距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる

歩く魚

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ゴリラ

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 教室には既に隆輝の姿があった。
 その巨体は夏が近づくにつれて暑苦しく感じそうなものだが、友情の成せる技だろうか。むしろ頼もしく思える。
 あ、違うなこれ。制汗スプレーの匂いだ。

「おーっす未来のちゃんぽん」
「せめて食う側の何かがいいな」

 開幕で食い物認定され、俺は席に座る。
 隆輝は座り主不在の席に陣取ると、こちら側に身体を傾けた。

「んじゃあ、聞かせてもらおうか。オメーの……惚気話を……」
「今朝はなかなかにヘヴィだったね。スパイと、それを追いかけるMI6的な攻防だった」
「朝から元気過ぎるだろ」
「んで、今日の放課後はソサナチュ観に行くことになった」

 そう告げると、隆輝は口を尖らせる。

「おいずりぃぞ! 俺も連れてけよ!」
「いや、俺だって隆輝と行きたいけどさ。今日は部活があるんだろ?」
「それは……そうだった」

 ガックリと肩を落とす姿は縄張り争いに負けたゴリラのよう。
 俺は負けゴリラの肩に優しく手を置く。

「安心しろゴリラ。ヒーロー映画は何回行っても楽しいんだから、また一緒に行こうぜ」
「悟……! お前、いま俺のことゴリラって言ってなかった?」
「言ってないリラ」
「どこの通貨だよ。せめて言ってないゴリだろ」

 無駄に鋭いツッコミに満足しつつ、俺は教室内に視覚と聴覚を巡らせる。
 巡らせる、なんて偉そうに言ってはみたが、極めて平穏な一日である。

 俺たちと似たように狭いコミュニティでワイワイやる男子や、よく分からん動画投稿アプリに心奪われる女子。

 おっと、今入ってきたのは女王様だ。
 彼女は一度だけこちらに、舐め回すように視線を向けた後、定位置に向かう。

「葉音、なにを見ているの?」
「涼~聞いてよ~。次のライブの振りがさぁ……」

 そう言いながら葉音はスマホの画面を向ける。
 
 振りとは振り付けのことだろう。
 話の流れからして、まだ一般公開はされていないのか?
 そんなものを教室というプライバシーのカケラもない場所で見せるのは……とは言うまい。

「位置取りも難しいけど、足捌きが肝になりそうね」
「でもね、公演によって場所が全然違うんだよ」
「あら、葉音がセンターじゃないの?」

 涼が大袈裟に驚く。
 それは葉音の人気を皮肉っているのではなく、彼女を中央に据えない運営を馬鹿にしているようだった。

「今回はメンバーそれぞれの出身地でやることになってるの」
「なるほどね。それなら納得だわ」
「ふふっ、ありがとう。みんな可愛いけどね?」

 ……うん。俺が絡まなければ二人は仲が良いままだ。
 邪魔をしないよう、他に意識を持っていこう。

 廊下側を支配しているのは天王洲たちだ。
 天使のような透き通る金髪を靡かせている彼女は、取り巻き達のヨイショを気にも留めずに読書をしている。

 彼女が読んでいる本はなんだろうか。
 まさか以前の恋愛指南書じゃないだろう。

 ブックカバーのせいで正体は判別できないが、俺に透視能力が開花する可能性もある。
 じっくり集中するが……目覚めは遠そうだ。

 目線を上げると、ふいに天王洲と目と目が合った。
 日本人離れした美しい瞳が揺れている。
 時間にして一秒にも満たない内に目を逸らされてしまう。

 きっと、あの目は「見てんじゃねぇぞ」という警告だろう。
 前にナンパ野郎から助けはしたものの、その後の俺の対応はお世辞にも良いとは言えなかったし、狙ってやったこと。
 敵意を持たれているのも頷ける。

 良かった。ナルシストという誹りを受けそうだが、葉音と涼の二人にすら手を焼いている――というか俺が全身焼かれている――のに、これ以上増えられたら身がもたない。

 建ちそうなフラグは先に折る。
 今のところは完璧にこなせているはずだ。

 さて、一通り暇つぶしを終えたことだし、俺は大人しく隆輝という名の家に帰ることにする。

「――でな、周りでマッチョ達がドラミングしながら、俺がマッサージをする。これをゴリラクゼーションとして売り出せばリフレ業界の天下が取れると思うんだけど、お前はどう思う?」
「ごめん、何も聞いてなかった」
「よっしゃ、今から悟で試してやるわ」

 隆輝のパワフル指圧を受けることになったが、やはり平和だ。
 しかも、無駄に身体が軽くなった。
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