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行動開始
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昼休みのチャイムが鳴ってから数分。
教室に漂い始めた空気が、どこかよそ行きになっていく。
男子たちはソワソワと姿勢を正し、女子は「ヤバ……」と声を潜める。
次々と交わされる小声と視線の先――現れたのは東堂先輩だった。
「数日ぶりの東堂先輩……眼福……ッ!」
「てかスタイル良すぎでしょ、マジで」
「同じ人間とは思えん」
「踏まれてぇ……」
教室のドアを静かに開けたのに誰もが振り向く。
彼女の存在は教室という雑然とした空間に一瞬で静寂と緊張をもたらした。
「……こんにちは」
仲良くしたいが故の挨拶ではなく、視線を向けられたことへの反射としての言葉。
東堂先輩は上級生というだけではなく、完成された大人に近い存在として下級生たちから羨望の眼差しを向けられている。
特に女子の間では「こんなふうになれたら」と理想視されているのだ。
そう思う気持ちもわかる。外見は抜きん出ている。
巻島が可愛い系の最高峰だとすれば東堂先輩は綺麗系の頂点。芸術作品のようだ。
――ただ、俺はその先に進みたいとは思わない。
いまだにファーストコンタクトの印象が強くて仲良くなりたいと思えない。
仮に俺が友好的でも、向こうは俺が嫌いだろうしな。
だがしかし、何も始まっていないというのに確信だけが先に俺の元へ走ってくる。
ここからの展開が、脳内で勝手に再生される。
周囲の視線が一斉に俺へと向かう。
『なんであいつ?』
『巻島さんと話してるだけでも処刑ものなのに……』
『弱みとか握ってんじゃね?』
『殺意湧いてきた』
こうなるだろう。再生終わり。
ということで、現実が想像に追いつく時がやってきた。
東堂先輩は教室を見渡すと――。
「七里ヶ浜くん、少し話があるの。いいかしら?」
はい来た。
断りたくないが「はい」以外の選択肢が見当たらない。
「……わかりました」
できるだけ目立たないように席を立ったつもりだが、逆に目立ってしまう。
昼休みの教室で、学年トップの美人先輩に呼び出されてついていく下級生男子という構図。
どう取り繕っても「イベント発生」だ。
教室を出る直前、隆輝の噛み殺したような笑いが聞こえた。
俺の前を歩く東堂先輩は歩幅すら美しかった。
体幹とテンポが整っていて、見ているとこっちまで背筋を伸ばしたくなるような歩き方だ。
そして、連れて行かれたのは記憶に新しい屋上。
巻島が先輩に怒りを露わにした場所である。
幸いなことに今日は誰もいないようで、先輩は適当に立ち止まると振り返った。
「……前に言ったわよね? 葉音のこと、適当に扱ったら許さないって」
はい、覚えてますとも。俺は頷く。
「あの時は、ありがとうございました」
「……何が?」
「先輩が発破をかけてくれなかったら俺は……あのまま座ったままだったかもしれない。だから、お礼を言わないとって」
「……っ、そう……なのね」
嫌っている相手に礼を言われて不快に思ったのだろうか、先輩は顔を引き攣らせる。
「……今日の用件は、その話じゃないの」
「じゃあ……なんですか?」
東堂先輩は一瞬だけ目を伏せ、それから、こちらの顔をじっと見つめながら言った。
「葉音の仕事の話、聞いたわよね」
「……え?」
意表を突かれた。
正直なところ、何を言われるか予想もついていなかった。
「ええと……アレのことですか?」
アレ、とは言ったが何も示していない。
巻島はアイドルであり、芸能人だ。
俺に教えてくれる仕事のことも、本来なら他言無用のはず。
それを、こういう時に「聞きましたよ」と言ってしまうのは、彼女のプロ意識と受け取られてしまうのではないか。
……そんなんじゃ説明できない出来事からは目を逸らして。
「……なるほどね。いい心がけだと思うわよ、それ」
