないよ父さん。ここにあのカス共がいないってことは、逃げたか僕たちを殺そうとしてるかのどっちかだ。逃げてるならまだいいけど、もし今、あいつらがあの場所を探ってるとしたら――」

 ウィリアムは口をつぐんでいる。あの場所――地下室が見られてしまえば、そしてそれを誰かに告げられでもすれば、さすがの貴族であっても処罰は免れない。
 近隣国から派遣される兵によって、今度は自分たちが幽閉される身になる。

「……私たちは屋敷に戻る。アレクセイはこちらに、レイズンは地下室の様子を見に行け。兵は十……十五持って行け」
「分かりました。もしネズミが迷い込んでたら――」
「一匹も逃すな。全員殺して、罪人として広場に晒し首にしろ」

 苛立つウィリアムを前に意見を述べたところで仕方がない。
 アレクセイは静かに、レイズンはきびきびと任務を遂行するために動き始めた。

 ・

 一切の光が入らない、冷たい石の壁で覆われた部屋。
 死体が並んでいた。

「――――」

 セルゲイはもとより、数々の死線を潜り抜けて来たボンフォルトでさえ、この光景に言葉を失っている。
 かつては自らの意思で行動することのできていた者たちは合計で八体。その全てが女性だった。
 身体中にアザや切り傷があり、逃げようとして自ら付けてしまった傷なのか、外道の愉しみのために付けられた傷なのか、もはや見分けることすらできないものもある。
 捜索隊の脳裏には、瞬時に最悪のケースが過っていた。
 だが、横たわった無念の中には、自分たちの探している姿は見当たらない。
 ふと、ボンフォルトが部屋の暗がりの部分――壁に設置された蝋燭の灯りが届かない端に目をやると、そこに探し人たちの姿がうっすらと浮かんでいる。

「いたぞ!」

 駆け寄ってみると、ギルドマスターとエマの両者共に、ただ眠っているだけだった。
 当然の事ではあるが、身体には少なくない傷がある。しかし、その身体には確かに血が通っていて、生きている。

「……良かった」

 安堵の笑みを溢したセルゲイは、すぐに気を引き締めると、周りのメンバーと協力して二人を運び出そうと試みた。

「まずは二人を安全な場所に運びましょう。この辺りにフォルモンドの手が届かない場所はありますか?」
「一応、ギルドの倉庫があるはずだ。狭いし使われてもいないが、そこなら見つからずに匿える」
「分かりました。それじゃあ――」

 言葉は不意に打ち切られた。
 上階から何かが叩きつけられる音と、男の苦しむ声が聞こえたからだ。その声は面々にとって聞き覚えのある、共にギルドからこの場所までやって来た仲間の声だった。

 ・

「やっぱり見つけてたか。手負の獣ほど怖いってもんだよな……ヒヒッ」

 階段を駆け上がり、扉を吹き飛ばしたボンフォルトの視界に入ったのは、ヒョロ長く悪魔のような狡猾な顔をしたまとめ役らしき男と、十人以上の兵だった。
 攻撃を受けたのは、フォルモンドの伏兵がいないか、屋敷の入り口を守っていた男だ。
 ボンフォルトがいち早く飛び出して横薙ぎを喰らわせようとするも、先頭の男はヒラリと身を引いて躱す。
 ギルドメンバー達は後から続き、屋敷前の広場で双方が相対することとなった。
 
「おいおい、貴族はもてなされてばかりで、もてなすのは苦手なのか? この俺を――豪傑のボンフォルトを相手するには数が少ないように見える。目が悪くなってきたかな」
「悪くなったのは目じゃなくて頭の方かもしれないぜ? 俺はアンタほど強くはないが……兵の数はこっちの方が上だし、ヒヒッ――こいつもある」

