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並の身体強化であれば意味をなさないほどの一撃は、生身の男の足の甲で受け止められていた。
「おいおい、何やってんだ?」
どれだけ力を込めようと、セルゲイの顔との接触を拒む物体はびくともしない。
ガレクは素早く一歩下がると、右足で低く踏み込み右拳を放つ。
「避けたか。俺が寝ぼけてるだけじゃなさそうだな。お前、名前は? もしかして――」
ディランとガレクの距離は約二メートル。
痛めつけられたオリビアを目にした時と違い、表情は至って冷静に見える。
「ディラン」
「お前が! そうじゃないかと思ったんだ! 俺はガレク、すぐに忘れることになるだろうけど、覚えておいてくれよ」
冷たく言い放つ男に、自分の直感が当たったことに興奮する男。
両者の温度は正反対だが、その身から放つ殺意はどちらも研ぎ澄まされている。
「ギルドマスターやエマちゃんじゃなく、俺が狙いなのか?」
「さぁ、どうだろうな。少なくとも、俺の一番のお宝はお前だぜ」
「命が惜しくはないのか?」
獰猛な顔が赤ん坊のように緩む。
「惜しくはないのか? どっちかだ、狩る側か狩られる側か! 俺様が狩られる側だって思うのか?」
「だから聞いてるんだ。命が惜しくはないのか?」
「……なんだ、意外と冗談も言うタイプなのか。俺は好きだぜ、そういうの」
「命が惜しくないのか?」
「転がってる嬢ちゃんは欲しいかも――」
言い切る前に、ガレクの視界にいたはずの男が消える。
熱気が消える時のゆらゆらとしたものではなく、物体が高速で動いた時のような、音すら置き去りにした一瞬の変化。
・
きっとボンフォルトさんでも止めることはできなかっただろう、僕の命をへし折ろうとした踏みつけは、ディランさんによってぴたりと止められていた。
自分がいまだに呼吸ができていることへの感謝よりも、ただ目の前の、一触即発の空気を見守ることしかできない。
ディランさんは先ほどとは違い、至って冷静――に見える。
彼が自分のことをどう思ってくれているかはわからないが、付き合いに関しては短くない。
だからこそ、その平静を装った仮面の下には憤怒の相が、あるいは悲しみがあるのではないかと想像する。
人間ではなく、獣が本能を必死で抑え込んでいるようだった。
「おいおい、何やってんだ?」
そういうや否や、男は柔らかな足取りで、しかし滑らかに身を引き、次の瞬間にはディランさんに拳を放っていた。
身体が後ろに下がると思うと、すぐに攻撃へと移行していて、残像が見えたかと思うような一連の動作。
これが自分へと向けられたものであれば、間違いなく心臓を止められていた。
だが、ディランさんは後方へと飛び、男の拳が風を切る音だけが響く。
「避けるか。俺が寝ぼけてるだけじゃなさそうだな。お前、名前は? もしかして――」
「ディラン」
「お前が! そうじゃないかと思ったんだ! 俺はガレク、すぐに忘れることになるだろうけど、覚えておいてくれよ」
ガレクと名乗った男は、心底嬉しそうだった。
新しいおもちゃが手に入った子供のような、無邪気な笑み。
「ギルドマスターやエマちゃんじゃなく、俺が狙いなのか?」
「さぁ、どうだろうな。少なくとも、俺の一番のお宝はお前だぜ」
「命が惜しくはないのか?」
心底冷え切った声。
普段から低音で落ち着いた話し方をするディランさんだが、そこには暖かさがあった。
隣人を大切に思うような優しさがあった。
だが、今見上げている彼は、明確な殺意を持っている。
それが恐ろしく、もはや僕たちを取り巻いている暗雲は、エマやギルドマスターだけでなく、ギルド全体を飲み込んでいるのだろうと理解した。
「惜しくはないのか? どっちかだ、狩る側か狩られる側か! 俺様が狩られる側だって思うのか?」
両手を広げて天を仰ぐガレク。
絶対的な強者という自覚が引き起こす無防備。