こちらの意図を察してくれたようで、先輩は腕を組みながら一度だけ頷く。
「ファッション誌のモデルをやるの。女子向けだけど、きっとあなたも聞いたことがあるくらいの雑誌のね」
どんな雑誌かまでは聞いていなかった。
自分の想像より、さらに上をいっているようだ。
「それは……すごいですね」
「えぇ、すごいのよ。やりたくても中々やれるものじゃない」
そうですよね、と俺が感心していると、先輩は煮え切らないふうに言った。
「普通の恋人ってこういう時……お祝いとか渡すと思うのだけど」
「……そうなんですか?」
そもそも俺たちは付き合っていないが、言える雰囲気ではない。
「そうよ、そういうものなの。プレゼントはもう決めているの?」
「いや……まだ、です」
東堂先輩はほんの少しだけ表情を崩す。
それは微笑みのようにも、皮肉のようにも見えた。
「……やっぱりそうなのね。あなた、そういうところがあるわよね。
それとも気付いていないふり?」
「……気づいてない、ふり?」
「――いいえ。ごめんなさい、何でもないわ」
言いすぎたと思ったのか、それとも何かをこらえたのか。
東堂先輩はため息のように髪を耳にかけると、視線を逸らした。
「私はもう何を渡すか決めたけど、あなたは葉音の……大切な人だから。変な物を渡されて失望させたくないの」
そうか。先輩は巻島のことを大事に思っている。
だから嫌いな相手であったとしても手を貸してくれるんだ。
「だから今日の放課後、私と一緒に――」
「もう少し待ってもらえませんか?」
予想外だったのか、先輩は言葉を途切れさせる。
「少しだけ自分で考えてみたいんです。多分、洒落た物は渡せないと思うけど」
彼女の顔からすっと熱が引いたのが分かった。
「そう……それがいいわね。彼女も、嬉しいでしょうね」
「え?」
「……別に、なんでもないわ」
何かを言いかけて、押し殺して背筋を伸ばしているようだった。
「じゃあ、考え付かなかったら教えてちょうだい。都合がついたらね」
「ああ……はい」
そう返した時にはもう、東堂先輩は背を向けていた。
歩幅はわずかに不揃いだった。
教室に漂い始めた空気が、どこかよそ行きになっていく。
男子たちはソワソワと姿勢を正し、女子は「ヤバ……」と声を潜める。
次々と交わされる小声と視線の先――現れたのは東堂先輩だった。
「数日ぶりの東堂先輩……眼福……ッ!」
「てかスタイル良すぎでしょ、マジで」
「同じ人間とは思えん」
「踏まれてぇ……」
教室のドアを静かに開けたのに誰もが振り向く。
彼女の存在は教室という雑然とした空間に一瞬で静寂と緊張をもたらした。
「……こんにちは」
仲良くしたいが故の挨拶ではなく、視線を向けられたことへの反射としての言葉。
東堂先輩は上級生というだけではなく、完成された大人に近い存在として下級生たちから羨望の眼差しを向けられている。
特に女子の間では「こんなふうになれたら」と理想視されているのだ。
そう思う気持ちもわかる。外見は抜きん出ている。
巻島が可愛い系の最高峰だとすれば東堂先輩は綺麗系の頂点。芸術作品のようだ。
――ただ、俺はその先に進みたいとは思わない。
いまだにファーストコンタクトの印象が強くて仲良くなりたいと思えない。
仮に俺が友好的でも、向こうは俺が嫌いだろうしな。
だがしかし、何も始まっていないというのに確信だけが先に俺の元へ走ってくる。
ここからの展開が、脳内で勝手に再生される。
周囲の視線が一斉に俺へと向かう。
『なんであいつ?』
『巻島さんと話してるだけでも処刑ものなのに……』
『弱みとか握ってんじゃね?』
『殺意湧いてきた』
こうなるだろう。再生終わり。
ということで、現実が想像に追いつく時がやってきた。
東堂先輩は教室を見渡すと――。
「七里ヶ浜くん、少し話があるの。いいかしら?」
はい来た。
断りたくないが「はい」以外の選択肢が見当たらない。
「……わかりました」
できるだけ目立たないように席を立ったつもりだが、逆に目立ってしまう。