 レイズンは背中にかけていた武器を取り出す。

「あ、あれは……魔導銃?」

 ヒヒッ、とか細い笑みを浮かべるレイズンは、声の主であるセルゲイに説明してやる。

「これは魔導――連射銃だ。まだ平民や冒険者には出回ってない、破壊力も手数も魔導銃とは比べ物にならない一品」

 片手で扱うことのできる一般的な魔導銃とは違い、レイズンの持つそれは大きく、両手で取り回すようだった。

「装弾数は八十発。さらにおかわりもある……ヒヒッ、ヒヒヒッ!」

 レイズンが目を見開くと、魔物と見紛うように顔が歪む。

「お前らはここで蜂の巣にされるってことだよ!」
「みんな! 俺の後ろでしゃがめ!」

 レイズンが脇で挟むように魔導連射銃を構えると同時に、ボンフォルトは臆せず身を挺する。

「公平なる大地よ、我が祈りに応えて堅牢な守りを築け! アースシールド!」

 地面が盛り上がり、星の手元を離れて巨大な盾を形成する。
 さらにボンフォルトが魔力を込めると、盾の枚数が三枚にまで増えた。
 容易に人体を貫通する魔導銃の弾丸が雨のように発射されるが、それらは一枚の盾を貫通することはできても、三枚目に到達する頃には完全に威力を失っている。

「ただの脳筋かと思ったら、ヒヒッ、そんな小細工もできるんだな」
「鎧を着込んでいたとしても、それだけじゃあ凌ぎきれない攻撃もあるからな。とはいえ、これは奥の手だ」

 性格としても人間性としても、戦い方としてもボンフォルトは魔術向きではないはずだ。
 それなのに、初級魔術と言えどこれ程までの精度で扱うことができるのは、長い年月を費やした努力の証明に他ならない。
 だが、戦局が好転したとは到底言うことはできない。
 レイズン以外の兵も通常の魔導銃を所持しているし、こちらから攻撃しようにも、アースシールド以外に弾丸を受けることができる装備はなく、ボンフォルトの庇護を離れれば最後、身体中に穴が空く結果は明らか。
 ギルドの魔術師に関しても同様で、随一の貫通力を持つ弾丸を止める盾を生み出せるのは、分隊としての使命を果たしているグレイグだけ。ほとんど詰みの状態だった。
 さらに、魔導連射銃による最初の波が去った時、すでにアースシールドは一枚が破られ、残りもボロボロになっていた。
 単発か連発かという違いはあれど、魔導銃にリロードが必要という点は変わらないことをボンフォルトは見抜いていて、わずかな隙に攻撃を試みるも、レイズンの前に肉壁として立ち塞がる兵を数人倒すだけにとどまってしまう。

「かなり神経を使わないと盾は出せないだろうな。こっちはあと百六十発、ヒヒッ、全て防ぎ切れるかな」

 第二波は容赦なくアースシールドを削り、貫いていく。
 四十発が過ぎた頃、とうとう足止めから抜け出した弾丸が、ボンフォルトの鎧を掠めた。
 それは被害を与えるだけの速度を保ってはいないが、徐々に増えていく金属音に、ボンフォルトという盾に守られている冒険者達が青ざめていく。

「ちっ……防御にも自信があったが、どうやら駄目そうだ。なぁお前ら、俺があのヒョロい男を抑えるから、その間に周りの奴らを倒せないか?」
「そ、そんなこと――いくらボンフォルトでも無茶だろ! 死ぬ気なのか!?」
「うるせぇ! できるかできねぇのか、どっちだって聞いてんだ!」

 銃弾をも吹き返してしまいそうな迫力に誰もが気圧されたが、同時にそれほどの覚悟なのだと、自分たちも腹を括らねばならないと決意する。

「……普通の魔導銃なら、接近できるくらいには耐えられる盾を出せると思う」
「だったら魔術師が防御を担当している間に俺たちが接近して、素早く頭数を減らしていく」
「それでいい! それとセルゲイ、お前さんはちょっと待ってくれ」
「は、はい! 僕にできることがあるんですか?」
「あぁ、ある」

 ・

 決死の守りを築くボンフォルトはセルゲイのみを背後に留めておき、自らを鼓舞するように大きく叫ぶと、ボロボロの盾を庇うように小さなアースシールドを五枚発現させた。
 確かに、銃弾を止めるだけの高度を持つ盾の生成には精神の集中が必要だが、元々多くない魔力、その残りの大部分を使って複数枚の盾を生み出すことで、彼の寿命は少なからず延びた。
 そして、ボンフォルトは一つの塊としてレイズンに突進する。
 硬度の高い盾を物理攻撃の手段として用いる。普通なら致命傷にはならないが、ボンフォルトのような巨漢が全力を込めるのなら、レイズンを戦闘不能にするくらいの威力があるからだ。
 迫りくる一撃を、レイズンは右足をバネに飛び退いて躱わす。