対するディランさんは、やはり微動だにしない。
「だから聞いてるんだ。命が惜しくはないのか?」
「……なんだ、意外と冗談も言うタイプなのか。俺は好きだぜ、そういうの」
「命が惜しくないのか?」
「転がってる嬢ちゃんは欲しいかも――」
ガレクがオリビアを軽く蹴る。
威力はないだろうが、全身を痛めつけられたオリビアは小さくうめき声を漏らした。
頭にカッと血が昇るのを感じるが、僕の身体は立ち上がることを拒否する。情けない。
だが、同じ気持ちを持ってくれたのだろう。
ディランさんは姿を消し、慌てて瞬くと、ガレクの背後で右拳の一撃を放つ態勢に入っていた。
殺意のこもった拳は正確に心臓を捉えようとしていた。
勢いよく振り返ったガレクはかろうじて左掌で防ぎ、数メートル後退する。
「速い上に重いな。クラスはBか……いや、Aだな」
「今から死ぬやつに言う必要はないと思うが」
「ははっ。もしかすると機関に所属してたクチか。それならクラスなんていうアテにならない尺度に興味もないだろう」
ディランさんは何も答えない。ただ、ナイフのような鋭い視線で見つめている。
「ちなみに俺は、強さのランク的にはAより上でSには満たないらしい。だから信じてない。何事も一番じゃないと満足できないタチでね」
一般的に、Aランクの冒険者は英雄と呼ばれる。
ボンフォルトさんのように、長く激しい戦いを生き抜いてきた人だけが冒険者の高みに辿り着けるのだ。
Sランクというのは、かつて魔王と戦った勇者パーティにのみ認められた特別な称号のようなもの。
それは人間を超越した実力を持つ、もはや伝承の存在になりつつある彼らを表現するにぴったりだが、世間的にはAランクが最高と言って間違いない。
それなのに、ガレクはAランクを超えている。つまり「格」が違うのだ。
これほどの化物を擁するフォルモンドに改めて恐怖を覚えるともに、その男と対等に戦えているディランさんは一体何者なのだろうと疑問に思う。
だが、何者であっても危険なのには変わりない。
「僕のことはいいです、逃げてください!」
自分の言葉は確かに耳に届いているはずだが、ディランさんは微動だにしない。
「……よかったよかった。鬼ごっこも好きだが、お前にその気がなければこの嬢ちゃんを殺すところだった。そこの坊主もな。いくら素早い身のこなしができても、雑魚二匹を守りながら逃げるのは無理だろ?」
沈黙が返答の代わりになる。
「お前を殺した後は、お前のいるギルドの人間を全員殺す。もちろん俺は差別主義者じゃないから、人間以外の種族も漏れなく殺す。男も女も関係ない。全身の骨を一本ずつ折っていって、何本目で死ぬか数えるのも楽しそうだ。大切な人間がいれば、目の前でくびり殺してやってもいい。ほら、やる気が出たか?」
「……あぁ、やろう」
「そうこなくっちゃあ!」
ディランさんは静かに腰を落とし、ガレクは両腕を顔の前で構える。
どちらも本気で相手の命を奪う決意を秘めた目をしていた。
しかし、ガレクの身体から湯水のように湧き出ている殺気とは真逆に、ディランさんのそれはほとんど感じられない。
ガレクが地面を蹴った。軽快に飛び出して左の拳を数発、相手の顔を目掛けて放つ。腕で軌道を逸らされると、抉るような弧を描きながら顎を打ち抜く。だが、残像が残るような緩やかさでディランさんは身を引いた。
(ふ、二人の動きが全く理解できない……)
服の上からでも盛り上がって見える肉体を保持していながらも、ガレクは鳥のような軽やかな動きを続けている。相手の顔面や胴を狙う腕の伸びは風を切り、静寂の中に響く音楽のよう。
ディランさんは積極的に動くことをせず、ただ相手の攻撃を最小限の動きで弾き、避けている。初めて戦うであろう相手の間合いを完全に理解しているのだ。
互いの動きは「動」と「静」で正反対だが、どちらも並大抵の修練ではモノにできないのだと、本能的に理解した。
