距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる

歩く魚

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プロローグ

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 気付けるかどうか。
 その違い一つで、人生の輝きはすり抜けていく。
 人の一生には、何度か「輝ける瞬間」があると言われている。
 でもそれは、いつも後になってからしか分からない。
 今この瞬間、俺は自分の血で視界を赤く染めながら――それでもはっきりと思う。

 これが、俺にとっての「その時」だ。

 全身を走る痛みは、もう遠い。
 アドレナリンが理性を焼き、鼓動のリズムだけが現実だと実感させる。
 焼け付くような悲鳴、誰かの泣き声。
 気がつけば、身体が動いていた。
 逃げろという声が頭の奥で響いていたのに。
 それでも――俺は走った。

ーーーー

「……あの、本当にありがとうございました!」

 深く頭を下げる女の子は、リボンの色からして一つ下の、一年生のようだ。
 当然ながら名前は知らないが、彼女は感謝してくれている。
 たぶん、これからも誰かにちゃんと「ありがとう」を言える人だ。
 内容としては大したことじゃない。
 駅の階段で足を滑らせそうになったその子を、反射的に腕を伸ばして支えただけ。
 よろけた拍子に荷物をばらまいたのを拾って、簡単なやりとりをして、終わり。誰にでもできることだ。

「ぜんぜん気にしなくていいよ。でも、これからは気を付けてね」

 そう言って笑いかけると、彼女は一瞬だけきょとんとして――それから、頬をほんのり染めた。
 見上げる瞳が少し潤んでいるように見える。

「も、もし良かったら、連絡先とか……」

 言い終える前に、俺は首を横に振った。

「いや、今日は遠慮しておくよ」

 決して強くはない声だったが、それで十分だった。
 彼女はすぐに口をつぐみ、恥ずかしそうに視線を逸らす。
 もう大丈夫そうだ。
 俺は軽く手を挙げ、いつものようにその場を立ち去る。
 背後で何か言いかけた声があったが、それが何だったのかは聞き取れなかった。

 俺は人間が好きだ。関東――とりわけ東京には冷たい人間が多いという話を聞くことがあるが、意外と親切な人はいる。
 彼らも日々を懸命に生きていて、勝手に親近感を抱いている。
 だから、人々が困っていれば助けたいと思う。
 しかし、そこから一歩関係性を縮めてみると、俺は途端に人間嫌いになってしまう。

「そんな人だとは思わなかった」

 お互いがお互いに対してこう思う。
 そんな人というのは、理想を押し付けているだけだというのに、勝手に期待して、勝手に失望する。
 その点、人助けの距離感は心地よい。
 相手の人生では、俺は「一生いい人」のままだし、俺は「感謝してくれた人」と思い続けられる。
 だから俺は人間が好きだし、人助けが好きだし……人間が嫌いだ。

 しかし、神様は妙なところで意地悪で、俺の認識を覆したいのか、単に嫌がらせをしたいのか、この壁を乗り越えようとする刺客を送り込んできた。
 それが、よりによって俺が距離を置きたい女子たちだとは……思ってもみなかった。
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