「血迷ったか、ヒヒッ。そんな直線の攻撃が当たるわけがない」
「でも、お前の攻撃は止まったろ」

 その言葉で、レイズンは率いている兵達が接近戦に持ち込まれているのに気付いた。
 焦燥したレイズンは銃口をそちらに向けるも、そうはさせないとばかりにボンフォルトが追撃を加えようとする。
 攻撃は当たらず、盾の消耗は依然として激しいものの、フォルモンドの兵は徐々に数を減らしていき、ついに全員が倒れた。

「これで……追い詰めたぜ」

 肩で呼吸をしながら、ボンフォルトは笑みを浮かべる。

「――ヒヒッ。ヒヒヒヒヒヒヒ!」
「なにがおかしい?」

 狂ったように笑い出したレイズンに向けて、大男が問いかける。

「追い詰めたぁ? 戦況が変わってないとは思わないんだな。元々、そんなやつらいなくても良かったんだよ。乱戦になったら巻き込むだけだし、弾の無駄だろ? むしろ、追い詰められたのはお前達だ。俺の残弾は八十。お前の盾は、そのボロボロのデカいのが一枚だけ。銃弾は鎧を貫通する。それで、後ろの雑魚を守りながら俺を倒せるとは……ヒヒッ、思わない」

 レイズンは手早くマガジンを交換すると、先に厄介なボンフォルトを始末しようと狙いを定め、引き金を引く。
 今さら意味をなすとは思ってはいないが、最後に残った盾を頼りに、ボンフォルトはダメージを覚悟で接近戦を仕掛ける。
 ギルドメンバー達は兵との戦いで多量の魔力を消費していたし、レイズンが少しでも銃口を狂わせれば防御する手段がない。手を出すことができないでいた。
 ボンフォルトの迫力と猛攻の前にレイズンにも疲れが見え始めていたが――先に血を流したのはボンフォルトだった。

「クソッ――」

 ついに全ての障害を振り切った銃弾がボンフォルトの腹部を貫通した。
 膝をついてしまった豪傑に、悪魔は嗜虐的な笑みを浮かべた。

「これで、ヒヒッ、終わりだな。よく頑張ったと思うが、結局は文明が勝つのさ。高等な魔術が扱えなくても、魔力を込めるだけで簡単に人を殺せる。さぁ、お前さんを殺して、残りも殺す。言い残すことは?」

 ボンフォルトは痛みに震える声で応える。
 
「そ、その武器が強いのはよくわかったさ。どれだけ鍛えても、魔物の攻撃を防げる鎧を着込んでも、意味なんてないんだとな」

 挽回の余地はない。ここからやぶれかぶれの攻撃を繰り出したとしても、銃弾が屈強な身体をただの肉にする方が早い。
 もはや剣を持つこともできないのか、ボンフォルトは武器を置き、震える指を祈るようにあげる。

「まったく……悔しい気持ちだ」
「それが遺言か?」

 引き金に指がかかる。

「いや……遺言じゃあないんだ。なにが言いたいかと言うと」

 俯いていたボンフォルトは、ゆっくりと顔を上げた。
 レイズンはボンフォルトの目を見た。死んでいなかった。

「――俺たちも使わせてもらおうってことだ」

 ・

「それでいい! それとセルゲイ、お前さんはちょっと待ってくれ」
「は、はい! 僕にできることがあるんですか?」
「あぁ、ある」

 ボンフォルトさんは、ある作戦を提示してくれた。
 これは自分にしかできない仕事だと理解したし、同時に確実性のない、ある意味賭けのようなものだと思う。
 しかし、魔導連射銃という恐ろしいほどに殺傷力のある武器を攻略するには、それしかない。

「でも――作戦を成功させるには、まだピースが足りない気がするんです」
「そいつはお前さんが考えてくれ! 俺は今、ちょっとでも集中しなきゃならないんだ!」

 残されたピース。この状況を打開する、その可能性がある鍵。

(そんなもの、あるのか?)

