距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる

歩く魚

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女神の呼び出し

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 教室の空気はどこか乾いていた。
 特に今――昼休み。
 いつもなら巻島に会いにくるはずの東堂先輩の姿がなかったことで、クラスメイトたちがざわついていた。
 
 先輩に関しては俺にも思うところがある。
 心が決まりきっていなかった俺の代わりに巻島を探してくれた事への感謝と、俺たちを前に去ってしまった事への疑問。
 あの時、彼女は何を思っていたのだろう。

(……まぁ、なんであっても俺には関係ないな)

 もちろん感謝は伝えなければならないが、それ以外のことは俺の管轄外。
 巻島の友人としては心強い存在だとしても、俺の友人でも先輩でもない。
 漫画で例えるなら、利害の一致から一時的に敵と手を組むアレである。
 俺たちは敵同士であり、今後もそれは変わらないだろう。

「悟~! 今日の昼なににした?」

 お決まりの声と共に、隆輝が席を引いて隣に腰を下ろす。

「まだ買ってない。隆輝は?」
「俺は早弁済ませたけどな! でもパン二個じゃ足りねーし、追加でなにか買いに行きたい」
「じゃあ行くかぁ」

 十分後。席に戻ってきた俺が机に置いたのは、焼きそばパンとミルクティー。
 食堂が混雑していたため、自販機と購買で調達したいつもの組み合わせだ。

「やっぱ月曜は戦争だよなぁ」
「心なしか教室も賑わってるよな」

 また一週間か始まるという憂鬱を吹き飛ばすためか、数日ぶりに友人と会えた嬉しさからか、飛び交う声も大きい気がする。

「晴れてるならさ、体育館裏とかああいう落ち着いたとこで食うのもアリかもな~」
「お前の体格で体育館裏にいたら通報されるだろ」
「ひっでえ!? 見た目で判断すんなよな!」

 そんな会話を交わしながら机を囲んで昼食を取る。
 周囲からは時折、ちらっと視線を感じるが、無視するしかない。
 理由は考えるまでもない。

「で、巻島さんは? もう一緒に飯食うのかと思ってたんだけど」
「……それは流石にな。東堂先輩の目も怖いし」
「ありゃあ視線で人殺せるタイプだしなぁ」
 
 話していると、ポケットに入れてあるスマホが震えた。
 通知の画面には「葉音」の名前。

『悟くん、もうご飯食べた?』
『いつものところで待ってるね』
『山室くんとゆっくりしてからで大丈夫だよ』

 いつものところ――つまり体育倉庫。
 人目を避けて少し話をしたい時、いつからか使うようになった場所だ。

「……呼び出しくらったわ」
「女神に呼ばれて微妙な顔してるの、この世にお前くらいだぞ」
「そう言われてもな……」

 金土日と貪り尽くされた後だ。
 巻島の体調は万全に戻っているし、何をされるか分かったもんじゃない。

「ま、楽しんできな」

 そう言って見送る隆輝に軽く手を振りながら、俺は教室を抜け出し、体育倉庫へと向かった。

 
「……悟くん」

 体育倉庫の扉を閉め、名前を呼ばれた時にはもう制服の背中に彼女の手が添えられていた。

「来てくれて良かった」

 ほんの少し背伸びをして俺の肩に顎を乗せてくる。

「呼ばれたからな」
「ふふ、来なかったら迎えに行こうと思ってたよ?」
「それはマジで勘弁してくれ」

 教室に俺への殺意が蔓延することになる。
 少し冗談めかして言うと、巻島はくすくすと笑った。

「冗談だよ。悟くんのびっくりしてる顔も可愛いけど、今日はちゃんと、ありがとうって言いたかったの」
「……ありがとう?」
「うん。週末のこと、ぜんぶ」

 巻島が少しだけ身を引いて俺を見上げた。
 薄暗い倉庫の光でも、彼女の瞳が潤んでいるのが分かる。

「ほんとは、あの後ずっと不安だったの。悟くんに……嫌われたんじゃないかって」
「嫌うって、どうして?」
「それは――」

 巻島は頬を赤らめる。

「……すごかったから」

 言いたいことは理解できる……が、俺が驚いていたのはそこではない。

(……ちゃんと自覚あるんだな)

 これ以上、思い出すのはやめよう。
 色々な意味で身体に悪い。

「全然嫌いになったりしてないよ」
 
 声が少しだけ掠れてしまった。

「ならよかった」

 彼女はほんの一瞬だけ目を伏せると、俺の胸元にそっと額を預けてきた。

「今はね、安心してる。悟くんとこうして、普通に話せてるから」
「……普通、か?」
「うん。もちろんドキドキはしてるけど……でも、この前みたいに怖がられてないって思えるから」

 巻島の声にはかすかな震えがあった。
 俺はそっと彼女の頭を撫でる。

「巻島って、けっこうズルいよな」
「え?」
「寂しいとか不安とか言ってくるけど、ちゃんと俺の隙を突いてくる」
「悟くんのこと、好きだからね」
「それも知ってるけどさ」
「……ねぇ」

 巻島が顔を上げる。

「キス……したら、嫌かな?」
「嫌じゃないけ――」
「いただきまーす」
 
 言い終わる前に彼女が唇を重ねた。
 初めてした時とは違う。
 俺が受け止めると知っているからこその熱い口付け。
 それが何分も続き、ようやく身体を離した後、巻島はぽつりと呟いた。

「……このまま続き、しちゃおっか?」

 彼女の瞳はとろんと蕩けて、見ているこっちも溶かされてしまうのではないかと錯覚する。
 蠱惑的な巻島を前に俺は、俺は――。

「しないです」
「そんなぁ!」

 鋼のような意志を見せつけたのだった。
 そもそも体育倉庫なんかでおっ始めてみろ。
 昼休みが終わっても解放されるはずがなく、俺たちは確実に見つかる。色んな意味でアウトだ。
 勘付いてはいたが、巻島としても冗談だったようで、制服の襟を整えながら微笑み、先に扉を開けた。
 
「これからいつでも、何回でも機会はあるもんね。今日のところはそろそろ戻ろっか」

 俺は少し遅れて、それに続く。

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