二本の腕を持つ人間とは思えない手数の多さで、ガレクはディランさんを徐々に圧し始めているように見える。右の拳が頬を擦り、血が流れ落ちた。
次の瞬間、ガレクは身を翻し、ガラ空きになった胴に回し蹴りを叩き込んだ。意識を顔周辺に固定してから放つ、予想外の一撃。
ディランさんの身体が少し浮き、身を捻る。
「こんなモンかぁ!?」
驚愕を顔に塗ることになったのは、ディランさんではなくガレクの方だった。
攻撃を受けたはずの男は、自ら地面を離れて蹴りの威力を減衰し、さらに肘と膝を叩き合わせることで相手の足の骨をへし折ったのだ。
「――ッッ!?」
ガレクの身体ががくりと崩れる。顔を狙って放たれたディランさんの左の拳を、身体を大きく逸らせて避けた。
「…………はは、ははは……ははははは!」
距離を取る。
足の骨がイカれて絶体絶命の状況だというのに、ガレクは狂ったように笑う。
「これだよ、これ! 俺はこれを待ってたんだ! 命のやり取り、自分が負けるかもしれないというヒリつき、簡単に壊れないおもちゃ!」
殺し合いに喜びを見出している。背筋が凍るようだ。
「構ってほしいのか、殺してほしいのか、どっちなんだ?」
「どっちもだ!」
折れた足を殴り、ガレクは全速力で飛び込んだ。これまでに見たことがない速度で――おそらく全力の――ディランさんの心臓に拳を放つ。
それを読んでいたのか、見えていたのか、ディランさんは全く同じ軌道に反対の攻撃をした――ように見えた。
「――うがぁぁっ!」
正確には、ディランさんの拳を追うことができなかった。ただ、ガレクの腕から骨が飛び出したという結果を見て、彼の行動を予測したのだ。
そして、ディランさんは止まらない。蛇のような捉えどころのない軌道でガレクの胸元に潜り込み、左のアッパーを喰らわせる。顎が高く持ち上がる。滞空と言ってもいい。
顎は撃ち抜かれ、1番の武器である右の拳は破壊され、機動力も失った。満身創痍の暴君の心臓に、先ほど自分が行おうとした攻撃をそっくりそのまま返されて吹き飛んだ。
「お前は簡単に壊れるおもちゃだったな」
無様に転がったガレクは、2度と動くことがなかった。
「おいおい、何やってんだ?」
どれだけ力を込めようと、セルゲイの顔との接触を拒む物体はびくともしない。
ガレクは素早く一歩下がると、右足で低く踏み込み右拳を放つ。
「避けたか。俺が寝ぼけてるだけじゃなさそうだな。お前、名前は? もしかして――」
ディランとガレクの距離は約二メートル。
痛めつけられたオリビアを目にした時と違い、表情は至って冷静に見える。
「ディラン」
「お前が! そうじゃないかと思ったんだ! 俺はガレク、すぐに忘れることになるだろうけど、覚えておいてくれよ」
冷たく言い放つ男に、自分の直感が当たったことに興奮する男。
両者の温度は正反対だが、その身から放つ殺意はどちらも研ぎ澄まされている。
「ギルドマスターやエマちゃんじゃなく、俺が狙いなのか?」
「さぁ、どうだろうな。少なくとも、俺の一番のお宝はお前だぜ」
「命が惜しくはないのか?」
獰猛な顔が赤ん坊のように緩む。
「惜しくはないのか? どっちかだ、狩る側か狩られる側か! 俺様が狩られる側だって思うのか?」
「だから聞いてるんだ。命が惜しくはないのか?」
「……なんだ、意外と冗談も言うタイプなのか。俺は好きだぜ、そういうの」
「命が惜しくないのか?」
「転がってる嬢ちゃんは欲しいかも――」
言い切る前に、ガレクの視界にいたはずの男が消える。
熱気が消える時のゆらゆらとしたものではなく、物体が高速で動いた時のような、音すら置き去りにした一瞬の変化。
・
きっとボンフォルトさんでも止めることはできなかっただろう、僕の命をへし折ろうとした踏みつけは、ディランさんによってぴたりと止められていた。
自分がいまだに呼吸ができていることへの感謝よりも、ただ目の前の、一触即発の空気を見守ることしかできない。
ディランさんは先ほどとは違い、至って冷静――に見える。
