距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる

歩く魚

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既読はついていた

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 いま俺は巻島にメッセージを送ったんだから、トーク一覧の先頭には彼女がいないとおかしい。
 それなのに、二番目にいるのが巻島なのだとしたら――。

 瞬間、心臓がドクンと跳ねた。
 恋とかトキメキのものではなく、ガチの失敗に気付いた時の、吐き気を催す身体反応。
 震える手で、トーク一覧の先頭に来ている名前を押し、会話を、ゆっくり確かめる。

『あら、そうだったのね。しっかり受け取れたかしら?』
「おかげさまでバッチリです」
『それじゃあ明日の予定を決めましょうか。最初は無難なデートがいいと思うから、お昼過ぎに渋谷で待ち合わせ。カフェに行ってから服を見にいくのはどうかしら?』
「めちゃくちゃ楽しみにしてるよ」
「待ち遠しい」

 あ、終わった。やらかした。完全にやっちまった。
 俺は東堂先輩とのトーク画面で上から降ってきた巻島の通知を確認し、巻島と話していると誤認していたのだ。
 一度口に出したものは取り返しがつかないと、どこかの漫画で読んだことがある。まさに今、この状況である。
 脳内の東堂先輩が、ゴミを見るような冷たい目をこちらに向けていた。

(なんて言い訳すれば――)

 脳に、いや全身が雷に打たれたかのような感覚。
 気付いた。MINE運営が、このような状況が起こり得ると気付いたことに気付いたのだ。

(――そうだ、送信取り消しがある!)

 ネットの海を統べる神は俺のようなバカを見捨てていなかった。
 送信取り消しをすれば、既読さえつけられていなければメッセージは読まれない!
 このミスを無かったことに!

 ――既読はついていた。

 ただ返事が来ていないだけだった。
 おそらく俺への嫌悪感でスマホを投げ捨てたのだろう。
 これ以上の策はない。俺は負けた。

 一旦、考えるのをやめよう。
 俺は巻島のトークに戻り、先ほどの文章を、今度こそ送信した。

「めちゃくちゃ楽しみにしてるよ」
「待ち遠しい」
『え、ええええええ!』
『悟くんにそんなこと言ってもらえるなんて!』
『もうほんとに嬉しいっ!』

 いつも癒されてはいるが、今は一段と心に染みる。
 この傷は完全に自分でつけたんだけどね。

「喜んでくれてるなら俺も嬉しいよ」
『なんか悟くん』
『この一分くらいですごく疲れてない?』
「そんなことないよ」

 そんなことありまくりです。
 
『そうかな?』
『辛かったらいつでも言ってね』
『助けにいくから』
「ありがとう」

 広がりのない流れを察知してくれたのか、巻島が話を戻す。

『えー!』
『関係者席ばっかり見ちゃうかもどうしよう!』
『でもなぁ』
『舞台袖の方が近いかな?』
『悟くんはどこで見たいとかある?』

 妄想が広がりまくりの巻島。
 他のメンバーの迷惑にもなるし関係者席がいい気がする。

「俺的には」

【涼からメッセージが届きました:あなた何を……】

「誤解です!」
『え?』

 もうやだ。またやっちゃったよ。
 言い訳をさせてくれ。女子二人と同時にやり取りをするなんて、俺みたいな非モテにはハードルが高過ぎた。
 自分の不慣れが招いたことだが、少しだけで良いから分かってくれ。
 どこの誰に対する弁明か分からないが、それはほどほどに。
 なんとか「誤解です!」の誤解を解かなければ。

「ごめん誤字だ」

 かつてないレベルで脳を回転させ、俺が導き出した答えとは――。

「五階が良いってことだ」

 なんだそれ。

『五階……?』

 巻島も戸惑っている。
 無理やりにでも方向転換しなければ。

「ほら、近くで見るのもいいけど」
「ファンの人たちが振るペンライトの光を浴びた葉音はすごく綺麗だろうと思って」

 パーフェクト。見たかこの修正能力。
 ボールペンのお供は修正液、修正テープ、そして俺で決まりだ。
 この瞬間だけ、俺の思考力はこの世の誰よりもずば抜けていたことだろう。

『感動してスクショ撮っちゃった』
『嬉しいよぉ~~』
『でも、会場は高くても三階とかなんだよね』
『僕も考えてみる!』
『悟くんありがとう!』
『大好きだよ!』

 ……乗り切った。
 よくやった俺。再発がないように努めてください。

 さて、死地を乗り切った俺は巻島とのMINEを切り上げ、次の死地へ向かうことにした。
 戦場の名は東堂。先ほど俺が阿鼻叫喚の場にしてしまったところだ。
 「あなた何を」からどんな罵倒が続いているのか、正直なところ見るのが怖いものの、意を決してトークを開く。

『あなた何を言っているか分かってるの?』
『それは何? 私をからかっているつもり?』
『ねぇ、答えなさいよ』
『ねえってば』

 もっとこう、匿名で送ってこられていれば開示請求できるレベルを想像していたのだが、むしろ彼女は混乱しているようだった。

「すみません。先輩に認めてもらえるように男らしさを出そうとしたんですけど、見当違いでしたよね」

 先輩の最後のメッセージから五分ほど経過していたが、すぐに既読がついた。
 しかし、返信が来たのは二分後だった。

『そういうことね』
『そうじゃないかと思っていたところよ』

 いける、誤魔化せる。
 
『なかなか素質があると思うわよ。これからも練習として送るように』
「送った方がいいんですか?」
『葉音のためだもの。くれぐれも恥ずかしがらないように。私を本当の彼女だと思って送りなさい』
『送信取り消しとかもしないように』

 意図しないミスのせいで、また難易度の高いことをやらされるハメになった。
 だが、先輩にいつまでも睨まれているのも面倒だし、素直に従っておこう。

「善処します」
『それでいいわ。それじゃあ、明日は十二時に渋谷で待ち合わせね。体調が悪くなったりしたらすぐに言いなさい』
『おやすみ』
「おやすみなさい」

 スマホを置いて、ため息をつく。

「……酷い目に遭った」

 アプリ内の通知はオフにしておくことにした。
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