距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる

歩く魚

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プロローグ

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 満員電車は好きじゃない。
 スマホを見れないほど身体の自由が利かないし、だからといって周りを観察しても死にそうな顔の人ばかり。
 
 もうすぐ高校生になる私も、きっと将来こんな風になる。
 そう思うと、途端に世界から色が消えていくようだ。

(はぁ……はやく着かないかなぁ)

 私みたいに背が低いと、潰されるか身体が浮きそうになる。
 男の人の身体が当たって気持ちが悪い。

 男性は全ての女性にほんのりとした好意を抱いているのだろうが、女性は全ての女性にほんのりとした嫌悪感を抱いている、気がする。

 何かされたら、力で押さえつけられたら逃げることができないからだろう。本能的な恐怖。

 そんなことを考えていたが、ふと思考が途切れる。
 違和感がある。

(……触られてる?)

 お尻のあたりに位置する何か。
 手のような温かみを持つ何かが蠢いている。

 一瞬のうちに、身体がカアっと熱くなる。筋肉が硬直する。
 スカートではなくデニムパンツを履いていたこと、直接触れられないことだけが幸いだった。

 だが、その手は明らかに意思を持っていて、指の平を撫で回すようにしてくる。
 気持ち悪い。怖い。でも声が出せない。

 こんな時に限って「人がいっぱいいるところで声を出したら迷惑じゃないか」「これが勘違いだったら?」という思考が過ってしまう。
 
 私の周囲は日常。死んだ顔が並んでいる。
 この中で私だけが非日常に引き摺り込まれていた。
 静寂を壊す勇気が出ない。
 目的地まではあと数駅ある。このまま耐える?

(――ッ!?)

 涙が込み上げてきた。
 おそらく私を触っている男がモゾモゾと動き出し、私の後ろにピッタリとつける。

 そして――はぁはぁと荒い息を吐きながら、下半身を押し付けて――パシャリ。シャッター音が聞こえた。スマホのシャッター音だ。

「おいおっさん、何やってんの?」

 続いて、痴漢とは違う男性の声。

「痴漢だよな?」
「えっ……えっ?」

 周囲が騒つくのが分かった。
 いや、実際には誰一人として声を出していない。
 一人一人が知り合いなわけではなく、中にはイヤホンをしている人もいる。
 しかし、人々のみじろぎと動揺が隣の人へと伝わり、確かに波を生み出していた。

「え、じゃねぇよ。その子に引っ付いてなにしようとしてた?」
「わ、私は何も……」
「何もぉ? しっかり写真、撮ってあるんだけど」

 恐怖で固まる首をなんとか動かし、私を助けようとしてくれている男性の顔を見る。
 まだ若い。たぶん、高校生くらいだ。

 彼は毅然とした声で男を問い詰めてくれているが、もう一人の男はどうにも認めようとしない。
 
 それどころか「私が何したっていうんだ! ほ、ほら、電車が揺れたせいで当たってしまったんだ! それが証拠になるとでも!?」と開き直る。

「何言ってんだハゲ。さっきのシャッター音はお前に気付かせるために鳴らしたんだよ。その前に尻触ってるところから録画してたぞ」
「ろ、録画って、そんな音――」
「これだからおっさんは困るんだよ。無音カメラって知ってるか?」

 彼は過剰に男を煽っているようだった。
 おそらく、相手を怒らせることでボロを出させようとしているのだ。

 しかし、その作戦が効果を発揮するのを待つまでもなかった。
 音で予想するしかないが、一連の「録画」を見せているようだ。
 男が「ぐっ……」と口籠る。

「それじゃあおっさん、次の駅で降りてもらうよ」

 ・

「す、すいませんッッッッでしたァァァァァッ!」

 大人が全力でする土下座を初めて見たが、ドラマのそれとは迫力が違かった。
 俳優さんもすごいとは思うが、本気で人生がかかっている人間の出す気迫は並大抵のものではない。

「おーすごい。気合い入ってんなあ」

 隣の男の子はスマホを手に、色々な画角から何枚も写真や動画を撮っていた。

「どうか、どうかこの事は公にしないでくださいッ!」
「それは無理だろ。おっさんを豚箱にぶち込むか、それとも示談か。手慣れてるから常習犯っぽいし、百はいけるな」
「ひゃ、ひゃく……」

 痴漢が顔を上げ、青ざめている。

「いや、ヤバい払えないじゃなくて。この子はそれ以上の傷を負ってんだよ」
「は、はい……そう、です……」

 茫然自失というのはこういうことを言うのだろう。

「まぁ、決めるのは俺じゃなくてこの子だけどな。どうしたい?」
「えっ」

 突然、話を振られて私は言葉を詰まらせる。
 どうしたい?
 確かに、痴漢されている時は心の底から恐怖を感じたが……。

「……もうしないって誓ってくれるなら、私は別に……」
「はえ~……マジか」

 男の子はガッカリしたような顔をしたが、私としては事を大きくしたくなかった。
 この人だってきっと家族がいる。
 自分の選択で他人の人生を壊すのは、少し、怖い。

「あ、ありがとうございますぅぅぅぅぅ!」

 痴漢は地面に頭を擦り付ける勢いだ。

「君の選択がそれなら、俺は何もしない。この画像も消してやるよ」

 私に言葉をかけた後、男の子はしゃがみ込んで痴漢にスマホを見せる。
 こちらからは画面は見えないが、男の目に希望が宿っていくのが分かる。

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 立ち上がり、何度も何度も頭を下げる男。
 それを見ていた男の子が、面白さからではなく、何かを決意したような笑みを浮かべる。

「なぁおっさん、ちょっとあっち向いてみ?」

 男が振り向くと、そこにはカメラを構えた数人の若者が立っていた。
 それに気がつきすぐに顔を背ける。

「良かったなぁ! 痴漢しても許してもらえて!」

 男の子が叫ぶように言った。

「……この子が許しても、アイツらがどうするかは分からないよな。すぐに晒されるなんて怖い時代だよ、ほんとに」

 痴漢が地面に捨てられるように置かれていた鞄を持ち、慌てて駆け出す。
 そのままカメラを構えていた人々の隙間を抜けて、階段を、何度か転けながら登って行った。
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