彼が自分のことをどう思ってくれているかはわからないが、付き合いに関しては短くない。
だからこそ、その平静を装った仮面の下には憤怒の相が、あるいは悲しみがあるのではないかと想像する。
人間ではなく、獣が本能を必死で抑え込んでいるようだった。
「おいおい、何やってんだ?」
そういうや否や、男は柔らかな足取りで、しかし滑らかに身を引き、次の瞬間にはディランさんに拳を放っていた。
身体が後ろに下がると思うと、すぐに攻撃へと移行していて、残像が見えたかと思うような一連の動作。
これが自分へと向けられたものであれば、間違いなく心臓を止められていた。
だが、ディランさんは後方へと飛び、男の拳が風を切る音だけが響く。
「避けるか。俺が寝ぼけてるだけじゃなさそうだな。お前、名前は? もしかして――」
「ディラン」
「お前が! そうじゃないかと思ったんだ! 俺はガレク、すぐに忘れることになるだろうけど、覚えておいてくれよ」
ガレクと名乗った男は、心底嬉しそうだった。
新しいおもちゃが手に入った子供のような、無邪気な笑み。
「ギルドマスターやエマちゃんじゃなく、俺が狙いなのか?」
「さぁ、どうだろうな。少なくとも、俺の一番のお宝はお前だぜ」
「命が惜しくはないのか?」
心底冷え切った声。
普段から低音で落ち着いた話し方をするディランさんだが、そこには暖かさがあった。
隣人を大切に思うような優しさがあった。
だが、今見上げている彼は、明確な殺意を持っている。
それが恐ろしく、もはや僕たちを取り巻いている暗雲は、エマやギルドマスターだけでなく、ギルド全体を飲み込んでいるのだろうと理解した。
「惜しくはないのか? どっちかだ、狩る側か狩られる側か! 俺様が狩られる側だって思うのか?」
両手を広げて天を仰ぐガレク。
絶対的な強者という自覚が引き起こす無防備。
対するディランさんは、やはり微動だにしない。
「だから聞いてるんだ。命が惜しくはないのか?」
「……なんだ、意外と冗談も言うタイプなのか。俺は好きだぜ、そういうの」
「命が惜しくないのか?」
「転がってる嬢ちゃんは欲しいかも――」
ガレクがオリビアを軽く蹴る。
威力はないだろうが、全身を痛めつけられたオリビアは小さくうめき声を漏らした。
頭にカッと血が昇るのを感じるが、僕の身体は立ち上がることを拒否する。情けない。
だが、同じ気持ちを持ってくれたのだろう。
ディランさんは姿を消し、慌てて瞬くと、ガレクの背後で右拳の一撃を放つ態勢に入っていた。
殺意のこもった拳は正確に心臓を捉えようとしていた。
勢いよく振り返ったガレクはかろうじて左掌で防ぎ、数メートル後退する。
「速い上に重いな。クラスはBか……いや、Aだな」
「今から死ぬやつに言う必要はないと思うが」
「ははっ。もしかすると機関に所属してたクチか。それならクラスなんていうアテにならない尺度に興味もないだろう」
ディランさんは何も答えない。ただ、ナイフのような鋭い視線で見つめている。
「ちなみに俺は、強さのランク的にはAより上でSには満たないらしい。だから信じてない。何事も一番じゃないと満足できないタチでね」
一般的に、Aランクの冒険者は英雄と呼ばれる。
ボンフォルトさんのように、長く激しい戦いを生き抜いてきた人だけが冒険者の高みに辿り着けるのだ。
Sランクというのは、かつて魔王と戦った勇者パーティにのみ認められた特別な称号のようなもの。
それは人間を超越した実力を持つ、もはや伝承の存在になりつつある彼らを表現するにぴったりだが、世間的にはAランクが最高と言って間違いない。
それなのに、ガレクはAランクを超えている。つまり「格」が違うのだ。
これほどの化物を擁するフォルモンドに改めて恐怖を覚えるともに、その男と対等に戦えているディランさんは一体何者なのだろうと疑問に思う。
だが、何者であっても危険なのには変わりない。
「僕のことはいいです、逃げてください!」
