距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる

歩く魚

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もちろん映画だけど

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 極太の芯が通った声。
 振り返ると、そこには堂々とした涼の姿が。

「おはよう悟。今日も世界一カッコいいわね」
「あ、ありがとう……」

 サラッと言われすぎて否定もできない。

「そして、おはよう葉音。今日もとびきり可愛いわよ」
「涼こそ綺麗だよっ」

 二人とも褒め合っていて、実際にその言葉は本心なのだろうが、視線がぶつかり合う場所には火花が散っている。

「でもね葉音……その手鏡は私と悟の二人で選んだものなの」
「へぇ?」
 
「意味が分からないかしら? 私と、悟の、二人で選んだ。つまり共同作業ということよ」
「ずいぶん共同作業のハードルが低いんだねぇ?」

 怖いんですけど。
 涼は葉音とマウント合戦を繰り広げながら、さも当然のように俺の隣に位置どりし、自由だったもう片方の腕を手に入れる。

「涼はどうやって、この場所を見つけたのかな?」
「愛故に、というやつかしらね。さ、行きましょうか」

 愛故にじゃないんだけど。
 え、俺ってもしかして発信機とか仕掛けられてる?

 疑問を口から出すこともできないまま、俺は学校への道を進むことになる。
 
 ……というよりも、両隣が歩くのに引きずられている。
 この前にグネった足首がまだ痛むし、助かると言えば助かるが。

「悟くん、今日の放課後はなにするの?」
「いや、特に予定は決めてないんだけど」
「本当っ!? それなら僕と一緒に――」
「なら私と映画にでも行かない?」

 俺が一つ答えるたびに両側でバトルが始まる。

「ほら、この前言ってた映画。ヒーロー物のやつを観ましょうよ」
「涼は甘いね。僕はタイトルも知ってるし、その前の作品も全部観たよ」
「マジで!? どの作品が良かった?」
「僕はねぇ……ソーサラー・ナチュラルが好きかな」
「元魔術師が医者になるっていうのが面白いよな!」

 まさか葉音がここまでシリーズを観てくれているとは。
 なんか隣から「ぐぬぬ……」という声が聞こえてくるが、怖いからスルーさせてもらう。

「あー……そういえば入場者特典のカードがコンプできてなかったな」

 今作の特典はビジュアルカード。
 主役のナチュラルからヴィラン、よく分からんモブまで十種類ほどのラインナップである。
 
 そのカードに使われている写真のクオリティがかなり高く集めたいのだが、ランダムな上に一人で十回行くのは流石にキツい。

「なら、葉音だけじゃなくて私も連れて行くべきよね?」
「確かに」

 今度は反対側から「ぐぬぬ……」と聞こえてきた。

「……ねぇ葉音。私たち、時には分かりあうことも必要じゃないかしら?」

 戦いは続くものと思ったが、涼の声は思いもよらず優しかった。

「どういうこと?」
「私としても悟との二人だけの時間は大切よ。でも、私たちはどちらも悟を幸せにしたい。離れてほしくない」
「そうだね」

 即答されると恥ずかしい。

「刺激が必要だと思うのよね」
「二人じゃなくて三人でする時もあった方がいいってこと?」
「さすが葉音。その通りよ」

 涼が指をパチンと鳴らす。

「……今ってなんの話してるの?」
「もちろん映画だけど」
「当然、映画の話だけど」
「…………そうすか」

 こんなに信用できない「もちろん」「当然」がこの世にあるとはな。
 
 まぁ、こんな平日から取って食われるようなことはないはずだ。
 今日はシンプルに映画を観れるのだろう。

 俺は地球人に捕まった宇宙人のような気分で、学校への道のりを歩き続けた。

 ・

「さ、三人でって……」

 悟、葉音、涼。
 人通りの少ない道には、実はまだ追跡者がいた。

 派手な髪色、朝だというのにバッチリ決まったメイク――二兎芽莉彩は、涼の言葉を耳にしてワナワナと震える。

「先輩は東堂先輩にも襲われたってこと……?」

 まさしくその通り。芽莉彩は焦っていた。
 まだ葉音だけなら「運」で納得もできる。

 たまたま自分にアプローチの機会が回ってこなかっただけだと。
 気の迷いで悟が関係を持ってしまっただけなのだと。
 お墨付きの自分なら、いつでも巻き返せる。

 だが――流石に二人もライバルがいるのは聞いていない。
 片やオンライン握手会が秒で完売するアイドル、片やファッション誌の専属モデル。

 自分が可愛いという自覚はある。
 自覚はあっても、この壁はあまりに高すぎた。

 ネットの海で揺蕩うしかできない自分に勝ち目はあるのか?
 もう、悟は手の届かないところに行ってしまったのではないか?

 思考がどんどん危険な方向へ向かっていく。
 脳内で実践される「手段」が怪しくなっていく。

「悟先輩が奪われるなんて……絶対に嫌だ」

 しかし、どうすれば魔王二人から姫を助け出せる?
 こちらにはパーティを組む仲間もいないのだ。

「私だって、先輩を幸せに……」

 言葉だけの存在になりつつあることを、自らが一番良くわかっている。
 このまま飛び出していって悟を連れ去りたい。
 でも、足が動かない。行くなと脳が警告を発している。

 結局、芽莉彩は後ろから様子をうかがうしかできなかった。
 唯一と言っていい成果は、悟が片足を引きずっているのを知れたこと。

「……諦めない。私が一番先輩のことを――」

 ぶつぶつとうわごとのように呟く。
 葉音に完膚なきまでに叩きのめされた「あの日」以来、芽莉彩の精神は不安定な橋のように揺れていた。

 では、その次はどうする?
 橋から落ちないように渡りきるのか、橋を直すのか。
 どちらも必要なことだったが、彼女は。

 ――橋を直すことを選んだ。
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