 そう、果たして希望は残されているのか?
 死を拒否する恐怖心が自分の制御下を離れて、ありもしない幻想を抱かせているだけなのかもしれない。

(違う。確かにあの時、僕は違和感を覚えたはずだ)

 あの時――ディランさんがギルドマスターとエマを救うために部屋に乗り込んだ、あの時。
 男はディランさんの拳に反応できていなかった。
 魔導銃を無視した場合の強さはガレクやボンフォルトさんには及ばない。
 しかし、そこではない。自分が違和感を覚えたのは違う場所だ。
 ディランさんとの戦い。自分たちとの戦い。
 悪魔のような男だが、どんな生物にも弱点はある。
 それは、それは――。

「――左足の方を狙ってください!」

 点と点が繋がった感覚。
 最初に違和感を覚えたのは、男がディランさんの気に当てられて身を引いた場面だ。
 男は左半身ではなく右半身を使っていた。
 魔導銃を右手で扱っていたのなら、体勢的に、右足を使えば一工程無駄になってしまう。
 仮にもフォルモンドの護衛に選ばれている以上、身体の使い方は理解しているはず。
 さらに、ボンフォルトさんの攻撃も、全て右足を軸に避けていた。
 経緯は定かではないが――おそらく男は左足に古傷か何かがあって、極力負担をかけることができないのだ。
 扱ったことはほとんどないが、通常の魔導銃であっても大きな反動である。であれば、魔導連射銃は両膝に相当の負担がかかっているだろう。
 ボンフォルトさんは手数ではなく豪快な一撃を見舞うパワータイプ。男に攻撃を当てるのは難しいかもしれないが、左足を狙うことで体力を大きく削ることができる。
 そして、体力を消費させた時が自分たちの勝負の時だ。

「いや……遺言じゃあないんだ。なにが言いたいかと言うと」

 腹部を撃たれたボンフォルトさんは、おそらく次の攻撃が最後になるだろう。
 仕掛けるのは今しかない。
 僕は両手に溜めていた魔力に形を与え、世界で一番頼りになる盾から飛び出した。
 だが、それは死ぬためではなく、生きるためだ。

「――俺たちも使わせてもらおうってことだ」

 ・

 ボンフォルトの合図とともに、セルゲイはその背から飛び出した。
 今まさに引き金を引こうとしていたレイズンから見て左側。彼とは五メートルは離れている。
 あそこから攻撃をしようとしても十分間に合う。
 ボンフォルトを殺してから、きっちりとセルゲイに狙いを定めることができる。
 ――そう思っていた。

「――ッッ!?」

 レイズンは引き金を引くことはなかった。
 両腕を心臓と頭を庇うように、さらに左足がもつれてしまう。
 セルゲイが、魔導連射銃を手にしていたからだ。

(どういうことだ!? どうして、あいつが銃を――)

 考えてから、レイズンはそれが偽物だと気付く。
 その銃は鈍い黒ではなく、魔力が形作った青みを帯びていた。
 おまけに、セルゲイは銃を構えるような素振りを見せているものの、実際には少しズレている。魔導連射銃が宙に浮いているように。
 セルゲイは痕跡魔術を自分の到達地点に、レイズンの持つ銃の記憶だけを発現させていた。
 自由に取り回すことはできないし、銃が姿を現すのはレイズンが持っていた高さのため、冷静に見ると偽物だと容易に見抜かれてしまう。
 しかし、この土壇場で死地に身を投げ出し、弱点である左側を突かれたことで、レイズンの反応は一瞬遅れた。それが決着を百八十度覆した。

「今です!」
「おおおおおおおおおおおお!」

 ボンフォルトは執念で身体を動かすと、大剣を拾って回転切りをレイズンに喰らわせる。
 身体に大きなダメージを負っていることで、いつも以上に大ぶりの一撃だったが、レイズンの動揺の方が大きかった。
 この大剣は、本来は斬るものではなく叩き潰すものだ。
 悪魔の細い身体は簡単に砕かれた。

 ・

「僕は、ディランさんのところへ行こうと思います」

 ギルドマスターとエマを屋敷から運び出し、全員の安否を確かめた後、セルゲイは言った。
 ボンフォルトはしばしの間、悩ましげに顎をさすっていたが、やがて頷いた。

「俺はこの通り、死にはしないだろうが足手纏いになるだろう。他の奴らを付けてやりたいが……ほとんどが手負いでな。本当はこんなこと、認めたくないんだが――」
「大丈夫です。僕一人でも、やってみせますよ」

 恐怖はあるだろう。しかし、それでも笑って見せるセルゲイに、面々は目を丸くする。

「この数日で見違えた。お前はもう、いっぱしの男だ」
「ありがとうございます。……行ってきます」
「待て」

 踵を返そうとしたセルゲイを、ボンフォルトが呼び止める。

「……お前は、なにがあっても俺たちの家族だ。それを忘れるなよ。そして、ディランもな」
「――はい!」

 青年は蒼い瞳を力強く輝かせながら出発した。
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