自分の言葉は確かに耳に届いているはずだが、ディランさんは微動だにしない。
「……よかったよかった。鬼ごっこも好きだが、お前にその気がなければこの嬢ちゃんを殺すところだった。そこの坊主もな。いくら素早い身のこなしができても、雑魚二匹を守りながら逃げるのは無理だろ?」
沈黙が返答の代わりになる。
「お前を殺した後は、お前のいるギルドの人間を全員殺す。もちろん俺は差別主義者じゃないから、人間以外の種族も漏れなく殺す。男も女も関係ない。全身の骨を一本ずつ折っていって、何本目で死ぬか数えるのも楽しそうだ。大切な人間がいれば、目の前でくびり殺してやってもいい。ほら、やる気が出たか?」
「……あぁ、やろう」
「そうこなくっちゃあ!」
ディランさんは静かに腰を落とし、ガレクは両腕を顔の前で構える。
どちらも本気で相手の命を奪う決意を秘めた目をしていた。
しかし、ガレクの身体から湯水のように湧き出ている殺気とは真逆に、ディランさんのそれはほとんど感じられない。
ガレクが地面を蹴った。軽快に飛び出して左の拳を数発、相手の顔を目掛けて放つ。腕で軌道を逸らされると、抉るような弧を描きながら顎を打ち抜く。だが、残像が残るような緩やかさでディランさんは身を引いた。
(ふ、二人の動きが全く理解できない……)
服の上からでも盛り上がって見える肉体を保持していながらも、ガレクは鳥のような軽やかな動きを続けている。相手の顔面や胴を狙う腕の伸びは風を切り、静寂の中に響く音楽のよう。
ディランさんは積極的に動くことをせず、ただ相手の攻撃を最小限の動きで弾き、避けている。初めて戦うであろう相手の間合いを完全に理解しているのだ。
互いの動きは「動」と「静」で正反対だが、どちらも並大抵の修練ではモノにできないのだと、本能的に理解した。
二本の腕を持つ人間とは思えない手数の多さで、ガレクはディランさんを徐々に圧し始めているように見える。右の拳が頬を擦り、血が流れ落ちた。
次の瞬間、ガレクは身を翻し、ガラ空きになった胴に回し蹴りを叩き込んだ。意識を顔周辺に固定してから放つ、予想外の一撃。
ディランさんの身体が少し浮き、身を捻る。
「こんなモンかぁ!?」
驚愕を顔に塗ることになったのは、ディランさんではなくガレクの方だった。
攻撃を受けたはずの男は、自ら地面を離れて蹴りの威力を減衰し、さらに肘と膝を叩き合わせることで相手の足の骨をへし折ったのだ。
「――ッッ!?」
ガレクの身体ががくりと崩れる。顔を狙って放たれたディランさんの左の拳を、身体を大きく逸らせて避けた。
「…………はは、ははは……ははははは!」
距離を取る。
足の骨がイカれて絶体絶命の状況だというのに、ガレクは狂ったように笑う。
「これだよ、これ! 俺はこれを待ってたんだ! 命のやり取り、自分が負けるかもしれないというヒリつき、簡単に壊れないおもちゃ!」
殺し合いに喜びを見出している。背筋が凍るようだ。
「構ってほしいのか、殺してほしいのか、どっちなんだ?」
「どっちもだ!」
折れた足を殴り、ガレクは全速力で飛び込んだ。これまでに見たことがない速度で――おそらく全力の――ディランさんの心臓に拳を放つ。
それを読んでいたのか、見えていたのか、ディランさんは全く同じ軌道に反対の攻撃をした――ように見えた。
「――うがぁぁっ!」
正確には、ディランさんの拳を追うことができなかった。ただ、ガレクの腕から骨が飛び出したという結果を見て、彼の行動を予測したのだ。
そして、ディランさんは止まらない。蛇のような捉えどころのない軌道でガレクの胸元に潜り込み、左のアッパーを喰らわせる。顎が高く持ち上がる。滞空と言ってもいい。
顎は撃ち抜かれ、1番の武器である右の拳は破壊され、機動力も失った。満身創痍の暴君の心臓に、先ほど自分が行おうとした攻撃をそっくりそのまま返されて吹き飛んだ。
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