昼休みの教室で、学年トップの美人先輩に呼び出されてついていく下級生男子という構図。
どう取り繕っても「イベント発生」だ。
教室を出る直前、隆輝の噛み殺したような笑いが聞こえた。
俺の前を歩く東堂先輩は歩幅すら美しかった。
体幹とテンポが整っていて、見ているとこっちまで背筋を伸ばしたくなるような歩き方だ。
そして、連れて行かれたのは記憶に新しい屋上。
巻島が先輩に怒りを露わにした場所である。
幸いなことに今日は誰もいないようで、先輩は適当に立ち止まると振り返った。
「……前に言ったわよね? 葉音のこと、適当に扱ったら許さないって」
はい、覚えてますとも。俺は頷く。
「あの時は、ありがとうございました」
「……何が?」
「先輩が発破をかけてくれなかったら俺は……あのまま座ったままだったかもしれない。だから、お礼を言わないとって」
「……っ、そう……なのね」
嫌っている相手に礼を言われて不快に思ったのだろうか、先輩は顔を引き攣らせる。
「……今日の用件は、その話じゃないの」
「じゃあ……なんですか?」
東堂先輩は一瞬だけ目を伏せ、それから、こちらの顔をじっと見つめながら言った。
「葉音の仕事の話、聞いたわよね」
「……え?」
意表を突かれた。
正直なところ、何を言われるか予想もついていなかった。
「ええと……アレのことですか?」
アレ、とは言ったが何も示していない。
巻島はアイドルであり、芸能人だ。
俺に教えてくれる仕事のことも、本来なら他言無用のはず。
それを、こういう時に「聞きましたよ」と言ってしまうのは、彼女のプロ意識と受け取られてしまうのではないか。
……そんなんじゃ説明できない出来事からは目を逸らして。
「……なるほどね。いい心がけだと思うわよ、それ」
こちらの意図を察してくれたようで、先輩は腕を組みながら一度だけ頷く。
「ファッション誌のモデルをやるの。女子向けだけど、きっとあなたも聞いたことがあるくらいの雑誌のね」
どんな雑誌かまでは聞いていなかった。
自分の想像より、さらに上をいっているようだ。
「それは……すごいですね」
「えぇ、すごいのよ。やりたくても中々やれるものじゃない」
そうですよね、と俺が感心していると、先輩は煮え切らないふうに言った。
「普通の恋人ってこういう時……お祝いとか渡すと思うのだけど」
「……そうなんですか?」
そもそも俺たちは付き合っていないが、言える雰囲気ではない。
「そうよ、そういうものなの。プレゼントはもう決めているの?」
「いや……まだ、です」
東堂先輩はほんの少しだけ表情を崩す。
それは微笑みのようにも、皮肉のようにも見えた。
「……やっぱりそうなのね。あなた、そういうところがあるわよね。
それとも気付いていないふり?」
「……気づいてない、ふり?」
「――いいえ。ごめんなさい、何でもないわ」
言いすぎたと思ったのか、それとも何かをこらえたのか。
東堂先輩はため息のように髪を耳にかけると、視線を逸らした。
「私はもう何を渡すか決めたけど、あなたは葉音の……大切な人だから。変な物を渡されて失望させたくないの」
そうか。先輩は巻島のことを大事に思っている。
だから嫌いな相手であったとしても手を貸してくれるんだ。
「だから今日の放課後、私と一緒に――」
「もう少し待ってもらえませんか?」
予想外だったのか、先輩は言葉を途切れさせる。
「少しだけ自分で考えてみたいんです。多分、洒落た物は渡せないと思うけど」
彼女の顔からすっと熱が引いたのが分かった。
「そう……それがいいわね。彼女も、嬉しいでしょうね」
「え?」
「……別に、なんでもないわ」
何かを言いかけて、押し殺して背筋を伸ばしているようだった。
「じゃあ、考え付かなかったら教えてちょうだい。都合がついたらね」
「ああ……はい」
そう返した時にはもう、東堂先輩は背を向けていた。
歩幅はわずかに不揃いだった。
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